7月21日(火)
7月21日(火) 天気晴れ
今日はこぎつね公園の雑草の怪異に呼ばれて行ったら、転ばせようとしてきたので勝負することにしました。雑草ボーボーの場所を私が歩いて、転ばなければ私の勝ち、ころんだら負けでした。勝ちました。
天気予報が恐ろしい現実を伝えている。日本各地で気温40度に達するそうだ。朝はまだ、そこまで暑くないが、お昼ごろは危険かもしれない。飛翠はお母さんに今日も出かけることを伝えた。
天さんのことはお母さんとお父さんに話している。2人ともに注意された。怪異は人とは別の考えで生きているのだ。簡単に誘いに乗るなと。
「まあ、でもこの町で生きるならいろんな怪異に関わるのはいいだろう。怪異がどういった存在なのか、自分の目で見てきなさい。」
とはお父さんの言葉。
「あなたもう4年生なんだから、怪しい相手の言葉にホイホイ乗ったらいけないこと、わかるでしょう。まあ、今のうちに学んできなさい。」
とは、お母さんの言葉。
「怪異の力で暑くないからって、遅くまで遊ばないようにね。あと、水分はしっかりとるように。お弁当はおにぎりね。」
「はーい。いってきます。」
お母さんに挨拶して、外に出る。天さんが降りてきた。
「昨日は本当に遅かったね。てんびん公園の怪異に聞いたけど、ずっとシーソーで遊んでたんだって?飽きないのかい?」
「飽きないよ!シーソーさん、私は見えないから、急にガクンて落ちたり、跳ねるくらいあげてくれたり、何が起こるかわからなくて、ワクワクドキドキしたんだ!」
「そうか、楽しかったなら良かった。今日は行き先を決めているのかい?」
「ううん。歩きながら決めるよ。」
「そうか、いってらっしゃい。」
「いってきます。」
そういって、飛翠は歩き出す。すれ違う人の顔が暗い。というより、目が死んでいる。暑いのだろう。天さんが力を貸してくれなければ、飛翠も今頃あんな顔をしていたのかもしれない。
しばらく歩き、住宅街脇の特に何もない歩道で突然、
「おい、お前が中川飛翠か?」
飛翠に話しかける声があった。周囲を見渡すが、声の主が見当たらない。姿が見えない怪異だろうかと飛翠が考えていると、
「どこ見てんだよ!下みろ下ぁ!」
そう言われて地面の方に目を向ける。アスファルトの隙間に生えた雑草が、人の顔のように並び生えて、喋っていた。
「中川飛翠は私です。あなたは?」
「ハンッ!俺らのことは草むら様って呼ぶんだな。」
ずいぶんと偉そうな口調で話しかけてきた。
「わかりました。草むら様。何かご用ですか?」
偉そうな口調の怪異は人に対して害意があることがある。飛翠は少し慎重になった。
「おうおうおう、ずいぶんと物分かりがいいじゃねえか。じゃあ、今すぐこぎつね公園に来い!すぐにだぞ!」
そういうと草むら様が消えたようで、顔のようだった雑草は、ただの雑草に戻っていた。
飛翠は考える。なんとなく害意のありそうだった草むら様の誘いに乗らない方が良いのではないかと。
そこで思い出したのは昨日のてんびん公園の怪異と天さんの言葉だった。
人に知覚されない怪異は消えてしまう。
草むら様も消えてしまいそうで困っているのかもしれない。
飛翠はこぎつね公園に向かった。
こぎつね公園はてんびん公園に比べ、小さな公園だった。あまり管理されていないようで、雑草が生い茂っていた。
公園中の雑草が、草むら様のようで、巨大な人の顔になっていた。
「よくきたじゃねえか。さっさと入って来い!」
「えと、草むら様を踏んでしまうと思うのですが、良いのですか?」
「ヘンッ!てめぇに踏まれたところで、俺ら雑草は痛くもかゆくもねえぜ!いいからさっさと来い!」
飛翠は少し躊躇う。こぎつね公園の雑草はそこそこ背の高いものも多く、歩きづらそうだった。
