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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第三章 自分たちの歩幅

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第83話 線の先へ


 翌朝、エルザが〈鈍色亭〉へ来た時には、俺とヴェラは朝食を食べ終えるところだった。


「おはようございます」


 エルザが空いている椅子へ座る。


 今日は黄色い布紐を使っていなかった。


 昨日買ったばかりなのだから、すぐ使うものだと思っていた。


 見ていると、エルザと目が合った。


「何ですか?」


「いえ」


 ちりん。


「リンもおはようございます」


 白い光がエルザの髪際で揺れた。


 女将がエルザの前へ茶を置く。


 俺は残っていたパンを口へ入れた。


「今日はギルドに行きます?」


「そのつもりでした」


 エルザが答える。


「昨日、脚具についてはまだ決めないことにしましたから、今はお金を稼ぐのが妥当かと」


「はい」


 ヴェラも頷いた。


 見積もりは昨日、共同資金の残額と一緒に確認した。


 買えないわけではない。


 ただ、使えば共同資金のかなりの部分が減る。


 分割にすれば、今度は受ける仕事へ条件が付くことがある。


 ヴェラもどちらにするかはまだ決めていない。


 だが、資金を増やしておけば選択しやすくなる。


 そうだ、労働をしよう。


「では、次の仕事を探しましょう」


 ヴェラの返事は早かった。


「私もそれが良いと思います」


「じゃあ行きましょうか」


 第三道標の先へも行ってみたい。


 それは三人で話した。


 脚具をどうするかは、その話とは別だ。


 何かちょうどいい依頼があればいいな。


◆


 冒険者ギルドの掲示板には、朝の依頼札が並んでいた。


 運搬や採取、店の手伝い、城壁近くの見回り。その中に第一層の巡回依頼も並んでいる。


 俺は自然と最後の辺りを見る。


 同じことを考えていたらしく、エルザもそちらに立っていた。


「ノワールさん」


「はい」


 エルザが一枚の札を指す。


「これはどうでしょう」


 札には、〈灰石の口〉第一層と書かれている。


 その下。


 第三道標より先。


 俺は少し身を寄せた。


「これ」


「はい」


 内容を読む。


 第三道標から先の公開路。


 最初の分岐まで。


 通路状態と白墨印の確認。


 通行に支障がある場合は、無理に進まず位置と状態を報告。


 魔物討伐は目的に含まれない。


「ちょうどいいですね」


 思わず言った。


 エルザが頷く。


「私もそう思います」


 横からヴェラが札を見る。


「距離はどのくらいなのでしょうか」


「そこは聞いた方がよさそうですね」


 俺たちは札を外さず、そのまま受付へ向かった。


 ミラは別の冒険者へ書類を返したところだった。


「おはようございます、ミラさん」


「おはようございます、依頼の確認ですか?」


「はい」


 エルザが先ほどの札を示す。


「第三道標の先の巡回確認について聞きたいです」


「ああ、あれですね」


 ミラが掲示板へ目を向ける。


「受けるかどうかは、内容を聞いてから決めたいです」


「わかりました」


 ミラが受付の下から一枚の地図を取り出した。


 昨日見たものより小さい。


 第一層全体ではなく、第三道標周辺だけが描かれている。


「こちらです」


 第三道標から一本の線が伸びている。


 緩く曲がって、その先で二つに分かれていた。


「今回確認していただきたいのは、この分岐までです」


 ミラの指が止まる。


「ここまで?」


「はい」


「その先へは?」


「今回の依頼には含まれません」


 分かりやすい。


 ヴェラが地図を見る。


「第三道標から、どの程度かかりますか?」


「それほど遠くありません。第三道標までの距離と比べれば短いはずです」


「帰路を考えても、日帰りで問題ありませんか?」


「この地図の通りなら」


 ミラが一度言葉を切った。


「昨日お話しした通りです。地図と違うところがあれば、その時点で考え直してください」


「進めそうでもですか?」


 俺が聞く。


「この依頼の目的は、先へ進むことではありません」


 ミラが答える。


「公開路が今も使えるかを確認することです。通れないなら、それを持ち帰ってもらえれば十分です」


「なるほど」


 そこは大事だ。


 行けなければ失敗、ではない。


 行けないことを確認するのも仕事になる。


「白墨印は、どこにあるんですか?」


 エルザが聞く。


「第三道標を過ぎた後、最初の曲がり角を抜けた先と、分岐の壁面です。薄くなっていれば補修してください」


