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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第一章 この世界で生きる

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第24話 並んで立つ


 今日の朝稽古は、昨日までとは少し違った。木剣を正中線へ構え、ドランの突きを左へかわす。返ってきた横薙ぎを木剣の腹で受け流し、そのまま次へ備えて下がった。さらに間合いを取ろうと足を送りかけたところで、低い声が飛んだ。


「止まれ」


 俺は足を止めた。ドランは三打目を出さず、木剣を肩へ担いでいる。


「また逃げるのか」


「次が来るかもしれないので」


「来るかもしれん次へ備えるのと、来る前から間合いを捨てるのは違う」


 言われてみれば、確かに俺は下がる理由を後から探していた。


「……覚えたことを使うほど、別の欠点が出てきますね」


「見えるようになっただけだ」


 ドランは木剣を脇へ収め、庇の下の腰掛けへ戻った。


「今日はここまでだ。さっさと行け」


「はい。ありがとうございました」


 頭を下げ、稽古場を出た。今日はギルドで、エルザと次の仕事を相談することになっている。


◆


 朝の依頼争いが落ち着いた頃、冒険者ギルドへ着いた。


 窓際の木机にエルザがいる。そして今日は、その頭の横に白い光が一つ増えていた。リンはエルザの耳の上あたりの髪へ留まり、薄緑の羽を小さく畳んでいる。遠目には、本当に髪飾りのようだった。


「お待たせしました」


「おはようございます、ノワールさん」


 ちりん。


「リンも、おはようございます」


 白い光がふわりと浮いた。


 ちりん。


 エルザが少し間を置く。


「『おそい』だそうです」


「集合時刻より前ですよね?」


「私もそう伝えました」


「味方してくれてありがとうございます」


 礼のつもりだった。だがエルザは、帳面を胸に抱えたまま小さく首を横に振る。抱え直す指がいったん緩み、また同じ位置へ戻った。視線だけがこちらへ返ってくる。


「私は事実を訂正しただけです」


 味方という言葉の方を、否定されたらしい。


 リンよりも俺の方が付き合いが長いのに。寂しい。リンはまたエルザの髪へ戻った。


 机の上には王都周辺の簡略地図と帳面が広がっている。依頼票はまだない。


「次は何をしてみたいですか」


 俺が座りながら尋ねると、エルザは地図から顔を上げた。


「その前に、一度お互いの動きを見ておきたいです」


「動き?」


「はい。ノワールさんが剣を避けたあと、どこへ立つのか。近くで組むなら、私も知っておいた方がいいと思います」


 そこまで言ってから、自分の足元へ視線を落とす。


「私の身体強化も、見てもらいたいです。狭い場所でぶつかるのは避けたいので」


「それは俺も助かります」


 前回のニードルボアでは、合流して撤退するだけだった。次は、もう少し近い場所で同時に動くことになるかもしれない。


「安全に試せる場所なら、ドランさんの稽古場を借りられるか聞いてみましょうか」


「お願いします」


「嫌そうな顔をされるところまで想像できますけど」


「断られた場合は別の場所を探します」


「そこは気にしないんですね」


「いちいち気にしていたら先に進みませんから」


 エルザは真顔だった。その横で、リンがちりんと鳴った。エルザが耳を傾ける。


「『いく』だそうです」


「まあ。エルザさんが来れば、リンもついてきますよね」


「止めても来ると思います」


 ミラへ次の仕事の相談をすると、旧採石場周辺の安全確認を勧められた。崩落の確認、獣の巣がないかの調査。討伐は必須ではないが、足場が悪く、軽い交戦の可能性はある。条件としてはちょうどいい。


 ただし、受けるのは明日にした。


「先に二人で連携を試してみてから決めます」


 俺がそう言うと、ミラは頷いた。


「準備をしてから受けるなら、その方が安心ですね。依頼が残っていれば明日でも受けられますし、似たものなら他にもあります」


 礼を言い、そのまま職人区へ向かった。


◆


 板塀の門をくぐると、ドランは腰掛けで片刃剣を研いでいた。俺の後ろにいるエルザを見て、さらにその髪へ留まっている白い光を見る。


「……増えたな」


「何がですか」


「面倒が」


 ちりん。


「リンが『こわい』と」


「帰れ」


「怖いのは本当じゃないですか」


 エルザが一歩前へ出て頭を下げた。


「石級のエルザと申します。短時間だけ、身体強化を使った足運びを確認させていただけないでしょうか」


 ドランは砥石から手を離し、エルザの足元を見た。


「勝手に怪我をするなよ」


「承知しました」


 思っていたより早く許可が出た。ドランは俺へ視線を向ける。


「お前は怪我も余計なこともするな」


「俺だけ注意が多くないですか」


「日頃の行いのせいだな」


 付き合いが長いとこういう弊害が起こる。稽古場の中央に木片を二つ置いた。まず、エルザが通常の踏み込みを見せる。土を蹴る音は軽く、届いた距離も俺の一歩と大きくは変わらない。


