009 これは、公務である!
朝起きると、私はなぜだか、おこたに突っ伏しペタン座りしたまま眠っているユリコの膝に枕させてもらっていた。
前世の記憶を取り戻した結果として純粋な戦闘力はこの世界プシチャク的には今やかなり高いはずの私だった。とはいえ、朕は、
(体力の方は姫王閣下11歳のままなのかもしれぬな。)
と少し無念に思いながら起き上がった。
炬燵に足を入れたまま起き上がった私は、はじめてみる大きめの炬燵の上の台にユリコの隣に両肘をついた姿勢を取った。少しの間、ユリコの寝顔を見ながら、まどろんでいた。姫王閣下時代、御伽噺を夜伽してくれた回数は、親衛メイドの中で間違いなくユリコが一番だ。昼と同じように整った顔立ちをキリリとさせたまま、ユリコは、夜伽してくれていた。姫王閣下として眠るに就く時の、三分の一くらいはそのキリリとした横顔があったと言ってよい。そんなユリコの寝顔を、今、はじめて見ている。寝顔のユリコはやさしげだった。その寝顔を愛らしく感じた私はうん、ユリコはやさしい人だよ、ユリコの頭にぽんと手を乗せた。
周りを見渡すと残りの親衛メイドたちも、それぞれ、炬燵に足を入れ眠っていた。全部で3つ炬燵は、全て同じ大きさだった。姫王閣下の間にある、玉座の炬燵のように装飾過剰でも、3年ほど前に気分で新調させ、夕方に時々気分転換に入っていた特注フリフリ仕様の姫用炬燵とも異なる、実用性重視のものだ。うん、私はすでに剣道部時代の武を思い出した武王。これからは実用性重視でいこうと思う。
そういえば、昨日は玉座の間で夕方から急に眠くなったはず。高いところに普請の良くない採光用の硝子があるおかげでやたらと底冷えする玉座の間。その特有の寒気がない。周りには円形の白い布があった。見ると、私がいる炬燵とは反対側に出口らしいものがある。私は残りの親衛メイド立木寝顔の観察はひとまず置いて、出口らしい布をくぐって、外に出た。
そこは昨夕と同じく玉座の間だった。どうやら、親衛メイドたちは玉座の間に、カマクラのような形をしたテントを用意してくれたらしい。中の炬燵と同じく実用性重視で装飾はない。はじめて目にするものだった。おそらくは、普段王族が関わりを持たない軍に関するものなのだろう。ユリコたちが気を効かせてくれたおかげで玉座の間で寒い思いをしなくてすんだと少し感謝をした私は、同時に思った
(先王もこんなテントに入って寝られれば、毎晩それほど寒い思いをしなくてすんだのにな。)
おそらくは、王は高い天井を持った広間で寝て威厳を示されるのが良い、などといった迷信か何かのために、テント導入はなされなかったのたろう。私は、目を瞑り、頭のなかで(おかわいそうに。)と先王に最後の供養の言葉を捧げた。
目を開けると、玉座の間の朝の寒気が襲いはじめて来ていること気づいた。その時は、私は気がついた。足に履いているのは少しサイズの大きな目にしたことがない実用性重視のもの。股引というのであろうか、ざらりとしていてとても姫王閣下が履くようなものではない。そう、姫王閣下専用に設えさせている、貴重な赤い花で染めているという淡いピンクのパジャマではないのだ。その時、私は大事なことに気がついた。同じくピンクできふと、設えさせている、その下の下着もないことに。
急に下半身のスースー度合いが増した気がする。下半身の寒気とは逆に顔の方は赤く火照る。
(このままでは部長というか、武王としての威厳が示せない!)