「白墨はこちらで?」


「支給します。未使用分は返却してください」


 エルザが小さく頷く。


「魔物について、最近の報告はありますか?」


「特別な増加報告はありません。ただ、出ないという意味ではありません」


「はい」


 ヴェラとエルザを見る。


「私は問題ございません」


「私も受けられると思います」


 二人の視線が俺へ来た。


 俺は頷くとミラに向き直る。


「この依頼、受けます」


 今日は迷わなかった。


「わかりました、こちらに記入をお願いします」


 ミラが依頼票を取り出した。


 名前を書き、必要な説明を聞く。


 正式に札が外された。


 第三道標より先。


 地図で見ただけだった線を、今度は歩く。


◆


 昼前には〈灰石の口〉の入口へ着いた。


 ガイルが三枚の木札を卓へ置く。


「またお前らか」


 覚えてくれてた。


「はい」


「今日は第三道標の先です」


 俺が言うと、ガイルの手が一瞬止まった。


「そうか」


 それだけだった。


 もっと何か言われるかと思ったが、いつも通り木札を一枚ずつ渡される。


「いつもどおり帰ってきたら返せ」


「はい」


「道標の先の仕事だからって、道標までが簡単なわけじゃねえぞ」


「分かってます」


「ならいい、行ってこい」


 相変わらずだった。


 剣と丸盾、短剣、松明、水、布、それから支給された白墨まで順に確認する。


 採取袋は今日は空のままだ。


 ヴェラはいつもの装備で立っている。


 エルザが入口へ目を向けた。


「では、行きましょうか」


「はい」


「はい」


 三人で中へ入った。


◆


 第一道標、第二道標と木札へ順に印を増やしながら、見慣れた通路を進む。


 狭くなれば縦へ並び、角では視線と灯りを先へ通す。広がれば見る方向を分ける。


 誰かが位置を変えても、残りまでつられて動くことはなかった。


 第三道標の手前で一度休憩する。


 水を飲み、装備のずれを確かめる。


 少しして、三人とも立った。


 そこから先。


 見覚えのある岩室へ入った。


 中央に古い石柱が立っている。


 第三道標。


 前に補修した白墨の矢印は、まだはっきり残っていた。


 石柱の根元には灰苔が広がっている。


「着きましたね」


 エルザが言う。


「はい」


 俺は木札を打刻具へ差し込んだ。


 硬い音がする。


 続けてヴェラ。


 エルザ。


 三枚とも三つ目の印が入る。


 前は、ここへ着くことが目的だった。


 周囲を確認して、白墨を直して、灰苔を採って。


 そのまま帰った。


 今日は違う。


 俺は石柱の向こうを見る。


 通路が続いている。


 昨日、紙の上で見た線だ。


「地図を確認します」


 エルザから松明を受け取る。


 エルザが折り畳んだ写しを開く。


 第三道標。


 その先で通路は少し右へ曲がる。


 曲がった後、しばらく進んで最初の白墨印。


 さらに先で分岐。


「最初は右へ緩く曲がるだけですね」


「はい」


 ヴェラが通路の先を見る。


「ここから先は、三人とも初めてです」


 言われてみればそうだった。


 別に境界線が引かれているわけじゃない。


 石柱の向こうも、同じ岩の通路だ。


 足を一つ出せば、それで越える。


「行きましょうか」


 エルザに松明を返す。


 ヴェラが丸盾を構え直す。


「はい」


「お願いします」


 ヴェラが先へ進む。


 俺はその後へ続いた。


 エルザの松明の光が、さらに後ろから伸びてくる。


 第三道標の横を通り過ぎた。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 何も起きない。


 当たり前だ。


 少し進んで振り返る。


 石柱はまだ見えていた。


「どうしました?」


 ヴェラが振り返った。


「いや」


 俺は前へ向き直る。


「本当に普通に続いてるんだなと思って」


 エルザが小さく息を漏らした。


「昨日も同じことを言っていましたね」


「言いましたっけ」


「言いました、ノワールさんは時々変なことを言います」


 エルザの指摘に返す言葉が思いつかない。


 ヴェラがまた前を向く。


 通路が右へ曲がる。


 その先へ進む。


 数歩で、第三道標が見えなくなった。


 代わりに、まだ歩いたことのない岩壁と床が松明の光へ入ってくる。


「地図では、この先に最初の印があります」


 エルザの声が後ろから届く。


「分かりました」


 剣の柄へ手を添える。


 前を行くヴェラの足音が続く。


 後ろではエルザが歩いている。


 その肩口で、リンが小さく鳴った。


 地図でしか知らなかった道を、俺たちは歩き始めた。


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