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第6話:注文の多い不死の王



「フッ、大丈夫だ、ちゃんと俺はわかっている! 俺の配達員としてのキャリアに、【星1】がつくなんてことはあり得ない! だからこれはな何かの見間違いだ! よく見れば、ほら……!!」


 繰り返し、何度見たところで【星1】は【星1】だった。見間違いなんかじゃなかった。


「あのクソがあああああああああ……!!」


 アパートの自室で、俺はスマホをカーペットに叩きつけようとして気を取り直し、ゆっくりとテーブルの上においた。それから改めて血の涙を流した。


 スマホの画面に表示されているのは、【直近の評価:星1】のアイコン。さらに、引きこもり黒竜からの『我マジ悲しい』というメンヘラちっくなコメントだった。


「全部あの呪いの人影のせいだ! あいつ絶対許さねえ!!」


 まだ一回、【星1】がついただけ。だから大丈夫ではあるのだが、長い目で見た時、配達員のレーティングが下がるということは、オファーの質や件数に直結する死活問題になり得るのである。


 そして効率よく稼げなくなれば、当然、最推しの麻琴ちゃんへの投げ銭資金が枯渇してしまうわけで、それだけは何としてでも阻止しなければならなかった。


「……大丈夫だ。問題ないぜ。今日から【星5】の嵐を巻き起こせばいいだけだからな!」


 俺は前向きに考えることにしてアパートを飛び出すと、クロスバイクにまたがってデリバリー配達員用アプリをオンラインにした。


 ピロン!


 新しい配達依頼が舞い込んできた。


【注文内容:ス◯バ。『ベンティ・ノンファットミルク・エスプレッソショット・ホワイトモカシロップ・エキストラパウダー・チョコチップ・エキストラチップ・キャラメルソース・チョコレートソース・ノンホイップ・マッチャクリームフラペチーノ』】


 呪文かな?


「ま、まあ、あれだ。個人の好みだし、何も問題ないぜ。で、配達先は? 近所のタワマンか? それともオフィス街か?」


 何にしても、注文者はお姉様に違いないと俺は独断と偏見で決めつけ、画面に表示されたお届け先を見た。


 天を仰いだ。


【お届け先:諏訪川(すわがわ)ダンジョン地下99階の最深部、冥府の玉座】


【メモ:置き配不可。フラペチーノが溶けていたらバッド評価にします。あとストローは紙じゃなくてプラスチックにしてください】


 ダンジョンのラスボスが揃いも揃って出前アプリを使いこなしている件。


 引きこもりか? 引きこもりなのか!? ……いや、まあ、ラスボスが出てきちゃったら大変なことになるだろうから、それでいいんだけどさぁ!


「……どうする? キャンセルするか?」


 いや、評価回復のためには背に腹は代えられない。


「そうだ、すべては麻琴ちゃんの笑顔のため!」


 まずは指定されたス◯バへと爆速で向かった。




 店に入ると、レジカウンターの奥で、エプロン姿の店員さんが一人、精根尽き果てたような顔をして立っていた。


 俺がスマホの画面を見せて注文番号を伝えると、店員さんは無言で、すでに紙袋に完璧な状態で梱包されたケースを差し出してきた。


 そして、狂気のカスタム内容の苦労を思い返すかのように、ふっ、とやりきったような清々しい笑顔を浮かべ、俺に向かって無言でサムズアップをした。


 さらに、死地へと赴く兵士を見送るかのように、ビシッ! と敬礼まで送ってくるではないか。


「……受け取ったぜ、あんたの魂」


 その場のノリと勢いで俺もまた、ビシッ! と敬礼で応え、新たな戦場である諏訪川ダンジョンへと向かうのだった。


 +++++


 諏訪川ダンジョン、地下45階。


 そこでは、業界屈指の実力と人気を誇る有名大手配信者グループである星宝輝士団(ジュエル・ナイツ)が、絶賛ダンジョンアタックの最中だった。


「みんな、持ち場を離れるな! ここが踏ん張りどころだ!」


 きらびやかな全身鎧に身を包んだリーダーのタンクが叫び、大盾で迫りくるモンスターの猛攻を受け止める。


 背後では魔法使いやヒーラーがせっせと呪文を唱え、アタッカーが鋭い一撃を叩き込む。


 周囲を浮遊する数台の高性能ドローンカメラが、その一糸乱れぬ連携を余すことなく生配信している。


 コメント欄は、


『さすがジュエル・ナイツ!』


『連携神すぎる!』


 といった大絶賛の声で埋め尽くされ、同接数も十万人を超えていた。


 モンスターラッシュはまだまだ終わる気配がなく、メンバーたちの顔には配信開始直後にはあった余裕がなくなりつつあった。


 まさに命がけの戦場に、何とも場違いな音が鳴り響いた。


 チリリリリリーン!


