ピンヒール②
企画後半、参加者たちが何とか歩けるようになってきたところで、ひとりの配信者がぽつりと口にした。
「……てか、朝倉くんが本気で走ったらどうなるのか見たくない?」
その一言に、スタジオの空気がピタリと止まる。
「わかる」「見たい」「そもそもこの15cmヒールで走るってどういうこと?」
「いや、だって……俺らやっと2、3歩歩けるくらいだぞ?それを“走る”?」
「無理無理無理」「足首いかれるって!」
けれど、誰よりも冷静だったのは当の本人だった。
「ん……いいよ。場所、借りるな」
静かに言いながら、朝倉はジャケットを脱いで、下のピタッとしたインナー姿になる。足元はそのまま、15cmの光沢のあるヒールブーツ。
観客席からもどよめきが上がる。
「ガチだ……」「あの歩き方してる人が走ったらどうなるんだろ」
用意された直線のコース、距離にして20メートルほど。
スタジオの端から端。安全のためにマットが敷かれているが、それでも高低差とヒールの不安定さは変わらない。
「よーい、スタート!」
合図と同時に、朝倉が足を踏み出す。
その瞬間——
「は!?」「速っ!!」「待って、ヒールでしょ!?!?」
空気が裂けた。
バランスを崩すどころか、ブレすらしない。つま先から着地して、かかとを引き上げるような走法。音は極端に静かで、足音さえ気配だけ。
滑らかなフォームと鋭いスピードに、スタジオがざわめく。
「こ、怖い……美しすぎる」「今のって……ほんとにヒールで走ってたの?」
「いや、信じたくないんだけど……見たら納得しかない……」
コメント欄も大荒れ。
《化け物すぎて泣いた》《今の何fps?》《マジで忍者》《ハイヒールヒーロー誕生してた》《走る黒豹》《パリコレでもこんな走り見たことねぇよ……》
そしてゴール地点に滑らかに停止した朝倉が、髪をかきあげて一言。
「……まぁ、走りはこんなもん。これで“ヒールで無理”って言い訳、なくなったな?」
その目線は決して責めるものじゃなく、ただ淡々とした“事実”の提示。
でも、それが逆に一番効いたらしい。
「いやいやいや、あんなん見せられたら無理とか言えんやん!」
「これが“才能”ってやつか……」
「朝倉コーチに褒められたい(膝から崩れ落ち)」
樹も、遠くから見守りながら目を丸くしていて、
「……いや、お前ほんと何者だよ……」
と苦笑い。
それに朝倉がふっと笑って返す。
「樹は俺のコーチだっただろ。今は、俺が“教える”側ってだけさ」
そのさりげない一言に、またもコメント欄がざわついた。
《尊い》《ふたりの歴史を感じる……》《育成成功してて泣く》《ヒールで走る男に育て上げるな》
《朝倉はジャンル:朝倉》《もう人間カテゴリーじゃないのでは?》
こうして、「ピンヒールで走れるコーチ」として朝倉の伝説がひとつ増えたのだった。




