第3話:二度目の配達と承認欲求モンスター
「ありがとうございましたー!」
町中に暮らしている、普通の人からの注文を受け、普通の道路を走って、普通に荷物をお届けする。
これこそがデリバリー配達員の本来あるべき姿であり、武蔵原ダンジョンの地下100階、『黒竜の玉座』とかいう場所にいる、厨二病全開のラスボス・ダークソウルドラゴンからの注文を受け、ダンジョンを走って、マ◯ドをお届けするというのは、悪夢でなければ、きっと何かの間違いだったのだ。
俺——松蔵大吉は、スマホの画面に表示された売上金額を確認してニンマリと笑った。
「よしっ! これで今月の麻琴ちゃんへの最低限の投げ銭代を確保できたぜ……!」
これからもこうして町中に暮らしている普通の人からの注文を受けて、普通にお届けして、投げ銭代を稼ぐのだ。
ピロン!
決意を新たにした瞬間、スマホから投げ銭代——じゃなかった、新しい配達依頼の通知音が響いた。
もちろん、受けるに決まっている。
俺が勢いよく画面をタップすれば、
「今度は何だ? ピザか? それともタピオ——」
カ、と続くはずだった言葉は、出てこなかった。
主に、画面に表示された情報のせいである。
【お届け先:武蔵原ダンジョン地下100階の最深部、黒竜の玉座】
【注文内容:モ◯のハンバーガー、オニポテセット、メロンソーダ】
【メモ:置き配不可。メロンソーダの炭酸が抜けていたらバッド評価にします】
「モ◯のテリヤキバーガーはレタスがシャキシャキでソースが絶品でめちゃくちゃ美味いんだよな! わかるぅ〜!」
じゃねえええええええ!
ダンジョンのラスボスがハンバーガーのローテ始めてんじゃねえよ!
だいたい、どこの世界にメロンソーダの炭酸の抜け具合を気にするドラゴンがいるんだよ!
くそ。受注したのに拒否を何回か繰り返すと、アカウントが停止される恐れがあった。
普通の配達で高評価を稼いだというのに、ここで低評価されたら、今後の投げ銭代に響くのは確実だった。
「あー、もうっ。行けばいいんだろ、行けば! モ◯の美味しさをそのままお届けさせてもらおうじゃねえか……!!」
俺はクロスバイクのペダルを激しく漕ぎ、まずはモ◯に向かって注文の商品を受け取ると、武蔵原ダンジョンへと向かった。
+++++
一方、その頃——。
武蔵原ダンジョン62階。
まだほとんどの探索者たちが到達していない未開拓エリアで、一つのドローンカメラが激しく動き回っていた。
「みっなさ〜ん! こんありす〜! 超弩級王道アイドル探索者、ありすちゃんだよ〜っ☆」
カメラに——つまり、画面の向こう側に、満面の笑みで手を振るのは、人気ダンジョン配信者の丹羽愛莉鈴だった。
可憐なフリルがあしらわれたアーマーを身にまとい、きらびやかなレイピアを携えた彼女の姿に、配信のコメント欄は高速で流れていく。
同接数はすでに数万人を超えており、未開拓エリアということもあって、かなりいい感じに盛り上がっていた。
「今日は〜、新フロアの攻略生配信をしちゃいま〜す! みんな、ありすの勇姿をしっかりその目に焼き付けるんだゾ☆」
カメラに向かってウインクを飛ばす愛莉鈴。
しかし、その健気で愛らしい顔の裏で、彼女の脳内はどす黒い欲望で満たされていた。
(フフフ……! あはははは……! こ・れ・で! 今月の同接ランキングは私がぶっちぎりのトップ!! 他の有象無象の落ち目配信者ども〜? 私の引き立て役になれることを光栄に思いなさ〜い!)
