マルス -3-
森に飛び込んだ僕は転げるように街道から離れていく。
ここのところ、まったくおかしい。
村は滅ぼされる、村のみんなはおかしくなる、街道では人が異常な殺され方をする。
いったい何が起きているんだ。
しばらく走り続けるも息が切れ、脚が重くなり、倒れこむように寝転がった。
街に行きたいが、街道は使えない。
あそこには絶対に近寄れない。
今まで目にしたことのない、圧倒的な暴力。
思い出すだけ震える。
人の骨は存外硬かったはずだ。
業物の刃かつ、相当な使い手でない限り、一刀のもとに首を断ち切ることは難しい。
それが、まるで豆腐を捻じ切るように、いとも容易く断たれていた。
あれは人外のものではないか。
姿を見られるわけにはいかなかったため、こちらも向こうを見る余裕はなかったので、何者かはわからないが、あれが人の手の仕業であるというのならば、僕はだいぶ世間知らずということになる。
まあ実際、世間知らずではあるのだが。
さて、これからいったいどちらに向かおうか。
と考えふと後ろを振り返ってみると、そもそも自分がどこから来たのかわからない。
どうやら道に迷ってしまったようだ。
◇
大きな木の根に腰掛け、方針を考える。
このまま闇雲に歩くのは博打であるような気がする。
適当に拠点を決め、各方向に何があるかを把握し、自分の認識できる範囲を増やしていけば不安が少ないのではないかと思い、徐に腰のナイフを抜くと、背後の大きな木に十字に切れ込みを入れた。
周囲にある木にも一本線で切れ込みを入れていく。
これで、切れ込みを辿っていけば少なくともここに戻ってこれる。
ここに戻ってくることに意味があるかはわからないが、、とにかく、僕の不安は多少和らいだ。
まだ日は昇っているものの、ここは森。
鬱蒼と草木が生い繁り、陽の光は木々に遮られ薄暗い。
「暗い時は照らせ」とは僕が村を出て学んだことの一つである。
枯葉、薪を集め、火を起こす。
周りの木々に燃え移らないよう注意しつつ火を育てていく。
「不安な時は腹を満たせ」これもまた僕が村を出て学んだことの一つである。
村を出た時に比べると幾分か軽くなった袋からソーセージを取り出す。
しかし食料も無限ではない。
保存食がなくなる前に街に辿りつきたいところだが、長期戦の可能性が増したため、現地調達の必要があるかもしれない。
村を出てから、餌付けしている獣以外の生物を目にしていないが、狩りはできるのだろうか。
とにかく、今は考える前に腹を満たそう。
ソーセージを火にあてて炙る。
表面に焦げが出来始める。中にもある程度火が通っただろう。
食べ頃である。
ガサッと音がする。
木々の合間から姿を現したのは、昨晩も出会った例の獣であった。
狼と狐を足して割ったような顔をした子犬、のように見える。
毛色は茶。薄汚れた茶色というよりは、どちらかというとまろやかな色合いである。
初めて見た時は恐怖したが、明るいところでみるとかわいらしい外見である。
肉を食うと必ずやってくる獣。
こいつには村を飛び出した夜から付きまとわれている。
今のところ実害がないため、やや気を許している自分がいることは否めない。
とはいえ、こいつも獣。いつ牙を剥くかわからない、注意しないと、と思うものの、獣は肉が焼けるのを待っているのか、寝転んで丸まっている。
その姿を見ていると、どこか心が和んでいく僕であった。
◇
ソーセージの先っぽをナイフで切り落とし獣の方に放ってやると、昨日までのように持ち去ってしまうのではなく、この場で食べ始めた。
僕もソーセージにかぶりつき、食べながらその様子を眺める。
幼体とはいえ、僕の指くらいであれば簡単に噛み千切れそうな程度は牙が生えている。
獣はあっという間にソーセージを食べ終え、物欲しそうな顔でこちらを見てくる。
しばらく気づかないフリをしていたが、堪えきれなくなりもう一欠片、肉片を放る。
獣は嬉しそうに尻尾を振り、肉片を飲み込んだ。
それで満足したのか、獣は自身の尻尾を追いかけるように回りながら寝転がった。
村で暮らしていた時は、村で鶏や豚を育ててはいたものの、動物に対して可愛いという感情を持ったことはなかった。
家畜は家畜と考えていたし、臭いがきついためあまり近寄ることもなかった。
しかし、村を崩壊、死体達に追いかけられ、終わりの見えない旅路に野宿、そして街道では人が殺されるのを目撃、と心がこれ以上ないくらい荒みきった今の僕にとって、この無邪気な獣は村を出て以来はじめての癒しであった。
手を伸ばし獣の背中を恐る恐る撫でる。
触れた時に軽くびくっと身体が震えていたが、今は気持ちよさそうに息を吐いている。
外見から狼か狐の仲間かと思っていたが、今「ふにゃー」という小さな鳴き声が聞こえたため、猫系列なのかもしれない。
可愛い。。




