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第2話:初配達はダンジョンです

「ゴクリ、ここがダンジョン……! ここから俺の伝説が始まるというのか……!」


 じゃないんだよなあああああああ……!?


 俺は愛車のクロスバイクにまたがって、武蔵原(むさしはら)ダンジョンの巨大な入口前で頭を抱えた。


 背中には緑色の生地に黒文字でロゴがかかれた巨大な保温バッグを背負い、その中には、マ◯ドのハンバーガーとコーラのセットが入っていた。


 配達員になった俺は、これをこの武蔵原ダンジョン地下100階最深部、黒竜の玉座まで届けなくちゃいけない。


 周囲を見渡せば、これからダンジョンに挑むであろう探索者たちが、フルプレートの鎧を着込んだり、物騒な大剣を担いだりして、大真面目な顔でブリーフィングを行っている。


 おお〜、配信で見たことある〜、とか現実逃避したっていいじゃなーい。


 だって、どう考えたって無理だった!


 俺、死んじゃうって!


 だが、アプリの画面は、お届け予定時刻へのカウントダウンを刻み続けている。


「くそ、行けばいいんだろ、行けば! 行ってやろうじゃねえか! すべては麻琴(まこと)ちゃんへの投げ銭のためだッ!!」


 半ばヤケクソでペダルを強く踏み込んで、俺はダンジョンへと突入した。


 いや、できなかった。


「はい、そこに人ー。ダンジョンに入るには、こっちのゲートから入ってくださいねー」


 係員さん(50歳代)に止められたからである。


「はい、探索者ライセンスを提示して——え、ない? ないのにダンジョンに入ろうなんて駄目だよー」


「けど、俺、ラスボスに配達をお願いされてるんですけど」


「いやいや、どこの世界のラスボスがハンバーガーとコーラのセットの配達を頼むって」


 俺はお届け先が示されたアプリを係員さんに見せた。


「いるねえ!? ……あー、そっかー。じゃあ、通っていいのかなあ……?」


 というわけで、通してもらえた。




 さて、改めてダンジョンである。


 ひんやりした空気に、薄暗い岩剥き出しの通路。


 配信画面越しに散々見てきた実物が目の前にあって、俺はさっきまで抱いていた恐怖をその時だけは忘れて、興奮していた。


 はっきり言おう。物見遊山気分だった。


 このまま何事もなく地下100階までいけるんじゃね? とか、まだ入って一分も経っていないのに思ってしまった。


 それがフラグになったのだろう。


 前方から、緑色の醜悪な肌をしたモンスター――ゴブリンが三匹、棍棒を振り回しながら飛び出してきたのである。


 しかも、俺の通路を塞ぐ形でだ。


「おい、危ないだろ! コーラがこぼれたらどうしてくれるんだ! お客様ラスボスからバッド評価を受けるのは俺なんだぞ!!」


 配達初日から、配達員の鏡のようなことを言う俺である。


 相手はゴブリンだが。


 いや待て違うそうじゃない。


「そそそうだった! 俺、大吉なんて名前だけど、昔からここぞって時に限って、必ず不幸に襲われるんだった……!」


 ゴブリンはコーラなど知ったことかと、俺に襲いかかってくる。


 死んだ。終わった。


 いや、諦めるな。


 諦めるまで、俺の人生は終わらないんだ……!


 前が駄目なら来た道を戻ろうとしたのだが、そちらにもゴブリンが二匹、立っていた。


「はい、諦めた」


 松蔵大吉氏、終了のお知らせです。


 ああ、麻琴ちゃんに投げ銭したいだけの人生だったぜ……。


 俺はその場に止まると、目を瞑り、その瞬間が訪れるのを待った。


 待って、待って、待ち続けていたのだが。


 ……あれ? おかしいぞ。その瞬間とやらが、一向に訪れる気配がないのだが?


 俺は薄目を開けて、周囲の状況を確認することにした。


 この時、俺の脳裏にあったのは、麻琴ちゃんがこの場に颯爽と現れて、俺を助けてくれているという展開だった。


 そうしたら、当然、俺は麻琴ちゃんに惚れ、恋に落ちるだろう。


 すでに麻琴ちゃんガチ恋勢でもある俺は、二度、麻琴ちゃんに惚れるのだ。


「麻琴ちゃん、ありがとう……!」


 だが、そこにあったのは、俺の妄想どおりのような光景ではなく。


「ギ? ギギ!?」


 ゴブリンが必死の形相で、俺に向かって棍棒を振り下ろしまくっている光景だった。


 はっきり言おう。めちゃくちゃ怖い。


 探索者にとっては雑魚モンスターかもしれないが、一般人である俺にとっては致死級モンスターに他ならない。


 だというのに、ゴブリンの攻撃は俺に致命傷を与えられない。


 届いてはいる。今もゴブリンの棍棒が俺に当たってはいる。


 だが、当たるというか、触れるというか、ただそれだけ。


 俺はまったくの無傷。


 衝撃も伝わってこないし、なんなら触れているという感覚もない。


「なんだこれ……!?」


「ギギギギギ……!?」


 俺が首を傾げたタイミングで、ゴブリンも首を傾げていた。


 俺が反対に首を傾げれば、ゴブリンも反対側に傾げる。


 こんなに気が合うなんて。もしかして運命!?


