8月5日(水)
8月5日(水)天気 晴れ
今日も外を散歩していたら、体がスゥッと冷えてきて、震え出し、かぜをひいたかと思いました。近くにいた風鈴の怪異が冷やしていたみたいです。すっごく冷えました。
今日は爽やかな夏という言葉がぴったりな日だ。空は晴れ、じめっとしておらず、影に入ると涼しい風が吹く。
今日の飛翠は行き先を決めていなかった。散歩を楽しんでいる。
その途中、体の芯が急冷え、ブルリと震えた。
(なんだろう、別に今日寒くはないのに。)
冷たい風が吹いたわけではない。体が冷える理由が周囲に見当たらなかった。
少しすると体が落ち着いたのか元の調子に戻っていたので飛翠は気のせいということにした。
また歩き始めると遠くからリンと音が鳴る。
(風鈴かな?)
と考えた次の瞬間、再び体が急に冷え、震えが止まらなくなる。
(なになに?風邪ひいた?それとも怪異?)
風邪の可能性は低い。なんせさっきまでは元気いっぱいだったのだ。となると、怪異の可能性が高い。
怪異を探しながら慎重に進んでいくと、先ほど聞こえた風鈴の音がよりはっきり、より響いて聞こえる。それと同時に体がさらに冷えだし、震えが大きくなってきた。
(この風鈴の音が原因?)
怪異のあたりをつけ、風鈴のありそうな軒先を注意してみていると、先ほどから音を鳴らしている風鈴を見つけることができた。
透明な丸いガラスに赤と青で線が引かれている。その風鈴が風に吹かれてチリンとなるとどんどん体の熱を奪われてくようだ。
「あの、そちらの風鈴の怪異さん。少し音を止めていただくことは可能でしょうか?」
飛翠の体はかなり冷えていた。飛翠には見えていないが、顔も唇も青っぽくなっていた。
「まあ!人の子が話しかけてくるなんて珍しい。でもどうして音を止めろなんておっしゃるの?私は風鈴。音を鳴らすのが使命なのに。それに、私の涼やかな音は人が夏を乗り切るのに必要なのでしょう?だからたっぷり冷やして差し上げてますのに。」
風鈴の怪異は本当にひどく楽しげな様子で再び音を鳴らす。飛翠はとうとう立っていられなくなった。
風鈴さんは善意でやっているようなことを言っていた。飛翠は天さんに空気を冷やしてもらっている。そのせいで自分だけがひどく凍えてしまっているだけで、他の人はありがたいのだろうかと考えたが、それでも自分の冷え具合は異常だと思った。
(この家の人は大丈夫なのかな?)
人の家を覗くわけにはいかないため、風鈴の怪異に尋ねた。
「私以外の人は、この家の方は喜んでらっしゃるんですか?」
もしそうなら、飛翠がこの場にお呼びでないだけなため、離れれば良いと思った。
「ええ、ええ!みなさま震えるほど喜んでくださっているのですよ!家から出ることなく、私のそばで体を冷やしていらっしゃるのです。」
震えるほど、家から出ず、体を冷やす。もしや風邪かそれ以上に悪い状態になっていないだろうか?
(この怪異は、本気で善意だとは思う。人の体についてわかっていないだけ、それなら話してなんとかなるかも)
「風鈴の怪異さん、体を冷やしてくださったことありがとうございます。ただ、人は体を冷やしすぎると逆に体が悪くなってしまうんです。これ以上冷やさないでほしいのです。」
「あら、あなた、私が悪いとおっしゃるの?」
風鈴さんが険のある声で飛翠に問いただす。
「いえ、もう、十分に冷やしていただいたので、風鈴さんの使命にとらわれず、ゆっくりしていただければと思います。」
飛翠はなんとか相手を怒らせない言葉を探しながら伝える。風鈴さんはまだ飛翠の言葉をよく思わないようだったが、
「まったく、失礼してしまう。それだけ言うのならもういいわ。私はこの場を離れましょう。また、暑い暑いと喚くがいいわ。」
風鈴さんは軒先から外れて最後にチリンと鳴らし、姿をくらませた。
飛翠は塀のブロックや地面のアスファルトに手を置く。飛翠の周りの空気は天さんが冷やしているため、温かくない。なので温まっているブロックなどから熱をもらおうと思った。
(なんとかなってよかったあ。)
しばらく休憩していると、体の調子が落ち着いてきて、立ち上がることができた。家に帰ろうとした時、
「飛翠ちゃん!ゲホッゴホッ。」
「ときちゃん?ときちゃんちだったの?体調大丈夫?」
咳をしながら飛翠を呼ぶ声が先ほどの家から聞こえた。少し離れて見上げると、2階の窓から、同級生のときちゃんが顔を出していた。
彼女の家を飛翠は知らなかったが、どうやら風鈴の怪異がついていたのは彼女の家だったようだ。
「うん、さっきまでよりはずっと良くなった。あの怪異、飛翠ちゃんが追い払ってくれたんだね。ありがとう。」
「ううん、無事ならよかった。ご家族も平気?」
「私が一番体調悪かったから他の人はまだ大丈夫だと思う。あの怪異、先週くらいに私が庭で暑いなって言ったてたら急に現れて、冷やして差し上げますなんて言ってきたと思ったらこんなだったからすごく困ってたんだ。やめてほしいって言っても暑いのでしょう?って言うだけだし、窓閉めて音聞こえないようにしたら、あなたのために冷やしているんですってさらに大きい音で鳴らそうとするもんだから、窓閉められなくて。いなくなってくれてよかった。」
ときちゃんはかなり困っていたようだ。ときちゃんはまた咳を繰り返していた。
「ときちゃん、今まで休まらなかっただろうし、ゆっくり休んでください。また今度会いにきます。」
「ごめんね。ありがとう。」
そういってときちゃんは窓を閉めた。ゆっくり休めるといいが。
(困った怪異も多い、というか困った怪異の方が多いからなあ。だからお父さんやお母さんは気をつけるように言ってたし。今まで会った怪異がそこまで困る方じゃなかっただけ。うん、もう少し気をつけよう。)
飛翠は家に向かう。
天さんが飛翠の顔色を見て心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫かい?顔が真っ青だよ。」
「今日体を冷やす、風鈴の怪異さんに会って、だいぶ体冷えましたが、今は大丈夫です。もう少し休めば元気に戻れると思う。」
飛翠は天さんに心配しないでと笑いかける。
「同じ冷やす怪異でも、私が会ったのが天さんでよかった。」
飛翠の言葉に天さんは少し驚いたように、目を見開く。
「とりあえず今はゆっくり休んでおいで。」
「はい。ありがとうございます。」
飛翠が玄関をくぐり扉を閉める。残された天さんが、独りごつ。
「私でよかった、か。私もそこまで変わらないと思うけどね。」




