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錯覚  作者: 手絞り薬味
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番外編 由里子

 『恋は脳の錯覚だ』


 テレビの中、訳知り顔をしてもっともらしく言う男。

 ああ、そうなの? なんか納得。





 高校生を拾った。

 必死で大人ぶってるところが可愛くて、家に連れて帰っていろいろ教える。


「またね」


 手を振ると眉を寄せられた。

 何その態度。変な子。でもちょっと面白い。

 また会えるかな?





「ろくでなしの馬鹿娘」


 母は私をそう呼んだ。

 うんまあ否定はしないけど、あんたの育て方にも問題があったんじゃないの? 少しでも私に愛情くれた? ――なんてね。

 ふらりと出かけ、今日のお相手を見つけた。


「ねえ、これからどう?」


 私は、ろくでなし。





 週末、高校生と再会。

 ずばり「高校生?」って訊くと、言葉に詰まった。やっぱ可愛い。

「ねえ、名前は?」

 少し迷って、高校生は答えた。


「アツシ」


 偽名かな?

 それからも数回偶然会って、そして『アツシ』は街に来なくなった。

 少し残念。連絡先を訊いておけば良かった。





 それからも変わらずだらけた生活を送り、でも時々あの高校生を思い出す。そんなある日。

 大学の構内で、あの高校生と再会した。


「久し振り、この大学に入ったんだ」


 声を掛けると、高校生――ああ、もう大学生か、は、目を見開いて驚いた。

「ねえ、これから……」

 ちょっと遊ばない? 以前みたいに。

「悪いけど、そんな気はないんだ」

 しかしアツシは踵を返して歩き出す。あら、断られちゃった。私はアツシを追いかけてて言う。

「そう? じゃあ、また今度誘うわ」

 それから私は、時々アツシを誘い、アツシはそのたび断った。

「残念。結構相性がいいのにな」


 ねえ、雅樹君。


 やっぱり偽名だった。いつも一緒に居る子が『篤』で彼は『雅樹』。お互いがそう呼び合っていたから間違いないよね。

 そして――、ある事実にも気付く。そんな矢先。


「あいつと付き合ってくれないか?」


 雅樹に言われた言葉。私は少しだけ驚いて、笑った。

「いいよ」

 ちょっとだけ付き合ってあげる。

 篤は大切な『オトモダチ』、なんでしょ?





「中西ー! ちょっと来いよ! ほら並んで」

 カメラを持った雅樹が呼ぶ。私の苗字、知ってたんだ。

 篤と私を並べて、雅樹は写真を撮った。





 信じられないほど真面目な男、という篤の印象が変わったのは肉体関係を持ってから。

 べったりと引っ付かれて、予定を細かく聞かれて……はっきり言ってこれはきつい。束縛系だったんだ、この男。

 すぐに別れようかと思ったんだけど、雅樹が何度も写真を撮るから……だから関係は続く。気が付けば二年も経っていた。


「チューしろ、チュー!」


 言葉ではそういいながら、雅樹の目は笑っていない。

 篤の言葉に『結婚』の二文字が度々出て、束縛が激しくなる。

 ああ、もう限界。

 私は雅樹の部屋へと行った。


「ああ、もうやってらんない。やめやめ。真面目な振りするのも疲れた」


 そう言う私に雅樹は驚く。

「やだ、私が篤だけと寝てるって思ってたの?」

 そうよ、ここ最近は篤だけ。馬鹿みたいに束縛してくるから、他の男と遊ぶ隙も無い。

 私は雅樹に顔を近づける。

「ねえ、興味ある? 篤がどうやって私を抱くか」

 雅樹が目を見開く。

「篤が触れたこの身体に興味は無い?」

 あるでしょう? だって――。


「あんた、篤を凄い目で見てるよね。……なんで?」


 雅樹は私を押し倒した。

 それから雅樹は何度も私と関係を持った。

 眠る篤の横でも私を抱いた。泣きそうな顔で――。





 妊娠が分かった時、意外にも私は冷静だった。そして雅樹の子だと確信した。

 雅樹は青ざめ、『違う』と言いながらも、結局は子供のために大学を辞めた。

 篤はそれでも結婚してほしいと私に言ってきたけど、無理に決まってるでしょ? 私はあんたから解放されて嬉しいの。でも……嫌いではなかった。

 いつかあんたの束縛に耐えられる女が現れるといいわね。





 目の前には泣き叫ぶ子供。私は何をしているのだろう?

 雅樹は私に手を上げた。私は子供に手を上げた。


 ごめんなさい、ごめんなさい。


 罪悪感、愛おしさ。私は外へと逃げた。

 繋ぎとめることが出来る筈だった。それなのに、どうして私を見ないのだろう。何をすれば良かったのだろう。


 私は――いつから雅樹を好きになっていたのだろう。


 酒を飲み、見知らぬ相手に抱かれて帰ってきた朝、目の前に転がる、傷ついた小さな存在を抱きしめる。


 こんなことがしたいわけじゃない。お願い誰か、助けて、助けて、助けて……!


 気が付けば、実家に居た。突然の訪問に驚く母に、強引に子供を押し付けた。

「捨てるのか?」

 罵倒を浴びせられながら、私は立ち去る。





 何をしても、手に入れられないものはある。それを悟った時、こみ上げてくる笑いを止められなかった。


「別れてあげる。でも最後に、一緒に子供に会いに行こう」


 嘘を吐き、助手席に雅樹を乗せて走り出す。

 何もかも、無かったことにしよう。私から雅樹への気持ちも、雅樹から篤への気持ちも。

 アクセルを限界まで踏み込む。



 愛情、憧れ、欲望、嫉妬――すべて錯覚。


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