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私の右手の疼きが止まらない!  作者: 弱った毛根
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マルス -2-

暗闇の中を走る、走る、走る。

呼吸が苦しい。

目の裏がチカチカする。


普段の自分の運動不足を呪う。

畑仕事以外には特に体も動かさず、普段から鍛えているわけでもない。

それなのに、急に荷物を背負って走り続けることはできない。


あの村から逃げたい、母の死体から、おかしなものに変わり果ててしまった村の皆から逃げたい。

その一心で、走り続けた。





街道の脇に腰をおろし、息を整える。

右手に持った松明が轟々と燃えている。

我武者羅に手を振って走っため、火の勢いが増したのだろう。


暗闇の中、松明は目立つ。

獣は火を恐れるという話も聞いたことがあるが、逆に何か他のものを呼び寄せてしまう可能性もある。

まあ、ぐちゃぐちゃと考えていても仕方がない。

どうせ1時間もしないうちに消えてしまうのだ、燃えるがままにするとしよう。




今日は1日中動いていたこともあり、普段の僕の感覚からすると体力の限界を超えている。

本来であれば、この状態になるとすぐに眠気がやってきて、少し動くのも億劫になってしまうのだが、どうにも目が冴えている。


本来ならばどこかで休むべきだが、今の状態だと寝付くことはできないだろう。


このインターバルを少しでも有意義に過ごそうと思い –そこまで食欲はないが- 僕は夕食をとることにした。

袋から取り出したソーセージにかぶりついた。

食欲が無かったのが嘘のように、溢れ出た肉汁に胃袋が歓声をあげる。

僕は、腹が減ってはなんとやらという半端に覚えていた言葉に共感しながら、新たに袋から取り出したチーズを口に入れた。


食事を摂ることで、知らぬ間に張り詰めていた緊張の糸がゆっくりと解けていくようだ。

村を出てからようやく感じた安息の気持ちに飲み込まれかけ、もしかしたらこのまま眠りにつけるかもしれないと思い、ふと後ろを振り返ると、闇の中で一対の眼が光っていた。


なぜ、この瞳は光っているのだろう。。

ああそうか、松明の炎が瞳に反射しているからだ。

と、暢気に考えてしまったが、まずい状況である。

僕は今まで一度も刃を振るったことがない。

襲われたらひとたまりもないのだ。


僕は、慌ててソーセージを放り捨てると、左手でラウンドシールドを固く握りしめ、右手で腰にさしていたナイフを一本引き抜いた。

震えながらもナイフを向けると、がさっという音とともに獣が草陰から飛び出した。

びくんと体が震え、そこから体を動かそうにも恐怖で固まってしまった僕を尻目に、獣は颯爽と先ほど放り投げたソーセージを咥えると、再び森の中に飛び込み、そしてすぐにその姿は見えなくなった。


獣の動きがあまりに素早かったこと、気持ちが動転していたことで僕は獣の姿をきちんと見ることができなかったが、おそらく狼のような、狐のような何かであった。

そこまで大きくなかったため、もしかすると幼体だったのかもしれない。

なんにせよ、助かった。



装備はある。

しかし、いざ実際にその状況になった時に、自分は全くの無力であった。

そして、この無力な状態を改善する方法が思い浮かばない。


しばらく呆然としていると、松明が消えた。

村から点けていたためよく保った方である。


真っ暗闇。

火打石はあるので、枯葉と木を集めれば火は起こせるが、火を起こした方がいいのかどうか、火が消えた今となっても判断がつかなかったため、先ほどと同様にそのままにすることにした。


