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私の右手の疼きが止まらない!  作者: 弱った毛根
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マルス -4-

村の同年代に上手く馴染めない、と気づいたのはいつだっただろうか。

少なくとも、4歳、5歳くらいの時までは何も気にせず喋れていたはずなのに。


なんで、うまく話せないんだろうか。

声をかけるだけで緊張してしまうのだ。

さっきまでみんなで楽しそうに話してたのに、どうして僕が話しかけると会話が止まってしまうのだろうか。



体が大きくなるにつれて、みんなとの距離が広がっていく。

みんながどんどんと違う生物へと変わっていくようだ。


一つ、僕が全くついていけない話がある。

みんなはなにかを殺した話で盛り上ることが多いのだ。

男であれば、獣を殺した話で盛り上がるし、女はせっかく花が咲いた植物を殺し、束ねて自分の頭に乗せて楽しんでいる。


一方で、僕は自ら何かの命を奪ったことがない。

植物の命も、虫の命も、動物の命も、魔物の命も、人の命も。

きっと、だから、みんなに馴染めないのだ。

みんなに馴染むためには命を奪う必要があるのだ。


そう思って、花を殺そうとしてみたが、結局殺すことはできなかった。


やはり、僕はみんなに馴染むことはできないのだ。




・・・

数日前まで僕はずっとそんなことを悩んでいた。


でも、みんな死んでしまった。


たぶん、きっと。

殺されてしまったんだ。


だから、もう、悩む必要はないんだ。





目が覚めると辺りはうっすらと明るくなっていた。



もちろん、いまだ僕は森の中。

行くべき道はみつからない。端的に言うと迷子だ。


幼体の獣は、ぼくのことをソーセージをくれる奴だと認識したのか、ずっと付きまとってくる。ふにゃふにゃ鳴くから、取り合えずコネと呼ぶことにした。


コネを撫でていたら寝てしまったようだ。

そのコネはというと、まだ微睡んでいる。その姿を眺めていると自然と頬が緩む。

見たことはないが、愛玩動物とはこういう感じなのかなと思った。


しかし、コネはその小さい体と愛らしい表情に似合わず、肉食の獣なのだと実感する。

幼体一匹で森で生きていけるほどには、運動能力が優れている種のようだ。


たまにサッと動いて、視界から掻き消えることがあったが、しばらくすると口を真っ赤にして戻ってくる。

魔物なのか、獣なのかを瞬殺しているようだ。

索敵能力も戦闘能力も、少なくともぼくよりはずば抜けて高い。


今も、気づいたらいなくなった、と思ったら血だらけで再び姿を現した。

平気そうにしているから、すべて返り血のようだ。

いったい何を殺してきたんだろう。


血だらけの口でふにゃあと鳴くと、頭をこすりつけてくる。

返り血に及び腰になりながらも、つい条件反射で頭をわきわき撫でると、満足したような顔をしている。


つい血に怯えてしまう。しかし、そんなコネが懐いてくれているのは頼もしい。

ソーセージを提供できる限りではあるが、心強い仲間ができた気分だ。






それから森を歩き回ること2日間。

幸運にも街道を発見することができた。


森をさ迷っている間は、コネがまわりの脅威を取り払ってくれていたようで、何にも出くわさず、安全に過ごすことができた。

そして僕は何も殺すことなく、街道に戻ってきた。



3日ぶりに舗装された道を噛み締めるように歩く。

コネは相変わらずくっついてくる。

僕の横で、短い足でちょこちょこ歩いている。


街道には全く人の往来がない。

でも、村を出たことがないからこれが普通なのか異常なのか判断ができない。





しばらく歩くと、木の本数が疎らになってきた。

景色が明るくなっていき、そして遂に森を抜けた。


平野を街道が貫いている。

その道の先には街が見える。


やっと、街が見えた。

目的の場所が見えたため、自然と足取りが軽くなる。

早く安全な街に入り、汚れを落とし、ベッドで眠りにつきたい。


コネも嬉しそうに横を駆けている。

森を抜けたけど、まだ僕に付いてきてくれるのだろうか。



駆け足で街道を進むと、どんどん街が近づいてくる。

村から出たことのなかった僕は、本では読んだことはあるものの、街をぐるりと囲む壁を目の当たりにして、ただただ圧倒された。

大人数人分の高さの壁がそそり立っている。

石か何かわからないが、ある程度固そうな壁だ。ちょっとした魔物の突進では傷一つ付かないのだろう。


街へと続く街道は、その防壁の中にある門に吸い込まれるように伸びている。

門のところには門番だろうか、帯剣した兵士や槍を構えた兵士が10人ほど立っている。

街とは、随分しっかりした場所なんだなと思いながら近寄っていくと、兵士の一人が声をかけてきた。





「貴様、何者だ!」


想定していたよりも強い口調が投げかけられる。


僕は、そもそも人と会話することが不得意だ。

だから、咄嗟に返事をすることができなかった。


「・・・」


「何故黙っている!そこを動くな!」


兵士達が、剣を構える。槍を此方に向ける。

警戒されてしまったようだ。


その殺気を警戒して、コネが唸りながら僕の前に躍り出る。

このままだと勘違いされてしまう、、僕は1週間ぶりに喉を震わせた。


「・・・あ、あの。村から、逃げてきました。…マルスと、いいます。」


きちんとしゃべることができた。よかった。

最低限ではあるが、返事をすることができて僕は気が緩んでしまう。

しかし、いまだに兵士の緊張は解けていなかった。


「なぜ、村の子供が一人で街にやってくるのだ!それに逃げたというのはどういう意味だ!」


「・・・」


あ、何か言い返さないと、、


「しかもそれは魔物!しかも、まだ幼体とは言え、それはブラッドパンサーではないか!」


「・・!?」


え、コネって魔物だったんだ!


