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第9話:乙女のガチ恋



 今日も今日とて、隙間時間で大学に行き、デリバリーを行う俺である。


 最高に普通の配達を終え、気分は上々。配達員専用アプリにはさっそく次の麻琴ちゃんへの投げ銭代——じゃなかった、オファーが通知された。


 もちろん受けるぜ!


 全力でタップして、表示された内容に満面の笑みを浮かべる。


【注文内容:◯ッテリア。絶品チーズバーガー、エビバーガー、ポテト、シェーキ(バニラ)】


【メモ:置き配不可。シェーキが溶けてただの飲み物になっていたらバッド評価にします】


 そして肝心のお届け先がこちらになります。


【お届け先:武蔵原(むさしはら)ダンジョン地下100階の最深部、黒竜の玉座】


「やったぜ! 最高だあああああああ!」


 もちろん嘘である。


「マ◯ド、モ◯、バーガー◯ング、ドム◯ムと来て、今度は◯ッテリア……」


 俺は遠い目をした。


「黒竜のやつ、ハンバーガー好きすぎぃ……!!」


 ダンジョンのラスボスが、ファストフードチェーンを制覇しようとしている。


 この事実を、ラスボス討伐を夢見て命を懸けている探索者たちが知ったら、いったいどんな顔をするのだろうか。


 しかも今度はシェーキである。溶けやすいやつを狙って頼んでくるのは、もはや俺への挑戦状で間違いないはずだ。


「待ってろよ、お得意様め! 最高の状態でシェーキをお届けしてやるからな!」


 その時はどうぞ【星5】とチップを弾んでくださいお願いします!!


 というわけで、まずは◯ッテリアにGOである。




 ◯ッテリアで商品を受け取った俺は、武蔵原サイクリングロード——という名のダンジョンを鼻歌交じりで爆走していた。


 このサイクリングロードの何が最高かって、道中、ゴブリンやスケルトン、スライム、オークといった有名モンスターが出現するのだが、その攻撃がどれも俺にはまったく効かないこと。


 それに致命傷を負わせるトラップの数々も存在するが、これも俺にはまったく効かない。


 普通の道だとそうはいかない。


 雨が降れば濡れるし、地面は滑るし。


 自動車や歩行者に気をつけつつ、交通ルールだって守る必要がある。


 けど、武蔵原サイクリングロードなら?


 そんなの関係なく、最短距離を目的地まで爆走できるのだ。


 普通の配達が最高なのは間違いない。それは否定できない事実だ。


 だがしかし。このダンジョンへの配達というのも、その、まあ、なんというか。一度経験してしまうと、病みつきになってしまうのも、また否定しがたい事実なのだった。


 例えるならジャンクフードみたいなものだ。ポテチとか、ハンバーガーとか。そういうのを時々無償に食べたくなってしまうみたいな、そんな感じ。


 ダンジョンの中だけは向かう所敵無しの俺は、


「おっ、このままいけばお届け記録更新かも」


 そう思った時、その状況を目撃してしまった。


 +++++


 大吉が鼻歌交じりでダンジョンを爆走している一方——。


 武蔵原ダンジョンの深層を突き進む人影があった。


 愛莉鈴である。


 そこは本来であれば、ソロ探索者がおいそれと足を踏み入れていい階層ではなかった。ましてや、生配信をしながらなど、正気の沙汰ではない。


 だが、彼女はそれを行っていた。


 きっかけは、数日前の出来事だった。


 星宝輝士団(ジュエル・ナイツ)との、いつもの縄張り争い。その中で、リーダーのタンク野郎が、よりにもよって、こうほざいたのだ。


 あのチャリ男こそが、停滞した探索者の世界に風穴を開ける救世主である、と。


 ……救世主? この私を背景にしやがった、あのチャリ男が!?


(ふ、ふ、ふ)


 笑っているわけではない。


(ふざけるなあああああああああああああああ……!)


 ブチ切れているのである。


 あの日からずっと、愛莉鈴の頭の中は、こんなだった。


 世界の主役は、チャリ男などではない。この超弩級王道アイドル探索者である愛莉鈴でなければならないのだ。


 だから証明してやるのだ。まだ誰も攻略すらしていない階層をたった一人で、しかも生配信しながら攻略する。


 そうすれば、世界中が思い知るだろう。本物の主役は、いったい誰なのかを。


「みっなさ〜ん、こんありす〜☆ 今日のありすは〜、と〜〜〜ってもすごいところまで行っちゃおうと思っていま〜〜〜〜す!」


 などと、ドローンカメラにいつものアイドルスマイルを浮かべたのは、もうずいぶんと前のことのように思えた。


 40階、50階、60階と階層が深くなるごとに現れるモンスターのレベルは跳ね上がっていき、80階を越えたあたりから、得意の【星屑の(スターダスト・)閃光(スラスト)】を何度放っても、敵の数がいっこうに減らなくなってきた。


