第7話:ダンジョンde牛丼
諏訪川ダンジョン、地下30階。
その日、円形の広間の上空では、十数台ものドローンカメラが、互いに譲らず、激しいポジション争いを繰り広げていた。
なぜそんな珍事が起きているのか。
理由は至極単純で——。
「みっなさ〜ん! 今日も元気にこんありす〜! 超弩級王道アイドル探索者、ありすちゃんだよ〜っ☆」
フリルと装甲が絶妙に組み合わさったアーマーを揺らし、丹羽愛莉鈴がいつものアイドルスマイルを振りまく。
そして、その正面では。
「やあ、視聴者諸君。本日も僕たち星宝輝士団の攻略を、しっかりと目に焼き付けてくれたまえ」
全身鎧をまとったリーダーのタンクが、大盾を背に、爽やかに白い歯を見せた。
業界屈指の実力を誇る大手配信者グループと、トップクラスの同接を誇るソロアイドル配信者。
犬猿の仲として知られるこの二組が、よりにもよって鉢合わせしてしまったからだった。
愛莉鈴が、表面上はめちゃくちゃいい笑顔で言う。
「あら〜? 奇遇ね〜、星宝輝士団のみなさ〜ん。こんなところで配信だなんて〜。もしかして、ありすちゃんの人気にあやかろうとしてたりして〜?」
対してタンクはといえば、こちらもめちゃくちゃ爽やかな笑顔で言い換えした。
「これはこれは、ありす君。相変わらず舌が回るね。だが、このフロアは僕たちが先に目をつけていたものでね。ソロの君には、少々荷が勝ちすぎるんじゃないかな?」
「視聴者の皆さ〜ん、見掛け倒しの団体さんが変な言いがかりつけてくるんですけど〜。どうすればいいと思いますぅ〜?」
「おやおや、連携も組めないボッチ配信者が何か言い出したんだが……諸君はどう思うかな?」
ニコニコ笑顔のまま、二組の間に火花がバチバチと散る。
そして、両者の配信のコメント欄といえば——。
『出た、恒例のドロドロ縄張り争いwww』
『ほんと仲悪すぎw』
『建前で殴り合うの、プロレスすぎて良き』
『投げ銭してどっちが勝つか賭けようぜwww』
完全に、エンタメだった。
配信者同士の裏の顔など、本来は視聴者に見せてはいけないのだが、この二組に限ってはもう何度もこの手の衝突を繰り返してきたせいで、視聴者もすっかり慣れたもので、お決まりのプロレス興行が始まったと、双方のコメント欄が異様な盛り上がりを見せていた。
「あ〜あ、可哀想〜。連携がないと敵も倒せないなんて、探索者として終わってるわよねぇ〜?」
「はっ、ソロでイキって死にかけた誰かさんよりはマシだと思うがね。聞いたよ、未開拓エリアでモンスターラッシュに囲まれて、半泣きだったそうじゃないか」
愛莉鈴の笑顔が固まった。
未開拓エリア。それは、彼女にとって永遠に忘れられない、屈辱の記憶を呼び起こすキーワードだったからである。
「……ねえ、リーダーさん? 今、未開拓エリアって言った〜?」
「ああ、言ったとも。何か問題でも?」
「あの時のこと、私が半泣きで済んだとでも〜?」
愛莉鈴の声のトーンが、ズゥンと一段低くなった。
「あの時! 私の! 命がけの配信を! 台無しにした! 元凶のことを! あんたたち、知ってるって言うわけ……!?」
『ありすちゃん、地が出ちゃってるwww』
『般若、降臨の予感w』
「知ってるも何も。むしろ知らない探索者の方が、今や少ないんじゃないかな」
リーダーのタンクが、わざとらしく肩をすくめた。
「ダンジョンを自転車で爆走し、モンスターの攻撃をことごとく弾き、トラップすら踏み抜けていく、神出鬼没の謎の男——通称『ダンジョン爆走チャリ男』。実は先日、僕たちもこの諏訪川ダンジョンで遭遇していてね」
「なんですって……!?」
愛莉鈴の眉が跳ね上がった。
「あれは奇跡だった。僕たちが死力を尽くしていたモンスターラッシュを、彼はまるでモーセが海を割るかのように、悠々と突っ切っていったんだ。傷一つ負わずにね。あの瞬間、僕は確信したよ。彼こそが、停滞したこの探索者の世界に風穴を開ける、救世主に違いないとね!」
「あれはね! 救世主なんかじゃない! 私の! 檜舞台を! 背景に変えた! 不審者なのよぉぉぉ! 目立ちたがり屋の! 目障りな! 怨敵なのよぉぉぉぉぉ……!!」
