8月24日(火)
8月24日(月)天気 晴れ
今日バスに乗ろうとして、目の前でバスを逃したら、天さんが怪異バスを呼んでくれました。初めて乗りましたが、座席がふかふかだったり固かったり、停止ボタンがあっちこっち移動したり、すごかったです。ちゃんと図書館につきました。
今日は図書館に行く。分室は近くにあるが、飛翠は大きい本館に行きたかった。
歩いていくには少し遠いので市内循環バスに乗ることにした。その分のお小遣いはもらえた。
「急がなきゃ! 急がなきゃ!」
あれこれ準備しているうちにバスの時間が近づいていた。20分おきなので、そこまで待たないといえば待たない。だが、家の近くのバス停はベンチがないので、あまり待ちたくなかった。
急いで走り、バス停近くの交差点まで辿り着く。バス停の方を見ると、
「あああ、遅かった!」
ちょうどバスが発車していた。走り疲れた体を休めつつ、とぼとぼ歩いていく。時刻表を何度見ても次のバスは20分後だった。
「あーあ、待つしかないか。」
がっかりしているところに、空から天さんが舞い降りてきた。
「今日はずいぶん急いで出てったと思ったら、バスに乗るつもりだったのかい?」
そういえば、急ぐあまりに玄関を飛び出して、天さんに挨拶できていなかった。
バスのことばかり気にしていて気が付かなかったが、いつものように涼しくない。暑い。天さんの力を使ってもらっていなかった。
「天さん、挨拶できてなくてごめんなさい。バス乗ろうと思ってたんだけど、間に合わなかったや。」
「時間が決まっているときはもっと早く動いたほうがいいよ。」
天さんは笑いながら飛翠を涼しくしてくれた。走って熱くなった体が徐々に冷えてきて気持ちがいい。
「バスを逃してしまったのだろう?それならちょうどいいのがあるよ。」
天さんの翼の先の煙が形を変えて、小さな小鳥になる。
その小鳥がどこかへ飛んでいくと、その方向から怪異バスが来た。
「わあ! 怪異バスだ。…天さんが呼んでくれたの?ありがとう!」
「どういたしまして。乗ったことはある?」
「ないよ! 自分から乗る人はそもそもいないし。」
怪異バスは♢市内を走っているバスの怪異だ。前のナンバープレートがあるところには大きな口。時々舌なめずりをしている。ライトのところは光る目。赤や黄色に光る。ボディは普通のバスと同じ金属だが、そのボディはお腹のように膨らんだりしぼんだりする。
道路で怪異バスを見かけると、中にはたくさんの怪異と、「助けて!」「ここで降ろして!」と叫んでいる人間が乗っていることがほとんどだ。怪異バスはバス停で待っている人をときどきさらって、市内あちこち連れ回すらしい。乗せられたら最後、怪異バスが満足するまで連れ回されて、目的地と全く違うところで降ろされると聞く。
(今日は図書館に行くつもりだったけど、怪異バスなんて滅多に乗れないし、最悪目的地につかなくてもいいか。)
怪異バスがバス停の近くまで来ると、前の口から舌が伸び、飛翠を捕える。飛翠は目を丸くした。
「それじゃあ、楽しんでおいで。いってらっしゃい。」
「いってきます。」
飛翠が答えるやいなや舌は飛翠を捕らえたまま口の中に戻る。突然飛翠は怪異バスの口に入れられた。
一瞬、周りが暗くなる。その後、パッと明るくなり周りを見ると、怪異バスの中に入っていた。
内装はどこかどんより赤黒い。手すりの部分は何かの骨のようだった。椅子の配置は普通のバスのようだが、その形はさまざまで、モフモフふんわり毛が生えている椅子や、座る部分が土になっている椅子、岩の椅子や木の椅子、燃えている椅子などさまざまだった。おそらく怪異バスに乗る怪異に合わせているのだろう。実際土の椅子の上に草むら様が生えていた。
「お、飛翠じゃねぇか。なんだ、このバスに乗るなんて珍しいな。」
「おはようございます、草むら様。草むら様もバスに乗るんですね。」
「まあ、たまには楽に移動したくなるんだよ。」
草むら様以外にも飛翠の知っている怪異が乗っていた。袋に入った水のような椅子の上に炭酸の怪異さんがいた。
「炭酸の怪異さん、お久しぶりです。」
「あ、ビシャビシャの子! シュワシュワ2つ買ってた子でしょ。久しぶり。」
「炭酸の怪異さんはどちらに行かれるんですか?」
「新しいジハンキのとこ。シュワシュワがもっといっぱい入ってるジハンキあるよって教えてもらったの。」
