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祈りのパッション  

私の中にある一番古い記憶は、灰色の空と空から落ちてくる冷たい雪だった。


良い記憶かと問われると、そんな事はけしてないけど、悪い記憶かと問われるとそんな事もない気がした。


問われて答えられるのは、その日に私が死んで生まれたという事。

ただそれだけであり、それだけで十分だった。


私は空を見上げてみる。


空には灰色の雲が広がっていたものの灰色の雲から雪は降っていなかった。



白黒



両膝を付き、両手を合わせる所から私の一日は始まる。


私がシスターと呼ばれる存在であり、祈りを捧げる事がもっとも大切な業務だからである。


神に祈り平和を願う。聖母像の前で行うこれ等の行為は、教会に仕えるシスターとして規範となる正しい行いだった。


祈りのポーズを取っているからといって、私は神に祈りを捧げているわけでもないし、平和を願っているわけでもないのだけど。


こんなのはただのポーズで、祈っているフリをしておけば、全てが丸く収まるからそうしているに過ぎない。祈りの内情を語るのであれば、頭の中でヘビーメタルをガンガンに鳴らし、ノリノリで退屈な時間を過ごしているだけだった。


頭の中だけは世界で唯一自由が許された私だけの国。中で何をしていようが、外からは静かに祈りを捧げる模範的なシスターにしか見えないのだ。


ボウボウボウ。ウィアッハー。


どれだけ熱いビートを刻み、叫び散らかした所で、熱いビートが体外に漏れ出る事のないよう訓練もした。なので私は一日でも二日でも、女神像の前で祈りのポーズを取る事が可能だった。


今日は教会の大掃除。

そんな中でも私は一日中祈りを捧げ続けた。


サボり?

ノンノン。


祈りこそ最上であり、皆は祈り続ける事ができないからこそ、雑事に奔走しているのである。


何時間何十時間と食事も取らずトイレにも行かず、神の前で祈りを捧げ続ける。そんな凄いシスターが、掃除が嫌でサボっているわけなんてないのだ。


ヒャッハー。


今日もメタルフェスは中々の盛り上がりを見せていた。


「お姉さまは毎日長く長く真剣に祈られていますけど、何を祈っておられるのですか?」


10時間のメタルフェスが終わり、ゆっくりと両目を開け、重ねていた手を解くと、幼い子供の好奇に満ちた声が耳に届いた。


聞きなれた声の主はシスターララ。私の妹分であり、どうやら私が祈り終わるのを待っていたらしかった。


「世界やあなた達の平和を」


実際は何一つとして祈ってはいないのだが、子供の口は凍った池よりも滑るし、ふわふわの綿菓子よりも軽い。いくら妹分とはいえ、本当の事を語るわけにはいかなかった。  


フェスでヘッドバンキングしていた。と言ってもこの子には通じないだろうけど、私は用心深いのである。


「お姉様はやっぱり素敵です。尊敬します」

「当然の事を当然のようにしているだけよララ」


私の口は洗練された絹糸のように、滑らかに嘘を吐き出した。


嘘ばかり語っているせいか、真実を語る時よりも、嘘を語る時の方が私の口は滑らかで淀みなく、いかにも本当の事を言っている風味を出していた。


この風味のお陰か、私は他のシスターからもそこそこ人気があった。   


「それが凄いと、ララは思うのです」

「教会、とても綺麗になっているわね」


「えっ、あっ、はい」

「ララも一生懸命掃除したのでしょう?」


「はい」

「私は一生懸命掃除出来るララの方が、凄いと思うわ」


これはまごうとなき本音である。トゥルトゥルな私の両手とは違い、ララの手はあかぎれを起こしている。こんな手になってまで教会を清掃するなんて事、私には考えられなかった。  


「よく頑張りました」


私はララのあかぎれた手に触れ、続いて頭を撫でた。


とても慈愛に満ちた姿だと思う。広報の為に誰かカメラに収めておいてくれないかしら。


「ありがとうございます。お姉様」

「頭が小刻みにヘッドバンキングしていますよ。シスターメルル」


ララに口当たりの良い滑らかな嘘を付き、自身の嘘つきぶりを自画自賛した所で、聞きなじみのある老齢な声が耳に届いた。  


声の主はシスターリリー。


リリーは私の教育を担当した女性であり、私をこんな風に仕立てあげた調本人でもあった。


私やララを含め、教会に仕えるシスターの殆どは孤児であり、幼い頃から教育という名の洗脳を受けて教会に育てられる。洗脳である以上、拾われた妹達が教育者である姉の思想を色濃く受けついでしまうのは、仕方のない事だった。