そう、危機感を覚えた私は、その股引っぽい姿のまま、目に入った姫王閣下用の革鎧だけは身につけて、玉座の間を出た。かつての記憶を取り戻した私は力が増しているのであろう、石扉を難なく押し開くことができた。
☆
少し長い股引を引きずり気味にしながら、廊下を私はズカズカと歩く。頭に浮かんでくるのは、(おねしょ)という語。朕は、姫の頃はさておき、姫王閣下となってからは、おねしょなど、たしか3回しかしていない。それも一番最後は8歳の時。11歳の終わり、武王となった私がおねしょなど、示しがつかないではないか。
何の示しか分からなかったが、とにかくこの強化合宿の勢いを保つためにも、ここは勢いを持ってことに当たろうと私は思った。おそらくは、何の指示もなく夕方に急に眠り込んだ私を前に親衛メイドたちはどうするか話あったのだろう。その末に親衛メイドたちの権限の範囲内であろう軍用の炬燵やテント、ついでに寝間着用の股引などを調達し、玉座の間に運び込んだのであろう。そこまでは良い。他方で私の姫王閣下用のものは、総婦長の下にある、諸事隊とかいう一隊が取り仕切っている。未だ小国のくせに、このプシ国では、それぞれの隊は縦割りの指揮系統となっている。それぞれの隊についての精霊の細則だとかいうものがあるためだ。精霊のうんぬん全般に興味がなかった姫王閣下の私は、そんな細則を捨ておいたのだが、やはり縦割りはダメだ。記憶が戻って、なんとなく中学生気分になっていた私だったが、この姫王閣下改め武王の身体はまだ小学生のもの。おねしょのような不測の事態だってありうる。そうした不測の事態までサポートするのが臣下の務めであろう。先程ははじめて見るユリコの寝顔に満足して気が付きもしなかったが、そもそも姫王閣下が朝目覚めた時には、諸事隊の朝メイドが控えていて、寝ぼけている私のお着替えを手伝ってくれるものなのだ。諸事隊の朝メイドが朕が脇にひざまずく時には、その、朕のおしものあたりもちゃんとチェックを終えていて、その、なんだ、おねしょをしていた時には、私が寝ぼけまなこのままのうちに、朝メイドが全部きれいにしてくれた後に姫王閣下の服に着替えさせてくれるものなのだ。そう、今の私は武王になってはいるが、姫でもあるのだ!
冷えこんだ廊下をズカズカ歩くうちに、完全に逆ギレ状態となった私は、総婦長に詰めの間として案内された部屋の前に立った。ここは城内の万が一ものことに備えて諸事隊の者が詰めている間なのです、と総婦長は説明していた。そう、まさに今は、その万が一の時。部屋の前に立った私は、こんなとき、姫王閣下というか武王はなんといって扉を開けるものなのだろうかと思った。普段、全てを配下のものがしてくれることになっている私は、もちろん、詰めの間などに一人で来ることなどない。というか、戯れ以外で、自分で扉を開けたことなどない。姫王閣下が歩むときは、配下のものが自ずと扉を開けるものなのだ。なので、朕は扉を開ける時の言葉を持たなかった。
落ち着こう、と目を瞑り少し沈黙する。
私は少し冷静になり、(いや、まったく、現代日本の基準からすると姫とはすごいものなのだな。)と、思う。前世の時も、言ってしまえば、たしかにお嬢様だったが、自分の部屋の扉は自分で開けていた。朝食を食べる間の扉は控えているメイドが開けていたけれども。学校でも当然教室の扉も保健室の扉も自分で開けていた。その時、私は、
(そうか、この詰めの間がなんか開けづらいのは保健室っぽいからか...)
