勿忘草④
種子を飲み込んでから数日、その効果を私はすぐさま享受することができた。
弟との記憶は甦り、思い馳せられたからだ。
いや、厳密にいうと思い出したが正しいのだろうが。
後で知ったことだが、私が手を組んだのは、神でも仏でも悪魔でもなく、怪異と呼ばれる物体現象だと推測ができた。
推測できた理由としては、契約した後に、食事だと言って市立の図書館に向かうことを要求されたからだ。
私は言われるがままに図書館へと向かい、目についた本を手に取って、机に静かに座る。
すると、私の指先から根が生え、本に巻きつき始めた。
それが終わったかと思うと、本の文字がカタカタとまるで掃除機に吸われるゴミのような動きを始める。
それと共に、私の脳に濁流のように本の内容が入ってきた。
その速度はとても形容できるようなものではなかったが、1分も経てば内容全てが頭の中を通り過ぎ、気づけば目の前の本は白紙になっていた。
「…………ッ!?」
目の前の起こったことに対して疑問符を浮かべるばかりだったが、すかさず怪異がこんなことを言う。
「一話にて主人公が初めにヒロインに殺されるわけだけど、これはなんでかわかるかな?」
「異能という特殊能力を発現させて、その影響で精神が暴走気味になり、その巻き添えを喰らったから」
私はその質問に対して、一切澱むことなく、スラスラと言うことができた。
「うん、初めてにしては上々だね」
「一体、どう言うこと」
「簡単さ。私によって吸収された情報は、栄養として君の中へと浸透していくのさ。喜んでよ、君はこれから得られる情報に対して、忘れると言う概念を無くしたんだよ」
その瞬間、私は頭の中の整理を始めた。
昨日の母親の言葉。
弟の事故の事、弟と交わした会話、時間、場所、体温、匂い。
小学校の授業、配られたプリント、担任の注意、掃除の割り振り、給食のスケジュール。
そして、生まれた時の両親の顔。
余す事なく、一点の曇りなく。
記憶が鮮明にある。
思い出すと言う作業すら必要とせず、ただ瞬時にそれらを言うことができる。
「私に、何をしたの」
「忘れたくないって言ったんだから、忘れないようにしたのさ。今までと、そしてこれからを」
私が受け入れたのは、悪魔を超えた怪物だった。それに気づいた時には、全てが手遅れだった。
図書館に行き始めて両親は精神が回復したと喜び、記憶能力の確認のために小学校のテストは受けさせられた。
テストは実に簡単だった。
記憶から解答欄に書き写すだけなんだから。
弟の傷は治っていると周囲に判断され、その上で学者の才能が開花したと思われた。
中の下であった成績が一位になると言う怪現象に対して、両親は不思議に思い色んな医者に見せたが、ストレスによる脳の異常発達だと判断された。
「いいえ、そうではない」
私は何度も言おうとしたが、それが口から出ることはなかった。
ある日、今日も私は図書館へと、怪異に本を食べさせにきていた。
二十冊ほど本棚から抜き取り、机の横へと重ねるように置き、一冊目を開く。
すると、勿忘草は開く本にはもちろん、その横にある本の束にも根を張り始める。
「…………ぐっ」
容赦なく襲いかかってくる情報の濁流に対して、脳が焼き切れそうになる。
だが、勿忘草は私の許容量を知っているようで、限界ギリギリを攻めるような速度で脳内に情報を叩き込む。
「ハァハァ………」
「うーん、そろそろこの図書館も読べつくしそうだね」
市立図書館。いや、正確にはだったと言うのが正しい。
大量の本が白紙化していくにつれ、人の足は目に見えて減っていった。
館内には監視カメラが増え、職員の視線もどこか張り詰めている。
けれど、そのどれにも原因は映らない。
そこにあるのは、ただ静かに本を読む私の姿だけ。
数日後、入り口に張り紙が増えた。
注意書き。点検。調査中。
さらに数日後、館内はひどく静かになった。
誰もいない。
私はページをめくる。
白くなる。
また一冊、消える。
そうして気づけば、
私は一つの図書館を喰い潰していた。
後悔はある。申し訳なさもある。
だが、過去は消えない。
消えないから、残る。
知識として。
記憶として。
罪として。
罰として。
一切の贖罪も許されず、
合切が材料として、
私の中にーー。
誰か。
誰か。
誰か、誰か、誰か、誰か。
どうか、私を。
こんな、醜い私を。
地獄に。
誰も、私を見なくていい。
誰も、私をわからなくていい。
覚えなくていいから、
覚えられなくていいから、
化物でいいから、
怪物でいいから、
せめて、せめてせめて。
人として、死にたい。