 当然だ。奥から、際限なく湧いてくるのだから。


『ありすちゃん、無茶だよ! 戻って!!』


『ソロで来る階層じゃないって! お願いだから引き返して!』


『近くに誰か探索者いないの!?』


『いない……! ありすちゃん以外、誰もいないよ……!』


 コメント欄が、悲鳴で埋め尽くされていく。


 同接数は過去最高を更新し続けていたが、もはや愛莉鈴に、それを喜ぶ余裕など欠片も残っていなかった。


「は……っ、はぁっ……なんで……っ、なんでこんな……っ!」


 レイピアを握る手は痺れて感覚がなく、踏ん張ろうとした足がもつれて崩折れる。


 そうして膝をついた愛莉鈴の周囲を、丸太のような腕を持つミノタウロスと、燃える目をしたヘルハウンドの群れが取り囲んでいく。


 逃げ場はなかった。どこにも。


 ならば突破か? それも無理だ。スキルを撃つ気力も、もう、僅かな欠片すら残っていない。


(あ、れ……? 私、ここで、終わるの……?)


 世界の主役は自分のはずだったのに。


 ミノタウロスが凶器でしかないその腕を、ゆっくりと頭上に振り上げる。


 まるで断頭台に上った罪人を処刑する、処刑人みたいに。


 気がつけば、愛莉鈴の瞳から涙がこぼれた。


(ああ、誰か——)


 誰でもいいから、お願い、私を助けて——。


 心の底からそう願った、その瞬間。


 チリリリリリーン。


 場違いなほど間の抜けた、自転車のベルの音が響き渡った。


 +++++


 通路を抜けて開けた広間に出た時、そこは地獄絵図だった。


 牛の頭をした筋骨隆々のモンスターと、燃える目をした犬っころの群れ。それが、一人の人間を、完全に包囲していたのである。


 フリルのついた、見覚えのあるアーマー。


 ……忘れもしない。


 ダンジョンで俺を追い回し、おかげで段差をバウンドしまくった末にコーラを溢して、俺に人生初の【星1】を叩き込んだ、あの夜叉である。


 それがピンチに陥っていた。


 俺の脳内で、悪魔みたいな顔をした俺が、にやりと笑った。


(あいつはお前に【星1】をつけさせた元凶だ。これはチャンスじゃないか。見なかったことにして、とっとと配達に行っちまえよ)


 ああ、そうだな。確かにお前の言うとおりだ。


 けどな? 俺は知ってるんだよ。彼女が夜叉や怨霊なんかじゃなくて、ありすちゃんというただの——いや、承認欲求強めの超弩級アイドル配信者であることを。


「シェーキが溶けたらお前らのせいだからな……!」


 俺はモンスターたちに怒鳴りつけ、ペダルを思いきり踏み込んだ。


 俺にモンスターは倒せない。殴ったり蹴ったりしたとしても、傷一つつけることができない。


 けど、それは向こうも同じなのだ。


 モンスターの攻撃は、俺には効かない。


「ダンジョン適性率マイナス1000%、史上初の才能を舐めんなあああああああああああああああああああ!」


 俺は囲みの中へ突っ込んだ。


 丸太のような腕が振り下ろされた。


 当然、無効化。


 燃える牙が食らいついてくる。


 これも当然、無効化だ。


 突如現れた得体の知れない、無敵な存在に混乱するモンスターたち。


 俺はそいつらを無視して、目的の人物——丹羽愛莉鈴の元へ辿り着く。


 地面にぺたんと座り込んで呆然としている彼女の襟首を掴んで、クロスバイクの荷台に強引に引っ張り上げる。


「舌噛むんで絶対喋らないでくださいね! あと、俺の後ろから出たら死ぬから! そこだけは気をつけて! はい、返事!!」


「は、はい……!?」


「よし、じゃあ、俺にしがみついて!」


 彼女が背中にしがみついたのを感触で確かめ、俺はモンスターの包囲網を突破する。


 さすが80階。モンスターの攻撃はどれも一撃必殺。だが、残念。俺はそれをすべて無効化するのだ。


 最初はめちゃくちゃ怖かった。けど、やっぱり。はっきり言おう。今はめちゃくちゃ気持ちいい!!


