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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第三章 自分たちの歩幅

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第75話 残っていた札


 職人区を出たあと、俺たちはもう一度冒険者ギルドへ戻った。


 朝に見た依頼がまだ残っているなら、その中から何か受けるつもりだった。


 稽古場で身体を動かしたとはいえ、時間はまだ早い。


 入口をくぐると、依頼板の前には朝より少し人が減っていた。


 何枚か札もなくなっている。


「城壁のはなくなってますね」


 朝に見た場所が空いていた。


「誰か受けたのでしょうね」


 エルザが答える。


 荷運びの札も一枚減っている。


 店の手伝いはまだ残っていた。


 俺たちが並んで板を見ていると、ヴェラが少し離れたところで足を止めた。


「これ……」


 細長い札へ手を伸ばす。


「護衛です」


「地上の?」


「はい」


 俺も横から覗き込んだ。


 王都から近隣の村まで、商人の馬車を護衛する仕事だった。


 目的は村での買い付け。


 往路だけではなく、仕入れを終えた翌日の帰路まで含まれている。


「一泊ですか」


 札を読み直す。


「そうみたいですね」


 エルザも隣へ来た。


「今日受けて、出発は明日の朝。村に一泊して、その次の日に戻る予定です」


「二日仕事ですね」


「はい」


 ヴェラが札の下まで目を通している。


「農作物と畜産物の買い付け、とあります」


「村まで行くんですね」


 王都の外へ出たことは何度もある。


 ただ、人が普通に暮らしている別の村へ行くのは初めてだった。


「私は、これが良いと思います」


 ヴェラが札から目を上げた。


「ヴェラさんが?」


「はい。泊まりの仕事は、まだ受けたことがありません。それに……」


 一度、依頼板を見る。


「馬車の護衛も、経験しておきたいと思います」


「私も興味があります」


 エルザが言った。


「村も見てみたいです」


「そうですね、俺も見たいです」


 答えてから、もう一度札を見る。


 報酬欄を見る。


 これまで受けた半日仕事や近場の地上依頼より、明らかに条件が良かった。


「これ、結構いい仕事なんじゃないですか?」


「二日拘束されますから、その分でしょうか」


「宿泊もありますしね」


 ヴェラが頷く。


 条件が悪くて残っているようには見えない。


「何でこれ、まだあるんでしょう」


 朝から出ていたなら、もう誰かが持っていってもよさそうだ。


「聞いてみましょうか」


 三人で札を外し、受付へ向かった。


◆


 ミラは札を受け取ると、少し意外そうな顔をした。


「あ、それ残っていたんですね」


「やっぱり珍しいんですか?」


「珍しいというほどではないですけど、悪くない依頼ですよ」


 札を机へ置く。


「近場の護衛としては日数がかかる分、ちゃんと稼げます。往復ですし、村での宿も依頼側が用意します」


「じゃあ、どうして残ってたんです?」


「たまたまだと思います」


 ミラが依頼簿を開いた。


「昨日の午後に出たんですけど、出発が明日の朝でしょう? 今日だけ空いている人だと受けられませんし、二日続けて予定を空けられる組は朝のうちに別の依頼を取ってしまったみたいです」