と思った。お嬢ながら健康優良児で通っていた私だったが、時には調子が悪くなる時だってあった。そう、中学で生理が始まったばかりの頃、その日はかなりの確率でひどい目眩いがしてしまうのだった。しかたなくフラフラと立ち上がり保健室に向かう時の私は、保健室に向かう途中、ずうっと恥ずかしく思っていて、保健室の扉をノックするのは躊躇するものなのだった。
そのまま保健室で放課後まで過ごしてしまった時には、副部長が心配そうに「今日は部活休むよね。」と様子を身にきてくれたものなのだった。そんな事を思い出していた時、一つの言葉がひらめき、私はカッと目を開き、詰めの間を見つめた。そして、扉を一気に開け、
「公務である!これは、公務である!!」
と、武王の威厳全開で、発声した。
「「ははっ!!」」
公務が何のことか分からなかったかもしれない諸事隊のメイドたちであったが、昨日に武王となられたばかりの姫王閣下が突然に下々の間にお越し召されたのだ。一斉に即座にひざまずき、緊張に身を固まらせながら、指令を待つ。
私は、そんなに緊張しなくても、と思いながら、声を小さくしていった。
「公務であるからして、朕は着替える。案内せよっ!」
、と。
☆
そこから、姫王閣下の間に戻り、諸事隊の朝メイドに着替えさせていた。そのうちに、武王が詰めの間に公務を告げたという大事を聞きつけた、諸事隊長に総婦長が駆けつけてきたようだ。一体昨晩の諸事隊の詰めのものは何をしていたのかなど、と、外で騒ぎになっているようだった。姫王閣下の間に、いつも通りに諸事隊の朝メイドが控えていることを知った私は、そもそも無言で姫王閣下の間に戻ればよかったのだな、と思い直していた。とはいえ、やらかしてしまったことは仕方がない。姫王閣下衣裳への着替えを終えた私は、姫王閣下の扉をまたも自分で開けると、
廊下で声を控えながら、
「良い。これは公務である!」
と、武王の威厳を以って言う。
「「ははっ!!」」
一体に誰がこのよゔな、など、声を控えめに諸事隊の者に詰めていた、諸事隊長と総婦長全員が、ひざまずき、公務の拝命していた。誰一人として、公務とは何か分かっていなかったが。
その後、公務とは、私が昨日から玉座の間で開催することにした強化合宿のことだとの理解に及んだ諸事隊長は、そこから成人の儀までの10日間の間に、公務強化合宿期間中の朝メイドの段取りを精霊の掟に矛盾しない範囲で固めていってくれたのだった。姫としての私の朝のお着替えもすんなり行くようになって良かったのだが、成人をしたらなるべく自分で着替えるようにしようと、私は思ったのだった。
ちなみに、親衛メイド長のユリコに後でこっそりと確認したところ、ユリコと諸事隊長は、武王の下命で急に始まった強化合宿の朝の段取りについて前日の夜遅くまで話し合い、結果、いつもと同じく姫王閣下の間に朝メイドが控える一方で、朝の一刻を終えたまで時に同様の備えをして別朝メイドが玉座の間に控えるという段取りになっていたのだという。先王も私も朝起きるのは遅く、たいていが朝のニ刻すぎ。しかも二人とも低血圧なのか、ぐずった後に三刻くらいにお着替えを終えるという、お寝坊さんなのだった。そんな私が、今日に限って朝の一刻前に早起きしたがために、事が起きてしまった。
そんな情状酌量の余地たっぷりだったので、夕刻に玉座の間の前の廊下に土下座して謝りはじめた諸事隊長と総婦長に、姫王閣下改めに武王の私は、
「良い。公務であるからして良いのだ。」
と、少し赤くなりながら頷き、二人を許した。
私がおねしょしていることに早朝に気づいたユリコは、わたしのおしもの周りをきれいにし、取り急ぎ、股引を履かせると、夜遅くまで起きていた疲れもあって、後のことをシズカに託し、二度寝した。シズカが私のおねしょ寝間着を洗って干しに裏庭に行っている、そのわずかの間に、なぜだか早起きした私が、一方的に逆ギレして飛びたして行った次第。事の真相を今はそう冷静に捉え直している私だったが、それはそもそも親衛メイド隊の中でシズカが一番存在感がないせいため、一人いなくても気が付かなかっただけなんだからね、とちゃっかり責任転嫁もしておいたのだった。
あと、公務とは、剣道部の女子部員たちの間だけで通用していた、「あの日でつらいため、部活を休ませていただきます。」という専門用語。男子部員に聞かれないよう、小声で言うのが常だった、その公務。かつて、一番活用してしまっていたのは、部長の私なのだった。




