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第4話:ラスボス、ハンバーガー好きすぎ問題



「麻琴ちゃんの配信は心のオアシスだぜ……!」


 俺はアパートの自室でベッドに寝転びながら、スマホの画面に向かって熱い視線を送っていた。


 画面の中では俺の最推し配信者である麻琴ちゃんが、今日もトレードマークであるバールのようなものを両手でしっかりと握りしめ、周囲を警戒しながら探索を進めている。


 同接数は今日も安定の二十人前後で、コメントの流れる速度も緩やかだ。


 だがしかし、だからこそリスナーとの距離が近いのである。


 俺がコメントを打てば、


『あ、ビッグラッキーさん、おはこんまことです!』


 ビッグラッキーとは、俺のユーザーネームである。


『今日も来てくれてありがとうございますっ!』


 画面の向こうで、麻琴ちゃんがバールのようなものを振ってくれた。かわいい。え、まじかわいい。あと、今、間違いなく目が合った。


 はいこれ両思い決定ー。俺と麻琴ちゃん完全完璧に両思い決定ですー。ここ、テストに出ますから絶対に覚えててくださいねー。


「はあ〜、麻琴ちゃん最高すぎる……」


 今日も、その清楚なルックスと、ちょっと高めで落ち着いた声(実は三十歳のおっさんだという衝撃の真実を、この時の俺はまだ1ミリも知らない)に、俺の胸はキュンキュンしっぱなしだった。


 黒竜の玉座へのデリバリーも含め、日々、投げ銭代稼ぎに邁進しながら隙間時間で大学に渋々行くという生活をしているおかげもあって、俺は今日も麻琴ちゃんに投げ銭ができるのだ。


 そして実行した。


「受けてくれ、俺の愛を……!」


 一万円の赤い色の投げ銭が、静かなコメント欄にドカンと打ち上がる。


『わわっ!? ビッグラッキーさん、大きな応援ありがとうございますっ! でもでも、絶対に無理はしないでくださいねっ!?』


 少し慌てたようにバールのようなものをわちゃわちゃ振る麻琴ちゃん。ああ、なんて健気。どこぞの承認欲求モンスターなアイドル配信者ならこんな反応には絶対ならないし、ましてや俺の懐事情を心配してくれるなんてことは絶対ない。


 ……って、待て待て待て。麻琴ちゃんが俺の懐具合を心配してくれるなんて、もはや麻琴ちゃんの心の中に俺が住み着いていると言っても過言ではないのでは!?


 そんなアットホームな雰囲気で進んでいた配信だったが、中盤に差し掛かったところで、麻琴ちゃんがふと真面目な顔をして、こんなことを言い出した。


『そういえば、リスナーの皆さん。最近、この武蔵原ダンジョンで、とんでもなく不気味な怪談が流行っているのを知ってますかっ!?』


 ダンジョンで怪談?


 俺は首を傾げた。


 モンスターがうじゃうじゃいる時点である意味ホラーな場所だと思うのだが。


 コメント欄も一気にざわめき始める。


『え、何それ? 初耳』


『気になる! 教えて麻琴ちゃん!』


 リスナーからの促しを受けて、麻琴ちゃんは、ゴクリ、と生唾を飲み込むような仕草をしてから語り始めた。


『実はですねっ、なんでも……薄暗いダンジョンの通路を、正体不明の謎の人影が、ものすごい速度で爆走しているらしいんですっ。しかも、ただ走っているだけじゃなくて、周囲に響き渡る呪いの歌を口ずさみながらなんですっ!』


 なにそれこわい。


 俺はベッドの上で思わず身震いした。想像してしまったのだ。ただでさえ不気味なダンジョンの中で、暗闇の奥から呪いの歌を口ずさみながら猛スピードで迫ってくる人影を。


 麻琴ちゃんはさらに続けた。


『その人影に遭遇した目撃者の証言によるとですねっ、その呪いの人影を目撃した者は、近いうちに必ず悲惨な末路をたどると噂されているらしいですっ』


 俺は知らなかったのだ。それが前回の配達の時に、すべての危険を無効化できる全能感に酔いしれて、「ふふ〜ん、ら〜ららら〜」と超ご機嫌で鼻歌を歌いながらクロスバイクで爆走していた俺自身のことだったとは。


 麻琴ちゃんはリスナーに真剣な表情で呼びかけた。


『……なので皆さんっ、ダンジョンに入る際は絶対に気をつけてくださいねっ!』


 麻琴ちゃんの優しい気遣いに、しかしコメント欄のリスナーたちから、一斉に容赦のないツッコミが突き刺さった。


『いや、俺たち画面の前のリスナーは全員自宅にいるから!!www』


『ダンジョンに行かないから大丈夫です!wwww』


『むしろソロでダンジョンに潜ってる麻琴ちゃんのほうが何百倍も危ないから! 気をつけて!』


『それな! 麻琴ちゃんこそ不審者に気をつけて!』


『というか、人影に遭遇した目撃者が自分で、近いうちに必ず悲惨な末路を辿るとか噂してる不自然さに気づこうよ!』


 流れるような総ツッコミの嵐に、麻琴ちゃんは、


『あ、あはは、確かにそうでしたねっ』


 と照れくさそうに頬をかいていた。


 他のリスナーは行かないかもしれないが、黒竜のやつがまた注文してきたら行くかもしれない俺は、呪いの人影が怖くて仕方がなかったため、リスナーが指摘したその噂の不自然さに気づけなかった。




 それから数日後。


 隙間時間の大学を終えたところで、俺は配達業務に欠かせない三種の神器である、スマホ、クロスバイク、保温バッグを颯爽と装備し、デリバリー配達員用アプリを立ち上げ、オンラインのボタンをタップした。


 ピロン!


