第69話 価値の付け方
翌朝、俺たちは西の大聖堂へ来ていた。朝の日差しが白い石段へ落ち、上り下りする人の影が短く伸びている。
ヴェラの手には、昨日武具店でもらった小さな相談札があった。赤い印の横に、装具試用前に治療師へ確認、と書かれている。
「本当に会えるんですかね」
石段を上りながら言う。
「前に診ていただいていますので、受付で記録を確認してもらえばよいのではないでしょうか」
ヴェラは落ち着いている。
「とは言え、相手は聖女ですよ」
「はい」
「忙しそうじゃないですか?」
「はい」
「そこは心配じゃないんですね」
「お会いできなければ、別の方へ相談いたします」
正しい。俺だけ少し気にしすぎているらしい。
エルザの髪際では、リンが白く揺れていた。
大聖堂の中へ入る。薬草と香の混じった匂いが漂い、石床は外より少し冷たい。
朝から待合は埋まり始めていた。包帯を巻いた冒険者、杖をついた老人、幼い子どもを抱いた母親。奥では白衣の治療師たちが忙しそうに行き来し、靴音が高い天井の下へ短く返っている。
受付でヴェラが名を告げた。
「以前、右脚を診ていただきました。装具を試す前に、確認をお願いしたいのですが」
受付の女性が帳面をめくる。紙の端を指で追い、途中で手が止まった。
「担当は……リヴィア様ですね」
「はい」
本当にリヴィアの名前が出た。
「本日は治療が立て込んでおりますので、すぐには難しいかもしれません。再診としてお名前はお通しします」
「お願いいたします」
「別の治療師でもよろしければ、先に診られる場合があります」
ヴェラが手の中の相談札を一度見た。
「以前の状態をご存じの方へ、可能であればお願いしたいです」
「分かりました」
受付票を受け取る。
それから待った。
◆
思っていたより早く名前を呼ばれた。
「ヴェラさん」
聞き覚えのある声だった。診察室の入口から、淡い色の髪が覗く。
「あ、本当に会えるんだ」
「何その感想」
リヴィアが笑った。
「聖女ってもっと会えないものかと思ってました」
「聖女と言っても、ここで働いてる一職員だからね」
「そんなものですか」
「今日も脚かな?」
「はい」
ヴェラが相談札を渡す。リヴィアは赤い印と文字を読み、裏返して確認した。
「装具か。前にも話したね」
「はい。昨日、見本を見せていただきました」
「前に診た時から、何か変わった?」
ヴェラが共同任務で起きたことを短く説明する。
最初は歩けたこと。長く進むうちに右脚の踏み替えが遅れ、盾を持って方向を変える時に前との間隔を保てなくなったこと。休めば戻り、翌日に痛みは残らなかったこと。
リヴィアは途中で遮らずに聞いていた。
「今は痛みも腫れもなし?」
「はい」
「じゃあ、少し歩いてみて」
診察室の端を空ける。
ヴェラがまっすぐ歩いて戻り、続けて右へ身体を向ける。リヴィアは足元を見てから、もう一度同じ動きを頼んだ。
「今、違和感は?」
「ございません」
「分かった」
リヴィアが相談札の裏へ短く何かを書き始める。
「装具を試すこと自体はいいと思う。ただ、歩くだけで楽でも、盾を持って向きを変えた時に別の場所が痛くなるなら、その装具は合ってない」
「膝や腰でしょうか」
「そこも。反対の脚に変な負担が出ることもある」
前にも似た話を聞いた。
「合う物を探すために試すんだから、我慢して使わないでね」
「承知いたしました」
「痛み、痺れ、膝や腰の違和感が出たら止める。できれば装具職人にその場で見てもらって」
リヴィアが札を差し出す。ヴェラが受け取った。
「ありがとうございます」
「あと、試す時は盾も持っていくんでしょ?」
「その予定です」
「なら、普段やる動きを見てもらって。歩けるだけじゃ意味ないから」
「はい」
話はそれで終わった。
廊下の向こうから別の治療師が声をかける。リヴィアはそちらへ返事をして、俺たちに手を振るとすぐに奥へ消えていった。
