第82話 二人の時
エルザが指した店は、装具屋よりずっと小さかった。
軒先には、細い紐や布飾り、小さな巾着、髪をまとめるための留め具が吊られている。赤や青、黄色、白、薄紫と色も多く、何に使うのか分からない小さな飾りまで並んでいた。
店先の棚には、色とりどりの変わったぬいぐるみも並んでいる。
ヴェラがその前で足を止めた。
白銀と金色の二つを見比べてから、金色のぬいぐるみを手に取る。
「この金色のぬいぐるみ、可愛いです」
可愛いのは分かる。
でも、これ、おじさんっぽいキャラじゃないか。
変わった趣味だな。
隣を見ると、エルザがなんとも言えない顔で金色のぬいぐるみを見ていた。
「……そうですね」
返事まで微妙だった。
「こういう店、好きですよね」
俺が言うと、エルザが振り返った。
「何か問題がありますか?」
「ないです」
「では、よろしいかと」
「はい」
迷いがない。
ヴェラが金色のぬいぐるみを棚へ戻す。
エルザは細い布紐を一本持ち上げた。
淡い黄色だった。
「ヴェラさん、こちらとこちらなら、どちらが良いと思いますか?」
もう一本は白。
ヴェラが二本を見比べる。
「黄色の方が、エルザ様には似合うと思います」
「そうですか?」
「はい」
エルザが黄色を自分の髪の横へ持っていく。
「では、こちらにしましょう」
早い。
「俺には聞かないんですね」
「聞きましょうか?」
「今決めましたよね」
「ヴェラさんが答えてくださいましたので」
「そうですか」
ヴェラが口元を少し緩めた。
最近、この二人はこういう時に自然と話が続く。
前からだっただろうか。
エルザが今度は薄紫の細い紐を手に取った。
「こちらはどうでしょう」
「先ほどの黄色より少し落ち着いて見えます」
「私ではなく、ヴェラさんにです」
「私に?」
ヴェラが瞬きをした。
エルザが紐をヴェラの肩の近くへ持っていく。髪には触れず、少し離して色を見ている。
「合うと思います」
「そうでしょうか」
「はい」
ヴェラは薄紫の紐を見る。
「……綺麗ですね」
「お好きですか?」
「はい。好きです」
返事が早かった。
エルザの目元が少し和らぐ。
「では、覚えておきます」
「なぜ覚えるんです?」
「ヴェラさんが好きな色だからです」
「そうですか」
「はい」
話が終わった。
俺だけが何か引っ掛かっている。
エルザは自分用の黄色い紐を買った。
ヴェラは薄紫の紐を買わなかった。
それでも店を出る時、二人はまだ飾りについて話していた。
「留め具は必要ありませんか?」
「今のものがありますので」
「そうですね。まだ使えます」
「エルザ様の紐は、いつ使われるのですか?」
「まだ決めていません」
「決めずに買われたのですか?」
「欲しかったので」
俺は思わずエルザを見る。
エルザもこちらを見た。
「何ですか?」
「いえ」
それで買うこともあるんだな、と思っただけだ。
◆
〈鈍色亭〉へ戻ると、昼には少し遅い時間になっていた。
食堂には数人の客が残っている。
俺たちは奥の卓へ座った。
ヴェラは脚具の見積もりを卓の上へ置く。
エルザは買った布紐を一度眺めてから、小さな袋へ収めた。
「ヴェラさん、少し部屋を借りてもいいですか? 装備をつけ直して、服も整えたいので」
「はい」
ヴェラは部屋の鍵をエルザに手渡す。
「リンも行きますか?」
ちりん。
白い光がエルザの肩口へ寄る。
「では、行きましょう」
エルザが階段へ向かう。
リンもついていった。
卓には俺とヴェラだけが残った。
見積もりの話をするつもりだった。
でも、さっきから別のことが気になっている。
「ヴェラさん」
「はい」
「一つ聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
「エルザさんと、いつの間にそんなに仲良くなったんですか?」
ヴェラが止まった。
「……仲良く、ですか?」
「はい」
「私たちは以前から仲間ですよね」
「そういう意味じゃなくて」
言葉を探す。
「なんというか、最近かなり親しそうだなと」
ヴェラは少し考えた。
「そう見えますか?」
「見えます」
「そうですか」
そこで終わりそうになった。
「ヴェラさん自身はどうなんです?」
「どう、とは?」
「エルザさんと仲良くなったと思います?」
また少し考える。
「……はい」
今度は頷いた。
「以前よりは」
「いつ頃からです?」
「いつからでしょう」
ヴェラが卓の上の見積もりを揃える。
「特に思い当たる日はありません」
「ですよね」
友達になります、と宣言してから仲良くなるわけでもない。
「でも、ノワール様がいらっしゃらない時は、以前からもう少しお話ししています」