「なるほど」


 条件が悪いのではなく、日程が合わなかっただけらしい。


「三人なら受けられますか?」


「はい。依頼主からも三人前後の護衛希望が出ています」


 ミラが俺たちを順に見る。


「ただし、今回は討伐依頼ではありません」


「馬車を守るのが仕事ですね」


「はい。魔物を追って馬車から離れれば、その間に別の問題が起きる可能性がありますから」


 ミラが頷いた。


「商人と御者、馬車と積荷を無事に往復させるのが目的です。道中で魔物が出ても、追い払って通れるなら追う必要はありません」


「逃げた相手を追わない」


「はい」


 ダンジョンなら、依頼によっては倒した証拠を持ち帰ることもある。


 今回は違う。


「往路は、まだ荷物が少ないんですよね?」


 エルザが尋ねた。


「村へ届ける品などは積んでいきますが、買い付け前ですから帰りよりは軽いはずです。帰りは農作物や加工品、それに村で仕入れられれば畜産物も載せるそうです」


「帰りの方が動きにくいですね」


 ヴェラが言う。


「その可能性があります。雨が降ればさらに遅れます」


 ミラが依頼簿へ何かを書き込んだ。


「出発は明朝。南東門近くの荷車置き場へ、朝の鐘が鳴る前に集合してください」


「分かりました」


「戻りは明後日の予定ですが、道の状態次第で遅れることもあります。一泊分だけでなく、余分の水や食べ物も少し持っていってください」


「はい」


「受けますか?」


 三人で顔を見る。


 最初に頷いたのはヴェラだった。


「受けたいです」


「私も」


「俺もお願いします」


「では、こちらで受諾にしますね」


 ミラが札の裏へ印を押した。


 たまたま残っていた一枚が、俺たちの次の仕事になった。


◆


 ギルドを出てから、必要なものを確認した。


 一泊とはいえ、ダンジョンへ潜る時とは持っていく物が少し違う。


「松明は?」


「夜に村の中を歩く程度なら、予備一本で十分だと思います」


 エルザは必要な物を書き出していく。


 水。


 保存食。


 外套。


 手当用の布。


 最低限の灯り。


 武器。


 ヴェラの盾。


 一泊分の着替え。


「ちょっと旅行みたいですね」


 口にすると、ヴェラがこちらを見た。


「仕事です」


「分かってます」


「さっき少し楽しそうでした」


「村へ行くのは初めてですから」


「私も初めてです」


 ヴェラの声が少し明るい。


 エルザも手帳から顔を上げた。


「私も、王都の周辺を歩いたことはありますが、村で泊まったことはありません」


「じゃあ三人とも初めてですね」


「リンもです」


 ちりん。


「四人でした」


 エルザが訂正した。


◆


 翌朝。


 まだ空に薄い青が残っているうちに、俺たちは南東門近くの荷車置き場へ着いた。


 何台もの荷車が並んでいる。


 荷を積み終えたもの。


 まだ空のもの。


 馬へ水を飲ませている者もいる。


 商人らしい男が、こちらを見て片手を上げた。


「〈コンパス〉か?」


「はい」


「助かった。俺はマルセルだ。こっちが今日の馬車」


 示されたのは、一頭の馬が引く幌のない木製の荷馬車だった。


 荷台には箱や籠、布の束が積まれている。


 後ろ半分にはまだかなり余裕があった。


「準備が出来たら乗ってくれ」


 マルセルが荷台を叩く。


「乗ってもいいんですか?」


 思わず聞いた。


 マルセルが笑う。


「そのために空けてある。街道へ出たら、見張りで歩いてもらう時もあるけどな。ずっと歩かせたら帰りまで持たん」


「ありがとうございます」


 初めての馬車だ。ゲームを始めた時から、一度くらい乗ってみたいとは思っていた。


 剣に魔法、ダンジョン。そのうえ馬車まで来た。


 かなり分かりやすい組み合わせだ。


 荷台へ上がる。


 板張りの床に、細い腰掛けが取り付けてあった。


 エルザが俺の向かいへ座る。


 ヴェラは盾を荷台の端へ立て掛け、その横へ腰を下ろした。


 リンはエルザの髪際から馬の方を覗いている。


 ちりん。


「何て?」


「『おおきい』です」


「馬ですか」


「はい」


 リンが少し前へ出る。


「近づきすぎないでくださいね」


 エルザが指先で止めると、リンは不満そうに一度鳴った。


 御者が手綱を取る。


「出すぞ」


 馬が歩き始めた。


 車輪が回る。


 荷車がゆっくり動き出す。


「おお」


 思ったより滑らかだ。


 これなら――


 がたん。