「本当に忙しそうでしたね」
「そうですね」
「でも会えて良かったですね」
ヴェラが相談札を見下ろす。
「はい」
その声は少しだけ明るかった。
相談札には、治療師の確認後は《紅蓮商会》本部の装具窓口へ、と書かれている。
俺たちは大聖堂を出て、商業区へ向かった。
◆
《紅蓮商会》本部は、商業区の中央にあった。大きな建物だったが、飾りは少ない。入口の上に赤い印が掲げられている。
扉を抜けると、大聖堂とは違う種類の忙しさがあった。壁際に窓口が並び、帳簿を抱えた人や紙束を運ぶ人、荷札を確認する人が行き交う。奥からは木箱を置く鈍い音も聞こえてきた。
荷運びの相談、装備の分割払い、依頼報酬の精算、治療費の立て替え。同じ建物の中で全部扱っているらしい。
「装具の相談です」
エルザが昨日の札を出した。
受付の男が確認し、別の札を一枚重ねる。
「治療師の確認は?」
「こちらです」
ヴェラがリヴィアの書き込みを見せた。
男が裏面まで確認する。
「確認しました。奥の装具窓口へどうぞ」
通された先には、革帯や金属板の並ぶ棚があった。革の匂いと、磨かれた金属の光。
昨日見た物より種類が多い。足首だけを支える物、脛まで覆う物、膝の下まで革帯が伸びている物。どれも似ているようで、帯の位置や板の長さが違う。
窓口の女性がヴェラの脚と相談札を交互に見る。
「まず既製品で合う形があるか試します」
「お願いします」
「合わなければ調整品です。調整品は採寸と加工が必要になります」
「費用も変わりますか?」
エルザが聞く。
「変わります」
即答だった。
机の下から料金表が出てくる。紙が一枚、卓の中央へ置かれた。
既製品。
部分調整。
個別加工。
数字が順に大きくなっていた。
ヴェラは何も言わずに見ている。
「まず試してからですね」
俺が言う。
「はい」
女性が一本の脚具を取り出した。足首から脛の半ばまでを革で包み、外側に細い金属板が入っている。
机へ置くと、金属が木へ軽く当たった。
「これで歩いてみましょう」
◆
装着には少し時間がかかった。革帯を締めすぎないようにしながら金属板の位置を合わせ、足首を曲げ伸ばしして当たる場所を確認する。女性が一本ずつ指を差し込み、締まり具合を見た。
ヴェラが立つ。
「どうです?」
「……右脚が、少し出しやすいです」
数歩歩き、戻る。もう一度歩くたび、革が小さく擦れる音を立てた。
見ている限り、右足を置く時の遅れは小さくなっている。
「平地なら悪くなさそうですね」
窓口の女性が言った。
「盾を持って試せますか」
「もちろんです」
ヴェラが丸盾を受け取り、店の奥にある狭い試用場所へ移った。床には何度も靴で踏まれた跡が残っている。
前へ三歩。止まる。右へ向き、戻る。
今度は少し速く。
二度目の切り返しで、ヴェラの動きが止まった。
「どうしました?」
「右膝の内側に、少し引かれる感じがします」
「痛み?」
「まだ、痛みではありません」
「止めましょう」
女性がすぐに言った。ヴェラも逆らわない。
椅子へ座り、脚具を外す。締めていた革帯が一つずつ緩んでいく。
「歩く時には助けになっています。でも、盾を持って向きを変える動きには、この形だと合っていません」
金属板を見ながら女性が言う。
「既製品を無理に合わせるより、調整した方がいいです」
「どのくらいかかりますか」
エルザが料金表を見る。
女性が別の欄を指した。
数字を見て、俺も黙った。
高い。
ヴェラの個人分だけでは届かない。〈コンパス〉の共同資金まで使えば払えなくはないが、かなり減る。
紙の上の数字は、見ていても小さくならない。
「分割もできます」
女性が別の紙を出し、料金表の横へ並べた。
依頼報酬からの定額控除。返済中は商会指定の仕事を優先して紹介。完済までは脚具の所有権を商会側に残す。定期点検を受けること。故意の破損は別途負担。
「これは全部つくんですか?」
