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第10話:承認欲求モンスターはガチ恋ストーカーに進化した!



 俺は恐れていた。


 何を?


 丹羽愛莉鈴——超弩級王道アイドル探索者の皮を被った、承認欲求モンスター、通称ありすちゃんのことをである。


 絶体絶命の大ピンチに陥っていた彼女を見捨てることができずに助けてからというもの、俺の配達先に彼女が現れるようになったのだ。


 武蔵原ダンジョンだろうが、諏訪川ダンジョンだろうが、最近配達するようになった他のダンジョンだろうが、まったく関係なく、毎回必ず俺を追いかけ回してくるのである。


 俺にはダンジョン適性率マイナス1000%というチート能力があるから、ダンジョンを爆走することができる。


 なので、当然のように彼女を振り払うことが出来ていた。


 ただし、最初のうち限定。


 というのも、ここ最近、彼女との距離が縮まってきているような気がするのだ。


 ……いや、気のせいじゃない。


 昨日なんて、俺のすぐ真後ろを走っていた。めちゃくちゃいい笑顔で。


「きゃー、こんなところで会うなんて、なんて偶然なのかしら!?」


 とか言われた瞬間、


「俺も俺も!」


 なんてなるはずもなく。


 その時、俺が感じたのは恐怖だけだった。


 偶然も何も、1階からずっと俺の真後ろをピタリとついてきていたんだからな!


 そして今——。


 ピロン!


 通知音が鳴り響き、画面をタップすれば、そこにあったのは——。


【注文内容:ケン◯ッキー。オリジナルチキン5ピース、ビスケット、コールスロー、ペ◯シ】


【お届け先:武蔵原ダンジョン地下100階の最深部、黒竜の玉座】


【メモ:置き配不可。チキンの衣がベチャついていたらバッド評価にします】


 黒竜のやつ、マ◯ド、モ◯、バーガー◯ング、ドム◯ム、◯ッテリアと、名だたるハンバーガーチェーンを制覇し尽くし、新ジャンルを開拓する気になったらしい。


 ダンジョンの最奥で、配達が届くのを、今か今かとワクワクしながら待っている黒竜の姿が簡単に思い浮かぶ。


 だが、正直に言えば、今、俺は、ダンジョンに行くのがめちゃくちゃ怖い。


 ダンジョン自体はこれ以上ないくらい快適なサイクリングロードなのだが、丹羽愛莉鈴がいると思ったら、足がガクガク震えてしまう。


 昨日は真後ろだった。


 なら今日は?


 逃げて俺! 呪い殺されちゃう……!


 けど、正当な理由がないのにキャンセルしたら配達員アカウントが停止されるかもしれないし。


 何より、麻琴ちゃんへの投げ銭代が稼げなくなる!


 俺は覚悟を決めると、ケン◯ッキーに向かった。


 商品を受け取り、気合を入れるため、頬を叩いた。


「今日は、いつも以上に、全力で行くぜ……!」


 商品を新鮮な状態で届けたいという配達員としてのプロ意識の表れなどでは決してなく、丹羽愛莉鈴が怖いからという理由からである。




 ダンジョンを走り始めれば、いつものようにモンスターの群れが襲いかかってくる。


 だが、俺には関係ない。


 それはトラップも同じだ。


 すべて無効化して、快適なサイクリングロードを爆走する。


「……そろそろ現れてもいいはずなんだが」


 おかしい。いつもならすでに現れている丹羽愛莉鈴が、今日に限って現れない。


 もしかして今日はいないのか?


 あるいは、俺への興味を失った、とか?


 どちらにせよ、こんなにうれしいことはない。


 俺が思わず頬を緩ませた、その瞬間だった。


「ダーリン、来ちゃった☆ きゃは☆」


 真上から蕩けるように甘い声が降ってきた。


 見れば、そこには天井を地上と変わらない速度で走る丹羽愛莉鈴の姿があった。


「きゃあああああああああああああああああ!?」


 乙女な絶叫を上げてしまう俺である。


 当たり前だろ!?


