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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第三章 自分たちの歩幅

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第79話 戻るまでが仕事


 それから馬車は、何度か街道の脇へ止まった。休憩だけではない。荷台の縄を確かめ、箱が動いていないか押してみる。


 御者は馬の脚を見て、マルセルは積荷を見る。エルザも後ろへ回るたび、ゴブリンが手を掛けた辺りの縄を引いていた。


「大丈夫です」


「他は?」


「今のところ緩んでいません」


「よし」


 俺も左側から荷台を覗く。村を出た時と同じように、袋と箱が詰まっている。目につくのは、側板に残った石の跡くらいだった。


 ヴェラが盾を持ったまま道の右側を見る。俺も周囲を見回した。


 あれからゴブリンは出てこない。何かが藪の中で動くたびに少し気にはなったが、鳥だったり、風だったりした。


「行くぞ」


 御者が声を掛ける。


 また同じ位置へ戻る。俺は左前。ヴェラは右後ろ。エルザは後方。マルセルは荷台の右脇だ。


 馬車が動き出す。


 重い車輪が街道の土を踏んだ。


◆


 昼を過ぎた頃には、遠くに王都の外壁が見えてきた。


「あ」


 声が出た。


「見えましたね」


 エルザも前を見る。


 まだ小さい。それでも、昨日の朝に抜けた外壁だ。


「帰ってきた感じがします」


 ヴェラが言った。


「一泊だけなんですけどね」


「でも、昨日とは違います」


「それは分かります」


 村の朝は、家畜の声と何かを運ぶ音から始まった。今は王都へ近づくほど、街道を行き交う人や荷車が増えている。


 向こうから来た荷車を避けるため、御者が馬を少し端へ寄せた。俺も馬車の横へ詰める。


 すれ違った御者が軽く手を上げた。こちらの御者も同じように返す。


 それだけだった。


「こういう道だったんですね」


 俺が言う。


「昨日も通りましたよ?」


 エルザが言った。


「昨日は馬車に乗れる方が気になってました」


「知っています」


「乗った後は、ずっと揺れを気にしていました」


「それは仕方ないでしょう」


 板張りの荷台から尻へ伝わってきた衝撃を思い出す。期待していたのとは、だいぶ違った。


 前から門へ並ぶ人の列が見えてきた。御者が馬の速度を落とす。


「ここから混むぞ」


「はい」


 俺たちは馬車のそばへ寄り、そのまま列へ入った。歩く速度はさらに遅くなる。


 王都へ入る人、出ていく人、荷車、徒歩の商人。大きな籠を背負った人までいる。


 門の近くは、村とは比べものにならないくらい音が多かった。少し前まで、畑と家ばかりの道を歩いていたのが妙な感じがする。


 順番が来た。


 門番がマルセルと御者へ声を掛け、荷台を確認する。


「仕入れ帰りか」


「ああ」


「何かあったか?」


「途中でゴブリンに襲われた。四体いた」


 門番の目が俺たちへ向いた。


「場所は?」


 マルセルが街道の辺りを説明する。


 門番は短く頷いた。


「ギルドにも上げといてくれ」


「そのつもりだ」


 それで終わった。


 馬車が門を抜ける。外壁の内側へ入った瞬間、急に家が増えた。


「帰ってきましたね」


 ヴェラが言う。


「帰ってきました」


 俺も答えた。


 ちりん。


 エルザの髪際でリンが鳴った。


◆


 門を入ってからも、まだ仕事は終わらなかった。


 マルセルの荷物を下ろす場所まで馬車についていく。途中で人通りの多い道を避け、少し広い裏道へ入った。


 やがて馬車が一軒の建物の前で止まる。


「着いたぞ」


 マルセルが荷台を叩いた。


 奥から人が二人出てきた。


「お帰り。随分積んできたな」


「向こうの出来がよかったんだよ。先に箱から頼む」


「分かった」


 荷下ろしが始まる。俺たちもそこに近づいた。


「もう手伝わなくていいぞ」


 マルセルが言う。


「いいんですか?」


「ここまで運んでもらうのが仕事だ。下ろすのまで護衛にやらせたら、俺たちが楽をしすぎる」


「わかりました」


 大きな袋が一つ下ろされ、次に箱が運ばれる。藁を外し、中を確かめる。


「割れてないな」


「こっちも大丈夫だ」


 別の男が答える。


 マルセルは荷台の側面へ回り、石が当たった白い跡を指で触った。


「こっちも大したことない」


 それから俺たちを見る。


「荷も馬も全て無事だ」


「依頼はこれで終わりですか?」


「ああ。これをギルドに渡してくれ。あとで俺からも無事に戻ったって伝えておく」


「分かりました」


 差し出された木札を受け取る。


 御者が馬の具を確認している。


「そちらも大丈夫ですか?」


 ヴェラが尋ねた。


「ああ。ちょっと驚いたくらいだ」


 御者が馬の首を撫でる。


「こいつもよく歩いた」


 馬は何も答えず、鼻を鳴らした。


 リンがエルザの髪から離れて馬に近づく。


 ちりん。


 馬はリンに鼻先を向けて、もう一度鼻を鳴らした。


「二日間ありがとうございました」


 エルザが頭を下げる。


「こっちの台詞だ、ありがとう」


 マルセルが手を振った。


「また都合が合ったら頼むかもしれん。その時はよろしくな」


「こちらこそ、その時はよろしくお願いします」


 俺たちは馬車から離れた。


 昨日の朝は、あれに乗れるだけで少し嬉しかった。


 今見ると、側板に石の跡がついた、荷物でいっぱいの普通の馬車だった。