 新しい配達依頼の通知が届いた。


 受けないという選択肢は、俺の世界には存在しない。


 当然タップ。


 ここ何十件も普通の注文だったから、すっかり油断していた。


 ドン!


【お届け先:武蔵原ダンジョン地下100階の最深部、黒竜の玉座】


【注文内容:バーガー◯ング、◯ッパーチーズセット、コーラ】


【メモ:置き配不可。ポテトが冷めてフニャフニャになっていたらバッド評価にします】


「マ◯ド、モ◯と来て、今度はバーガー◯ング! あいつわかってんな〜」


 じゃないんだよなあああああああ……!


 完全にファストフードの虜になってんじゃねえか! しかも、ポテトの食感にまでこだわり始めてるし!


 バーガー◯ングの太めのポテトはホクホク感が命だから、冷めてフニャると一気に美味さが半減するのはわかるけどさぁ!


 脳裏に、呪いの人影のことが浮かぶ。


 はっきり言おう。行きたくない。


 けど、ここで依頼を拒否すれば、アカウントの評価に傷がつく。


 何より、麻琴ちゃんを笑顔にするためには、この依頼を完遂して、最高評価とチップをむしり取るしかない……!


「ややややってやるぜ!」


 恐怖のあまり『や』が多い状態になってしまった俺は、こうして三回目のダンジョンデリバリーを開始した。




 恐怖のあまり、以前にも増してダンジョンを爆走する俺。


 数々のモンスターの群れを突っ切り。


 致死性のトラップすべてを無効化し。


 恐怖を力技で誤魔化すため、


「ふふふ〜ん!! ららららら〜ん!!」


 とこれ以上ないくらい力強い鼻歌を口ずさみながら、時速50kmを超える猛スピードで暗闇のダンジョンを爆走する。


 その結果、後日、『呪いの人影再臨!』として、探索者たちを恐怖のズンドコ——じゃなかった、どん底に突き落とすことになるのだが。


 今の俺にはそんなことなど知る由もなく。


 恐怖の限界突破による超絶爆漕ぎの結果、俺は過去最速のタイムを叩き出し、突入からわずか10分ほどで地下100階にある『黒竜の玉座』の巨大な重厚な扉の前に到着することができた。




「……ちわ〜。バーガー◯ングのデリバリーで〜す」


 広大な漆黒の間に、俺の声が響き渡った。


 中央の巨座にだらしなく鎮座(?)する漆黒の巨竜――ダークソウルドラゴンは、片方の前爪に最新型のスマホを握りしめていた。


 そして、現れた俺を見て、


『……人間、ちょっと早すぎるのではないか? 貴様がいくら適性率マイナスだったとしても、これはさすがにあり得ぬと思うのだが』


「遅いよりは早い方がいいじゃないですか」


 呪いの人影が怖かったからとは、恥ずかしくて言えない俺である。


『……む。確かに。で、例のブツは?』


 いきなり俗っぽくなる黒竜である。


 スマホか? スマホのせいなのか?


 最初はあった威厳みたいなものが、今や欠片も感じないのだが。


「あー、はい。今、出しますね」


 俺は保温バッグから紙袋を取り出し、巨竜の足元へと置いた。


『おお! これが伝説に謳われるバーガーキ◯グのワッ◯ーチーズセットか……!』


 そんな伝説は存在しない。


 黒竜は巨大な爪を相変わらず器用に動かし、紙袋からいそいそと注文の品を取り出していく。


『ポテトもフニャフニャになっていないな……!』


 黒竜、大満足の鼻息はやはり致死性のブレスであり探索者は必ず死ぬが、俺はダンジョン適性率マイナス1000%なので死なない。


『マク◯、◯スに引き続いて、相変わらず見事な働きだ。よって、それに相応しい評価を与えようではないか』


 ピロン!


 俺のスマホが軽快に鳴り、画面には【最高評価:星5】の文字と、チップが振り込まれた通知が表示された。


 現金なもので、懐が温かくなったことがわかれば、麻琴ちゃんへ投げ銭ができる! という気持ちが勝って、呪いの人影への恐怖はどこかへ吹き飛んでしまった。


 そのおかげで、俺は陽気な鼻歌交じりで帰路につくことができて、その結果、それもまた、ダンジョンの怪談として語り継がれていくことになるのだが。


 この時の俺が考えていたのは、もちろんそんなことではまったくなく。


 やはり、麻琴ちゃんへの愛は偉大なのである、ということだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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