第87話 フィロス君
翌朝。
東門へ着いた時には、門を出ていく荷車が何台か列を作っていた。
俺たちはその脇を抜け、昨日指定された場所を探す。
「……あの方でしょうか」
エルザが少し先を見る。
門壁の近くに、一人の女性が立っていた。
飾り気の少ない服に、歩きやすそうな靴。腰には短剣を下げている。
肩には小さな鞄を掛け、足元には蓋付きの籠が置かれている。
冒険者というより、これから山菜でも採りに行きそうな格好だった。
こちらに気づくと、女性が軽く手を上げた。
「〈コンパス〉の人たち?」
「はい」
俺たちは近づく。
「ノアです。今日はよろしくお願いします」
「ノワールです」
「エルザです」
「ヴェラです」
順番に名乗る。
リンがエルザの肩口で、ちりん、と鳴った。
ノアの目が白い光へ向く。
「その子も一緒なんだ」
「リンです」
「聞いてる」
「フィロスさんからですか?」
「うん。フィロス君から」
俺はノアを見る。
エルザもノアを見た。
ヴェラが一度だけ瞬きをした。
「……フィロス君?」
「そうだけど」
ほう。
「フィロスさんですよね?」
「うん」
同じ人物らしい。
昨日、俺へ石ころと言いながら睨んでいた男が、フィロス君。
少し面白い。
「何?」
「いえ、なんでもありません」
ノアはそれ以上気にした様子もなく、足元の籠を持ち上げた。
「行く前に、場所だけ確認しておいていい?」
「お願いします」
◆
門壁から少し離れたところで、ノアが折り畳んだ紙を広げた。
昨日見せてもらったものより細かい地図だった。
「東の街道を途中まで歩いて、ここで脇道に入る。その先は私が案内する」
「採取場所には何度か行っているんですか?」
エルザが聞く。
「一回だけ。ただ、一人で行く場所じゃないって怒られた」
「フィロスさんに?」
「フィロス君に」
何度聞いても違和感がぬぐえない。
「私も少しは戦えるんだけどね」
ノアは腰の短剣に手を添えた。
「魔物が多いんですか?」
俺が聞く。
「多いというほどじゃない。でも、街道から外れるし、森に近い。運が悪ければ会うと思う」
「採るものは決まっていますか?」
「決まってる。見分けるのは私がやるから、三人は周りを見ていてくれればいい」
フィロスから聞いた通りだ。
「量は?」
「必要な分が採れれば終わり。少なければ少し探す。でも、日が傾く前には切り上げる」
「見つからなくても?」
「帰る」
返事は迷わなかった。
「無理をするつもりはないから」
エルザが頷く。
「分かりました」
ヴェラが地図を見る。
「移動中の位置はどうしますか?」
「私は皆さんに合わせます」
「では、街道では私が前を見ます」
ヴェラが言った。
「ノア様は私の後ろへ。ノワール様は横か少し後ろ。エルザ様は後方をお願いします」
「分かりました」
「はい」
「お願いします」
ノアも頷く。
ヴェラはそのまま地図から顔を上げた。
「脇道に入ってからは、道幅を見て変えます」
「それでお願いします」
ノアは少し間を置いてから、俺たち三人を見た。
「それと、危なくなったら薬草は置いて帰っていいから」
「昨日、フィロスさんにも同じことを言われました」
「本当に?」
「薬草より人間を優先しろ、と」
ノアが黙る。
「……そう」
短く返して、地図を畳んだ。
何か聞こうかと思ったが、やめた。
必要なことなら、そのうち向こうから話すだろう。
◆
門を出る。
朝の街道には、王都へ向かう人と、王都から出る人が混じっていた。荷車や徒歩の旅人、荷を背負った商人が行き交い、少し先では農具を積んだ小さな馬車が進んでいる。
俺たちはその流れから少し距離を取り、ヴェラを先頭に歩いた。その後ろにノア、俺はノアの左後ろ、エルザが最後尾につく。
リンは今日もエルザの肩口にいる。
「フィロスさんは、今日どこへ行ってるんです?」
しばらく歩いてから聞いてみた。
「知らない」
「知らないんですか?」
「聞いてないから」
「昨日は後援先の仕事だと言っていました」
「ああ」
ノアはそれだけで納得したようだった。
「じゃあ、そっちなんだと思う」
「忙しいんですね」
「……まあね」
それ以上は続かなかった。
聞く必要もないか。
俺たちは仕事でノアを護衛している。
フィロスの一日を調べに来たわけではない。
フィロス君のことは少し知りたいが。
「ノワール様」
前からヴェラの声がした。
「はい」
「少し右へ寄れますか。向こうから荷車が来ます」
前を見る。
街道の向こうから、荷を積んだ二輪車が近づいていた。
「分かりました」
俺が位置をずらす。
ノアもヴェラに合わせて寄る。
荷車とすれ違う。
御者が軽く手を上げ、俺たちも小さく頭を下げた。
そのまま歩く。
「ちゃんとした人たちだって聞いてたけど、少し分かった」
ノアがぽつりと言った。
「フィロスさんから?」
「ミレイさんから。フィロス君も否定しなかった」
「なるほど」
危うく感心するところだった。
やはり主成分はミレイだった。
◆
街道をしばらく進むと、人通りが少なくなってきた。
ノアが地図を出す。
「次の分かれ道を右」
道の先に、小さな木の標識が見える。
街道から外れる細い道が、草地の向こうへ伸びていた。
その先には低い木々が続いている。
「ここから少し狭くなる」
ノアが言った。
ヴェラが足を止め、道幅を見る。
「並んでは歩けませんね」
「一列で行きましょう」
エルザが後ろから答える。
俺も道の左右を見る。
草むらにも木々の間にも、今のところ動くものは見えない。
ただ、街道とは違う。草は少し高く、木々も近い。さっきまで聞こえていた人の声も遠くなっていた。
「ノアさん」
「何?」
「目的の場所までは、ここからどのくらいです?」
「普通に歩けば、もう少し」
ノアは籠を持ち直した。
「薬草が残っていれば、そこで終わるよ」
「残っていなかったら?」
「少し先も見たいな」
それから一度、俺たちを見た。
「でも、深追いはしないよ」
「分かりました」
ヴェラが先へ進む。
その後ろにノアが続いた。
俺も細い道へ足を入れる。
ノアを守る隊列のまま、俺たちは街道を離れた。