 次に元の位置へ戻った。


「では、身体強化を使います」


 踵が浮く。


 ざっ、と土を蹴る音がした。小柄な身体が、軸を崩さず前へ伸びる。通常より明らかに遠い。着地と同時に動きが止まった。


 エルザの髪に留まっていたリンは、踏み込みの瞬間だけその場に取り残され、慌てたように飛んで追いついた。ちりちりちりん。


「……『はやい』との苦情です」


「リンが慌てているように見えて面白かったです」


「……私の動きを見てください」


 怒られた。リンはエルザの頭の上を一周してから、また髪へ留まった。


「必要な瞬間だけ強化しているんですね」


「はい。ずっと使うと消耗しますので」


 エルザの説明は簡潔だった。次は俺の番だ。正面から突きが来るつもりで左足を斜め前へ滑らせ、軸足を踏み替える。いつもの動きだ。


 エルザは俺の足元を見ていた。


「思ったより横へ入るんですね」


「正面から離れたいので……後ろに下がりすぎると今朝怒られたんです」


 後ろからドランの声が飛んだ。


「分かってるなら直せ」


「はい」


 エルザが顔を横へ向けた。肩の線が一度だけ落ちて、すぐ元へ戻る。その横で、リンがちりんと鳴った。


「リンの言葉は知りたくないです」


 エルザはすぐには訳さなかった。視線だけが俺の足元へ落ちる。


「……そこを見られると、余計に気になるんですが」


「……『へたくそ』」


「ああ……。聞かなければよかったです」


 木剣を下ろしたところで、ふと思い出した。最初にダンジョンへ行ってみたいと口にした時は、一人だった。ミラにも、セイにも止められた。あれから剣を習い、街の外で仕事もした。


