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最期


**

Hahahahahahahahhahhahahhahhhahahaaaa...

______It’s tooooo late!!



熱い。




熱い。その熱は皮膚を溶かし、骨を蝕む。嗚呼痛い、熱い、熱い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い。


とうとう立っていられず、膝から崩れ落ちてしまった。下半身に目を当てると、瀟洒な着物は着崩れ、裾は煤で汚れてしまっている。


くるぶしから下。靴の周りは赤くただれ、場に冷たい風が流れ込む度に激痛が走る。



私は、


私達は負けた(・・・)のだ。この愚かしくも忌まわしい生存競争に。


だから今こうして、熱せられた鉄の靴を履かされ見世物にされているのだ。嗚呼痛い。だが足元の感覚は少しづつ失せていく。待ってくれ。痛みは和らぎへの渇望だ。死への恐怖は生の喜びだ。


今ここで痛覚が消えたら。


今ここで殺されるまで(・・・・・・)何も感じなくなって(・・・・・・・・・)しまう。

今朝の時点でこうなる事は予期出来なかったのか、と私は自分で自分に恨み口を叩く。


いや出来た。私は夢の中で、言わば「未来の先行体験」をしたわけだ。ここに至るまでの経緯は夢の中と同じ______いや違いといえば、『夢の中の私はこのことを知らなかった』。つまり夢の中の私は、『夢の中でこの状況に遭遇していない』。


この差はなんだ? この違いは何を産む?


足を投げ出して床に崩れた私は、ぐるりと私を取り囲むように席に座るこの国の要人達を見回した後、ぎりりと玉座を睨みつける。そこには隣国の皇太子___先代が亡くなって今は国王だったか______が虚ろな眼差しをこちらに向け、その隣では少女がクスクスと無邪気に笑っていた。