「ははは! 俺は無敵だあああああああああああああああ!」


 倒すことは出来ない。それでもあいつらの攻撃も無効化できることで、俺は全能感を味わいながら爆走した。


 もちろん、適当に走り回ったわけじゃない。


 俺は目的地にたどり着き、そこでクロスバイクを止めた。そして、俺にしがみついたままの丹羽愛莉鈴を振り返った。


「おい、ありすちゃん、大丈夫か?」


「…………」


 返事をする代わりに、彼女は俺をじ〜っと見てきた。じ〜〜〜〜〜〜〜っとだ。


 よくわからん。


「なあ、ありすちゃん。聞いてくれ。何回も配達するうちに、俺はこのダンジョンでモンスターが出現しない、さらにトラップもない、ショートカットを見つけたんだ。それがここだ。ここを上っていけば、前回、あんたと遭遇した62階まで行くことができる。そこまでいけば、あんたでも無事に戻れるはずだ」


 というわけで、俺は彼女を荷台から下ろした。


 これ以上のタイムロスは、シェーキをただのバニラ風味の冷たい飲み物へと変化させ、俺の戦歴に再び【星1】を刻むことになってしまう。


 それだけは絶対に許されない!


「じゃあなっ!」


 俺は丹羽愛莉鈴がどんな思いで俺を見ているかなんてことは想像すらせず、その場を速攻で離脱した。


 +++++


 そこからは猛烈にチャリを漕いで、地下100階の『黒竜の玉座』へと辿り着いたのだった。


「ちわ〜、◯ッテリアのお届けで〜す……!」


『おお、待っていたぞ、人間——む?』


 玉座にだらしなく腰掛けたダークソウルドラゴンが、紅色の巨大な瞳を、すうっと細めた。


『……貴様、今日は何やら薄ら、女の匂いがするな?』


「女の匂いとか言うな!」


『何があった。我の暇つぶしに聞かせよ』


 建前すら隠さなくなったラスボスである。まあいいけど。


 俺は手早くシェーキとバーガーを玉座の足元に並べながら、かくかくしかじかと丹羽愛莉鈴を助けたことを話した。


 黒竜は、ふむ、と顎を撫でるような仕草をして言った。


『人間、一つ、忠告しておこう』


「忠告?」


『助けた相手が、女で、しかも、貴様に命を救われたとなれば——』


 黒竜は、シェーキを巨大な爪でつまみ上げ、ストローを器用にくわえながら、実に楽しげに、喉を鳴らした。


『近いうちに、それはもう、面倒なことになるぞ』


「……なんですか、それ」


 意味がわからん。


『……ま、よい。シェーキも溶けておらん。実に見事だ』


 ピロン。


 最高評価の【星5】とたっぷりのチップに浮かれていた俺は、黒竜の不吉な忠告のことなど、すっかり忘れるのだった。


 この時の黒竜の忠告を覚えていればきっと——いや、どうにも出来ないな、あれは。うん。


 +++++


 その声を愛莉鈴は、生涯、忘れないだろうと思った。


 死を覚悟したその瞬間、場違いな自転車のベルとともに現れたのは、緑色のバッグを背負ったあの男だった。


 愛莉鈴の配信で、愛莉鈴を背景にした、絶対に許せない怨敵。


 その男がモンスターの群れのど真ん中に飛び込んできて、愛莉鈴を助けた。


 そして、言ったのだ。


「大丈夫か? 俺のマイスイートハニー」


 と。


 ……いや、単語は違ったかも知れないが、ニュアンスはだいたい合ってて間違っていないと愛莉鈴は確信している。


 そしてそんなことを言われれば、愛莉鈴の胸が、トゥンクと高鳴るのは当然のことだった。


「これってもしかして……ううん、もしかしなくても恋だわ!」


 愛莉鈴が叫んだ。


 そして実は、何を隠そう、この瞬間も生配信は続行中であり。


『ちwwwがwwwうwwwかwwwらwwww』


『ただの吊り橋効果で草』


『吊り橋効果だと!?』


『知っているのか電電!』


『説明しよう。吊り橋効果とは、生命の危機に陥った人間が、その場に居合わせた異性を運命の相手と錯覚してしまう、よくある生理現象のことである!』


 などとコメント欄は盛り上がっていて。


「ああ、ダーリン! 私の最愛の人……!」


 愛莉鈴は爆走していったチャリ男——大吉のことを思い、さらに胸を高鳴らせた。


 そしてその瞳を爛々と輝かせる。


「ダーリンが私の目の前に現れた時から、こうなる運命だったのね……!」


 それはミノタウロスを前にした時よりも、よほど危険な光だった。


「待ってて、私のダーリン……! 絶対に、絶対に、あなたを見つけ出して、二度と離さないんだから……っ!」


『散々怨敵呼ばわりしてたのに、この手のひら大回転には草も生えない』


『チャリ男、知らんとこで承認欲求モンスターに見初められてて草』


『逃げて! チャリ男、今すぐ逃げてええええええ!』


 なお、今回の死にかけの大ピンチからの劇的救出、そして人気配信者の盛大なるガチ恋落ちの瞬間の生配信は、過去最高の同接数をぶっちぎりで更新した。


 その結果、こうなった。


「ああ、世界も私とダーリンが結ばれるところが見たいって言ってるのね!」


 と愛莉鈴が叫ぶことになった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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