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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第三章 自分たちの歩幅

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第82話 二人の時


 エルザが指した店は、装具屋よりずっと小さかった。


 軒先には、細い紐や布飾り、小さな巾着、髪をまとめるための留め具が吊られている。赤や青、黄色、白、薄紫と色も多く、何に使うのか分からない小さな飾りまで並んでいた。


 店先の棚には、色とりどりの変わったぬいぐるみも並んでいる。


 ヴェラがその前で足を止めた。


 白銀と金色の二つを見比べてから、金色のぬいぐるみを手に取る。


「この金色のぬいぐるみ、可愛いです」


 可愛いのは分かる。


 でも、これ、おじさんっぽいキャラじゃないか。


 変わった趣味だな。


 隣を見ると、エルザがなんとも言えない顔で金色のぬいぐるみを見ていた。


「……そうですね」


 返事まで微妙だった。


「こういう店、好きですよね」


 俺が言うと、エルザが振り返った。


「何か問題がありますか?」


「ないです」


「では、よろしいかと」


「はい」


 迷いがない。


 ヴェラが金色のぬいぐるみを棚へ戻す。


 エルザは細い布紐を一本持ち上げた。


 淡い黄色だった。


「ヴェラさん、こちらとこちらなら、どちらが良いと思いますか?」


 もう一本は白。


 ヴェラが二本を見比べる。


「黄色の方が、エルザ様には似合うと思います」


「そうですか?」


「はい」


 エルザが黄色を自分の髪の横へ持っていく。


「では、こちらにしましょう」


 早い。


「俺には聞かないんですね」


「聞きましょうか?」


「今決めましたよね」


「ヴェラさんが答えてくださいましたので」


「そうですか」


 ヴェラが口元を少し緩めた。


 最近、この二人はこういう時に自然と話が続く。


 前からだっただろうか。


 エルザが今度は薄紫の細い紐を手に取った。


「こちらはどうでしょう」


「先ほどの黄色より少し落ち着いて見えます」


「私ではなく、ヴェラさんにです」


「私に?」


 ヴェラが瞬きをした。


 エルザが紐をヴェラの肩の近くへ持っていく。髪には触れず、少し離して色を見ている。


「合うと思います」


「そうでしょうか」


「はい」


 ヴェラは薄紫の紐を見る。


「……綺麗ですね」


「お好きですか?」


「はい。好きです」


 返事が早かった。


 エルザの目元が少し和らぐ。


「では、覚えておきます」


「なぜ覚えるんです?」


「ヴェラさんが好きな色だからです」


「そうですか」


「はい」


 話が終わった。


 俺だけが何か引っ掛かっている。


 エルザは自分用の黄色い紐を買った。


 ヴェラは薄紫の紐を買わなかった。


 それでも店を出る時、二人はまだ飾りについて話していた。


「留め具は必要ありませんか?」


「今のものがありますので」


「そうですね。まだ使えます」


「エルザ様の紐は、いつ使われるのですか?」


「まだ決めていません」


「決めずに買われたのですか?」


「欲しかったので」


 俺は思わずエルザを見る。


 エルザもこちらを見た。


「何ですか?」


「いえ」


 それで買うこともあるんだな、と思っただけだ。


◆


 〈鈍色亭〉へ戻ると、昼には少し遅い時間になっていた。


 食堂には数人の客が残っている。


 俺たちは奥の卓へ座った。


 ヴェラは脚具の見積もりを卓の上へ置く。


 エルザは買った布紐を一度眺めてから、小さな袋へ収めた。


「ヴェラさん、少し部屋を借りてもいいですか? 装備をつけ直して、服も整えたいので」


「はい」


 ヴェラは部屋の鍵をエルザに手渡す。


「リンも行きますか?」


 ちりん。


 白い光がエルザの肩口へ寄る。


「では、行きましょう」


 エルザが階段へ向かう。


 リンもついていった。


 卓には俺とヴェラだけが残った。


 見積もりの話をするつもりだった。


 でも、さっきから別のことが気になっている。


「ヴェラさん」


「はい」


「一つ聞いてもいいですか?」


「もちろんです」


「エルザさんと、いつの間にそんなに仲良くなったんですか?」


 ヴェラが止まった。


「……仲良く、ですか?」


「はい」


「私たちは以前から仲間ですよね」


「そういう意味じゃなくて」


 言葉を探す。


「なんというか、最近かなり親しそうだなと」


 ヴェラは少し考えた。


「そう見えますか?」


「見えます」


「そうですか」


 そこで終わりそうになった。


「ヴェラさん自身はどうなんです?」


「どう、とは?」


「エルザさんと仲良くなったと思います?」


 また少し考える。


「……はい」


 今度は頷いた。


「以前よりは」


「いつ頃からです?」


「いつからでしょう」


 ヴェラが卓の上の見積もりを揃える。


「特に思い当たる日はありません」


「ですよね」