激しい承認欲求の塊。それこそが彼女の本性だった。
視聴者たちも、彼女から時折こぼれる他配信者への毒舌や嫉妬を、「ありすちゃんってば承認欲求モンスターだからね! 仕方ないよね!」と、そういう芸風として生暖かく受け入れて楽しんでいる節があった。
「あ、モンスターが来ましたよー! ありす、がんばっちゃいます!」
前方から現れたのは、スケルトンウォーリアの群れだった。
愛莉鈴が華麗なステップで敵の攻撃をかわし、レイピアから鋭い一撃を放って、モンスターを次々と倒していく。
承認欲求モンスターではあるが、探索者としての実力もきちんと備えているのである。
現れるモンスターを倒し続け、さらに奥へと愛莉鈴は進んでいく。
『おおお! 流石ありすちゃん!』
『見た目とか言動があれだけど、ありすちゃんって探索者として普通に強いんだよなー』
『これは最速踏破いけるのでわでわ!?』
コメント欄の絶賛に、愛莉鈴の鼻はぐんぐん高くなる。
だが、奥に進むに連れ、問題が現れ始めた。
通常の倍以上の大きさを誇る巨大なアイアンゴレームや、獰猛なオークの群れが次々と現れたのである。
62階の敵は想像以上に手強く、ソロ探索者である愛莉鈴は苦戦を強いられることになった。
「えっ……ちょっ、数が多すぎでしょ!?」
配信していることをうっかり忘れてしまうほど、愛莉鈴から余裕がなくなった。
「嘘でしょ!? こんなの聞いてないわよ! まさか未開拓エリアでモンスターラッシュに遭遇するなんてふざけんじゃねーわよ!」
(あ、あ〜ん、ありすってば、ちょっとガチでピンチかも〜☆)
『ありすちゃん、たぶん台詞と本心が逆になってるっしょこれw』
『それな!w』
実際、視聴者たちも最初はそんな感じで冗談を言っていたのだが。
愛莉鈴の表情がどんどん険しくなっていくにつれ、
『……おいおい、これガチでやばいんじゃね……?』
『近くに別の配信者いなかったっけ!?』
『……配信やってるのって……駄目だ、今日に限って10階前後がほとんどだ!』
『ありすちゃん、逃げて!』
『お願いだから……!』
そんなふうにコメント欄が心配の声で埋め尽くされようとしていた。
ダンジョン適性率が89%である愛莉鈴は、レベルもそれなりに高く、強力なスキルも持っていた。
【星屑の閃光】と呼ばれるスキルである。
配信の華であり、最高の見せ場でいつものように披露するつもりだった。
それをたかだかピンチを乗り切るために使わなければいけないとは。何たる屈辱。だが、仕方がない。
「ありすのかっこカワイイところ、見ててね☆ いくよ、【星屑の閃光】……!」
愛莉鈴が叫ぶと同時に、レイピアの刀身がブレた。
刹那、空間に無数の光が走る。それは、スキルが発動したことによる、目にも留まらぬ超高速の多段突きだった。
一突きごとに、夜空の瞬きのような青白い光の星が敵の身体へ、そして背後の空間へと刻まれていく。
愛莉鈴が鋭く踏み込み、最後の一撃を放って背を向けた。
レイピアを鞘に収める音が、リィィィィィィン! と響き渡った瞬間、それを合図に、空間に置き去りにされていた光の星が一斉に炸裂した。
金属的な爆音とともに星屑の群れが敵を屠り、鮮烈な光の粒子が戦場に舞い散った。
愛莉鈴は、視聴者たちが投げ銭をする姿を幻視した。
だが、しかし。
『……え、待って。画面の奥、俺の見間違いか? チャリが見えるんだが』
『いや、お前だけじゃない。俺にも見える』
愛莉鈴を心配していたコメント欄の流れが、配信画面に現れた謎の爆走チャリ一色になった。
「は……? チャリ……?」
投げ銭でコメント欄が埋まっているとばかり思っていた愛莉鈴だったが、そんなことにはなっておらず。
初めての事態に愛莉鈴は呆然としながら、視聴者の言う方向へと目を向けた。
すると、そこには、緑色の巨大なバッグを背負って爆走してくる、男の姿があった。
容姿は普通。可もなく不可もなく。
だが、状況があまりにも異常だった。