「救世主をまさか怨敵呼ばわりとは。……なるほど、君はそこまで堕ちてしまったのか。仕方がない。君が彼を害するというなら、僕たち星宝輝士団は君の前に立ちはだかろう! 救世主を護るために……!」
怨敵か、救世主か。
謎のチャリ男一人を巡って、二組の意見は完全に真っ向対立。
もはやモンスターそっちのけで睨み合う両者に、視聴者は大熱狂であった。
『盛り上がってまいりました……!』
『どっちも本人いないのに何でそんなに熱くなれるんだwww』
『チャリ男、知らないところで取り合いされてて草』
『これもう公開プロポーズと果たし状だろwww』
『同接過去最高更新してるんだがww チャリ男様様』
そんな殺伐とした——いや、視聴者にとってはお祭り騒ぎの空気の中。
一人だけ、全っ然、関係のない顔をしている男がいた。
ジュエル・ナイツのアタッカーである。
リーダーが愛莉鈴と舌戦を繰り広げる、その真後ろで、彼は大剣を地面に突き立て、それに顎を乗せ、心底どうでもよさそうな顔で、にらみ合いを眺めていた。
そして、ぽつりと呟いたのだ。
「……あ〜、牛丼食いて〜……」
『は?』
『今w?』
『この空気で!?』
突然のコメント欄の総ツッコミにも、アタッカーは動じない。
「いやいや、人間、生きてるなら腹減るだろ!?」
『わかるけどもw』
『てか、ダンジョンで牛丼とかwww食えるわけないwww』
「わかってるよ。だからこそ食いてえんだって。つゆだくの牛丼に、紅生姜どっさり乗せてよ、思いっきり掻き込むわけよ! で、味噌汁をだな、こう、ずずず〜っとやるわけだ!」
『なんかこっちまで腹が減ってきたんだがw』
『よし、俺たちがお前の代わりに食ってやんよ!www』
「意味ないだろ、それじゃあ!?」
『ダンジョンに出前できればよかったのになwww』
「それだ!」
『いやいやいやwwww』
『ないからwww』
冗談半分——いや、八割は冗談で、アタッカーは自分のスマホを取り出し、デリバリーアプリを起動した。ダンジョン内で配信が行える以上、電波は繋がる。だからここまでは何の問題もない。
近くの吉◯家を選び、牛丼(並・つゆだく)、紅生姜多め、味噌汁、お新香のセットをポチッと。お届け先は『諏訪川ダンジョン地下30階、円形広間』と打ち込んで、注文を確定させた。
「……ま、来るわけないよな」
エラーで弾かれて終わりだろう。
『常識的に考えてw』
『ダンジョンに出前とか、馬鹿も休み休み言えってwww』
アタッカーだけでなく、視聴者もそう思っていた。
そう思っていたのだ。
+++++
「ほっほ〜ん、今日も今日とて、健全な配達業務だぜ……!」
俺はクロスバイクにまたがり、デリバリー配達員用アプリをオンラインにした。
呪いの人影のせいで【星1】をつけられたりしたが、オネエ様リッチが【星5】とチップを最高に弾んでくれたおかげで、評価も無事に持ち直したし、最高の気分だった。
「俺、普通の注文を受けて、普通に配達をして、普通に投げ銭代を稼いだら、麻琴ちゃんに上限額いっぱいの投げ銭するんだ……!」
フラグ? 俺にはそんなの関係ないね!
ピロン!
おっ、さっそく新しいオファーだ。俺はホクホク笑顔で画面をタップした。
【注文内容:吉◯家。牛丼(並・つゆだく)、紅生姜多め、味噌汁、お新香】
「お……っ!」
俺は拳を握りしめた。牛丼。紅生姜。味噌汁とお新香。
ほら、フラグなんかじゃなかっただろ!?
どう考えても普通の注文だって。
きっと、仕事帰りに小腹を空かせたサラリーマンか何かに違いないぜ。
俺は普通の注文をしてくれたサラリーマン(予定)に対して感動しながら、お届け先を確認した。
【お届け先:諏訪川ダンジョン地下30階、円形広間】
仕事帰りに小腹を空かせたサラリーマンはダンジョンにはいない——いや、待て。そう決めつけるのは早計だ。もしかしたらいるかもしれないだろ? ダンジョンに。そんなサラリーマンが!
「なら、大丈夫だ!」
ってなるか……!
配達先が! ダンジョンになってる時点で! 違うんだよ……!!
「なんでダンジョンで牛丼を食おうとするんだよ!? 地上で食べろよ! 吉◯家はカウンターで食うのが一番うまいだろ!?」
ぜえ、はあ。
……まあ、いい。まあ、いいさ! 届けてやるよ、出来立てホヤホヤの吉◯家の牛丼をよ!