 今は、一緒に動こうとしている相手もいる。


「ドランさん」


「何だ」


「二人になったし、そろそろダンジョンって行けますかね?」


 ドランの手が止まった。俺を見て、それからエルザを見る。エルザも少し驚いたようにこちらを見ていた。


「最後に、二人で動け」


「え?」


「聞こえなかったか」


「いえ」


 答えにはなっていない気もしたが、言われた通り木片を中央へ置いた。俺とエルザが左右に立つ。


「同時に入れ」


「はい」


「分かりました」


 合図はなかった。互いに相手の動きを見て、ほぼ同時に足を出す。一回目。エルザの踏み込みが思ったより深かった。


 俺もいつものように左斜め前へ入る。距離が一気に詰まった。肩がぶつかる寸前で、二人とも止まる。


「すみません」


「いえ。私も近すぎました」


 後ろで、ドランが鼻を鳴らした。


「この体たらくでか?」


 何の話か聞き返す必要はなかった。


「……一回目ですよ?」


「地下じゃ一回目ならぶつかっても待ってくれるのか」


「……待ってはくれないでしょうね」


 返しながらエルザを見る。


「エルザさんは、どう思います?」


 エルザは俺と、さっきぶつかりかけた場所を交互に見た。


「私も、まだ早いと思います」


「エルザさんまでですか」


「今、ノワールさんとぶつかりそうになりましたので」


「……反論のしようがありません」


「事実ですから」


 朝と同じ返しだった。


 ちりん。


「リンまで何か言ってません?」


 エルザは一度だけリンを見た。


「……黙っています」


「よくわかりました」


 ドランが木剣の柄で地面を軽く叩いた。


「喋ってないで戻れ」


「はい」


 元の位置へ戻る。ダンジョンへ行ってみたい気持ちがなくなったわけではない。ただ、相手が一人増えただけで、二人で動けるようになるわけではないらしい。


「次は、左右だけ決めてみませんか」


 エルザが木片を挟んだ左右へ視線を動かす。


「俺が左で、エルザさんが右?」


「はい。相手を避けようとするのではなく、最初から同じ側へ入らないようにしてみます」


「分かりました」


 もう一度。俺は左足を斜め前へ滑らせる。さっきと同じくらいの幅だ。ほぼ同時に、エルザが木片の右へ踏み込んだ。


 ざっ、と二つの足音が重なる。


 今度はぶつからない。俺が左、エルザが右。互いの木剣が外側へ向く。


 ドランが鼻を鳴らした。


「一人で正しく動けても、二人なら邪魔になる」


 俺たちは振り返る。


「相手に合わせようとしすぎるな。相手が来る場所を残せ、慣れれば相手はそこに勝手に収まる」


 それだけ言って、ドランは油布へ手を伸ばした。


「終わりだ」


 エルザが深く頭を下げる。


「ありがとうございました。怪我もしていません」


「それなら良い」


 ドランが俺を見る。


「怪我も余計なこともしていません!」


 俺は背筋を伸ばし、自信満々に答える。


「……当たり前だ。連れて帰れ……」


 ドランは俺から目をそらすとため息をついた。お疲れのようだ。


「はい。ありがとうございました!」


 俺たちは稽古場を出た。


◆


 リンはまたエルザの髪へ留まっている。


「どうでした?」


 俺が聞くと、エルザは少し考えた。


「一緒に動けると思います」


「俺もです」


「失敗しましたけど」


「一回で合わない方が普通でしょう」


 エルザが頷く。そのまま何歩か歩いてから、こちらを見た。


「次も、一緒に行きたいです」


 言い直しも、理由の付け足しもなかった。


「ええ。是非お願いします」


 それなら、迷う必要はない。俺たちはそのままギルドへ戻った。


◆


 受付へ戻り、先ほど聞いた旧採石場の依頼がまだ残っていることを確認した。


「では、こちらを二人で受けます」


 俺が依頼票を差し出すと、ミラは受け取ったあと、俺とエルザを見比べた。


「今後も、お二人で一緒に依頼を受ける予定ですか?」


「え?」


 当たり前に一緒に依頼を受けてきたので、改めて質問されて戸惑ってしまった。


「あ……はい。そのつもりです」


 気を取り直して俺が答えると、エルザも頷く。


「はい。継続して一緒に動きたいと考えています」


「でしたら、固定パーティーとして登録しておく方法もありますよ」


「固定パーティー?」


「はい。よく一緒に組む冒険者を、あらかじめギルドへ登録しておく制度です。依頼を受けるたびに構成員や主な役割を確認し直さなくて済みます。一人で別の依頼を受けられなくなるわけでもありません」


 俺はエルザを見る。


「どうします?」


 エルザは少し考えてから答えた。


「今後も一緒に動くのであれば、登録しておいた方が便利だと思います」


「そうですね。俺もそう思います」


 ミラが頷き、カウンターの下から羊皮紙を取り出した。


「では、こちらにお願いします」


 構成員名。主な役割。代表者。それから、パーティー名。


 俺とエルザは必要なところを埋めていった。代表者は俺。役割は今まで通り。報酬は、これまでと同じように二人で均等に分けることにした。


 最後にパーティー名だけが残った。


「名前は後からでも大丈夫ですよ」


 ミラが言う。


「では、まだ空欄で」


 俺が答えると、エルザも頷いた。


「無理に決める必要はないと思います」


 エルザが「ノワール」と書かれた下へ、自分の名前を書いた。二つの名前が同じ枠に並ぶ。


 その時、髪に留まっていたリンが浮き上がった。


 ちりん。


 ミラが笑う。


「リンさんも入りたいのでしょうか」


 エルザが聞き取る。


「『いっしょ』だそうです」


「冒険者証がありませんから、構成員欄には書けませんね」


「残念でしたね、リン」


 ちりん。


「『べつに』」


「強がってません?」


 ちりん。


「……『べつに』」


「……効いてるじゃないですか」


 エルザは真面目な顔のまま、指先で帳面の角をそろえた。そろい終わっても、しばらく手を離さなかった。ミラが受付印を押した。こん、と乾いた音がする。


「登録できました。今日から固定パーティーです」


「ありがとうございます」


 エルザと顔を見合わせる。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 羊皮紙が一枚増え、印が一つ押されただけだ。それでも、同じ枠に並んだ二つの名前から、しばらく目を離せなかった。そのまま旧採石場の依頼を正式に受諾し、翌朝から向かうことにした。


 依頼控えには、俺とエルザの名前が並んでいる。エルザがそれを帳面へ挟むと、リンが髪へ戻った。


 ちりん。


「今のは?」


「『ねる』」


「不貞寝ですか」


 明日の集合時刻だけ確認して、俺たちはギルドを出た。


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