 身体が浮いた。


「うおっ」


 尻が板へ戻る。


 エルザの肩が揺れた。


 ヴェラも腰掛けの端を掴んでいる。


「……今のは?」


 俺が聞く。


 御者が振り返りもしないで答えた。


「石だな」


「石一個でこれですか」


「街道に出りゃもう少しマシになる」


 その言葉が終わる前に、今度は右の車輪が窪みへ落ちた。


 がたん。


 荷台全体が傾く。


「うぉ!」


 変な声が出た。


「……歩いた方が楽じゃないですか?」


「まだ門も出てねえぞ」


 マルセルが笑っている。


 エルザは口元を押さえていた。


「エルザさん、笑いました?」


「いいえ」


「肩が動いてますよ」


「馬車が揺れています」


「なるほど」


 ヴェラが横を向いた。


 そっちも笑っている。


 想像していた異世界の旅とは、少し違った。


◆


 南東門を抜ける。


 城壁が背後へ下がっていく。


 街道へ出ると、確かに揺れは少し減った。


 なくなりはしない。


 車輪が小さな石を拾うたび、板を通して腰へ振動が上がってくる。


 歩くより速い。


 荷物も運べる。


 楽かと聞かれると、少し考える。尻が痛い。


「交代で歩きましょうか」


 ヴェラが言った。


「賛成です」


 俺はすぐ答えた。


「護衛ですからね」


 エルザが釘を刺す。


「乗り心地の問題だけじゃありません」


「もちろんです」


 まず俺とヴェラが降りる。


 エルザが馬車へ残り、後ろを見る。


 俺は左前。


 ヴェラは右側。


 前方には低い丘と畑が続いていた。


 王都へ向かう荷車とすれ違う。


 農具を肩へ担いだ人が、脇道から街道へ出てくる。


 馬車が一台通るだけで、場所によっては脇を歩ける幅がかなり狭くなる。


 向こうから別の荷車が来た。


 御者が速度を落とす。


 俺たちは自分たちの馬車へ寄り、車輪の進路へ入らないよう足元を確かめる。


 すれ違う時、思ったより荷車同士の間が狭い。


 剣の柄までぶつけないよう身体を引く。


 向こうの荷車がゆっくり通り過ぎた。


◆


 昼前に一度、街道脇の木陰で馬を休ませた。


 水を飲ませる間、俺たちも持ってきたパンを食べる。


 マルセルは地面へ腰を下ろし、街道の先を指した。


「ここからなら、昼を少し過ぎた頃には着く」


「よく行く村なんですか?」


「ああ。季節ごとにな。穀物も野菜も入るし、乳や肉の加工品も買う」


「王都まで売りに来てもらうんじゃなくて、買いに行くんですね」


「小さい農家が一軒ずつ王都まで来てたら仕事にならんだろ」


「確かに」


「俺らがまとめて買って、まとめて運ぶ。その方が向こうも楽だ。あと、前に頼まれた物を王都で仕入れて届ける。今乗っている箱にもそれが入ってるんだ」


 マルセルは残ったパンを口へ入れた。


「帰りは今日より揺れるぞ」


「荷物が増えるから?」


「帰りはどうしても重くなるし、壊せない物もある。飛ばせねえ」


 行きより帰りの方が時間がかかるかもしれない。


 護衛する側としても、その分だけ道にいる時間が増える。


 ヴェラが馬車の車輪を見る。


「帰りは歩く時間を増やした方が良さそうですね」


「そうですね」


「俺は賛成です」


 腰を伸ばす。


 馬車は便利だ。


 それは間違いない。


 ただ、尻と腰にはあまり優しくない。


◆


 午後。


 街道の両側に畑が増え始めた。


 王都近くの整った畑とは違い、低い石垣や木の柵で区切られている。


 遠くに牛らしい大きな影が見えた。


 風に乗って、草と土の匂いが来る。


「見えてきたぞ」


 マルセルが前を指した。


 低い屋根がいくつも並んでいる。


 その向こうに納屋。


 柵の中を歩く家畜。


 道端では子供が二人、何かを追いかけて走っていた。


 俺たちの馬車に気づき、立ち止まる。


 一人が大きく手を振った。


「マルセルー!」


「おう」


 商人も慣れた様子で手を上げる。


 馬車が村の中へ入った。


 畑から戻ってくる人。


 籠を運ぶ人。


 家の前で作業している人。


 王都とはずいぶん違う。


 それでも、ここにも普通に一日が流れていた。


 マルセルが馬車を一軒の農家の前へ寄せる。


 畑の向こうから、土のついた服を着た男が歩いてきた。


 その後ろを、小さな子供が追いかけている。


「父ちゃん、マルセル来たよ!」

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