 昨日までは真後ろだった。


 なら、今日は真横とかならまだわかるのに、まさかの真上!


 もうこれ絶対に怪談で間違いないって!


「ふふふ、悲鳴を上げるダーリンも、か・わ・い・い☆」


 スチャッ! と俺の横に着地して、俺と並走する丹羽愛莉鈴が言った。


 怪談にそんなこと言われても嬉しくとも何ともないんだよな……!?


 というか、


「おい、ダーリンって何だよ!?」


「あなたのことに決まってるでしょ☆」


 決まってません。


「なんで俺を追いかけるんだよ!? 俺、あんたに何かしたか!?」


「うん、したわ」


 え、マジで!? なら、謝れば許してくれませんかねえ!?


 愛莉鈴はにっこり、この上なく可憐な、そのくせ目の奥がまったく笑っていない笑みを浮かべた。


「私をメロメロに惚れさせた。もう、ダーリンしか見えないの」


 今までのキャピキャピしたような作り声ではなく、地獄の底から響いてくるような何かがドロドロに煮詰まったような声だった。


 問題です。何かとは何でしょうか?


「そんなの、ダーリンへの愛に決まってるでしょ?」


「俺のモノローグにツッコミを入れないで!?」


 とにかく。


 俺は全力でペダルを漕いだ。


 もちろん、それだけでは彼女に追いつかれてしまうだろう。


 だから俺が選んだ手段とは、あえてモンスターの中に突っ込んでいくこと。


 もちろん、俺が先頭を切って突っ込んでいけば、モーセのような状態になることはわかっているが、そこには俺だけでなく、丹羽愛莉鈴もいる。


 そして丹羽愛莉鈴は、俺のように無敵ではない。


 モンスターの存在が彼女を足止めしてくれる!


「どうしたの、ダーリン。勢いよく走り出して。……ふふ、私、わかっちゃったかも。ダーリンってば、波打ち際で恋人同士がやる『つかまえてごらん』ごっこをやりたいのね!?」


 違います。


 俺はモンスターの群れの中に突っ込んだ。


 俺を追いかける丹羽愛莉鈴もモンスターの群れの中に突っ込み、飲み込まれて、


「やったか……!?」


 思わず口走ってしまったのがフラグだったことに気づいた時には、もう遅い。


 愛莉鈴はモンスターの群れをレイピアの一振りで軽々と両断してしまったのである。


 以前の彼女なら間違いなく悪戦苦闘していたはずなのに。


「いつの間にそんな強くなったんだよ!?」


「ダーリンについていくためよ? 当たり前でしょ?」


 当たり前ではありません。


「ねえねえ、ダーリンって何が好きなの? 休みの日は何してるの? 好きな食べ物は? 子どもの頃の夢は? 今いちばん欲しいものは? あ、初恋の人のこととか聞いちゃダメ? ダメじゃないわよね☆」


「何でそんなに俺にことが知りたいんだよ!?」


「だってぇ」


 愛莉鈴がモンスターを片手間に薙ぎ払いながら、うっとりと言った。


「ほら、私ってば、ダーリンが世界一大好きでしょ?」


 知りたくなかったその情報。


「だからね? ダーリンのすべてを知ることが、今の私の趣味なの。きゃは、言っちゃった☆」


 頬を染めて身をくねらせる仕草は、可憐なアイドルなのかもしれない。


 けど、言ってる内容は完全にストーカーのそれである。


「お願いだから帰ってくれ! 俺は配達があるんだよっ!!」


「や〜ん、働いてるダーリンの姿、超〜素敵☆」


 俺がどれだけ全力で漕いでも、彼女は涼しい顔で並走を続けた。


「くそっ、こうなったら……!」


 俺は腹をくくった。


 このまま黒竜の元へ突っ込むことにした。


 最深部、ラスボスを前にすれば、さすがに彼女も引き返すだろう。


 ……たぶん。


 …………きっと。


 そうであってくれ……!!


