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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第88話 足りない分


 細い道へ入ると、すぐに街道の音が遠くなった。


 先頭を歩くヴェラの左右には、膝より高い草が続いている。


 道と呼べるだけの幅は残っているが、土の見えている場所は少ない。


「足元、少し窪んでいます」


「はい」


 ヴェラの声に合わせ、俺も前を見る。


 草に隠れて浅い溝が走っていた。


 ノアがそこを跨ぎ、俺も続く。


 最後尾のエルザが越えたのを確認してから、ヴェラはまた歩き出した。


「前に来た時も、この道だったんですか?」


 俺が聞く。


「途中までは」


 ノアが答える。


「この先で道から外れるよ」


「さらに細くなるんです?」


 ノアが首を振った。


「道じゃなくなる」


「なるほど」


 確かにそれは細くなるとは言わない。


 しばらく進むと、ノアが立ち止まった。


「ここ」


 右手の草むらを見る。


 人が歩くために踏み固められた跡はない。


 代わりに、低い木の間だけ草が少し薄くなっている。


「ここから入る」


 ヴェラが振り返った。


「私が先でいいですか?」


「お願い」


「枝があります。顔に当たりそうなら言います」


 ヴェラが丸盾を少し身体へ寄せ、木の間へ入った。


 ノア、俺、エルザの順で続く。


 リンが枝を避けるように、エルザの髪際へ少し近づいた。


 足元には枯れ葉が増えた。


 踏むたびに乾いた音がする。


 ノアが一度しか来ていないという話を思い出した。


「よく場所を覚えてますね」


「教えてもらったから」


「誰にです?」


「薬草を扱ってる人」


 ノアはそれだけ答え、また前へ向いた。


◆


 木々の間を抜けると、少し開けた場所へ出た。


 中央に浅い窪みがあり、湿った土が見えている。


 日当たりはあまり良くない。


「この辺り」


 ノアが籠を下ろした。


 すぐには摘まず、しゃがみ込んで周囲の草を見ていく。


 俺にはどれも似たような葉に見えた。


 ノアに聞いてみた。


「どんな草なんですか?」


「細長い葉っぱの草」


「これですか?」


 近くにあった、細長い葉を指す。


「違う」


 即答だった。


「違うんですか」


「そっちは茎が赤い」


「……本当だ」


 よく見ると、確かに根元が少し赤い。


「じゃあ、こっち」


「それも違う」


「難しいですね」


「ノワールさんは触らない方が良さそうですね」


 後ろからエルザが言った。


「俺もそう思い始めました」


 邪魔をしている気がしてきた。


 俺は探すのを止めて周りを警戒する。


 ノアが別の株の前で手を止めた。


「これ」


 葉を一枚持ち上げる。


 さっきの二つより幅が広い。


 裏側には、白っぽい細い筋が走っていた。


「葉の裏を見ると分かりやすい」


 エルザが隣へしゃがむ。


「この白い線ですか?」


「うん。似てる草にもあるけど、こっちは途中で枝分かれする」


「なるほど」


 エルザは自分では摘まず、ノアが示した葉を横から確かめる。


 説明を聞き終えると立ち上がり、周囲へ視線を戻した。


 一応、俺も見てみた。


 分からない。


 たぶん次に一人で来ても見分けられない。


 ノアは茎の根元を確かめてから、採取用らしい小刀を取り出した。


「根は残すんですね」


「次も生えるから」


 必要なところだけを切り、籠へ入れる。


 ヴェラは少し離れた位置から周囲を見ている。


 俺もそちらへ戻った。


「俺たちは護衛ですもんね」


「はい」


 二人で採取を始めたら、仕事が違ってくる。


 ノアが少しずつ場所を移しながら、葉を確認していく。


 エルザも近くにはいるが、手を出さず周囲へ注意を向けている。


 いつの間にかリンが草むらの上を漂っていた。


 しばらくすると、ノアの動きが止まった。


 籠の中を見る。


「……少ないな」


「足りませんか?」


 俺が聞く。


「足らない……もう少し欲しい」


 ノアが立ち上がった。


 最初に見た時より、籠の底は緑で埋まっている。


 それでも足りないらしい。


「どれくらい必要なんです?」


「あと、今の半分くらい」


 ノアはもう一度周囲を見た。


「前に来た時は、もう少しあったんだけど」


「誰かが採ったんでしょうか」


 エルザが聞く。


「分からない」


 ノアは首を振った。


「人かもしれないし、動物かもしれない。枯れたのかもしれない」


 地面には切られた跡らしいものもあるが、俺には古い傷なのか、新しい傷なのかも分からない。


 ノアも、それ以上は決めつけなかった。


「別の場所があるんですよね?」


「うん」


「どのくらい先です?」


「ここからなら、二十分くらい」


 ヴェラが時間を確かめるように空を見た。


「まだ午前です」


「道は?」


「ここより少し歩きにくい。でも、遠くはないよ」


 ヴェラが俺とエルザを見る。


「私は行けます」


「私も問題ありません」


「俺たちは大丈夫です。ノアさん次第です」


 ノアはすぐには答えなかった。


 籠の中の薬草を一度見てから、俺たちを見る。


「危なそうなら戻るよ」


「はい」


「採れなくても?」


「帰る」


 先ほどと同じ答えだった。


 なら問題ない。


 エルザが籠を見る。


「これ、何に使うんですか?」


 ノアの手が一瞬止まった。


「薬に使うんだ」


「飲み薬ですか?」


「うん」


 ノアは籠の蓋を閉めた。


「家で待ってる子が飲むから」


 俺はノアを見る。


 ノアはもう立ち上がっていた。


「子どもなんですか?」


「うん」


 それだけだった。


 病名も。


 どんな薬なのかも。


 まだ分からない。


 ただ、売るために集めているわけではなかった。


「行こうか」


 ノアが籠を持つ。


「次で足りれば、すぐ帰れるから」


 ヴェラが先へ戻った。


 ノアがその後ろにつく。


 俺とエルザも続く。


 籠には、最初の場所で採れた薬草が入っている。


 足りない分を採るために、俺たちはもう一つの場所へ向かった。


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