「街に危険な魔物を連れ込むとは、何を企んでいる!本当のことを言え!」


「・・・」


どんどんヒートアップしていく兵士達。

門番の大声に反応して、唸り声をあげ、牙を剥いて威嚇するコネ。

オロオロする僕。


「・・む、村のみんなは、し、死んでしまって!そ、それに..コネが魔物だったなんて、知らなかったんです!」


「村が壊滅しただと?では何故お前は生きているのだ!」

「それに、街に魔物を入れるわけにはいかん!街に入りたくば、その魔物を殺すのだ!」



「・・?」


コネを殺す?何を言っているんだ。なんでそう簡単にそんなことを口にできるのだろうか。

もともと何かを殺すことができない僕だ。しかも、数日間一緒に過ごしたコネを殺すだなんて、そんなことできるわけがない。


「・・で、できません。殺すなんて、無理です。」


僕の返答を聞いた途端、兵士達の表情が強張った。


「何故魔物を殺さないのだ!怪しい!やはりお前は人間ではないな!」

「この1週間、おかしな出来事が続いている!問答は無用だ!」


「「「 応!!!」」」


気づいた時には、二人の兵士が僕に向かって武器を向けていた。

剣は振り下ろされ、槍は目の前に迫っていた。

そして次の瞬間。


僕に向かってきた兵士達の首から血が噴き出した。


二人の兵士達の首が半分ほど噛み千切られている。

兵士たちの後方にコネが着地した。口元は真っ赤に染まっている。


僕が無様に尻餅をついている間に、コネが兵士達の首を噛み切ったようだ。


「なんということを!!やはり!お前は魔物の手先か!」


残りの8人全員が武器を構え、コネに襲い掛かる。

コネは華麗に飛び回り、振り下ろされる武器を搔い潜る。


尻餅をついたまま、体が固まってしまった僕は、コネと兵士の攻防を呆然と眺めるしかなかった。


数人の兵士の手や足を噛みちぎり、戦闘不能にしていく。

血しぶきをまき散らしながら、コネがびゅんびゅんと飛び回っている。

すると兵士の一人が慌てて門の中に逃げていく。


10人いる兵士よりも、コネの方が強かったようだ。コネの攻めに兵士達は翻弄されている。

コネが攻勢をかけていく。コネの牙が少し掠るだけで、肌から血が噴き出している。


血に染まったコネを見ると、コネがブラッドパンサーという種であることが納得できる。


命を狙われた恐怖と、目の前で命が失われた衝撃がだんだんと引いていき、体のコントロールがじわじわと戻ってくる。

まだ歩くことはできないが、目の前の戦闘から少しでも逃げたいと、無様にも尻を引きずりながらズリズリと後退をしていく。


一方、コネは楽しそうだ。

コネにとっては森の中で獣を狩るのも、人を狩るのも同じなのだろう。

魔物、の中でも恐らく狂暴なブラッドパンサー、本能が表出しているのだろうか。コネはイキイキとしている。

口に含んだ肉を咀嚼しながら、獲物を見定めるように生き残っている兵士を睨みつけている様は、まさに僕が想像する魔物そのものである。


すると、先ほど逃げた兵士が誰かを連れて門からやってくる。

銀色の鎧を着た、騎士だろうか。素人目にも立派な剣と盾を装備している。


ゆっくりとこちらに向かってくる、と思った瞬間、騎士はコネの目の前に迫っていた。

そして、盾でコネを殴りつける。

騎士が放ったシールドバッシュをコネは避けることができなかった。


その重い衝撃は、コネの小さな体を吹き飛ばし、2度ほどバウンドしてコネの動きは止まった。

コネは体に力を入れてすぐさま立ち上がるも、その動きには先ほどまでのキレがない。


今まで掠りもしなかった兵士達の攻撃が当たりだす。

先の優位から一転、完全な劣勢である。

このままでは、コネは討ち取られてしまうことが容易に想像できる。


(動け、動け、動けっ!!)

このままだと、コネが殺されてしまう!


(動け動け動け動け動け動け動け動け動けっ!!)


しかし、足の骨が抜き取られてしまったのかと思うほど、足に力が入らない。

僕はコネが殺されてしまう状況になっても、立ち上がることすらできないでいた。


騎士がゆっくりと歩いていく。

コネに近づいていく。そして、騎士の姿が掻き消えたと思った瞬間、コネの傍に現れた騎士は剣を振り下ろした。


血飛沫が弾ける。

コネの首が飛ばされたのが視界に入った瞬間、


「うわあああああ」


僕は走り出した。


街に背を向けて。


コネに背を向けて。


ただただ、走った。村を飛び出した時と同じだ。

理解しがたい現実から逃げるように、走った。



僕は、なんて惨めなんだ。



---


「ルシウス様、あの者は追いかけなくていいので?」

「良い。大した魔力ではない。それよりもまだ息のある者を手当てを優先するのだ。」

「ハッ」


「それにしても、ルシウス様がいらっしゃらなければ、我々は全滅していました。」

「幼体とはいえ相手はブラッドパンサーだった。成体になればA級の魔物。むしろよく持ちこたえてくれた。」

「勿体ないお言葉です。しかし、あの者、村が壊滅したなどど申していました。虚言だとは思われますが。実際、村からの連絡は途絶えております。」

「ふむ、街も不穏な状況ではあるが、、村への調査隊を組む必要があるな。必要によっては、街の防衛に傭兵団の手も借りねばならんかもしれん。一度、隊に戻る。」

「ハッ」


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