第42話 耳に入る話
冒険者ギルドの掲示板には、朝のうちに剥がされた依頼票の跡が白く残っていた。昨日は城壁沿いをかなり歩いた。今日は遠くへ出ず、条件に合う仕事がなければ、そのまま休みにするつもりだ。
「屋内か、ギルドの近くで終わるものがあればいいんですが」
エルザも掲示板を見上げている。ヴェラは隣で、並んだ依頼票を順に追っていた。その時だった。
「おい、そこの石ころ」
聞き覚えのある、芝居がかった声だった。振り返ると、フィロスが三人の仲間を連れて立っていた。仲間の三人はそれぞれあらぬ方向に視線を向けている。フィロスの視線が、ヴェラの左手首で一度止まる。
「――なるほど。契約奴隷か」
「石ころに、ずいぶん堅そうな連れが増えたものだな」
「覚えていてくれてありがとうございます、フィロスさん」
「……相変わらず調子が狂う返しをする」
フィロスは俺を一瞥すると、もう一度ヴェラを見る。
「契約で命令系統が決まっているなら、戦闘では扱いやすいだろう。勝手な判断で隊列を乱す心配も少ない」
ヴェラは背筋を伸ばしたまま、黙っている。俺へ視線を向けたが、何かを求めるような様子ではなかった。隣では、エルザが手帳を閉じていた。
フィロスから目を逸らさない。その髪に留まったリンが、ちりん、と小さく鳴った。
「良さそうな道具を安く手に入れたな。羨ましい限りだ」
俺はフィロスの目を見る。
「ヴェラさんは道具ではありません」
「ほう」
フィロスが俺を見返す。
「昨日の依頼も、ヴェラさんの意見を聞いて三人で決めました。契約があるからって、何でも俺が決めるわけじゃありません」
「ずいぶん甘い契約だな」
「必要なことだと思っています」
フィロスは鼻を鳴らした。ミレイが、困ったように額へ手を当てる。
「フィロス様……依頼を見に来たんでしょう」
「分かっている」
フィロスは肩越しに答えると、俺へ向き直った。
「まあいい。石ころの趣味に口を出す気はない」
「さっきまで、かなり出していた気がしますけど」
一瞬だけ、フィロスの眉が動いた。
「……その減らず口も相変わらずだな」
踵を返し、仲間たちと掲示板の反対側へ歩いていく。ヴェラへの言い方は、普通に腹が立った。ただ、あの芝居がかった喋り方だけは、聞いていると昔の自分まで思い出しそうになる。そこは考えないことにした。
◆
結局、掲示板にはその日の条件に合う依頼は見つからなかった。念のため受付でも確認したが、結果は同じだった。窓口にいたミラが、俺たちの顔を見る。
「今日は受けないんですね」
「はい。今日はもう一日、軽くしておこうと思います」
「分かりました。それがいいと思います」
依頼簿を閉じかけたミラが、少しだけ声を落とした。
「先ほどの方、ノワールさんのお知り合いですか?」
「知り合いと言っていいのかは分かりませんが。フィロスさんのこと、ご存じなんですね」
「ええ。ギルドでは有名な方です」
ミラは周囲を一度見てから続けた。
「貴族家の後援を受けていて、腕は本物です。魔物相手の実績もあります」
「やっぱり強いんですね」
「はい。そこは間違いありません」
ミラは苦笑した。
「ただ……口でも、よく揉めます」
「想像できます」
「そうですよね」
それ以上は言わず、ミラは依頼簿を元の場所へ戻した。
「また条件に合う依頼を探す時は、声をかけてください」
「ありがとうございます」
◆
ギルドを出て街中を歩く。通りを行く荷車の車輪が、石畳の継ぎ目を越えて音を立てる。
「……ノワール様」
「はい」
ヴェラは少し言いにくそうにしながらも口を開く。
「先ほどのことですが」
「フィロスさんの?」
「はい。道具と言われた時です」
一度、言葉が止まる。
「私は、不快に感じていました」
「俺も嫌でしたよ。仲間を道具と言われたのですから」
「私もです」
ちりん。
エルザも珍しく不機嫌そうな声で続けると、リンまで鳴いた。ヴェラが僅かに目を見開いた。
「……そうなのですね」
ヴェラはそれきり前を向いた。少しして、右隣の足音が、さっきより僅かに近く聞こえた。




