第三話 正しさの胎内|〈擬育〉
中学生に上がる頃には、僕らの身体が大きくなり、体罰は無くなっていた。その代わりに、声は高く大きくなっていた。
かわいそうに、母の期待の眼は、完全に兄に向けられていた。兄は毎日のように怒鳴られていた。
一方の僕は、部屋から出る自由を得ていた。問題さえ起こさなければ、何をしてもよかった。
その『条件』を、僕は無意識に学んでいた。
勉強に苦労はしなかった。全て『部屋』で学び終えていたから。
でも、成績が良いと兄が怒られてしまう。
「兄のようになりなさい」と言われるよう点数を調整した。
ある日、母が学校に呼び出された。「息子さんがカンニングをしました」と。
難しく設定されたテストで、八十五点は高すぎた。先生にも母にも『手抜き』がばれてしまった。母の眼は『居なかった』はずの僕にも向けられた。
その時の僕は、母が求める「良い子」に仕上がっていたから。
それからは、絵画でも習字でも金賞をとらされた。大人はみんな褒めてくれた。でも、喜べた実感はない。
金賞以外は、母を狂わせる。受賞は、価値の証ではなく、母を鎮める儀式だった。
どんな子でも、人は心の成長と共に自我が強くなっていく。僕もまた、やりたいことや将来の夢ができた。だが、何かを始めようとすれば、母は言う。
「できるわけがない」
「あとで困る」
「意味がない」
母は「ダメだ」とは言わない。だが、徹底して否定を繰り返す。
何を欲しても何を言っても、否定される。こちらが折れるまで、延々と否定を続ける。発狂したような高い声で、泣き叫びながら否定するのだ。
「あなたのために」
「親だから」
「心配だから」
この言葉で心臓が落下を思い出す。
そうして、することも、できることも母の意図に限られていった。
結果として僕は、自主性も教養もない『大人』に成長した。だが、これこそが母が欲する「良い大人」だった。
たとえ頑張っても、母は褒めることはなく否定した。
理由は未だによく分からないが、母は一番を拒んだ。
成績は上位一割。部活ではレギュラー。生徒会委員。結果的に、常に二番目の位置にいた。
母のためにと行動しても、意に合わなければ否定する。否定は繰り返すごとに強くなり、やがて爆発する。
その声の高さと大きさに、生体反応が停止する。ヘビに睨まれたカエルそのものだ。
気づけば、母の感情が起きる前に、先回りして封じるようになっていた。感情は、母を『鎮める』ためにしか機能しなくなっていた。
親のことを外で話せば「反抗期だね」と諭され、時に、「親の心、子知らず」と叱咤される。
それが親に伝わり制裁される。感じた違和感は自分のせいだと収めてしまう。だから逃げ場がなくなる。
「僕以外にも、同じような境遇の子は居る。」
ひたすら、そう言い聞かせたような気がする。あるいは、自分の家族は普通だと意図的に錯覚しようとしていたのかも知れない。
行動原理は『母を叱らせない』ことだけ。
そこに『自分の意思』は存在しえない。
喜怒哀楽は消え、『緊張』だけが僕に残った。
こうして、僕は母の支配の胎内に沈んでいった。