炭酸ジュースを多く売ってる自販機が別の場所にあるようだ。これから起こるだろう被害を思うと少し目が遠くなる。
(まあ、炭酸ジュースが溢れるくらい、♢市でなら大したことじゃないし。)
「ほどほどじゃないとみんな買ってくれなくなりますからね。」
「うん、ほどほどにする!」
「まあ、珍しい。このバスにさらわれた人間が怪異と普通に喋ってるなんて。」
「ほんと、いつもならギャーギャー騒いでうるさいくらいなのに。」
バスの後ろの方、戸棚のような席の中に長針がぐるぐる回っている置き時計の怪異と真っ赤なインクを垂らしているペンの怪異がいた。
「はじめまして。中川飛翠です。この夏の間に知り合いの怪異が増えまして、いろんな怪異の方とお話しさせてもらっています。」
「あら、あなたがあの中川飛翠さんなのね。お話しは聞いているわ。」
「よかったらこちらにいらして。私達ともお話ししましょう。」
置き時計の怪異とペンの怪異に呼ばれ、飛翠は後方席へ移動する。2人の席の前にある木の椅子に座った。
「お二方はどちらに向かわれるのですか?」
「私達は特に目的地はないわ。このバスに乗っているとあちこち行けるでしょう。窓の外を眺めて楽しんでいるの。」
その言葉で飛翠は窓の外を見る。怪異バスはちょうど赤信号で停止していたようだ。
この怪異バス、基本的に道路交通法を守る。赤信号や止まれ標識で止まるし、スピードはその道路の制限速度に合わせているらしい。右折左折の時は片目が光る。下手な人間よりきちんと運転していると、前にお父さんが言っていた。
窓の外にペットショップが見えた。入り口近くのゲージにいろんな色のインコが入れられており、ゲージの中で飛び回っていた。
「私はいつもお散歩ですけど、確かにバスの窓から景色を見るのも楽しいですね。」
「ふふ、そうでしょう。」
飛翠たちは和やかに会話していた。
しばらくバスが走ると、前の方の席で炭酸の怪異さんが「降りる! 降りる!」と、ぴょんぴょん跳ねていた。よく見ると、炭酸の怪異さんの近くの降車ボタンが、跳ねるたびに上へ上へと動いていた。
(怪異相手でも簡単に降ろしてくれないんだ。)
飛翠は近くのボタンを探す。飛翠の手の届く位置で、動かずに止まっていた。
移動されたら面倒だと思い、素早く押す。普通のバスのボタンと音が違い、どこか不協和音のような音が流れ、「降ろします。」と暗い声が流れた。
(そんなに降ろしたくないのか。)
炭酸の怪異さんは飛翠がボタンを押したのに気がついたようで、
「ボタン、ありがとう!」
と、飛翠に伝える。中の気泡が心なしか増えていた。
「どういたしまして。」
止まった場所は飛翠の知らない公園だった。入り口近くに自販機がある。あれが次のターゲットなのだろう。
「ボタンの子、またね!」
「はい、また会いましょう。」
降車の際は口からではなく扉から降りるようだ。炭酸の怪異さんはぴょんぴょん跳ねながら降りて行った。
バスがまた発進する。その道に見覚えがあった。図書館に行くときに使う道だ。方向も図書館の方へ向かっている。
(ラッキーだ! ちゃんと図書館に着けるかも。)
チラリと降車ボタンを見ると、飛翠がそちらを見たことを察したのだろう、降車ボタンはすごい速さでバスの壁を動き回る。ならば別のボタンと目を向けるとそちらも動き回りはじめた。
だが、飛翠はその動きに法則性を見出す。降車ボタンはそれぞれ決まった範囲しか動かないようだ。手すりのボタンは付いている手すりを上下に動いているし、壁のボタンは前の席や後ろのところまではいかない。飛翠の席の横にいたボタンは席の横の範囲の壁を上下左右に動き回っていた。
(動き回るから押しづらいけど、手は届く!)
飛翠はボタンの動きをよく見る。ボタンが移動する方向を変えるその一瞬、少し動きが止まった隙を見て飛翠はボタンを押すことができた。
先ほどと同じく、不協和音がなり、「降ろします。」と暗い声が響く。
「あら、降りるのね。それじゃあまた今度。」
「ぜひまたバスにお乗りになってね。」
「はい、おしゃべり楽しかったです。また今度。」
バスが停止し、飛翠は前方のドアに向かう。運転席に運転士はいなかった。
「怪異バスさん、今日はありがとうございました。また乗せてください。」
飛翠の言葉に怪異バスはスピーカーの音声で答えた。
「またのご乗車、お待ちしております。」