それでも呼ばれたからには行くかと歩みを進める。
草むら様の口辺りまで歩み入ると口がニヤリと笑った気がした。
「今だ!」
草むら様の声に雑草が急に動き、足に絡みつく。
「うわっとっと。」
飛翠は急に雑草が絡みついたため、バランスを崩し、倒れそうになったところ、持ち前のバランス感覚で立て直した。
「ふう、危ない危ない。転ばなくて良かった。」
飛翠が安心していると、
「うおい!なんで転ばねぇんだよ!!」
草むら様が、怒った顔をしていた。
「なんでって、転んだら痛いから?」
「そうじゃあねえんだよ!俺らの中にお前がのこのこ踏み入る。そしたら俺らがお前の足を引っ掛ける。それでお前が転ぶってもんだろ!」
なるほど、この怪異は入ってきた人を転ばせる怪異らしい。そして、飛翠を転ばせるために呼んだようだ。
(お母さんに言わんこっちゃないって言われそう)
怪異はずっと文句のような言葉を続けている。飛翠は辺りを見回した。今日の暑さに関わらず、この公園はあまり人が来ないのだろう。人が踏み入った形跡も、遊んだ形跡も見当たらなかった。
(この公園に人が来ないままになったら、この怪異も消えちゃうのかな。)
自分を転ばせようとしてきた怪異だが、それでも飛翠は、消えてほしくないと、そう思った。
今、目の前で普通に話している相手が消えてしまうかもしれない、それは嫌だと思った。
「あの、草むら様。」
「あぁん?言っとくがな、一度俺らの陣地に入ったんだ、簡単に出れると思うなよ。」
飛翠が入口の方を見ると、飛翠の肩くらいまである雑草が生えていた。踏み倒そうと思えば踏み倒せると思うが、確かに通りづらい。
「あの、別に帰るってわけじゃなくて、…草むら様、勝負しませんか?」
「ハア?勝負?何言ってんだ?」
草むら様は意味がわからないと言った様子でギロギロ飛翠を見る。
彼らは人を転ばせる怪異だ。人を転ばせることが喜びであり、そのために存在している。
そしてそれが、人間からすれば傍迷惑であり、嫌われることを理解している。
嫌われることは問題ない。問題なのは忘れられること。
そのため、飛翠を呼び、思い切り転ばせ、嫌な記憶に残り続けてやろうとしたというのに、飛翠は転ばないし、勝負しようと言い出す。
(勝ったらここから出せってことか?でも帰るわけじゃないって言ったし、そもそも帰らないのが意味わからねえ。自分を転ばせようとする奴のところになんでいつづけんだ)
草むら様があれこれ悩んでいると、飛翠が続きを話す。
「私は転びたくありません。だから、絶対転ばないようにします。草むら様は私を転ばせたいんでしょう?私、夕方チャイムが鳴るまで、草むら様の場所を歩き続けます。それまでに転ばせたら草むら様の勝ち。転ばなかったら私の勝ちです。」
「お前、何のために勝負なんざするんだよ。転びたくねえなら帰ればいいじゃねえか。」
入り口は雑草で覆われ、通りづらくはある。でも本当に人間を引き止められるほど力があるわけではない。だから、飛翠が勝負だなんだと言ってくる意味がわからなかった。
草むら様の疑問に飛翠は答える。
「私、この夏休み、忘れられない思い出をつくりたいんです。怪異に勝負で勝ったら、忘れられない思い出になると思ったので!」
挑発するような、自信満々の笑みだった。
(忘れられない思い出、か)
それならば、
「いいぜ、その勝負のってやる。お前をベコボコに負かして、お前の忘れられない思い出にしてやるよ!」
「それじゃあ、はじめましょうか。あ!お昼になったらお弁当食べてもいいですか?休憩時間ってことで。」
「食え食え。腹が減ったから負けたなんて言い訳させねえからな。」
「もちろんです!」