俺が聞く。
「分割方法によります。報酬控除だけの契約もありますし、頭金を減らす場合は指定仕事の条件が増えます」
「総額は?」
「こちらです」
指先が一番下の数字で止まる。
隠してはいない。現金一括より、分割の方が少し高い。理由も手数料として書いてある。
ヴェラが紙を最後まで読んだ。
「装具は必要だと思います」
そう言ってから、一度紙を置く。
「ですが、この条件で購入するかは、まだ決めません」
「分かりました」
女性の表情は変わらなかった。
「見積もりは三日有効です。調整内容はその間に変えても構いません」
「ありがとうございます」
女性はヴェラの相談札を受け取り、裏へ何かを書き足した。
「調整品まで進める場合は、この札を職人区の提携工房へ持っていってください」
「職人区ですか?」
「はい。ここで試した結果も書いておきます。向こうでは採寸をして、実際にどう使うのかを見ながら調整することになります」
ヴェラが返された札を見る。赤い印の下に、工房の名前と場所、それから今日の試着結果が書き足されていた。
「盾も持っていった方がよろしいでしょうか」
「その方がいいですね。今日みたいに、普段する動きを見てもらってください」
「分かりました」
エルザが見積もりを受け取り、折らずにそのまま鞄へ入れた。
手帳は開かなかった。
リンが髪際から少しだけ出てきて鳴く。
ちりん。
エルザは何も言わなかった。俺も聞かなかった。
◆
装具窓口を出たところで、見覚えのある背中があった。
「ミックさん?」
振り返る。
「あ……ノワールさん」
昨日より少しだけ顔色が悪い。手には何枚かの紙を、端が少し曲がるくらい強く持っていた。
「契約の相談ですか?」
「はい。もう一度来ました」
昨日言っていた立て替えの話だ。
ミックの視線が、ヴェラの持つ相談札へ移る。
「そちらも?」
「脚具の見積もりです」
「ああ、高いですよね」
「分かります?」
「ここに来ると、お金の話ばっかり聞こえてしまうので」
笑おうとして、うまく笑えなかった。
奥の扉が開く。
「ミックさん。お待たせしました」
低い声がした。
黒に近い赤の上着を着た男が立っている。四十代くらいだろうか。派手な装飾はないが、胸元の留め具に《紅蓮商会》と同じ赤い印が入っていた。
「ヴァレル代表」
受付の人がそう呼んだ。
《紅蓮商会》の代表。
代表が普通に窓口の奥にいるのは意外だった。
ミックが紙を持ち直す。
「行ってきます」
そう言ってから、足が止まった。
「……あの」
「はい?」
「一緒に聞いてもらってもいいですか」
俺たち三人を見る。
「俺、一人だと、聞き落としそうで」
エルザとヴェラが俺を見る。俺が決めろということか。
少し考えたが、断る理由が思いつかなかった。
「ミックさんがいいなら」
「お願いします」
ヴァレルへ確認すると、俺たちも同席して構わないと言われた。
四人で小さな部屋へ入る。
◆
部屋には机が一つあり、向かい合うように椅子が置かれていた。壁際の小窓から入る光が、机の端と積まれた紙の半分だけを照らしている。外の窓口より静かで、扉が閉まると人の声も意味の分からないざわめきまで遠のいた。
飾りらしいものはない。机の角には細かな傷が残り、乾いた紙とインクの匂いに、外の倉庫から流れてくる革や木の匂いが薄く混じっていた。
机の上には、すでにミックの申請書が置かれている。
ヴァレルが椅子へ座った。
「昨日の申請を見直しました」
「はい」
「結論から申し上げると、希望額までは出せません」
ミックの指が紙の端を握る。紙が少し曲がった。
「やっぱり、ですか」
「はい」
「理由を、もう一度聞いてもいいですか」
「もちろんです」
ヴァレルは別の紙を一枚出し、申請書の横へ並べた。
「ハルトさんの治療宿代、薬代、食費。このうち、治療を続けるために最低限必要と確認できた分は立て替えます」