『チャリのベルが聞こえたの俺だけ……?』


『……俺も聞こえた……』


『え、何で? ここ、ダンジョンだよね!?』


 ざわつくコメント欄に、ヒーラーが反応する。


「い、いやいや、こんなところでチャリのベルが聞こえるわけが——」


 チリリリリリーン!


「あったー!? え、なんで!?」


 聞こえてきたのはそれだけではなかった。


「あ、すみませーん、ちょっとそこ通してもらってもいいですかー?」


 緊張感の欠片もない声まで聞こえてくる。


 ヒーラーが恐る恐る振り返れば、


「マジでチャリに乗った人がいるんですけど!?」


 +++++


 諏訪川ダンジョンに突入した俺は、武蔵原ダンジョン同様、ダンジョン内を爆走した。


 武蔵原ダンジョンとは、また感じの違う、陰鬱な空気が漂ってはいたが、ダンジョン適性率マイナス1000%の俺にとっては、少しだけ暗くて、ジメジメしていて、ムシムシているだけのサイクリングロードに過ぎなかったのだった。


 ゾンビに襲われようが、バンパイアに襲われようが、スケルトンに襲われようが関係ない。


 まあ、遊園地のお化け屋敷みたいで、現れるたびにびっくりはしたのだが。


 しかし、モンスターの攻撃が俺に届くことはないのである。


 そうして地下45階までやってきたところで、俺はそれと遭遇した。


 有名大手配信者グループ、星宝輝士団と。


「おおっ、すげえ! 本物だ!」


 麻琴ちゃんの配信が始まるまでの待機時間に、彼らの切り抜き動画を見たことがあった。


 麻琴ちゃんが手作り感満載の配信を行っているのに対して、彼らは配信も、ダンジョン攻略も、何もかもがすべてプロ級で、見せ方が全然違って、よくできたエンタメ番組を見ているみたいで面白かったことを覚えている。


 だが今は、フラペチーノをラスボスまで届ける上で、邪魔な障害物(モンスター含む)でしかなかった。


「あ、すみませーん、ちょっとそこ通してもらってもいいですかー?」


 俺の呼びかけに対して、ヒーラーさんが振り返って固まっているが、そんなことはどうでもよかった。


「なっ!? 君! 自転車でこんなところに来たら危ないぞ!?」


 リーダーのタンクが、大盾を構えたまま大声で叫んだ。


『いやいや、突っ込むところが違うから!』


『リーダー、真面目か!』


「いや、そうか。よくわかったよ」


 わかってくれたらしい。


「ここまで迷い込んでしまったんだね! 大丈夫、僕たちが護ってあげるから、君は僕たちの後ろに隠れればいいよ!」


 全然わかってくれてなかった。


「いや、そういうの特に必要じゃないんで。俺はちょっとどいてもらえればそれでいいというか」


「遠慮することはないよ! ここは危険なダンジョンだからね! 僕たちが君を護ろう!」


 駄目だこいつ話が通じない。


 バッグの中のフラペチーノが溶けたら、また星1を食らってしまうというのに。


「ごちゃごちゃうるさいんだよおおお! いいからどきやがれくださいってお願いしてるでしょおおおお!?」


「お願いされてるのにキレられてるううう!?」


 驚愕する彼らを強引にハンドルで押し退けると、俺はペダルを全力で踏み込んだ。


「もう星1は嫌なんですううううううううううううううううううう!!」


 俺は通路を埋め尽くすモンスターラッシュへと突撃した。


 +++++


「迷子のチャリ男くーーーん!」


 リーダーが手を伸ばし。


 配信の画面の向こうにいる十万人の視聴者も含め、この場にいる全員がチャリ男が死んだと思った。


 だが、死ななかった。


 アンデッドモンスターの攻撃を受けてもチャリ男は爆走を続け、その様子は、まるでモーセが海を割るかのようだった。


「か、彼は……何者なんだ……!?」


 呆然と立ち尽くす星宝輝士団のメンバーたち。


『……奇跡』


『……そうだ、俺たちは奇跡を目撃したんだ!』


 コメント欄は『奇跡』という言葉に溢れかえっていた。


 +++++


 ——なんてことが起こっているなどとまったく知らない俺は、


 その後もダンジョン内を爆走し続け、ようやくそこに到着した。


 諏訪川ダンジョン99階の最深部、冥府の玉座。


「ちわ〜……」


 巨大な扉を開けば、ギィィィィ……と不気味な音がした。


 中は暗闇だった。


「え、え〜っと、デリバリーなんですけど……?」


 言いながら足を踏み出せば、ボゥッ! と音を立てて、壁際、一番入口に近い燭台に青白い炎が灯った。


「ひっ、なんだこれ!?」


 驚く俺を無視し、ボッ、ボッ、ボゥッ! と、手前から奥に向かって順番に、燭台の炎が連鎖的に灯っていく。


 そして、冥府の玉座のすべてが明らかになった。


 漆黒の鎧を纏ったスケルトンの騎士と、見た感じ明らかに腐ってるアンデッドの騎士が護る、禍々しい玉座に、このダンジョンのラスボスがいた。


 スケルトン、だ。


 しかし、ただのスケルトンではない。


 この世界の終わりを体現したかのような、圧倒的な畏怖を放っている!