 俺は最後の力を振り絞り、地下100階『黒竜の玉座』の巨大な扉を、勢いよく押し開けた。




「ちわ〜……! お届けで〜す……っ!」


 息も絶え絶えに広間へ飛び込んだ俺を、玉座にだらしなく腰掛けた黒竜が紅色の瞳で見下ろしてきた。


『おお、待っていたぞ人間。今日のケン◯も実に楽しみ――む?』


 黒竜の瞳が、すうっと細まった。


『……貴様、隣の女、何だ?』


「はじめまして、ダーリンの彼女、丹羽愛莉鈴です☆」


「違う! まだ彼女じゃない……!」


 俺が即座に否定すれば、


「まだ!? 今、ダーリン、まだって言った!? つまり、今はまだ心の準備が出来ていないけど、ゆくゆくは結婚を前提に結婚してくださいってプロポーズしてくれるって、そういうこと!?」


 丹羽愛莉鈴がガンギマリした瞳で俺に迫ってくる。


「違うから! 言い間違えただけだから!」


「照れなくってもいいのにぃ〜」


 照れてないし、ガチで言っているのだが。


「まあ、そこは後々問い詰め——じゃなくて。追い詰めるとして」


 言い直せてないんだよなああああああ!?


「で、ダーリンはこのトカゲさんに荷物を届けに来たのよね?」


 愛莉鈴が言えば、黒竜が、


『……む、我はトカゲなどではない! 我はダークソウルドラゴン! 貴様ら探索者の物語(プロローグ)絶望(エピローグ)に塗り替える存在(モノ)である……!』


「——というのは真っ赤な嘘で。その正体は自分はラスボスだって思い込むほど厨二病をこじらせ、ファストフードにハマった、ただの引きこもりである!」


『うむ! ——って違あああああう! 我は本物のラスボスである!』


「ふーん、そうなんだ。じゃ、もう配達も終わったことだし、ダーリン帰りましょ?」


「え、あ、ああ、そうだな」


 俺が注文の品物を黒竜の足元に置くと、


『おお、これだこれだ、これを待っていたのだ——じゃない! おい、人間の娘よ! 我に挑戦しろ!!』


 黒竜が叫んだ。


「なんで?」


『我が間違いなくラスボスであることを証明するためである!』


 どうやら俺の言葉が、黒竜の中のラスボス精神に火を着けてしまったっぽい。


「……もう、うるさいなぁ」


 愛莉鈴はため息を吐き出した。


「ダーリン、ちょっと待ってて? このトカゲ、サクッとやって黙らせるから」


 レイピアを抜いた。


『そうこなくては……!』


 黒竜が身構えたその時、愛莉鈴がステップを踏んだ。


 彼女の姿はかき消え、次の瞬間には黒竜に肉薄し、レイピアの、その切っ先を黒竜に向けていた。


『……人間にしてはなかなかのスピード! だが、我には——』


 そこまでは、黒竜はラスボスらしく、余裕の態度を見せていた。


 だが、愛莉鈴の必殺技が嵐のように降り注ぐと、


『ぬ、ぬおっ……!? ま、待て、速い、速すぎるであろう――おわっ!?』


 実にラスボスらしい威厳たっぷりだった重低音が、みるみるうちに素っ頓狂な悲鳴へと変わっていって、


『え、ちょ、我史上、大ピンチかも……!?』


 最終的にはそんなことを口走るまでになっていた。


 愛莉鈴の攻撃は、それはそれは見事なもので思わず見入ってしまっていた俺である。


 何せ愛莉鈴が普通に勝ちそうなのだ。これはすごいことなのではないだろうか。


 ……って感心してる場合じゃない!


 黒竜が倒されたら駄目だ!