教会史上最も長く神に仕えた女と呼ばれ、もてはやされる長女の正体は、魂をロックに売り払った売女であり、私はそんな売女と共犯関係にある売女だった。


売女といっても、私の体はユニコーンに乗れる位には清らかなのだけど。


「あら?挨拶はないのかしら?シスターメルル」

「幻覚を見ている事がバレたら、貴女といえど懲罰房に入れられますよシスターリリー」


ヘッドバンキングなどしていない私は、シスターリリーににこりと挨拶を返した。


この人なら、喜んで入るだろうけど。

リリーはロックな女であり、体には懲罰房で付けられた傷が無数に残っていた。


「いきなり脅しだなんて、随分な挨拶だわ」

「あの、おはようございます。お姉様」


「おはよう。シスターララ。貴女は今日も可愛いわ。誰かさんと違ってとても素直な目もしている」


「教育者が良いからでしょう。シスターは皆、教育者の背中を見て育ちますから」

「つまり私の教育が良かったという事ね」

「かもしれません」


私はリリーに笑いかけた。


リリーは教育者としては至極まっとうで、私や私の妹であるララ以外からはマザーと呼ばれるような人格者でもある。その背中を見て育てば、教会にとって有益なシスターになる事は間違いなかった。


私がほんの少し歪んでしまったのは、背中ではなく腹の内を見て育ってしまったからなのだが、次なるマザー候補として私の名が一番に挙がる位には、リリーの影響力は強かった。


私はまだまだ若いし、お前らを産んだ覚えなんて一切ないから、マザーの称号を得るなんてまっぴらごめんなのだけど。

 

「お姉様達は本当に仲が良いですね。羨ましいです」

「あら、私はシスターララが一番素直で可愛いと思っているわよ。素直なのは何より得難い美徳だわ」

「ありがとうございます。お姉様」


ララはリリーににっぱりと笑顔でお礼を言った。素直で可愛すぎるから歪んだ者には直視出来ない眩さだ。


「笑顔が眩しいわ」


歪んだ者筆頭のリリーは、ララの眩さに目を細めた。


「お姉様が悪魔であったなら、この笑顔だけで浄化されますね。ただ、浄化される前に仕事は全部片づけてください。私はお姉様のように働き者ではありませんから」


「ふふっ。私を悪魔扱いするのは、貴女くらいよシスターメルル。付け加えるのであれば、言葉が少々過ぎるわね。ここは教会で、目の前には女神様もいるのよ?」  


「すみません。軽口が過ぎました」

「懲罰房行きです。シスターメルル」

「うっ。はい」


私は頭を下げる。


いくら気の置けない関係であったとしても、教会内では言ってはならない事もある。悪魔や魔女というワードはただでさえ禁忌的だというのに、その言葉をあろうことか女神像の前でシスター長に向けるのは、なあなあで許されるべき事案ではなかった。


リリーとしても、シスター長として正しく罰を下さなければ、他のシスター達に示しが付かなくもなる。  


フェス終わりにフェス仲間に会ってしまったせいか、思考がロックになってしまったらしい。これは反省。


面倒だが、懲罰房で強鞭を振るうとしよう。


「あのあの、私は何も聞きませんでした。だからあの、お姉様をその、見逃して下さい」

「左目、右耳、肋骨、腎臓、左足。次はどこを損ないましょうか」


ララの言葉など聞こえていないとばかりに、リリーは不適に笑う。リリーは規律に厳しく些細な事柄であっても見逃しはしない。この厳しさと罰があるからこそ、リリーは皆からマザーとして慕われ崇められていた。


そしてこの罰のせいで、私にはあんまり崇められていなかった。  


懲罰房でのリリーはなんというか、かなり気持ち悪いのである。


「あの、あの」

「大丈夫よララ。大丈夫。だから貴女は罰を受けないよう、素直に正しく生きなさい」


私はララの頭を優しく撫でる。


まるで今生の別れのようなセリフだと思ったけど、明日には会う事となるから、言葉の通り全然問題なかった。


懲罰房での懲罰は確かに罰ではあるものの、神に祈らず平和を願わない売女にとって、心や肉体を痛めるものではなかった。


「行きますよシスターメルル」

「はい。お姉様」


心配そうに見つめるララを残し、私はリリーの背中を追った。


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