「俺がいない時?」
思わず聞き返した。
「はい」
「何を話してるんですか?」
「色々です」
「色々」
「食事のことや、服のこと。町で見かけた物のこともあります」
「エルザさんが?」
「はい」
「結構普通の話ですね」
「普通ではいけませんか?」
「いえ。むしろ意外で」
ヴェラが少し首を傾ける。
なんだか俺だけが必死に聞いているみたいだ。
「エルザ様は、よく普通のお話をされますよ」
知らなかった。
いや。
三人でいる時にも普通の話はする。
ただ、何かを決めたり、依頼のことを話したりする時間の方が印象に残っている。
「冗談も仰います」
「エルザさんが?」
「はい」
「どんな?」
「それはお伝えしません」
「なんでです?」
「二人の時のお話ですので」
俺は黙った。
今の返しもかなり自然だった。
「……本当に仲良くなってますね」
「そうかもしれません」
ヴェラが少し笑う。
「でも、俺がいる時はそこまで話してない気がするんですけど」
「三人の時は、三人のお話をすることが多いからではないでしょうか」
「三人の話?」
「依頼のことや、明日の予定や、ノワール様が何かをしようとして止められるお話です」
「最後のはそんなに頻繁でしたか?」
「よくあります」
自覚は無いが、否定もできない。
「別に、エルザ様がノワール様へ隠しているわけではないと思います」
「それは分かります」
「二人の時は、二人で話すことが増えるだけです」
簡単な話だった。
俺とエルザが二人でいる時も、ヴェラがいる時とは話題が変わる。
俺とヴェラだけなら、それも同じだ。
「エルザ様は、私が何を好きか聞いてくださることがあります」
「今日みたいに?」
「はい」
「服とか色とか?」
「食べ物もです」
「へえ」
なんか間抜けな声が出た。
「私が答えられないと、急がなくて良いとも言ってくださいます」
ヴェラがそこで少しだけ間を置いた。
「エルザ様も、ご自身が好きな物を以前より話されるようになりました」
「可愛い物ですか?」
「多いですね」
やっぱり。
俺は納得しかけた。
エルザは可愛い物が好きだ。
位置を確認するために用意した駒も、猫と兎だった。
俺だけ少し不細工な狸だった。
あの時から既に答えは出ていたのかもしれない。
俺は向かいに座るヴェラを見る。
小柄だ。
顔立ちも整っている。
本人はそういうところを気にしていないようだが、普通に可愛らしい部類だと思う。
なるほど。
「何でしょうか」
「いや、分かった気がしました」
「何がでしょう」
「エルザさんがヴェラさんに優しい理由です」
ヴェラが瞬きをした。
「理由があるのですか?」
「エルザさん、可愛い物が好きじゃないですか」
「はい」
「ヴェラさん、小柄で可愛いですから」
ヴェラが固まった。
しまった。
「……そういう意味ではなくてですね」
「どういう意味でしょうか」
声はいつも通りだった。
「客観的な話です」
「客観的」
「はい」
「私が可愛いから、エルザ様が優しいと」
「一因としてはありそうだなと」
ヴェラはしばらく俺を見ていた。
「ノワール様」
「はい」
「それは、エルザ様へ直接確認してください」
「嫌ですよ」
「なぜです?」
「絶対に面倒なことになります」
「そうでしょうか」
「記録されます」
階段の方から足音がした。
俺は声を落とす。
「この話はここまでで」
「承知いたしました」
ヴェラの返事が妙に素直だった。
エルザが戻ってくる。
「何のお話をしていたんですか?」
何かを感じ取ったのだろうか。
「大した話ではありません」
俺が答える。
エルザの視線がヴェラへ移る。
「ヴェラさん?」
ヴェラは俺を一度見た。
「二人の時のお話です」
エルザの目元がわずかに和らいだ。
「そうですか」
それ以上聞かなかった。
俺だけが少し納得できない。
◆
昼食を終え、脚具の見積もりについて三人で話した。
今日は決めない。
共同資金を使う場合の残額を確認し、次に受けたい依頼との兼ね合いも考える。
結論はそれだけだった。
話が終わると、エルザが鞄から手帳を出す。
その脇に、さっき買った黄色い布紐が少しだけ見えた。
ヴェラが気づく。
「使わないのですか?」
「今日は使いません」
「そうですか」
「今度、結び方を見てもらえますか?」
「私で良ければ」
「お願いします」
二人の会話はそのまま続いていく。
俺は茶を飲みながら、それを聞いていた。
エルザが可愛い物を好きなら、ヴェラへ甘くなるのも不思議ではない。
ただ、俺の知らないところで、この二人だけが話してきた時間は、思っていたよりずっと多いらしい。