 なわけがないのである。


 というか、


「な、何がなんだかよくわからないが、今がチャンスだ!」


 俺はペダルを激しく漕いで、ゴブリンたちの間をすり抜けた。




 そうして、なんだかんだあったが、俺はラスボスの元まで辿り着いた——とはならなかった。


 ダンジョンというものは、そんなに甘くないのである。


 ゴブリンに襲われたと思ったら、スライムに襲われて。


 またもやなぜか俺にスライムの攻撃は当たらず。


 スライムから逃げれば、今度はオークに襲われて。


 やっぱりオークの攻撃も当たらなくて。


 そうやってモンスターに襲われまくった後、今度は通路を爆走していた時のことである。


 カチッ! と小粋な音がしたと思ったら。


 左右の壁から、無数の矢が容赦なく降り注いできやがった。


 鏃を見れば、紫色をしていて、いかにも毒が塗ってありますって感じだった。


 ああ、死んだ。今度こそ終わった。


 そう思ったのだが——。


 その毒矢もまた、俺に当たらないのである。


 何なんだいったい、とか思いながら進んでいたのがよくなかったのだろう。


 再び俺は、カチッ! と実に気持ちいい音がしたと思ったら、床が、パカッ! と開いて、


「落とし穴!? しかも底にトゲがあるやつぅ!」


 と思ったのだが。


 なぜか落ちないのである。


 まるで透明な床があるみたいな感じで、俺は落とし穴の上を綺麗に走り抜けてしまったのだった。




 そんな感じのことが繰り返されたからだろう。


 何がなんだかさっぱり意味はわからないが。


 ダンジョンに抱いていた恐怖が、気がつけば、妙な快感へと変わっていた。


 モンスターの攻撃は俺に当たらないし。トラップが作動しても俺はそれを無視して通り抜けることができる。


 ついには鼻歌まで飛び出す始末である。


 俺はもう、地上で走るのと変わらない速度で、ダンジョンを爆走していった。


 だから気づかなかった。


 すれ違う探索者たちが、


「おい、なんでダンジョンでチャリに乗ってる奴がいるんだよ!?」


 と驚愕していたり。


「な、何だ!? 呪いの歌が聞こえてくるぞ……!?」


 と戦慄いたり。


 そんなことがあったなんて、本当に気づかなったのである。


 そして、突入からわずか20分弱。


 俺は最深部である地下100階――『黒竜の玉座』の巨大な扉の前に立っていたのである。




 ここまでは何とか無傷で辿り着くことができたが(普通の探索者には無理。まだ誰も辿り着いたことがない)、さすがの俺でもラスボスの攻撃は食らってしまうかもしれない。


 置き配したかったのだが、置き配不可なんだよなあ……。


 俺がネット注文した時は、置き配不可にしててもだいたい置き配してくのに。


 なんて現実逃避している場合ではないのである。


 配達が遅れたら、それはそれでバッド評価に違いない。


 ゴクリと唾を飲み込み、俺は重厚な扉を押し開けた。


「……し、失礼しま〜す」


 広大な漆黒の間。その中央にある巨座に鎮座していたのは、圧倒的な威厳を放つ、漆黒の巨竜だった。


『……ククク、ハーッハッハッハッ! ようやく、ようやくこの日が来たのか! 探索者、貴様らがその扉を開けるのを、我は永劫の瞬間(トキ)の中で待っていたぞ! フハハハ、ここまで来た褒美だ、持てる力のすべてを以て抗うがいい! 我が名はダークソウルドラゴン! 貴様らの物語(プロローグ)絶望(エピローグ)に塗り替える存在(モノ)である……!』


 やべえ、このラスボス、厨二病全開なんだが!?


 物語と書いてプロローグとか、絶望と書いてエピローグとか、ちょっと痛すぎる!