指が下へ移る。
「ただし、今の宿のまま長期で続ける計算にはしていません。状態が落ち着いた後は、回復期用の安い部屋へ移す前提です」
「はい」
「ミックさん自身の宿代と食費、それから仕事を休んだ分の損失。そこまでは今回の立て替えには入れられません」
ミックが顔を上げる。
「俺が倒れたら、ハルトの世話もできません」
「それは分かっています」
返事はすぐだった。
「そのため、補給仕事をご用意できます」
ヴァレルが別の紙を滑らせる。仕事内容と報酬額が並んでいた。
「荷の確認、倉庫整理、治療宿への配送です。ダンジョンへ入らない仕事で、今の冒険者依頼より報酬は落ちますが、毎日あります」
ミックが紙を見る。
「これを受ければ?」
「ミックさん自身の生活費はそこから出せます。立て替え分の返済も、その報酬から一定額だけ差し引きます」
「残る額は?」
「こちらです」
数字が書いてある。
ミックが黙って読む。ヴァレルは急かさない。
外で何かを載せた荷車が軋み、車輪の音が壁の向こうを横切っていった。音が遠ざかると、紙をめくる小さな音だけが部屋に残る。
机の上には何枚もの紙が並んでいる。必要な額。出せる額。仕事の報酬。返済額。全部数字になっていた。
しばらくして、ミックが口を開く。
「……それでも足りないです」
ヴァレルがゆっくり頷く。
「ええ、分かっています」
「分かってて、この額なんですか」
「はい」
声は変わらなかった。
「希望額をすべて出せば、今より大きな返済を背負うことになります。ハルトさんがすぐ戻れなければ、その返済をミックさん一人で続けることになります」
「でも、今必要なんです」
「それも分かっています……ですが」
そこで初めて、ヴァレルが少し身を乗り出した。
「必要な額と、貸せる額は同じではありません」
きつい言い方ではなかった。
ミックは目を伏せた。
小窓から差す光の中で、申請書の端だけが白く浮いている。ミックの指は、その端をまだ押さえたままだった。
机の上には、希望額と認可額が並んでいる。差は、見ても縮まらない。
俺は聞いてみることにした。
「認可額との差は、他に埋める方法があるんですか?」
ヴァレルは先にミックを見た。
「個人間の援助や、別の制度を利用することは妨げません」
それから申請書へ視線を戻す。
「ただ、《紅蓮商会》から契約として出せるのは、今お示ししている範囲までです」
「なるほど」
俺はもう一度、希望額と認可額を見た。
ヴァレルは次の紙を手前へ寄せた。
「選べる方法は三つあります」
ヴァレルが一枚ずつ紙を置く。三枚が机の上に少しずつずれて並び、どれも下の方にある赤い印の欄だけが空いていた。
「一つ目は、今の認可額で契約する方法です。ハルトさんは状態が落ち着き次第、回復期用の部屋へ移り、ミックさんには補給仕事をご案内します」
二つ目の紙。
「二つ目は、契約額をさらに下げる方法です。その分、返済期間は短くなりますが、当面の手元は厳しくなります」
三つ目。
「三つ目は、今日は契約しないことです。他で不足分を用意してから、必要であれば改めて申請できます」
ミックが一枚ずつ見る。指先が紙の端を移っていく。
「全部、今より楽にはならないですね」
「なりません」
ヴァレルは否定しなかった。
「もっと楽になる案があれば、こちらからも出しています」
エルザがそこで口を開いた。
「契約した場合、返す総額はどれですか?」
「こちらです」
ヴァレルが数字を示す。
「途中で多く返した場合は?」
「残っている元金にかかる手数料は減ります」
「補給仕事を断ったら?」
「別の収入があれば構いません。ただし、返済が止まれば再相談になります」
少し沈黙が流れる。扉の向こうから帳簿を閉じる鈍い音がして、誰かの足音が廊下を通り過ぎた。
「ハルトさんが仕事へ戻れたら?」
「返済方法は変更できます」
