第5話:承認欲求モンスター VS ダンジョン爆走チャリ男
武蔵原ダンジョン、62階。
「みっなさ〜ん! 今日も元気にこんありす〜! 超弩級王道アイドル探索者、ありすちゃんだよ〜っ☆」
ドローンカメラに向かって、丹羽愛莉鈴が完璧な角度で首を傾げ、満面のアイドルスマイルを振りまいていた。
フリルと装甲が絶妙なバランスで組み合わさった特注のアーマーは、彼女の可憐さをこれでもかと引き立てている。
『ありすちゃん今日も可愛い!』
『こんありすー!』
『今日も絶好調だねー!』
画面の端を流れるコメント欄は、今日も彼女を称賛する言葉で溢れていた。
同接数も数万人をキープしており、ダンジョン配信者としてはトップクラスの数字である。
だがしかし。
「えへへ、みんなありがとうっ! 今日もい〜っぱい、ありすの活躍を見ていってね☆」
蕩けるような甘い声でそう言いながらも、愛莉鈴の内心はドロドロに濁りまくったヘドロの海のようになっていた。
(許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない絶対に許せない……!!)
愛莉鈴の脳裏に焼き付いているのは、先日の屈辱的な出来事であった。
命がけで挑んだ未開拓エリアでの配信。
最高の見せ場になるはずだったモンスターラッシュ。
そこを、鼻歌を歌いながら、緑色の四角いバッグを背負って自転車で爆走していった、謎のチャリ男!
あいつのせいで、愛莉鈴の華麗な剣技も、命がけのピンチも、すべてがチャリ男の背景にされてしまったのだ。
「あー、モンスターさん発見でーす! ありす、殺っちゃうゾ☆」
愛莉鈴はレイピアを引き抜き、現れたオーガに向けて華麗にステップを踏む。
だが、その目は完全に血走っていた。
(あのチャリ男、次に会ったら絶対に私の引き立て役にしてやるんだから……!!)
ズバアアアアッ! と。
可愛らしい掛け声とは裏腹に、レイピアから放たれたのは一切の容赦がない、オーガの急所を的確にえぐる殺意高めの連撃だった。
『ありすちゃん、なんか今日当たり強くない?w』
『親の仇みたいにオーガ刺してて草』
『てか、八つ当たりだろ間違いなくw』
『前回の配信、美味しいところ全部チャリ男に持ってかれてたからなぁw』
『承認欲求モンスターの恨みは恐ろしいなwwwww』
視聴者たちは彼女の本性が、激しい承認欲求モンスターであることを知っており、それも含めて彼女のファンなのだった。
「あ〜ん、オーガさん怖かった〜」
愛莉鈴が言えば、
『さすありす!』
『オーガさんがむしろ涙目だったまであるww』
『どんまい、オーガさん!』
と視聴者が反応し、愛莉鈴は安定のスルーである。
「でも、ありす、がんばっちゃった! えへへ☆」
などとウィンクしながらも、愛莉鈴は周囲をギラギラした目つきで睨みつけ、
「出てきなさいチャリ男……! 私が世界の主役だってことをわからせてやるんだから……!」
思わず本音をぶちまけてしまえば、
『承認欲求モンスター、降臨!w』
『待ってました!www』
コメント欄は大いに盛り上がるのだった。
+++++
——なんてことが起こっているとは、もちろんまったく微塵も知るわけがない俺は、クロスバイクを無心で漕いでいた。
どこを?
薄暗いダンジョンの通路を、である。
当然、向かう先は、黒竜の玉座。
今日も今日とて、普通の注文だと思ったら、黒竜からの注文だったのだ。
それはいい。
五十歩譲って、まあ、それはいいとしよう。
問題はあれだ。
ダンジョンの怪談。
呪いの歌を口ずさみながら爆走する人影に遭遇した者は、悲惨な末路を辿るとか何とか。
そんな恐ろしい存在が、この武蔵原ダンジョンを徘徊しているというじゃないか!
ダンジョンに対しては無敵を誇る俺だが、呪いとかオカルト的なものに対してまで無敵とは限らない。
もしそいつに遭遇して呪い殺されでもしたら……!
麻琴ちゃんに投げ銭できなくなるじゃないか!?
そんなことは許されない。
「だから早く届けて、とっとと帰るんだ……!」
俺は背中の保温バッグの重みを感じながら、さらにギヤを上げた。
ちなみに、黒竜の今日の注文は、ドム◯ムだ。
ついに日本初のハンバーガーチェーンにまで手を出したのである。
「さすがラスボス、わかってやがるぜ!」
いや待て違うそうじゃない。
どうやら黒竜のやつは、本気でファストフードを全制覇する気らしい。
そして肝心の注文内容はと言うと——。
甘辛チ◯ンバーガー、お◯み焼きバーガー、かり◯とう饅頭、そしてコーラ。
完全にドム◯ム特有のコアなメニューを攻めてきている。
黒竜は間違いなくラスボスなんだろうが、見方を変えれば、ダンジョンの最下層にいる引きこもりである。
探索者がラスボスに挑戦したなんて話は聞いたことがないわけで。
やることがないあいつは、探索者が落とした最新型のスマホを利用して、せっせとそんな知識を手に入れているのだろう。
ラスボスを倒そうと頑張っている探索者が知れば、幻滅することは間違いないだろう。
などと、つらつら余計なことを考えていたのは、もちろんダンジョンの怪談が怖いからで。
その恐怖がほんのり薄れたかもしれない、なんてその瞬間に。
それは現れた。
「見ぃぃぃぃぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ダンジョンに響き渡るおどろおどろしい声に、俺が恐る恐る振り返れば。
目を血走らせ、口を三日月のように歪ませて高笑いする、謎の女が猛スピードでこちらへ向かって全力疾走してきていた。
「で、出たあああああ!? 呪いの人影だああああああ……!!」
俺は絶叫した。
間違いない! あれが麻琴ちゃんの言っていた怪談の正体だ!