「あ、あの、探索者じゃなくて、マ◯ドのデリバリーなんですけど……」


『……ぬ?』


 決めポーズをしていた黒竜は俺の言葉に、


『……探索者ではなかったか』


 というと、気合の入ったポーズを解いて、玉座にだらしなく腰掛けた。


『注文の品は?』


 地響きのような重低音の声が響く。


 俺は震える手で保温バッグから商品を取り出し、巨竜の足元に置いた。


 あれだけ爆速で走り抜けてきたというのに、奇跡的にコーラは一滴も溢れていなかった。やったぜ。


 黒竜はどこからともなく最新型のスマホを取り出し、前爪(?)を器用に操作して画面を確認すると、満足そうに鼻息を吹き出した。


『ふはは! 本当に届くとはな。人間が落としていったこの端末を拾って、現代日本の文化とやらが気になり、冗談半分で注文してみたのだが……うむ、実に素晴らしいな』


「はあ、そうですか。それじゃ、俺は荷物もお届けしたので、これで」


 そのまま回れ右をして出ていこうとしたのだが。


『待て!』


 黒竜の大迫力の制止の声に、


「食べないで……!」


 と思わず頭を抱えれば、


『ハンバーガーの方が美味そうだ……!』


 と怒られた。


『いや、そうではない。妙ではないか』


「と言いますと?」


『貴様、ここまでどうやって辿り着いた?』


「どうやってって……自転車で爆走してですが?」


『道中、我が配下たちがいたであろう? それにトラップもあったはずだ』


「あー、確かにモンスターもたくさんいましたし、トラップもたくさんありましたけど……なんでか、攻撃は当たらないし、罠も全然大丈夫で」


 俺が正直に答えれば、黒竜はしばらく考え込んだ後、その紅色した巨大な瞳で俺を凝視した。


 そして、合点がいったように大きく頷いた。


『なるほど、そういうことか。……貴様、ダンジョン適性率がマイナスだな?』


「そうですけど……えっ、なんでわかるんですか!?」


『ダンジョンというシステムはな、適性率を持つ者を認識し、それに応じて干渉するのだ。適性率が高い者ほどレベルアップしやすいし、スキルや魔法も獲得しやすくなる』


 知っていることだったので、俺は頷いた。


『しかし、だ。その適性率がマイナスの場合は、ダンジョン側からすれば、いいか? 存在しない異物なのだ』


「……存在しない、異物」


 うむ、と黒竜は頷きながら、『おっと、ハンバーガーが冷めてしまう』と言い出して、巨大な爪を器用に使って、人間サイズのハンバーガーを包装紙ごとつまみ上げ、包装紙を剥いて、やはり巨大な口へと放り込んだ。


『くっ、なんと美味なのか……!』


「そこですかさずコーラを飲んで!」


『うむ!』


 やはり巨大な爪で器用にコーラをつまみ上げると、こちらも一口。


『こちらも美味! そして——げぷっ』


 黒竜のゲップは致死性のブレスであり、俺は死ぬ。


 いや、死ななかった。


『……そうだった。話の途中だったな。適性率がマイナスの場合は、ダンジョン側からすれば存在しない異物であり、ダンジョン側からの干渉を一切受け付けないのだ』


 つまり、と黒竜は俺を見て凶悪に笑った。いや、もしかしたら愉快にだったのかもしれないが、今の俺にはどっちかなんてわかるわけがない。


『貴様はダンジョン内では無敵だ』


「む、無敵……!?」


 俺の脳裏に、電撃のような閃きが走った。


 それって最強ってことじゃないか!


「つまり、人類史上初、ダンジョン適性率マイナスだった俺が、実はとんでもなく最強だった件!」


 モンスターの攻撃が効かない俺が、一方的にモンスターを倒しまくる!


 おいおい、これを動画で生配信したら、大バズり間違いなしだろ!?


「来たぜ俺の時代! これで配信を始めれば、一躍トップ探索者になって、麻琴ちゃんにも認知されて――!」


 狂喜乱舞する俺を見て、黒竜は冷ややかに告げた。


『いいか、人間。干渉を受けないということは、裏を返せば、貴様からもダンジョンへ一切の干渉ができないということだ』


「……は?」


 ダンジョンへ、一切の干渉ができない? それって……。


『貴様はモンスターを倒すことができん。というか、傷一つ付けることが不可能だ』


 モンスターを倒せない——ということは。レベルも上がらないし。


 そんなの俺が配信したところで、ただ敵の間をすり抜けて逃げ回るのが上手いだけの奴である。


 いや、まあ、それはそれで需要がある——いや、ないか。


 何にしても、大ピンチの麻琴ちゃんを救うヒーローに俺がなって恋に落ちる夢は、どうやら転生しないと無理らしい。


『おっと、まだポテトが残っていたか』


 黒竜は俺のことなど忘れて、ポテトを食べ始めた。


 ハンバーガーとコーラを一気に食べてしまったので、ポテトは一本ずつ味わうことにしたらしい。


 相変わらず巨大すぎる爪を器用に使って。


 俺はがっくりと肩を落とし、元来た道を引き返した。


 やっぱり俺には、地道に配達員として汗水流し、その給料で投げ銭をする道しか麻琴ちゃんへの愛を伝える手段は残されていないらしい。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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