ぬいぐるみ
いつもの雑談配信。
樹と朝倉がリラックスした雰囲気で、視聴者のコメントを拾いながら話していた。
「こないだ、“何ができないの?”って話、途中だったよな」
と樹が言い出し、再び「朝倉の苦手分野探し」が始まる。
「料理は?」「いや、この前フレンチ作ってたしな……」
「歌?」「配信外でめちゃくちゃうまいの聴いたぞ」
「ダンス?」「バーでポール使ってたやつ、今でも脳裏に焼きついてる」
「スキンケア?」「あれはもう信仰の域……」
コメント欄がまるで朝倉の能力図鑑のページを埋めるように“できること”を挙げていく中、ついにある質問が来る。
『じゃあ、裁縫とかは?』
『編み物とかニードルフェルトとか』
『ぬいぐるみ作ったりできんの?』
その瞬間、朝倉が――
珍しく、「あ」と小さく声を漏らし、眉をひそめた。
「……あー……それは、あまりやったことがないな」
「ん?できないってこと?」
「できない、というより……“触れてこなかった”かな。環境的に、縁がなかった」
「マジか、逆に珍しい……」
コメント欄がザワつく。
『!?!?!?』
『朝倉にも…できないことが…!』
『やった!人間だ!』
『なんか安心した』
『推せる』
「いやあ、ほんと良かった。お前も人間だったんだな」
「……ちょっとだけ安心したわ、うん」
樹もホッとしたように笑う。
だがそのとき、朝倉は一瞬――
カメラの死角になるように、ほんの少しだけ視線を伏せた。
口元に手を当て、何かを考えるように。
だが、誰もその表情には気づかなかった。
───数日後。
「今日の配信前にね、朝倉が“これ見せたいものがある”って言ってきたんだけど……」
と、樹が言いながら、机の下から何かを取り出す。
それは、ふわふわの手作りテディベア。
しかも、樹の目元と同じ模様が刺繍されていて、ちょっとだけ髪型も似せてある。
なにより、目元や口元のステッチが異常なまでに丁寧で、まるで市販品のクオリティだった。
「これ……おれ、もらっちゃっていいの……?」
「うん。練習した。何度も失敗したけど……ちゃんと仕上げたかったから」
「……うわあ……いや、嬉しいけど……」
コメント欄、即爆発。
『え、ちょ、まって』
『完成度やばすぎるだろ』
『既製品じゃないの!?』
『人形教室の先生でもここまでやらん』
『……やっぱ人間じゃなかった』
「ちょっとまって!?何がやったことがないだよ!?何回やり直したんだよこれ!!」
「……24回目、かな」
「うわあああ!!」
『ガチやん』
『努力の鬼』
『意地でも人間のフリさせてくれない男』
『我々はまた朝倉の深淵を覗いてしまった』
「……だから言ったでしょ?センスはなくても、やればできるようになるって」
「そんな怖い言い方ある!?」
樹が半ば呆れたように、でも嬉しそうにテディベアをぎゅっと抱きしめると、朝倉は小さく笑って――
「その子の名前、つけた?……もしよかったら、俺が呼ぶときにも使いたいな」
「うわ、好き……いや、もうなんか色々超えて好き……」
『尊い』
『深夜にこれはしんどい』
『しかもこっちが名前つけるパターンなの最高すぎる』
結局その配信は、樹が名前を決めきれず、朝倉とコメント欄で30分くらいぬいの名前会議をするという、優しすぎる展開で終わったのだった。




