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 「ブリアン殿は〝――大協約〟に違反しておられる」

 口火を切ったグリアは、感情の昂りと共に爛と瞳の底を光らせながら言った。

 銀髪の美しい頭髪を手櫛で梳いた北方の賢王は「ほぉ」と、面白そうに目を瞠る。

 

 ……大協約とは何か?


 (※我々の知識でいう所の「国際条約」と考えれば早いかも知れない。もっとも、我々の知る条約よりも厳しい国家群の契約と考える方が良い。もし、違反した場合は無条件で他国に攻撃の口実を与えるほどであり、大陸の超大国であれば話は別である。しかし、現時点での大陸間は統一王朝が崩壊し、各地方で国家同士が争い、均衡状態を保っていた。従ってこの大協約は現時点で、最大の大義名分となっていた)


 しかし、ブリアンほどの人物が子供でも分かる大協約を違反した覚えがない。

 何より、法律家たちと議論を重ねて敵対するガルノスへと宣戦布告を行った。一体、どこに問題があるのか……?

 不遜な態度への怒りは無く、むしろ知的好奇心によって、グリアを見る。


 (よし、来たな)

 肌の感覚でグリアは悟った。

 餌に食いつく魚だ、と思わずほくそ笑む。

「敵国の使者に対し、なんの落ち度もなく処罰することは……協約違反ですね?」

「……貴殿、正気か?」

 ブリアンは眉を顰めて声を低く尋ねる。

「もしも、の話です」

 すかさずグリアは反論する。

「――確かに敵国の使者であれば、そうだな。しかし使者の通達は相手国から来ていない。そうなれば単なる狼藉ものではないか?」

 切れ長の眦に小皺を溜めて微笑んだ。

 焚火を囲む二人以外の男たちが繰り広げる討論に、誰一人、喋る事なく張り詰めた緊張が漂う。

「なるほど。確かにその通りです。……しかし、戦時での軍使はまた別であるでしょう?」

「フム」一気に無表情になるブリアン。

(この男、厄介だな)

 と、内心で北方七州を支配する王は苦虫を噛む感覚がした。

――たった、一隊を率いる無名の若者が物怖じせず堂々と詭弁をまくしたてているのだ。

 ブリアンとて、馬鹿ではない。

 はじめから、グリアたち一行が敵軍の輸送部隊であることは気付いていた。

 周囲に張り巡らせた諜報網を使い既に確証は得ている。……恐らくは、この無名の若者も気付いているかも知れない。

 

 その上で、詭弁を弄しているのだ。

 

 「では、貴殿たちは軍使であると? 仮にそうだとして、何の用かな?」

  口を残忍に綻ばせ、あえて鎌をかけた。


 「――我々は」

 スゥ、とブリアンは大きく息を吸う。縮毛の見事な金髪を左手でかき上げ、首を左右に微かに傾かせ、「ガルノス殿に補給を行う糧秣部隊です。――そして付け加えるならば、ガーナッシュ国から派遣された商隊です。――正規軍ではありません」

 一気にしゃべり終えると、グリアは右手で葡萄酒の満ちた器を掴み、豪快に呑み始める。

 ゴク、ゴク、と派手な音を立てて呑み込んでゆく。

 呑み終え「ぷぅーっ」と、奇妙な声と共に口端から流れた赤い筋を拭う。

 

 「……いかがですかな?」

 獅子が獲物を前に闘志を漲らせるように、真正面からブリアンを見据える。

 

 (なぜ、これほどの者が無名のまま居るのだろうか?)

 北方の賢王は説得力のある動作と弁舌、そして爽やかな印象を人に与えるグリアという男の気質を知った。……そして、この男の非凡さを畏れた。

 味方であれば心強い人物だが、敵に回せば厄介極まる人間だ。

 (ここで無理やりに殺すか? それとも……)

 後の自らに降りかかる災禍を考えれば、今のうちに殺すのが得策である。――しかし、このブリアンという男は一種の奇人でもあった。

 戦争狂であった。

 彼は、戦争を何よりの喜びと感じ、かつ、会戦によって自軍よりも圧倒する兵数の軍勢をいくつも打ち破ってきた。

 どれほど強い相手であろうと、彼は、むしろ敵が強者であるごとに、戦争に執着する変質的な性格を有していた。

(なるほど、惜しい。これほどの人材を、見逃していたとは……)

「グリア殿、と言ったか」

「ええ」

「貴殿は国持ちではないのか?」

「わたくしめが、一国を支配すると? アハハ、ご冗談を。たった一つの砦すら守れない男にとても国など大層なモノは……」

 その時、初めてグリアの表情に苦痛のようなモノが走った。

 脳裏を過るのはかつて、黒馬の砦を守りきれなかった自責の念である。

 ブリアンは、しかし、その事情を知らない。……だからこそ、

「貴殿は国主になる才覚があるな。いや、国を創造するだけの器量、というべきか」

 真剣な口調でブリアンはグリアを評する。自軍の武将を評することを好む彼は、客観的な分析で敵国の勢力である筈の男を品定めした。


「しかし、我々の処遇はどうなりますかな?」

 グリアはまるで挑戦するように、ブリアンを見返す。

 その余裕たっぷりな態度は最早、敵軍の一部隊というよりも、賓客として遇せよ、という図々しさであった。

 

 暫く黙っていたブリアンは「…………なるほど、確かに商隊であれば協約は成立しているな。これは私の落ち度だ。すまない。どうぞ、今日はこの砦で存分に休んでから、あちら側へと行かれるがいい」


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