エルザが契約書をもう一度見直し、行を上から下へ追う。指先が紙の途中で一度止まり、また動いた。
「ここまでは、私にもそう読めます」
「ありがとうございます」
ミックが小さく息を吐いた。
エルザの髪際で、リンが静かに揺れている。
ミックはしばらく契約書を読んでいた。補給仕事の報酬、毎月の返済額、手元に残る金額。何度か数字を見直し、紙を一枚戻ってはまた次へ進む。
「この仕事、ハルトの見舞いへ行く時間は取れますか」
「配送先には治療宿もあります。勤務時間も固定です」
「休みは?」
「七日に一日です。治療師から呼び出しがあった場合は相談してください」
「分かりました」
まだ読む。
羽ペンは机の端に置かれたままだ。小窓から入る光は、さっきより少しだけ机の奥へ移っている。誰も急かさない。
「これでお願いします」
最後にミックが言った。
ヴァレルが確認する。
「認可額は希望より少ないままです。補給仕事も受ける。その条件で契約する、ということでよろしいですね」
「はい」
「返済総額はこちら。毎月の最低返済額はこちらです。補給仕事を辞めても契約自体は残ります」
「はい」
「分からないところはありませんか」
「ありません」
「では、内容に問題がなければ署名をお願いします」
ミックが羽ペンを取る。ペン先をインクへ浸し、余分な一滴を瓶の縁で落としてから、紙の上へ名前を書いた。
最後の線を引いて、手を止める。
ヴァレルが書面を確認し、脇に置かれていた印を取った。
赤い印が紙へ押される。
乾いた音が一度した。
昨日、大聖堂前で見たものと同じ印だった。
ヴァレルが一部をミックへ渡す。
「治療宿の変更は、ハルトさんの担当治療師が移動可能と判断してからです。それまでは動かさないでください」
「分かりました」
「補給仕事は明後日からです。明日はハルトさんの手続きに使ってください」
「ありがとうございます」
ミックが頭を下げ、契約書を両手で抱え直した。
ヴァレルは頷いただけだった。
俺たちも部屋を出る。
◆
廊下へ出ると、窓口側の話し声がまた近くなった。さっきまで遠くに聞こえていた荷物を動かす音も、ここではすぐ隣にある。
ミックが契約書を抱え直す。
「何か……すみません」
「何で謝るんです?」
「付き合わせてしまって」
「いえ、俺たちも勉強になりました」
「……そうですか」
「はい」
エルザが横から言う。
「分からない条件は、少なくともありませんでした」
「……そうなんですよね」
ミックが契約書を見る。赤い印が紙の端に見えている。
「嫌なところも、全部書いてあるんですよね」
それで安心できるかと言われると、別の話だろう。
「ハルトさんに会ったら、よろしく伝えてください」
「はい」
ミックは大聖堂へ戻ると言って、先に商会を出た。扉が閉まり、人の流れへ姿が消える。
俺たちは残った。
ヴェラの脚具の見積もりが、まだある。
「どうします?」
エルザが聞く。
ヴェラは鞄から紙を出した。
現金一括。分割。調整費。定期点検。
一つずつ目で追う。
さっきミックが見ていた契約書より枚数は少ない。それでも、紙の上に並んでいるのは同じように金額と条件だった。
「必要だとは思います」
「はい」
「ですが、今日は決めません」
昨日と同じ答えだった。
「共同資金を使う場合も、分割にする場合も、私だけの話ではありませんので」
「そうですね」
俺も頷く。
「宿で一度並べましょう」
「お願いします」
エルザが見積もりを受け取り、今度は手帳も取り出した。
「何を書くんです?」
「契約で確認することです。何を受け取るか、いくら返すか。それから、返している間の条件」
「昨日書いたのとは別なんですね」
「はい。これは契約用です」
「また項目、増えません?」
「三つだけです」
「なら安心しました」
「何を心配してるんですか」
答えずに歩く。商会の出口から、外の明るさが見えていた。
後ろで、ちりん、と鳴った。




