高級フレンチ
買い物袋で両手がふさがりながらも、ふたりは楽しげに笑い合っていた。気づけば夕暮れどき。ふと、樹が腕時計を見て言った。
「……そろそろ時間か。じゃあ、予約してるから行こうか」
「予約?」
不思議そうに首を傾げる透をよそに、樹はタクシーを拾い、颯爽と後部座席のドアを開けた。
数十分後、降り立った先は、レンガ造りの重厚な建物。明かりの灯ったエントランスには「Résonance」の文字。
「……ここって、噂の高級フレンチ……」
「ん。せっかくのデートだし、最後はちゃんと“締め”たいと思ってさ」
透はその外観に一瞬たじろいだが、すぐに表情を引き締めた。
「……流石に高そうだな。俺、浮いてないか?」
「大丈夫。俺も最初来た時、スーツの袖でパンを拭いたから」
「それはやめとけ」
それでも、いざテーブルに着くと、透の振る舞いは完璧だった。ナプキンの広げ方、カトラリーの持ち替え、——すべてが自然で、落ち着いている。
「……すごいな、お前。場馴れしてるっていうか」
「まあ、昔ちょっとだけ、そういう場所に行く機会があったからな」
「透みたいに綺麗には、俺、食べられないよ。こういう店、配信者の付き合いとかで何回か来てるけどさ。緊張で味が飛ぶ」
「樹が美味しいと思って食べられてるなら、それが一番いいだろ?」
そう言って、透はナイフとフォークを静かに置いた。ちょうど、前菜のフォアグラのテリーヌを食べ終えたところだった。
樹も思わず笑みをこぼす。
「……なあ透。今日、デートに誘ってよかった」
「俺もだよ。……すごく、楽しい一日だった」
フレンチの品々はどれも美しく、味も申し分なかったけど——
樹の目に一番美味しそうに映っていたのは、向かいの席で穏やかに微笑む、透の姿だった。