◆


 冒険者ギルドへ入る。


 昼を過ぎた時間だからか、中にはそれなりに人がいた。依頼札を見ている人や受付へ並ぶ人、壁際で何か話している冒険者がいる。


 見慣れた光景だった。


 俺たちは受付へ向かう。


 ミラがこちらに気づいた。


「お帰りなさい」


「戻りました」


「三人とも無事ですね」


 ミラの視線が俺、エルザ、ヴェラを順に見て、それからリンへ移った。


「依頼の報告をお願いします」


 マルセルから受け取った木札を受付に置いた。


 ミラがそれを手に取り、表と裏を確認する。


「はい」


 俺たちは順番に話した。


 村へ予定通り到着したこと。村で一泊し、翌朝に荷を積んで出発したこと。復路の街道でゴブリン四体に遭遇したこと。


「……ゴブリンですか」


 ミラは手を止めて、俺たち三人をもう一度見た。


「四体ですね」


「はい。左から棍棒を持ったのが二体来ました。右前には、石を投げてくる一体がいました」


 ミラが書き留める。


「右側からは、刃物を持った一体が来ました」


 ヴェラが続けた。


「私が受けたあと、荷台の後ろへ回っています」


「その一体が、荷台へ手を掛けました」


 今度はエルザが言う。


「縄が一本、少し擦れましたが、切れてはいません」


「投石は途中からマルセルさんの方へ飛びました」


 俺も付け加える。


 ミラがもう一度書く。


「被害は?」


「側板に石の跡と、後ろの縄が少し擦れたくらいです」


「人と馬は?」


「怪我はありません」


 ヴェラが答えた。


「積荷も無事です」


「分かりました」


 ミラが顔を上げる。


「ゴブリンは?」


「左から来た一体は倒しました。ほかは逃げました」


 俺が答える。


「追撃は?」


「してません」


「馬車は動ける状態だったんですね」


「はい」


「なら、それで大丈夫です」


 ミラはそのまま記録へ視線を戻した。


「遭遇場所は門でも聞かれました」


「こちらからも共有します。街道の巡回記録と合わせますね」


「お願いします」


「他に何か気づいたことは?」


 三人で顔を見合わせる。


「……馬車が思ったより揺れました」


 俺が言った。


 ミラが手を止めた。


「それは依頼報告に必要ですか?」


「必要ないと思います……でも気づいたことを聞かれたから」


「では書きません」


「はい」


 エルザもヴェラも俯いていて表情が見えない。


 ミラが小さく息を吐いた。


「報告は以上でよろしいですか?」


「はい」


「では、依頼完了です。マルセルさんからの報告と相違があった時は、また確認させていただきます」


 ようやくその言葉が出た。


「はい、わかりました」


 報酬を受け取る。


 近場で半日働いた時より、明らかに多い。


「二日分ですから多いですね」


 ヴェラも硬貨を見る。


「選ばれずに残っていた依頼でしたが、良い仕事だったと思います」


 エルザが返す。


「そうですね、結果的には良かったです」


 ヴェラが言った。


 俺も頷いた。


「そうですね」


◆


 ギルドを出た頃には、少し腹が減っていた。


「鈍色亭へ戻りますか?」


 エルザが聞く。


「戻りたいです」


「私もです」


 ヴェラも同意した。


 二日しか離れていないのに、鈍色亭へ向かう道が妙に馴染んで見える。


 宿へ入る。


「お、お帰り」


 女将が厨房の方から顔を出した。


「ただいま」


「飯は?」


「お願いします」


「荷物置いたら降りてきな」


「はい」


 いつものやり取りだった。


 井戸で手や顔を洗ったあとに部屋へ上がり、荷物を下ろす。剣も外すと、肩が軽くなった。


 下へ戻ると、三人分の食事が用意されていた。


 椅子へ座る。


「やっぱり落ち着きますね」


 ヴェラが言う。


「昨日の家も良かったですけどね」


「はい。ご飯も美味しかったです」


 エルザが頷く。


「あの子、あやとり忘れないでしょうか」


 俺が言う。


「一日であれだけ覚えたので、大丈夫だと思います」


「次に行ったら、また教えるんですか?」


「約束しましたから」


「じゃあ俺も教えてもらおうかな」


「ノワールさんに教え込むのは大変そうですね」


「まだやってもいないのに……」


「子供より簡単なところから始めましょう」


「一番簡単なところからお願いします」


 ヴェラが笑った。


 食事を始める。


 しばらくして、ふと思い出した。


「馬車ってもっと快適なものだと思ってました」


 エルザが匙を止める。


「帰りは一度も乗りたいと言いませんでしたね」


「帰りは荷物で乗る場所がなかったのもありますが……」


「場所があったら乗りましたか?」


 ヴェラが聞く。


 俺は少し考えた。


 板張りの荷台。


 轍を踏むたびに跳ねる車輪。


 尻へ直接来る衝撃。


「……しばらくは乗らなくていいですね」


 エルザが笑った。


「確かに。私も遠慮したいですね」


「色々と学びの多い依頼でした」


 ヴェラが食べながら質問する。


「何が一番の学びでしたか?」


「馬車は尻が痛くなる」


 ヴェラが吹き出した。


 エルザも顔を伏せる。


「……それが一番の学びですか?」


「身体を守る学びは大事ですよ」


 ちりん。


 リンまで鳴いた。


「リンもそう思います?」


 返事はない。


 もう一度だけ、ちりんと音がした。


 俺はパンをちぎった。

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