わき目もふらずより少しは心にゆとりを
寺坂の車で、宮本の住んでいる一戸建ての家に着いた。
「ちょっと寄っていきませんか?」
宮本は、今夜はもっと寺坂と話したかった。いや、多少は寺坂から、あのおかっぱ頭の女の子のことについて聞きたかった面もあるような気がした。
宮本はフライパンでホットケーキを焼いた。寺坂はコーヒー・メーカーを使って、コーヒーを入れた。
二人して乾杯することになった。
「何について乾杯しますか?」
宮本がコーヒーカップを目の前にかざしながら問う。
「むろん、それはあのホームランでしょう。あれは新しいあなたの打球の顔というか、新しい軌道ですよ」
寺坂が笑っている。目も頬も。
「そうかな?」
照れながらも、宮本はカップを目よりも高いところに上げ、乾杯のかっこうをして、コーヒーを飲む。モカブレンド。これは宅野和尚からもらったもの。日本の島根県や鳥取県で売られている「サ〇イ・カフェ」とかいうメーカーがブレンドしたものらしい。
「モカ」というコーヒー豆のせいもあるかもしれない、だけど、寺坂の性格みたいに、カップに入れられたコーヒーは優しくマイルドな味だった。
「でも、あの人が野球に関心があるなんて、知らなかったな」
宮本が、カップをテーブルに置いて、フォークを手にし、平皿のホットケーキを細かく切り分けようとしている。
「関心があるかどうか、それは僕にもよくわかりませんが、叔父としては水野さんに気分転換をしてもらいたかったのではないでしょうか。叔父は、もっと楽に人生は送るべきだとかなんとか、そんなことを水野さんに炒っているような気がします」
寺坂は、そう言いながらホットケーキを口に入れる。
「もっと楽にですか? でも寺坂さんはどうしてそういうように思うのですか?」
「直接、水野さんに聞いたわけではないのですが。僕が思うにですよ、今の医学って、けっこう細分化されているというか、専門分化しているでしょ。例えば、外科と言ったって、脳外科、心臓外科もあれば整形外科も。内科ということになれば、消化器内科、循環器内科、神経内科とか。そういう専門分化している中で、総合医をめざすというのは、相当勉強しなくてはならない。そんなにたくさん勉強するなんて、やはり相当のストレスがあるのではないでしょうか。もしそうだとすれば、気分転換をすることも必要なのではないでしょうか」
寺坂の言うことを聞きながら、宮本は何だか自分のことを言われているような気がした。自分も何かに夢中になると他のものが見えなくなる性質だから、時には気分転換のために野球以外のことをやらなくてはいけないかもしれないな、と思いながらホットケーキを食べている。甘党なので、上には、黒糖入りのハチミツをかけながら……。
「野球を見ることで、少しは気分転換をしてもらえたでしょうか?」
宮本はポツンとそんなことを言った。
「それはそうだと思いますよ」
言いながら、寺坂が微笑んでいた。
「どうしてですか?」
「だって、うちのスタジアムは芝生がきれいですから。ライトに映えるんですよ、うちのスタジアムの天然芝は。定期的な水撒きのほか、いい肥料が与えられていますから。それに宮本さんがホームランを打って、左中間フェンスの向こうにある、ロックゾーンに噴水が上りました。今日は特に、薄いピンク色に染まった水が噴き上がって、バックの岩の茶色とよくマッチしていました」
へぇーっ、寺坂さんは、よく観察しているんだと、宮本は感心している。自分は噴水よりも、本当に打球がフェンスを超えたかどうか、審判の手の動きしか目に入らなかった。自分も、もっと視野を広げるというか、心に余裕を持たなくてはダメだなと、宮本は自分を振り返っていた。(つづく)