 ダンジョン適性率マイナス1000%の俺はモンスターの攻撃を無効化するはずなのに、それでもまるで魂を鷲掴みにされたような根源的な恐怖に襲われ、今すぐこの場から逃げ出したくなった。


 武蔵原ダンジョンの黒竜があんな感じだったから、てっきりここも同じだと思っていた俺が馬鹿だった。


 だが、それでも。


 俺は決して後ずさったりはしなかった。


 すべては麻琴ちゃんへの投げ銭代のため……!!


 俺は勇気を振り絞って、告げた。


「ご注文の品物をお届けに上がりました……!!」


 その声に反応したのか、スケルトンの騎士とアンデッドの騎士が、腰の魔剣を凄まじい速度で引き抜いた。


「ひ、ひゃあああああ!? ごめんなさあああああい!!」


 命あってのものだねって言うし、ここは戦略的撤退しても許されるのではないでしょうか!?


 というわけで、俺は回れ右して逃げ出そうとしたのだが。


 玉座のスケルトンが、骨の指を立てて騎士たちの動きを制した。


 そして圧倒的な畏怖を放つ玉座のスケルトンが、顎の骨をカタカタと鳴らして言い放ったのだ。


「いや〜ん、待ってたのよ〜」


 と。


 俺の聞き間違いだろうか。


「もう、遅いじゃな〜い! アタシのフラペチーノ、溶けちゃってないでしょうね〜?」


 聞き間違いじゃない、だと!?


 圧倒的な畏怖を放つスケルトンがオネエ様だったとは、誰が想像できただろうか。


「アタシ、不死王エンシェントリッチなんだけど〜」


 オネエ様リッチは、最新型のスマホを俺に見せてきた。


「探索者が落としたものを拾ったのよ〜。最初は放置してたんだけど、武蔵原ダンジョンのあの馬鹿竜が『マ◯ドを知らないとか生きてる価値なし』とかラスボスの寄り合いで自慢しててさ〜」


 ダンジョンのボスにそんな寄り合いがあるのか。


「で、アタシも負けてられないと思って、そこの配下と一緒に使い方を練習して、注文してみたってわけなの〜!」


「は、はぁ、なるほど……?」


 いや、同意している場合じゃない。俺は急いでバッグから完璧な状態を保ったマッチャクリームフラペチーノを取り出した。


「ご注文の品がこちらです」


「うわ〜! これよこれ〜、この緑色の綺麗なやつ〜! あがる〜! これが地上の味なのね〜!」


 オネエ様リッチは嬉しそうに骨の顎を鳴らしながら、器用にストローを頭蓋骨の隙間に差し込み、ダイレクトに中身を吸い始めた。


 肉体はないのに、なぜか吸い込まれたフラペチーノが消えていった。


「おいし〜い! 最高じゃな〜い!」


 大満足したオネエ様リッチは、スマホをタップした。


 ピロン!


 スマホを見れば【最高評価:星5】、さらに目玉が飛び出るような高額のチップまで弾まれていた。


「あ、ありがとうございます! チップまでこんなに……!」


「いいのよ〜。だって、アナタの顔、すっごくアタシの好みなんですもの!」


 骨だけの顔でウインク(のような気配)をしてくるリッチに、全身の毛穴が収縮する。


「ねえ、死んだらアタシの部下――ううん、アタシの可愛い旦那様にならない〜? 永遠の命をあげるわよ〜?」


 究極のスカウト、というかプロポーズが飛んできた。


「すみません! 俺には、心に決めた人がいるので……!」


 俺の返事にオネエ様リッチは激怒するかと思いきや、頬骨に手を当て、クネクネと身体を揺らした。


「いや〜ん、振られちゃった〜。でも、そういう一途で骨のあるところも……」


「と、ところも……?」


「ますます大好き!! 本気でアタシのものにしたくなってきちゃった! ……ひとまず本気で呪って、アタシ以外のこと、何も考えられないようにしちゃおうかしら」


 なにそれこわい。


「大丈夫よ、気持ちは後からついてくるって言うし〜。まずは既成事実を作ることが大事だと思うの〜」


 思いません。


「え〜い!」


 そんな可愛らしい掛け声とともに、オネエ様リッチが俺に呪いをかけてくる。


 呪われた!? と思ったが、セーフ! さすがダンジョン適性率マイナス1000%! 呪いも無効化してくれた!


「どうしてアタシのラブラブ呪殺が効かないの!?」


 呪い殺されるところだったらしい。


「……そう言えば、あなたみたいな一般人が、ここまで来ること自体が異様なのよね。……あなた、何者?」


「ただのデリバリー配達員です! では……!」


 オネエ様リッチが混乱している間に、俺はその場から逃げ出した。


 しかし回り込まれてしまった! なんてことにはならなかったから、本当によかった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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