8月1日(土)
8月1日(土)天気 晴れ
待ちに待ったお祭りです。午前中の屋台の準備を見るのも楽しかったです。お昼も夜も屋台の食べ物を食べました。この間会った太鼓の怪異と一緒に回っていたら、浴衣の怪異さんと出会い、今日と明日着ることになりました。
今日は待ちに待った夏祭りだ。
天気は晴れ。暑くはあるが、飛翠には関係なかった。
「こんにちは。天さん!」
「やあ、今日はお祭りだったね。始まるのはもう少し後じゃなかったかな?」
現在時刻は12時。お祭りの開始は13時からだった。
「待ちきれなくて!それに屋台とか準備しているのを見るの、楽しいです!」
「そうか。まあ、待ちきれないのは君だけではないようだしね。」
天さんが向こうのほうへ視線を送る。視線を辿ると2週間ほど前に会ったたいこさんが飛翠を待ちながら祭囃子を叩いていた。
「たいこさん、お迎えに来てくださったんですね。」
たいこさんは体をポンと叩く。
「天さん、今から行ってきます!」
「ああ、今日も楽しんでおいで。」
そういって天さんは翼を広げる。煙状の翼は飛翠の周りを覆い、空気がひんやりと冷えてきた。
「ありがとうございます!」
飛翠は元気に外へ出かける。たいこさんは飛翠の数歩先を進んでいた。
「お祭り楽しみですね。かき氷にたこ焼きにベビーカステラに、何食べるか決められません!」
ポポン。
「あ、もちろんお祭りのお囃子も楽しみです。山車に乗って太鼓を叩いたり、お面つけて踊ったり、カッコいいですもんね。」
ポン。
「私の住んでる家は山車を引っ張る地区に入っていなかったのが残念ですけど。でも、その分いろんな山車を見れますもんね。」
ポン。
そんな風に会話をしながら、お祭りの会場となる道へ進んでいく。歩行者天国はまだ始まっていなかった。歩道には、組み立て中の屋台や、すでに組み立て、食べ物を焼き始めている屋台もあった。
「わああ!」
お祭りが始まるという雰囲気が、飛翠の気持ちを高揚させる。見慣れた道が、別世界のような気持ちになる。
「たいこさん、端から端まで全部見てきましょう。」
ポンと叩いてたいこさんは承知した。飛翠が進むにつれ、時間も進み、お祭りがどんどん近づいてくる。ワクワクしてしょうがなかった。
お祭り開始10分前ごろ、
「飛翠だ!もう来てたの?」
みさちゃんに声をかけられた。
「みさちゃんやっほー。そうなの。端から端まで見て回ったんだよ。」
「今日、ゆりとか、つゆとかと一緒に回るんだけど、飛翠も来る?」
同じクラスの友だちの名前を聞き、会いたい気持ちもあったが、飛翠は斜め下に視線を向ける。
「ありがとう、でも今日はたいこさんと回るから、また遊ぼうね。」
みさちゃんは、たいこさんに気がつくと、顔をひきつらせた。
「あっ、あー、なるほどね、怪異とね。それじゃあ一緒は無理ね。うん、まあいいんだけど、気をつけなさいよ。」
「心配してくれてありがとう!それじゃね!」
「うん、バイバイ。」
最後の方みさちゃんの目が死んでいた。
「たいこさん、行きましょう!」
飛翠の声かけにたいこさんはポンと叩かず、チラチラとみさちゃんと飛翠を交互に見ていた。
「友だちと一緒に遊ばなくていいのか気にしてくださっているんですか?」
飛翠の問いに、たいこさんはポンと叩く。
「友だちと回るお祭りももちろん楽しいです。でも、今回はたいこさんと回りたいんです。私、今年の夏休みは忘れられない思い出をつくりたいんです。お祭りが大好きなたいこさんとたくさん楽しみたいです。」
飛翠の言葉にたいこさんは嬉しいのか祭囃子を叩き始める。ちょうどお祭りの開始時刻となり、各地の山車が祭囃子をたたき始めたようだった。
「それじゃあ、たいこさん。お祭り楽しみましょう!」
ポンと、ひと叩き。楽しい夏祭りが始まった。
お昼ご飯のたこ焼きを食べながら歩く。たいこさんは食べ物は食べないようだった。
あちこちの山車から聞こえる祭囃子を堪能していると、どこからかすすり泣く声が聞こえた。
(迷子かな?)
