第四話 箱庭の外で息をする|〈逃壊〉
高校は、当たり前のように、進学校に入った。それが、母の望んだ「道筋」だった。
母は大満足だった。
母が好きな部活に入る。母が飲みに行く日に夜遊びする。そして、とにかく成績は上位を保つ。
母の『箱庭』に暮らす限り、自由だった。
だから、高校時代は楽しかった。
家では相変わらずの夫婦喧嘩の毎日だった。だが僕は、帰宅後すぐに寝て、早朝から行動するようになり、喧嘩は見ないようにしていた。
さらに、兄が大学進学を機に家を出たと同時に、父は頻繁に家から逃げ出すようになった。母は、父を追いかけ、家を空ける日が増えた。犬と過ごす静かな家の時間は癒しだった。
この頃にはもう、母が『避けるべき親』だと気付いていた。だが、誰かが外に連れ出してくれるわけでもない。
だから、青春を楽しむ姿を隠れ蓑に、僕は『蜘蛛の糸』を辿っていた。
大学受験だ。
兄が先に家を出たため、母は、僕が県外に進学することを否定した。最高学府であっても認めはしないだろう。それなら、周囲に「母の教育」を認めさせ、賞賛を母に集めればいい。
母から離れられるなら、受験勉強など苦労ではなく希望だ。僕の成績は、全国上位に並ぶようになっていた。公立校、塾にも通わず、文武両道。
母に「カリスマ教育者」の称号が与えられた。家を出るまで、僕は、それを演じきった。
センター試験当日、インフルエンザにかかった。
当時は、追試などの救済措置は無かった。我が家で、浪人など許されない。寒気で震えながら試験を受けるしかなかった。
試験官が何かを感じたのか、僕の席の近くにストーブを持ってきてくれた。神は居ないが、ストーブの熱に人の温かさを感じたのを覚えている。
母は「がんばれ」と、『おにぎりでない』弁当を持たせてくれた。受験に『勝つ』と縁起を担いで、いつもと違うトンカツ弁当を。インフルエンザで弱った胃に、油ものだった。食べたら吐いた。
センター試験からの帰宅後、気づいたら集中治療室にいた。匂いのない空気に、なぜか匂いを感じ、現実に戻るまで時間がかかったことを覚えている。
たまたま、近所の人が玄関前で倒れている僕を見つけて救急車を呼んだと聞いた。熱が四十二度まで上がっていて、意識を完全に失っていたらしい。
目を覚ましたのは二日後で、テレビでは阪神大震災のニュースが流れていた。立つこともできない筋肉痛と倦怠感を思い出す。
退院するまで、家族は誰も一度も来なかった。僕にとって忘れられないほど、静かで温かい一週間だった。
大学入試当日、母が付き添ってきた。これは付き添いではなく監視だ。兄が、母の希望する大学を受験せずに、逃亡を図ったからだ。
合格は書面通知で知り、入学式にも参加しなかった。そんなことよりも家を出られることが嬉しかった。その感情を母に悟られぬよう必死だった。
大学は、学費と生活費を稼ぎながら通った。講義に出るのは出席確認のある時と試験だけ。母への日報を無視すれば、捜索願を出されてしまう。
それでも、母の眼は遠い。
サークルに飲み会に旅行に。最高学府に通う僕はもてはやされた。充満するタバコとアルコールの匂い。ミラーボールの瞬き。ただその瞬間だけを楽しめる興奮。
僕は、若く充実した時間に高揚していた。それが、母による『教育』の結果だと気づかぬままに。
父も逃げ兄も逃げ、独りになった母は、飲み仲間と起業した。初年度で数億円を売り上げた。
地元に母の御殿が建った。
金銭的余裕は心的余裕を生むのか、母の心は僕から離れた。
僕は変わらず週五日のバイトと講義に夜遊び。忙しかったが、母の気配を感じない日々は、穏やかだった。
ただ、熱源を失った鉄塊のような空虚さが、胸の奥にずっと鎮座していた。
そして、その穏やかさが長く続くことはなかった。