「ふふ〜ん、ら〜ららら〜ら〜ら〜」
しかも、何やら気の抜けた鼻歌まで聞こえてくる。
『おいwwwwwwなんでダンジョンでチャリが爆走してんだよwwwwww』
『おいおいおい! あのチャリ、オークに突撃するんだが!?』
『死んだ!?』
誰もがその男の死を確信した。
だが、しかし。
オークたちの攻撃はチャリ男には届かなかった。
いや、届いてはいるのだろう。
だが、チャリ男は微塵もダメージを受けていない様子で、オークの群れの真ん中を綺麗に割って突っ切っていく。
『チャリ男、無事なんだが????』
『攻撃弾かれたよな!? てか、何で素通りできるんだ!?』
驚愕に染まるコメント欄。
怪奇現象はそれだけでは終わらない。
チャリ男が床の特定のタイルを踏んだ瞬間、カチリと音が響き、左右の壁から無数の毒矢が容赦なく降り注いだ。ダンジョンの必殺トラップだ。
『トラップが発動した!』
『今度こそ死んだ!』
しかし、降り注いだ毒矢は、チャリ男の身体に触れた瞬間にポロポロと力なく床へ落ちていく。まるでただの雨粒のように、チャリ男は傷一つ負うことなく、そのまま落とし穴の上すら綺麗に走り抜けていった。
『何で無事なんだよ!? 意味がわからない!!』
『無敵——チーターか!?』
『俺たちは、ダンジョン爆走チャリ男が爆誕した、その伝説の瞬間を目撃したのだwwwwwwwwwwwwww』
コメント欄の勢いは愛莉鈴の配信史上、最高潮に達し、同接数もそれは同様だった。
しかし、そのコメントのほとんどは、配信主である愛莉鈴ではなく、画面を横切っていった『謎のチャリ男』に関するものばかりであり。
愛莉鈴は、自分の頭のどこからか、ブチィッ!! と切れる音が聞こえたような気がした。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!? 何あいつ!? 私の! 私の命がけの未開拓エリア配信なのに! なんであんなわけのわからない不審チャリ男のほうが目立ってるわけ!? あり得ないんだけど!!!!」
激しい嫉妬と怒りで、愛莉鈴の顔が歪む。
『ありすちゃん、地が出ちゃってるんだがwwww』
『さすが凄まじい承認欲求の塊、承認欲求モンスターありすちゃんwwwwwww』
『さすありすwww』
チャリ男から一転、本性を剥き出しにした愛莉鈴に大盛りあがりするコメント欄だったが、今の愛莉鈴はそれどころではなかった。
なぜか。
「許さない……絶対に許さないんだからね、あのチャリ男……!!」
愛莉鈴は激怒した。必ず、あのダンジョン爆走チャリ男を除かなければならぬと決意した。
+++++
「ダンジョンの中は信号がなくて走りやすいんだよなあ……」
なんてことを思った瞬間、なんだか背筋に、ゾクゾク〜ッ! と嫌な感じが走って、
「……風邪でも引いたか……?」
なんて考えたのだが、今はお届けすることに集中しなければ。
最初はあんなに怖かったダンジョンだったが、二回目ともなると余裕である。
どんなに極悪なモンスターが襲ってこようが、どんなに凶悪なトラップが発動しようが、俺にはノーダメージ!
この、すべての危険を無視してノンストップで突っ切る感覚が、なんだかちょっと——いや、正直に言おう。病みつきになりはじめている自分がいるのだ。
レベルは上がらないし、スキルや魔法を覚えることはないのだが、それでもダンジョンを走破できる全能感。
異世界に転生してチート能力を手に入れた連中は、きっとこんな感覚に違いない。
「ふふ〜ん、ら〜ららら〜ら〜ら〜!」
無意識に鼻歌でも歌いながら、俺は爆走を続ける。
「待ってろよ、ラスボス様! 炭酸たっぷりのメロンソーダをもうすぐお届けに上がるからな!」
俺はさらにギヤを上げ、黒竜の待つ最深部を目指してペダルを力一杯踏み込んだ。
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