「そういえばつい先ほど、怪しい者をとらえましたの。私には見覚えがある人でしたが、お母さま(・・・・)はいかがです?」


白雪姫が細い腕をサッと振ると、衛兵が男を引っ張ってきた。彼の顔には拷問の跡______切り傷や打撲痕がいくつもついていたが、私にはそれが誰か判別出来た。


「……狩人、如何して此処にいる?」


「……そりゃあ皇后サマが心配でしてねぇ。何せ貴女は今一番気が緩んでいますから」


狩人は引きつった笑みを浮かべたが、衛兵に小突かれてすぐに黙った。引きずられるように前へ押し出され、私のすぐ隣に乱暴に座らされる。


此処に来るのは自殺行為だろう、と小声を放ったが、彼は首を横に振って小さく笑う。


「……私は貴女の護衛係ですから」



無駄だというのに。素知らぬ振りをして、難を逃れれば良かったのに。


忠義というものがこれ程嬉しく、また忌まわしく思った事はない。彼まで死ぬ必要は無かっただろうに。



「……さて。では二人仲良く並んでもらって」


無慈悲にも白雪姫がそう口にすると、どこからともなく衛兵が現れ、私たちに周囲を取り囲んだ。彼らは銀に光る甲冑を身に纏い、光沢を放つ槍を構えている。


______新品だな、と狩人が呟く。言われてみると、確かにそうだ。傷ひとつ付いていない鎧の表面を見るに、実戦の経験はない様だ。



「さてだんな様(・・・・)。このふらち(・・・)者たちをどうなさいますか?」

白雪姫に耳元で囁かれた新国王は、うう……と唸り、声を絞り出す。その眼は尚虚ろで、焦点すら上手く定まっていない。


「す……白雪姫(Snow White)の、好きにするが良い……」




その言葉を聞いた白雪姫は不敵な笑みを浮かべ、こちらを見下ろす。



この娘は、本当に7歳だというのか。


(よわい)7つにして、こんなにも。



だが、つかの間の私の思考は、彼女の無慈悲な命令で掻き消された。



「苦しませて殺しなさい。なるべく急所は外して……」


かちゃり、と小さな音を立て、切っ先が真っ直ぐこちらを見据え______






今だ、と私は心の中で呟く。



「黙って殺される程(やわ)では無いわッ!」


私は隠し持っていたペンダントを握りしめる。破邪のペンダント______護身用にといつも持ち歩いているものだ。この光は剣となり魔を砕き、盾となり邪を防ぐ……















はずだった。




「…………残念ですが、この場所では、私に対するいかなる暴力も許されません」


突如、光は雪にかき消された。室内だというのに、何処からか雪が舞っている。手元のペンダントは、溢れんばかりの光は消え去り、微かな光を保つのみ。



時を待たず、鋭利な矛先が五体を貫く。苦痛に口を歪め、食道を血が逆流する。


「か……かはっ……」


白い大理石に、鮮やかな赤い華が咲く。痛みよりも驚きが優っていた。


魔術を搔き消す魔術。それを容易く操る彼女は、最早人間のカタチをした只の魔性。畏怖すべき災厄。




どさっ、と何かが倒れる音がする。血と涙でぼやける視界を横にずらすと、狩人がおびただしい血を流して倒れ伏しているのが見えた。もともと古傷の多かった彼は、その創痕を抉られてしまったよう。だから……ころさ………れ……


意識が……保たない。




私の出血も酷い。傷口から流れ出す血液は温かく、ねっとりと私に纏わりつき、凍えんばかりの寒さの城内に蒸気を生み出す。




「殺してしまいなさい」


何処か



何処か遠くで、そんな声が聞こえた気がする。








私の脳髄を鋭牙が噛み砕く直前、






私のシナプスが最期の思考を刻む。



















…………嗚呼、次こそは幸せな家庭を。






**













歴史録(一部抜粋)


トルヴィア歴167年 ヴォルコフ帝国、ヴォルコフ2世により建国


同歴196年 ヴォルコフ3世による「軍核政治」開始(〜トルヴィア歴207年まで)


同年 ヴォルコフ帝国により呪国ヴァルハラ滅亡。生存者無しとの報告


(中略)


同歴609年 ヴォルコフ17世による帝国解体宣言


同年 連邦国家ポリワノフ 成立。初代国王にアスガル=ミッドガルズが就任


(中略)


同歴1987年 ポリワノフ-ニブルヘ両国国境近くの(削除済み)村でイリノヤス・アナスタシア 誕生


同歴1994年 アナスタシアが史上最大規模の疫病流行を予言。政府に重用される


同歴1995年 過激革命派の反乱より(削除済み)村全焼、生存者無し


同年 革命派を鎮圧


同歴 2005年 アナスタシアが第38代国王ラグナロと婚姻の儀を結び、第二皇后となる


同歴2008年 アナスタシアの調停により、隣国ミスガルとの国交正常化


同歴2011年 第一皇后イズルナが第一子(女児)を出産 スノーホワイトと名付けられる


同年 イズルナ死去 死因は突発性の心臓麻痺と診断


同歴 2013年 『洪水問題』で隣国ニブルヘとの国交悪化


同歴 2018年 雄牛月 商業組合で不正発覚、一斉摘発


同年 双子月 ニブルヘ への強行遠征開始


同年 蟹月 国王付き秘書 ニコライが原因不明の病で倒れる


同年 乙女月 スノーホワイト7歳の誕生日を迎える


同年 同月 スノーホワイトが行方不明となる


同年 同月 友好関係にあった隣国ミスガルが、突如アナスタシアを拘束、処刑。罪状不明


同年 同月 ミスガル国皇太子ロキが妻を娶る 詳細不明

同年 同月 快方に向かっていたニコライが狂死。彼曰く_____「雪に追いつかれる」


同年 同月 ニブルヘ との交戦中、ラグナロが凶弾に倒れる。享年40


同年 同月 ミスガル国国王オーディが突然死。ロキが16歳にして45代国王に就任


同年 同月 ミスガル国による、付近諸国への宣戦布告並びに和平条約破棄


同年 天秤月 『スルト戦争』で、たった2時間でポリワノフ滅亡


同年 蠍月 『ヨルムンガンド戦争』でニブルヘ 滅亡。ミスガル国が領土最大を獲得


同年 同月 ミスガル国内で同時多発革命が発生。数万人の革命軍を皇后私設護衛団が鎮圧


同年 同月 国家転覆を企てた嫌疑で40人の有力貴族が処刑。


同年 同月 異常気象による不作。各地で飢饉発生。疫病流行(ペストと思われる)


同年 射手月 ミスガル国皇后が数百人の私設護衛団と共に失踪 国王ロキが服毒自殺


同年 水瓶月 農民一揆によりミスガル国滅亡


同年 魚月 ユグドラシル民主国 建国






(中略)






同歴 2027年 童話「Snow White」成立。この後数十回に渡り改訂が加えられる。

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