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白き来訪者

教会では神父やシスターが常に滞在している。教会を訪れた住民の不安や恐怖を受け止め、浄化させる事こそが、教会の持つ役割だからである。


だからこそ教会は、特別な事でもない限り24時間開けており、深夜であっても当直のシスターや神父が迷える子羊達に対応していた。


今日の当直は私であり、私は今、月明かりに照らされた薄暗い教会の中で一人、女神像の前で佇んでいた。


一人での当直を嫌がるシスターが、教会では多数派を占めているのだが、その事を一秒で理解出来る位、夜の教会は不気味だった。


こんな時間に教会を訪れる子羊には、ここに来る勇気を持っているだけで問題なし。と言って追い返してしまってもいいレベルに怖い。


まぁ、私は迷える子羊の道案内はしないし、懺悔も聞きはしないのだけど。  


人の悩みや懺悔を聞くなどという、面倒極まりたい事を一秒でもする位なら、頭の中でメタルを流していた方が余程有意義である。


私はいつものように脳内メタルフェスを開催し、祈りのポーズを取った。


この聖なるポーズさえ取っておけば、誰かが来て何かを言ってきたとしても「祈りなさい」の一言で事足りる。


大体の人は、私と同じように祈りを捧げ、30分もすれば満足して帰っていく。


「いつまで祈るのか?」と聞かれでもしたら「すべての悩みが消えるまで」と答えれば、祈り終えた頃には悩みが消えた事になるし、悩みが消えないのであれば祈りが足りていないという事で、更に祈る事となる。


言葉をうまく操れたなら、あらゆる面倒事は回避できるのである。

 

「ありがとうございます。おかげ様で悩みが消えました。悩む事があったらまた来ます」


なにもしていないにも関わらず、満足そうに祈り終えた人が帰っていく。そしてまた一人この恐ろしい雰囲気の教会に訪れ、私の隣で祈りを捧げ始める。


私の当直は、悩み多き子羊達になぜか人気があった。


昼間も基本はずっと祈っているのだから、こんな怖い夜中ではなく、昼間の明るい時間に来たらいいのに。とか思うけど、私には関係のない事だった。


「心とは裏腹なのに、どうしてここまでさまになっているのか本当に不思議。タコが夢を見ると言われるくらい不思議ファンタスティック」


祈る者もいなくなり、今日の子羊はこれですべて出荷したかと考えた所で、コツコツと足音を響かせながら、誰かが祈りを捧げる私の隣に立った。


隣に立った誰かはつづいて、ぼりぼりと菓子を齧るような音を響かせる。


「やっぱりうまー棒はチーズ味が一番。コンポタや明太子も捨てがたいけど、チーズ味のスティックこそ素敵。メルルもそう思わない?」

「教会てぼりぼりと。いずれ貴女には天罰が下りますよサラ」


予期せぬ友人の来訪に私はメタルフェスを中断し、ゆっくりと両目を開けて、声の主を振り返った。月明かりに照らされた白い髪と白い肌は美しくあるのだが、この場所で見ると結構怖かった。白過ぎて幽霊感が凄いのである。


太陽の下で見た時も白昼夢か何かと思ってちょっとビックリしたのは内緒である。


「天罰。これ以上どんな苦しみをお与えになる気かしら?冬の布団から出る時の苦しみや、同窓会に呼ばれなかった時の苦しみ?辛いなぁ、嫌だなぁ」

「それは辛いし嫌だけと、少し違う気が…」


天罰と呼ぶには微妙過ぎるし、誰にでも起こる事過ぎる。冬に布団から出るのが辛いなんて、ほぼ全員に当てはまる事柄だし。


「じゃあ、タンスの角に両足の小指をぶつけちゃうとか?あれってまさに天罰かも。嫌だなぁ、怖いなぁ」


起こる天罰に肩を落としたサラは、食べる気が失せたのか、三分の一以上が残ったうまー棒を袋ごとポイと投げ捨てた。


投げ捨てられたうまー棒は、床を転がるやいなや、どこからともなく現れたネズミによってさらわれ、建物の隙間に運ばれた。


由緒正しきや、歴史あると言えば聞こえはいいが、ネズミが快適に過ごせる位に、建物の老朽化は進んでいるようだった。この前の大掃除でも駄目となると、ネズミ達とは手と手を取り合って、仲良く建物を使っていかないといけないらしい。


リリーが猫アレルギーじゃなかったら、簡単に解決できるんだけど…。


「やっぱり、ネズミはチーズが好きなのね。臭いもの通し惹かれ合うのかな?クサイ…オマエ…ナカマ。みたいな」


壁の隙間に消えたネズミを見て、サラは楽しそうに笑い変なモノマネを披露してきた。 サラは真っ白な見た目めさる事ながら、所々発想が飛んでいた。


いい風に言えば、汚れを知らない。

悪い風に言えば、純粋で恐ろしい。


「サラの唾液が臭かった説は除外するの?」

「私はフローラルな花の香りがするから仲間じゃなかじゃよ。私が隣を通ると、みんな鼻をくんくんするんだから。キモいよね」


「キモいけど、気持ちは分からなくもない」

サラは人の目を引く美しさを持っているだけでなく、儚げでなんかいい匂いがしそうなのである。


汚れきった世界で美しい一輪花を見たなら、匂いを嗅ぎたくなるのが人の心情だ。


実際、いい香りもする。

サラからはバニラの香りがした。


「メルルは綺麗だから、多少のキモさも正当化されるのがズルいよね。鼻をくんかくんかされてもメルルなら嫌な気にならないもん。キモいけど」

「それは、嫌な気になってるのでは?」


キモいとか言ってるし。


「そう言われると、そうかも。で、私は臭かった?」

「いい匂いです。口以外は」


どれ程の美人であっても、臭い物を食べた後は臭い。これだけは揺らぎようがない。


サラの口臭は腐ったチーズの臭いがした。


「くすっ。メルルのそういう素直な所、私は好き」

「目が笑ってないけど」


どう考えても睨んでます。はい。


「心か’笑ってる」

「そう。で、今日は一体何の用?まさか悩み事があって祈りに来たわけではないでしょ?」


「私だって悩みの一つや二つあるし、懺悔したい事も、神に祈りたくなる事だってある。悩み多き乙女なんだから」

「そう。なら私は帰るから、心ゆくまで祈っていってね」   


私は祈る事を苦にしないが、残業は嫌いだった。教会という場所はホワイトでなければいけない。  


清廉潔白こそ、教会に求められている顔なのだから。


「親友に対して冷たくない?キンキンに冷え過ぎてない?

「自らを親友と言う者は信用できないので、正しい判断です」


俺達親友だろ?私達親友だよね?

うーん。これは搾取の香りがする。サラの口臭より臭い。腐った臭いというやつだ。


「え?私とメルルは親友じゃないってコト?」

「超親友です。ウィアーな関係です。だからこそ、仕事終わりのプライベートな時間を使うってコト」


サラは胡散臭いし口臭も臭いけど、親しい友人ではあった。後、なんだかんだこの親友は面倒に対して相応の対価をくれる。


私には私の打算も働いていた。


「最初からそう言って。焦るじゃない。背中が汗でクールになった」

「それじゃあ、私が拭いてあげます」


「それは平気。メルルの手つきってイヤらしいから触られたくない」

「姉や妹には好評なのに?」


私のフェザータッチには、違う世界の扉を拓くには十分の威力があるらしい。


というより、拓いてきた実績がこの手にはあった。

ここは教会。女の花園なのである。



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