二人の夜
配信が終わったあと、部屋の空気が少しだけ重くなっていた。
「なあ…さっきの話、本気か? 殴るとか、蹴るとか、してもいいって…」
樹が言葉を選びながら聞くと、透は迷いなく頷いた。
「本気だ。お前からだったら、愛として受け止められる。俺がどんなに傷ついても、お前が望んだなら……それで、お前のストレスが消えるなら、それで満たされるなら……俺はそれを“好き”ってことに変換できる」
静かな声だったけれど、その中にある覚悟と歪んだ純粋さは、ひどく重たかった。
「死ななきゃいいよ。呼吸が止まるギリギリとか、そういうのでも俺は構わない。たとえば、首……締められても」
樹は思わず唾を飲み込んだ。笑って誤魔化すには重すぎた。でも、自分の中に、ほんの少しだけ――ほんの少しだけ、「そうしてみたい」と思った感情があることを、彼は認めてしまっていた。
「……お前ってさ、たまに本当にヤバいよな」
「うん。でも、それを分かったうえで好きって言ってくれたお前がいるだろ?」
そう返されたとき、樹の胸の奥がチクリと熱くなる。愛されている。それも、簡単に返せるものじゃないほど、深く、強く。
試しに樹は、透の顎を軽く掴んで、わずかに喉元へ指を滑らせてみた。透は一瞬だけ目を細めて、微笑む。
「そう。そんな感じ。痛くなくても、支配される感覚があると……すごく安心する」
「ほんとにヤベぇな、お前……」
そう言いながらも、樹の指は止まらなかった。触れるだけのくせに、妙に優しくて、でもどこかぞくりとするような重さがあった。
ほんの一瞬だけ、危うい境界線の上に二人は立っていた。けれど、それを越えるかどうかは、まだお互いの間にある「理性」と「信頼」が決めることだ。
透がぽつりと呟く。
「……お前のそういう顔、もっと見たい」
「じゃあ、俺も……お前のそういう顔、もっと引き出してみるか」
その夜、二人はただ互いの鼓動を確かめるように抱きしめ合いながら、境界線の手前で静かに眠りに落ちた。