フリル付きのアーマーを着ているので一瞬探索者かな? とは思ったが、その顔面がヤバい。完全に夜叉。
あんな恐ろしい顔をした人間がいるだろうか? いやいない、いるはずがない!
あれこそ間違いなく、ダンジョンの怪談、ダンジョンに巣食う怨霊に違いない!
「きゃああああああ、怨霊おおおおおお! 来ないでえええ!」
「なぁっ!? 誰が怨霊よ失礼ねえええ!! 怨霊がこんなかわいいわけないでしょぉぉぉ!? 私は超弩級王道アイドル探索者のありすちゃんよぉぉぉぉ!! さあ私の配信の引き立て役になりなさぁぁぁぁぁい!!」
「ひぃぃぃぃぃぃ! 怨霊が喋ったああああ! 助けて俺の守護天使、麻琴ちゃあああああああああんんんんん!」
俺は恐怖のあまりパニックに陥り、クロスバイクのペダルをぶっ壊れるほどの勢いで漕ぎまくった。
だが、呪いの人影は凄まじい脚力で、どこまでも追いかけてくる。
『ちょwwwありすちゃん顔!!www』
『アイドルの顔じゃなくて完全に般若www』
『チャリ男ガチ泣きして逃げてて草』
『腹痛いwwww最高wwww』
怨霊の周囲に浮かぶドローンカメラの向こう側で、そんなコメントが滝のように流れていることなど、俺が知る由もなく。
「なんで追ってくるんだよおおお! 俺、なんか怨まれるようなことしたかあああああ!?」
「あんたの存在そのものが私への冒涜なのよおおおおおお!! 待ちなさいよこの目立ちたがり屋の不審者あああああ!!」
「意味がわからない! 意味がわからないよおおおお!」
モンスターの群れが現れても、トラップが発動しても、俺も、そして俺を追う怨霊も、一切お構いなしにそれを強行突破していく。
俺は適性率マイナス1000%の無敵パワーで。
怨霊は、凄まじい執念と殺意で。
普段なら慎重にスピードを落とす階段状のエリアも、今の俺にはブレーキをかける余裕などなかった。
ガコン! ガコン! ガコン! と、クロスバイクが激しく上下にバウンドする。
背中の保温バッグも容赦なく揺さぶられるが、止まれば後ろの夜叉に呪い殺される!
+++++
「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
黒竜の玉座の重厚な扉を全力で押し開き、すぐに内側から閉めた俺は、その場にへたり込んだ。
「し、死ぬかと思った……!!」
全身から滝のような汗が流れ落ち、心臓が早鐘のように鳴る。
なんとか、呪いの人影から逃げ切り、地下100階のここへと逃げ込むことができた。
あんなのがダンジョンを徘徊しているなんて。
やはりダンジョンは恐ろしい場所だ。
『……人間。今日の配達は、随分と騒がしかったな』
玉座から見下ろしてくるダークソウルドラゴンが、呆れたような、それでいてどこか面白がっているような重低音の声を響かせた。
相変わらず、その巨大な前爪にはスマホが握られている。
「はぁっ、はぁっ……す、すみません。呪いの人影に追いかけられてたもんで」
『呪いの人影? ……ククッ、我の配下の中にも、そのような面白そうな存在が生まれたのか。後で確認しておかねばな』
黒竜は楽しげに喉を鳴らした。
『それよりも、注文の品だ。今日はドム◯ム! 実に楽しみである!!』
ブレないラスボスに俺は苦笑し、背中の保温バッグをそっと下ろした。
そして、ジッパーを開けて中を確認。
そこで、俺の全身から、スウ〜ッと血の気が引いた。
「あっ……」
思わず漏れる声に、
『……ぬ? どうした?』
黒竜が怪訝そうな声を出す。
保温バッグの中では、バーガーとスイーツは無事だった。
だが。
一緒に注文されていた紙コップ入りのコーラが。
呪いの人影から逃げるために段差を激しくバウンドしながら爆走したせいだろう。プラスチックのフタが外れかけ、中身の半分以上が袋の中に溢れてしまっていたのである。
俺が何も言えずにいると、黒竜が首を伸ばしてバッグの中を覗き込んできた。
『……わ、我のコーラが溢れちゃってるじゃん!』
思わずそんな言葉遣いになってしまうほど、めちゃくちゃショックだったのだろう。
黒竜はしょんぼりと肩を落とすと、無言でスマホの画面を操作した。
ピロン。
通知音がしてスマホを見れば。
【評価:星1】
【コメント:コーラが半分溢れていた。我マジ悲しい】
最高評価を維持し続けていた俺のアカウントに、初めての傷がついた瞬間だった。
麻琴ちゃんへの投げ銭代に響く傷を作った原因に対して、俺は血の涙を流さんばかりの勢いで叫んだ。
「絶対に許さないからな! 呪いの人影ええええええええええええ!!」
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