 友達になります、と宣言してから仲良くなるわけでもない。


「でも、ノワール様がいらっしゃらない時は、以前からもう少しお話ししています」


「俺がいない時?」


 思わず聞き返した。


「はい」


「何を話してるんですか?」


「色々です」


「色々」


「食事のことや、服のこと。町で見かけた物のこともあります」


「エルザさんが?」


「はい」


「結構普通の話ですね」


「普通ではいけませんか?」


「いえ。むしろ意外で」


 ヴェラが少し首を傾ける。


 なんだか俺だけが必死に聞いているみたいだ。


「エルザ様は、よく普通のお話をされますよ」


 知らなかった。


 いや。


 三人でいる時にも普通の話はする。


 ただ、何かを決めたり、依頼のことを話したりする時間の方が印象に残っている。


「冗談も仰います」


「エルザさんが?」


「はい」


「どんな?」


「それはお伝えしません」


「なんでです?」


「二人の時のお話ですので」


 俺は黙った。


 今の返しもかなり自然だった。


「……本当に仲良くなってますね」


「そうかもしれません」


 ヴェラが少し笑う。


「でも、俺がいる時はそこまで話してない気がするんですけど」


「三人の時は、三人のお話をすることが多いからではないでしょうか」


「三人の話?」


「依頼のことや、明日の予定や、ノワール様が何かをしようとして止められるお話です」


「最後のはそんなに頻繁でしたか?」


「よくあります」


 自覚は無いが、否定もできない。


「別に、エルザ様がノワール様へ隠しているわけではないと思います」


「それは分かります」


「二人の時は、二人で話すことが増えるだけです」


 簡単な話だった。


 俺とエルザが二人でいる時も、ヴェラがいる時とは話題が変わる。


 俺とヴェラだけなら、それも同じだ。


「エルザ様は、私が何を好きか聞いてくださることがあります」


「今日みたいに?」


「はい」


「服とか色とか?」


「食べ物もです」


「へえ」


 なんか間抜けな声が出た。


「私が答えられないと、急がなくて良いとも言ってくださいます」


 ヴェラがそこで少しだけ間を置いた。


「エルザ様も、ご自身が好きな物を以前より話されるようになりました」


「可愛い物ですか?」


「多いですね」


 やっぱり。


 俺は納得しかけた。


 エルザは可愛い物が好きだ。


 位置を確認するために用意した駒も、猫と兎だった。


 俺だけ少し不細工な狸だった。


 あの時から既に答えは出ていたのかもしれない。


 俺は向かいに座るヴェラを見る。


 小柄だ。


 顔立ちも整っている。


 本人はそういうところを気にしていないようだが、普通に可愛らしい部類だと思う。


 なるほど。


「何でしょうか」


「いや、分かった気がしました」


「何がでしょう」


「エルザさんがヴェラさんに優しい理由です」


 ヴェラが瞬きをした。


「理由があるのですか?」


「エルザさん、可愛い物が好きじゃないですか」


「はい」


「ヴェラさん、小柄で可愛いですから」


 ヴェラが固まった。


 しまった。


「……そういう意味ではなくてですね」


「どういう意味でしょうか」


 声はいつも通りだった。


「客観的な話です」


「客観的」


「はい」


「私が可愛いから、エルザ様が優しいと」


「一因としてはありそうだなと」


 ヴェラはしばらく俺を見ていた。


「ノワール様」


「はい」


「それは、エルザ様へ直接確認してください」


「嫌ですよ」


「なぜです?」


「絶対に面倒なことになります」


「そうでしょうか」


「記録されます」


 階段の方から足音がした。


 俺は声を落とす。


「この話はここまでで」


「承知いたしました」


 ヴェラの返事が妙に素直だった。


 エルザが戻ってくる。


「何のお話をしていたんですか?」


 何かを感じ取ったのだろうか。


「大した話ではありません」


 俺が答える。


 エルザの視線がヴェラへ移る。


「ヴェラさん?」


 ヴェラは俺を一度見た。


「二人の時のお話です」


 エルザの目元がわずかに和らいだ。


「そうですか」


 それ以上聞かなかった。


 俺だけが少し納得できない。


◆


 昼食を終え、脚具の見積もりについて三人で話した。


 今日は決めない。


 共同資金を使う場合の残額を確認し、次に受けたい依頼との兼ね合いも考える。


 結論はそれだけだった。


 話が終わると、エルザが鞄から手帳を出す。


 その脇に、さっき買った黄色い布紐が少しだけ見えた。


 ヴェラが気づく。


「使わないのですか?」


「今日は使いません」


「そうですか」


「今度、結び方を見てもらえますか?」


「私で良ければ」


「お願いします」


 二人の会話はそのまま続いていく。


 俺は茶を飲みながら、それを聞いていた。


 エルザが可愛い物を好きなら、ヴェラへ甘くなるのも不思議ではない。


 ただ、俺の知らないところで、この二人だけが話してきた時間は、思っていたよりずっと多いらしい。


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