無理やり仮眠をとることに決め、僕は目を閉じた。





瞼の裏に朝日を感じ、僕は浅い眠りから覚醒した。

無事、朝を迎えられたようだ。


草が生えていて、できるだけ柔らかいところを選んだとはいえ、人生はじめての野宿。

身体中が固い。

眠りも浅く、小さな物音に度々目を開けさせられていたため、頭もすっきりせずややフラつく。


それでも朝日に照らされていると、昨日までの出来事で凍ってしまった心がじんわりと溶け出していくようである。

頬に水を感じ無意識に拭った。どうやら安心して涙を流していたようだ。


朝になり、夜中よりは危険度は下がったとはいえ、ここは村の外。

危険がなくなったわけではない。


ぼくは再び気を引き締めて、街道を歩き出した。





代わり映えのしない景色がつづく。

右を見ても木々が、左を見ても木々が。

街道から逸れてしまうと、行き先がわからなくなってしまいそうだ。

村の付近とは違い、この街道は森の中を突っ切るようにつくられているようだ。


自分の村と街を繋ぐ街道のことも知らない自分の不勉強を僕は恥じた。

村の中で少し計算が出来るからといって、村の同い年の子供たちよりも少し暗記が得意だったからといって、何の役にも立たない、と独り言ちながら歩み続けた。





景色に変化はない。

どれくらい進めたのか、今自分がどこにいるのかを確かめる術はない。

街からみるとおそらく辺境の村だ。

木札などが立っている気配もない。

獣道に毛が生えた程度の街道がただただ続いている。


そして、日が落ちた。





日が落ちきる前に枯れ木を集め、火を起こす。

朝日を迎えるまでの不安はとても大きく、やはり光は人間にとって重要であると今朝学んだのだ。


一息ついたので、腹ごしらえのため袋からソーセージを取り出し軽く炙って、かぶりついた。

熱々の肉から、肉汁が溢れる。

今まで深く意識したことはなかったが、不安なときに食べる暖かい食べ物はそれだけで尊い。

連続して保存食を食べ続けており、ちょっとした調理ができるわけもなく、味に趣向を凝らすことはできないが、摂取した温度が不安に震える心を満たしていく。


そういえば昨晩はここで油断していたら後ろに獣が来ていたが、まさか今日は来ていないだろうと後ろを振り返ると、昨晩と同様に闇の中で一対の眼が光っていた。


ラウンドシールドを左手で握りしめ感覚を確かめつつも、昨日より冷静なぼくはその獣を注意深くうかがった。

獣を見ながら、軽くソーセージにかぶりつく。

特に襲いかかってくるわけではないようだ。


昨日を思い出すと、獣は僕が慌てて放り投げたソーセージをかっさらっていった。

ということは、今日もただ腹を空かせた獣がソーセージの匂いにつられてやってきただけ、という可能性が高い。


ある程度腹は満たされたので、獣がいる草影の近くにソーセージの残りを放り投げた。

すると獣は姿を現し、ちらりとこちらを見た後、ソーセージを咥えて再び木々へと走り去っていった。


なんだか餌付けをしているみたいだなと思いつつ、夜を明かした。





朝を迎え、再び朝日を浴びることができ、陽の光に感謝をしつつ体をぐっと伸ばす。

ツンと体臭が鼻を突く。

放っておくと人間は臭い、という当たり前の知識を実感し、僕は歩きはじめた。

体を清めたいという気持ちも強いが、それよりも早く街にたどり着きたい。




しばらく歩いていると、だいぶ先ではあるが二人組の人が歩いているのが見えた。

人と接することが苦手な僕に声をかけるという選択肢はない。

そもそも、前を行く二人組が信用できる人間とも限らないのだ。

しかし、道の先に人がいるのは僥倖だ。


あの二人の後ろを歩いていけば、安全である確率が高い。

仮に盗賊などの悪い人達が待ち受けていても、先に彼らが蜘蛛の巣にかかるはずだ。


幾分か気持ちが軽くなった僕は、距離を離されすぎないように、近づきすぎないように歩を進めた。




二人組の頭を見つめながら、幾分気を抜きながら歩いていると、

急に二人組の片側の頭が斜め下に吹き飛んだ。

いまだに立ち続けているその胴体からは、一拍遅れて血が噴き出している。


突然の事に呆然としていると、もう一方も頭がちぎり取られたのか、先ほどとは逆方向に其の頭部が吹き飛んでいく。


これは、圧倒的に危険だ。

とにかく、二人組の首を掻き切った元凶に姿を見られるわけにはいかない。

この街道にいるのは不味い、と生存本能の警鐘が体を突き動かす。

僕は街道の横にある森に飛び込んだ。



---

「おい、このゴミ二人の後ろに何か気配がなかったか。」

「あったけどよお、人間にしてはだいぶ小せえ気だったぜ。

 今は森に逃げていったようだし、おれらの気にビビった小動物じゃあねえか。」

「フン、まあいいか。しかし、こんな辺鄙な街道を通る人間を皆殺しにせよ、とは上は何を考えておられるのか。」

「おれらが気にしてもしようがねえだろ。それよりもクソなのは、この指令がクソ退屈だっつうことだぜ。」

「否めないな。」

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