おかっぱ頭の女の子が野球を見に来ていた
8月26日は、本拠地アナハイムでの試合だった。相手はヒューストンに本拠地を置くチームである。
宮本は5番DHで先発出場となった。
1回の裏だった。ツーアウト、ランナー二塁の場面で、宮本に回ってきた。相手のピッチャーは左投げである。
データを見るかぎり、このピッチャーは、左バッターを相手にする時は、インコース胸もとに食い込むカットボールと、アウトコース低めに沈むツーシームを得意としている。宮本は、前の四人の右バッターに対する攻め方から判断して、左バッターの自分に対しては、カットボールでカウントを稼ぎ、ツーシームで内野ゴロを打たせるつもりではないかと予測しながら打席に入っていった。
横回転をしたボールが、肩口の辺りのインコース高めに来る。右腕に当てたくない、咄嗟の判断で、そのボールは立てたバットで、ファールグラウンドにはじき返した。
「ワァーッ!」というような歓声が沸く。
宮本は動じない。たぶん、スタンドのファンにとっては、からだで避けないで、バットではじき返したことへの驚きがあったのだろうと思う。自分ではただ、ピッチング・マシーンで、避け方を練習してきた成果が出ただけの話だったのだが。
宮本は次の球のことを考えている。まだワンストライク。もう一球、思い切り振れる。おそらく、アウトコース低目のフォーシームだろう。宮本はアウトコースの低目に視線を置くことにした。
やはり、来た。しかし、ボールの回転数が少ない。ツーシームだ。落ちて来る。が、一瞬バットの出が遅くなる感覚があり、下からすくい上げず、上から叩くことにした。そこが偶然だった。ボールは予測よりも高めに入ってきて、振り下ろしたバットがそのボールの下をこするようにくぐっていった。飛ばされたボールに、逆スピンがかかった。おそらく、高いセンターフライになるだろう。宮本は一塁ベースに向かって走っていた。走りながら打球の行先を見つめる。ボールはセンターを守っている選手の頭上のかなり上を行き、さらにバックスクリーン前のフェンスを越えていく。センターフライと思っていたのに、まさか……。宮本は一塁ベースを回ったところで、振り返りながら一塁の審判を見た。頭上で手を回している。二塁ベースに向かいながら、三塁の審判を見た。やはり、頭の上で手をぐるぐると回していた。まちがいない、ホームランだ。走るスピードを落とす。少し信じられない面持ちがするのだ。逆スピンをかければ、そんなにも打球は遠くへと飛び、地面に落ちる時間が遅くなるのか、と内心驚いているのだ。
一塁ベンチに帰る。仲間と、日本式の頭を下げるあいさつをして、握手する。そのとき、頭のはるか上の方で、「ナイス、ホームラン」という声がかかった。聞いたことがある声だった。顔を上げると、三塁側スタンドの前から5列目辺りに、頭の毛を剃った宅野和尚の顔があった。その顔は笑顔であり、宮本もニコッと笑い返し、右手を上げてあいさつをした。そして、ベンチに続く階段を降り、ベンチ内の長椅子のところに行こうとした時、宮本の頭の中に、宅野和尚の横にちょこんと座っていた、おかっぱ頭の女の子の像が残った。
あの子は中学生なのか? しかし、和尚さんにお孫さんがいたなんて、と宮本は不思議げに頭を横に振っていた。
試合は終わった。チームが勝ててよかった、と宮本は思う。
「宮本さん、今日は僕がうちまで送りますよ。通訳の三原さん、プライベートな用があるようですから」
寺坂が近くまで寄ってきて言った。
「はい、すみませんね」
宮本はいつもの助手席に座っていた。
車は信号待ちをしている。
宮本は、隣の寺坂に話しかける。
「寺坂さん、今日の試合、和尚さんが見に来てくれていたんですね」
「ええ、そうです」
「よかったです。和尚さんの前でホームランが打てて」
「ええ、本当によかったです。叔父も喜んでいたでしょう。僕もうれしかったですよ。何だか、いつもよりは、きれいな放物線を描くホームランでしたね」
寺坂の誉め言葉に、宮本は照れながらも内心はうれしかった。この人は、ホームランの軌道もちゃんと見てくれていたんだ、と宮本は思う。
「それにしても、和尚さんにお孫さんがおられるなんて、僕は気づきもしませんでした」
思わぬ言葉が宮本の口を突いて出た。
「えっ?」
「だって、和尚さんの横に、おかっぱ頭をした女の子が座っていたでしょ」
「えっ! あれは、水野さんでしょう。実は、叔父に頼まれて、球団事務所からチケットは二枚分けてもらったんです。叔父が水野さんにも野球を見せたいと言うものですから。すみません、はっきりとその辺りのことを言っていなくて」
「いやいや」
宮本はそう言いながら、何だか胸が騒いでいる。
あれで、大学生なんて。まだ子どもじゃないか。それなのに、何ゆえに禅寺で修行なんてする必要があるんだろう? それに第一、野球を見に来るなんて、そういうのが禅の修行になるんだろうか、宮本には何もかもが不思議でならなかった。(つづく)