 俺はクロスバイクから飛び降り、トドメを刺そうとレイピアを振りかぶった愛莉鈴と、腰を抜かしかけている黒竜の間へ、割って入った。


「こいつは俺の上得意客なんだ! サクッとやっちゃうのだけは勘弁してくれ!」


 俺が叫べば、あれだけ嵐のようだった愛莉鈴のレイピアがピタリと止まった。


「もう、ダーリンったら。そういうことは早く言ってくれなくちゃ。あともう少しで滅するところだんだから」


 うっかり滅する可能性があったラスボスは俺の後ろで、


『た、助かった……のか? 人間に、この我が、庇われたのか……?』


 何やら呟いていたが、その声は小さく、よく聞こえなかった。


「……ねえ、ダーリン」


 愛莉鈴が、こてん、と可愛らしく首を傾げた。


「私、ちょっと気になっちゃったんだけど。何でそんなにお金が必要なの? 見たところ大学生っぽいから学費? それとも生活費?」


「そんなの推しへの投げ銭代に決まってるだろ」


「……推し。ダーリンの、推し。……私?」


 ここで俺は嘘をつくべきだった。


 だが、俺は正直に口走ってしまったのである。


「違う!」


 と。


「………………誰?」


「あ、あの、落ち着いて——」


「ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ誰ねえ――」


「こわいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 これ絶対に言っちゃ駄目なやつだ。


 この女に教えてしまったら最後、俺の心のオアシスである麻琴ちゃんがどんな目に遭うか……!?


 注文の品はすでに渡した。


 なら、ここにとどまる理由はない。


「じゃ、俺はこれで!」


「あっ、待って、ダーリン! まだお話の途中なんだけど……!!」


 俺はクロスバイクのペダルを、これまで生きてきた中で一番強く踏み込んだ。


 そして、来た道を爆走で引き返す。


 背後から、愛莉鈴の弾むような声が追いかけてくる。


「ねえ、ダーリン! その推しさんのこと、ぜ〜〜〜〜んぶ、教えてもらうまで、私、離れてあげないんだから☆」


「教えるかあああああああああああ!」


 +++++


 二人の人間が嵐のように去った後。


 黒竜は、しばし呆然と、その巨大な瞳を扉の方へ向けていた。


 永劫の時を生きる、絶対の王たるこの我が。


 あろうことか、人間の小娘に圧され、あわや消滅させられかけたのである。


 そして、その我を救ったのがあの配達員。


『…………ぷっ』


 不意に、黒竜の喉から、奇妙な音が漏れた。


『くっ……ふは、ふはははっ……ハーッハッハッハッ!』


 それは、久方ぶりの、心からの笑い声だった。


『絶望を司りし王たる我が……! まさか、人間に助けられる日が来ようとは……っ!』


 人間はいつだって自分の命を狙う者ばかりだった。


 だが、我にまったく興味がない者がいたり、我を助ける者がいたり。


『……人間も、変わったのであるな』


 しみじみと、黒竜は呟いた。


 なんと、面白い時代になったことか。


『ふっ……まったく、見ていて飽きぬわ』


 黒竜は、巨大な爪で器用にケン◯の紙袋を開けると、満足げに鼻息を吹き出した。


 ペ◯シはこぼれていないし、当然、チキンの衣がベチャついているようなこともない。


 この仕事ぶり、やはり見事という他ない。


『うむ。命拾いの礼だ。今宵ばかりは、特別に弾むとしようではないか』


 ダンジョンの最深部から、娘を引き離そうと必死に爆走しているであろう配達員のスマホへ。


 黒竜は、最新型のスマホを器用に操作し、評価を送った。


【評価:星5】


【コメント:命拾いした。礼を言うぞ、人間。チップは我史上、最大級に弾んでおいた】


 そして、最後にこう付け足すことも、忘れなかった。


【追伸:ダンジョン適性率マイナス1000%の貴様でも、その娘から逃げ切ることは不可能だ。戦った我にはわかる。潔く諦めろ】


 と。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!

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