暴食の魔女 ②
白い髪と白い瞳。白い肌に白いローブを羽織った、全身真っ白な小人がそこにはいた。
雪の精と言われればそのまま信じてしまいそうな位、白く可愛らしい。身長は10cmにも満たないだろうか。
ただ、10cmにも満たないとはいえ、こんなものが喉から顔を覗かせれば、じじいのように咳き込み嗚咽するだろうに、魔女の存在はアルに異物として認識されてはいないようだった。
見えない、嗅げない、触れられない、聞こえない。
舌の上に乗っていたとしても味はしない。
魔女には存在を肯定するあらゆる事象がなかった。
だからこそ、アルは魔女が口の中からこんにちはをしても咳き込まないし、メルルがこの現象に驚く事もない。
魔女を認識しているのは僕だけだった。
「フォークをゆっくり、アルの口から引き抜いてくれ」
「畏まりました」
僕の指示に従い、メルルはゆっくりと魔女付きのフォークをアルの口から引き抜いた。
『あふ~。最高なのじゃ~』
「捕まえた」
魔女はホットケーキに夢中で、外に引きずり出された事に気が付いておらず、僕はそんな魔女を、人差し指と親指を使って摘まむように持ち上げた。
存在証明が不可能であっても、僕には魔女が見えるし、香えるし、聴こえるし。テイスティングする事も、さわさわする事もできる。
僕にとって魔女は、なんら特別ではなかった。
『うおっ。ななななんじゃ‼』
手足をぷらぷらとさせながら、小さな魔女はキョロキョロと辺りを見渡した。
妄想力で補正する必要もない位、悪っぽさの欠片もない。
小さな魔女は本当に、ただただ可愛いだけだった。
「お前が、アルの声を奪った魔女なのか?」
「なんじゃお前は、わたくし様の体に触れるとは、無礼千万であるぞ」
「服は摘まんでるが、体には触れてない。よって無礼ではない」
「魔女の衣装は体皮も同然じゃ。よって貴様は無礼者である。ブチ殺すぞボケ」
「怖っ…くない」
バタバタと両手を動かしながら言われた所で、可愛いだけだった。
「ジェミニス様がいつもに増して、酷い独り言を始めました。気持ち悪い…」
【ジェミーあたまのびょうき サラいってた】
「魔女と話してるのであって、病気じゃないぞ」
「魔女と話せるのは、立派に病の一つですよ。ジェミニス様」
「た、確かに」
ぐぅの音も出ないとは、まさにこの事だ。
『…ほぅ。お前もしかして、魔女見習いか?』
「違う」
『そうか。確かに男なのに女はないな。さては貴様、魔男見習いであるな』
「違うし、まおとこ見習いはやめろ」
間男見習いなんて、男のクズみたいな肩書だ。間男というだけで良くないのに、それを見習うとか、目指す場所が明後日の方向過ぎる。
『じゃが小僧は存外、クズのような顔をしておるぞ』
「唐突に顔をディするな」
「ジェミニス様は、スケベ大魔王をドブ水で煮込んだような顔であると、私は認識しているのですが、これはディスに入りますか?」
「スケベ大魔王を共通認識のように語るな。誰だよそれ」
「名は確か、ジェミニスと」
「つまり僕が、ドブ水で煮込んだような顔をしていると、言いたいわけですね」
傷付く。大体、ドブ水で煮込んだってなんだよ。水で煮込むなんて事、物理的に不可能じゃないか。
【ジェミーはブスじゃないよ】
「アル天使」
「ドブスですからね」
「お前は悪魔だなメルル」
『おい。わたくし様を無視するな』
バタバタと魔女は体を動かす。
注目を求めるだけで、離せや降ろせと言わない辺り、もしかすると魔女は話せるのが嬉しいのかもしれなかった。
てあれば、質問次第で色々と答えてくれる可能性も高そうだ。
「確認だが、お前がアルから声を奪った魔女で間違いないな?」
『スアラ様』
「はい?」
『私様の事はスアラ様と呼べ。糞人間』
僕に襟元を摘まれ情けない姿を晒している魔女は、偉そうに鼻を鳴らしドヤ顔をキメる。
スアラ様などと呼べば、いかにも調子に乗りそうな風体である。
「スアラがアルの声を奪った魔女だな?」
『おい。様を付けろゴミ人間』
「僕はジェミニスだ。ゴミ人間はやめろ」
『糞人間』
話が通じない気がした。
サラやメルルといい、話ができるのが声を出せないアルだなんて、これはブラックジョークか何かだろうか。
「アルの声を返してくれたなら、様付けでもなんでも呼んでやる」
『食べた物を吐き出すというのは、私様の信念に反する。よって無理じゃ』
「なら僕はお前を呼び捨てにする」
『魔男風情が、調子に乗るなよゴミ人間』
スアラがジロリと睨んでくる。
指先で摘まれてい少動物にいくら睨まれた所で、全然怖くなかった。
このまま食べてやろうかとさえ思う。
白くてふわふわしているし、意外と美味しいのではなかろうか。
『…今わたくし様は、お前に対して恐怖を覚えたのじゃ。お前、ちょっと普通ではないの』
「普通だと思うけど」
【ジェミーはいじょう】
「脳みそは特に土地狂っていると思います」
「酷い」
そんな土地狂った姿、見せてないでしょうに。
見せてない…よね?
少し過去を回想してみる。
…うん。普通…だ。