そして【星5】を入れてくださいよろしくお願いします……!!
俺は湯気の立つ牛丼セットを受け取り、温度を逃さぬよう保温バッグへ厳重に格納。
そして、諏訪川ダンジョンへ。
二度目ともなると、もはや勝手知ったるサイクリングロードでしかないわけで。
アンデッドモンスターの出現に時々ドキッとしながらも、俺は鼻歌交じりで爆走した。
……後で、これがまた怪談として語り継がれることになるのだが、まあそれは今の俺には関係ない。
そうして俺は、地下30階の円形広間へと辿り着いた。
+++++
チリリリリリーン。
自転車のベルの音が円形広間に響き渡った。
それまで睨み合って、舌戦を繰り広げていた愛莉鈴と星宝輝士団のリーダーが、その音が聞こえた瞬間、固まった。
そして言った。
「怨敵!?」
「救世主!?」
だが、男はそれが自分のことを指しているなどとは微塵も思っていないようで、「あ、すみません。俺、デリバリーなんですけど。吉◯家の牛丼、注文された方、どこにいますかね?」
なんてことを聞いてきた。
それを聞いて驚いたのは愛莉鈴でもリーダーでもなく。
大剣に顎を乗せていたアタッカーだった。
「ちょ、マジで牛丼が来たんだけどぉぉぉ!?」
『い、いやいやいやいやいや……!?』
『ないって! マジでないって! ……ない、はずなんだけど!?』
『もしもし、私、配達員。今、ダンジョンにいるあなたの後ろにいるの』
『メリーさんよりよっぽど怪奇現象なんだが!?』
アタッカーの反応に、男が笑顔を浮かべ、
「あ、ご注文の方ですか? 牛丼の」
「お、おう! たぶん、俺——だと思う。……俺、でいいんだよな!?」
『俺たちに聞くなよ!』
『アタッカーはこんらんしている!』
「はーい。じゃあ、こちら牛丼つゆだく、紅生姜多め、お味噌汁とお新香のセットになりまーす。つゆ漏れもないので、ご安心くださいねー」
男は保温バッグから、完璧な状態の牛丼セットを取り出し、アタッカーに手渡した。
「す、すげぇ……まだ温かい……!」
蓋を開けたアタッカーの顔が輝いた。
「うっわ、湯気やべぇ! ちょーいい匂い〜! ダンジョンでこの匂い嗅ぐの、反則だろ……!」
「では、俺はこれで。ごゆっくりお楽しみくださいー」
男は鼻歌交じりで去っていった。もちろんチャリで。爆走で。
愛莉鈴とリーダーは頭がこの状況を理解することを拒否しているのか、まだ固まったままで。
アタッカーはそんなの関係ないとばかりに牛丼を頬張り出す。
「なにこれうっま! え、うっま!? つゆだくのおかげで汁が米に完全に染みてて……ダンジョンで食う牛丼、マジ最高なんだけど。これ、絶対流行るって」
『確かに美味そうだけど!』
『流行らないから!www』
『誰もがダンジョンにいけるわけじゃないから!wwwww』
牛丼を平らげ、最後の仕上げとばかりに大満足で味噌汁を飲み干したアタッカーは、スマホを取り出すと真顔で操作した。
配達員のアカウントに、【最高評価:星5】と、たっぷりのチップを送る。
「あの配達員、神だ」
リーダーも、ヒーラーも、魔法使いも、そして対面の愛莉鈴までもが、ぽかんと口を開けて、アタッカーを見ていた。
「みんな、どうしたんだ?」
「どうしたじゃないだろ!?」
ヒーラーが、震える指で牛丼の容器を差した。
「お前、何食ってんだよ!?」
「牛丼。人生で最高に美味い一杯だった」
「だろうな! 見てて俺もそう思ったよ!!」
「お前の分も注文しなかったからって、そうカリカリするなよ。今度注文する時は、お前もいるか聞くからさ」
「マジで!? ——じゃなくて! ここはダンジョン! ダンジョンなんだよ! ダンジョンで吉◯家食うなよ!」
「え、駄目なの!? ……じゃあ、今度からす◯家にするわ。俺、す◯家もイケる口だから」
「そうじゃないんだよおおおおおおおおおおおおおお!」
ヒーラーが頭を抱えて、絶叫する。
『アタッカーがこんな奴だったとか知らなかったw』
『アタッカー、大物すぎるwwww』
『松◯派の俺が通りますよー』
「ああ、確かに。松◯もありだなぁ」
縄張り争いも、怨敵か救世主かも、もはやどこかへ吹き飛んで、ダンジョンで食う牛丼はどのチェーン店が一番美味いかで盛り上がっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もし少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、
ブックマークと評価して応援いただけると執筆の励みになります。