たいこさんに断りを入れ、声の聞こえる方、祭り会場となる大通りの脇道へ進むと、飛翠くらいの子が、うずくまっているように見えた。その子は紺の柳模様の浴衣を着て、飛翠と反対の方向を向いてうずくまっているようだった。角度の問題なのか頭が見えない。
「ねえ、大丈夫?」
飛翠の声に反応したように、その子はこちらを振り向いた。
飛翠は驚く。そこに頭はなかった。透明人間が浴衣を着ているように、頭も腕も足の先も見えず、人が来ているような輪郭の浴衣がそこにいた。
「えっと、透明人間さんですか?」
「違うわよ。私は浴衣そのもの。浴衣の怪異。誰かに着られてるわけじゃ、きられているわけじゃあ…。」
浴衣の怪異の言葉が途切れ、再び泣き出す。飛翠は慌てて慰めようとした。
「すみません、悲しませてしまって。何か、たこ焼きはもう食べちゃったし…。あの、一緒にお祭り回りますか?お話聞きますよ。」
「ぐすっ、今、大通り出たくない。泣いたままお祭り行きたくない。」
「それならここで話を聞きます。浴衣さんとお呼びして良いですか?何かありましたか?」
飛翠の声かけで少し気持ちが落ち着いたようだった。
「呼び方はそれでいいわ。私は怪異になる前、普通の浴衣だったの。あるお婆さんに着られていたわ。ある日、孫に浴衣をプレゼントしようということで、私は子ども用に作り替えられたの。別に小さくなるのは気にしてなかったわ。お孫さんに着られるのを楽しみにしていたもの。でも、」
そこで、浴衣さんは言葉を詰まらせる。少し間をおいて、続きを話す。
「でも、お孫さんは浴衣なんかいらないって。今時来てる子いないって。それにそんな地味な柄の浴衣嫌だって。そういってタンスの中に仕舞われ続けて、その子の大きさに合わなくなって捨てられたのが、私。」
浴衣さんは泣いているような仕草をしながら、
「仕方ないとは思うのよ。時代も変わったし、その子の好みもあるのは当然だし。でも、来てもらえないまま何年も仕舞われ続けて、そのまま捨てられてしまったのが悲しくて。」
飛翠は静かに話を聞いていた。
飛翠は浴衣さんの話に返せる言葉を持っていなかった。でも、浴衣さんの悲しみをくつがえす方法は思いついた。
「浴衣さん。それなら今日と明日、私があなたを着てもいいですか?」
「え?」
「着られなかったのが悲しいんですよね。それなら私が着ます、一緒にお祭りを回りましょう!」
「確かにあなたは私を着れる大きさだけど、でも、私地味だし、それに今は浴衣を着ないんでしょう?」
飛翠も浴衣を着ていない。そもそも持っていない。今日はいつもの半袖ハーフパンツにキャップをかぶってきた。みさちゃんも着ていなかった。お祭りの会場の方に目を向けると、浴衣を着ている人は時折見かける程度だった。
「浴衣着てない人の方が多いですけど、気にすることないです。どんな服着たっていいのですから、浴衣もいいんです。それにやっぱりお祭りといえば浴衣だし、私も憧れてました。浴衣さんの柄、和って感じで、格好良くて、私好きです。お願いします、私に着られてくれませんか。」
「その、私でよければ。」
浴衣さんはもじもじしながら答えた。
「そうと決まれば、一旦家に帰りましょう。たいこさん!」
脇道への入り口で、大通りを通る出しを見ていたたいこさんに声をかける。
「すみません、私少し着替えてきます。その後また、一緒に回ってくれますか?」
ポン、とたいこさんは快諾する。地面を指差し、この場所にいると身振りをしていた。
「ありがとうございます。それじゃあ浴衣さん、行きましょう!」
飛翠は浴衣さんを連れ、家に帰る。玄関では天さんが飛翠の早い帰りに驚いていた。
「ずいぶん早く帰ってきたと思ったら、その子を連れにきたのかい?」
「ただいま、天さん。着替えたらまた行きます。浴衣さんこちらへどうぞ。」
「おじゃまします。」
浴衣さんがおずおずと家に入ってくる。
「あの怪異、会ったことあるわ。あなたが中川飛翠だったのね。」
「あ、自己紹介してなくてすみません。はい、私が中川飛翠です。」
飛翠の部屋まで入り、着替えを始める。
「怪異に会おうとする女の子がいるって聞いて、会ってみたいとは思ったの。でも、着たくないって言われたら嫌で、なかなか会いに来れなかったわ。」
「そうだったんですね。なら、今日会えてよかったです。」
着替え終わり、部屋から玄関へ向かう。
「人に着られて出かけるの久しぶり。なんだか緊張するわ。」
「大丈夫ですよ!とっても綺麗ですもん。お祭り、楽しみましょうね!」
そういって飛翠は再び玄関のドアを開けるのだった。
夏祭りはまだまだこれからだった。




