図書館、そこは庭園
と言うわけで翌日。
僕はとりあえず彼女の事を観察することにした。依頼の全容をまだ掴み切れてはいないが、その前に自分の目で見る事が何より大切だ。
それよりも気になるのが、春夏秋冬先輩曰く何かしらの事実を見落としているようであるため、それをこの目で確かめるというのも一つの理由でもある。
学校の授業なんてものは、依頼の前では些事であるため、もちろんサボっている。
「進学できるかな、僕」
未来に負債ができてしまったが、それを現在の僕が返済する術はない。
それらは一旦棚上げするとして、図書館に来た本来の目的を達するとしよう。
そうして図書館のドアを開けると、やはり本の山は築かれており、その頂点に紫苑が鎮座をしている。
つまり、彼女も授業をサボっている。
「まぁ、学年首位とドン欠じゃ、サボる意味合いも変わるよな」
彼女の場合は効率って所か。
山を見上げながら高さをしみじみ感じつつ、僕は横にある脇道を、群がる蔦を大股で跨ぎつつ進む。
本日のおすすめ・参考書・小説・エッセイ。
次々とコーナーを横切り、行き着いたのは地理・歴史書の本棚。
そこにずらりと並ぶ本はどれも分厚く、日本という国の歴史の重みを感じさせるが、今回は国というよりも地域に関する、いわば風土の歴史。それも、怪異に関する。
これが僕が図書館に来た理由。勿忘草自体の出現した前例、もしくは類似例の捜索である。
前例があればそれに沿った対応をすればいいだけの話で、類似例があるのならそれに近しい事をすればいい。
前者であれば退治、後者であれば撤退ぐらいには持ち込めるはず。
「…………よし」
周辺地域の風土史、さらには並んでいた民俗学の本を片端から手に取る。持っていた本は十冊ほどだが、体感的な話なら3キロほどあるように感じる。
要するに、
「重い!」
僕はそんな悲鳴をあげつつ、近くの机に置く。その際に、ドン!という鉛玉を机に直接ぶつけたような音が図書館に響き渡ったが、それを気にする人物はどこにもいない。
「ふぅ、さてと」
一息つきながら、積み重ねた本の一番上を手に取って開く。
「……………」
ページを開いて、書いてある文字を端から端で目で追う。読み終えるのに2分ほどかけて、ページをめくる。
そうして、1時間が過ぎて、2時間が過ぎて、3時間が過ぎて………。
「ああぁー」
疲労の色を声に滲ませながら、目の疲れをとるために天井を仰ぐ。天井近くの窓からは夕焼けが差し込んでいて、1日が暮れようとしてるのを知らせる。
「いつの間に、そんなに時間が、経ったのか」
朝から始めた資料探索。そこには、きっかけがなければ知ろうともしない知識の数々が宝物のように輝いており、興味をそそられるものがあったり、それこそ研究分野にしたいところだったが、本来の目的の果たすためにそれらは流し見されることとなった。
次々と見せられる知識の目の前を横切り、その価値を踏み躙りながら、矢継ぎ早に本を読み進めた。その結果、辿り着いた事は。
「わからない」
このたった一言を絞り出すために、僕は1日をかけた。
無駄だった、無意味だと言わざるを得ない。
「くそ、ただ疲れただけじゃないか」
天に向かって、今日1日の労力を返せと言わんばかりに睨め付けるが、それもまた無駄なことだ。だが、理解と気持ちは常に同一ではない。
だから、僕は睨め付けることにした。
「お疲れ様ね」
声、そして蔦の動きを見るに、
「紫苑さん、か」
僕の感情は天井を睨め付けることに納得したため、彼女の顔を視界に収めようとしない。
言ってしまえば、気分ではない。
「紫苑でいい。それで、ずっとここにいたじゃない」
「見てたのか。いや、なに、勿忘草とかいう怪異は知らないからね、調べようかなってな」
「そうね、昨日聞き直してたから、まぁそうだとは思うけど。それで、わかったの?」
「いやいや、ご覧の通り、なーんもわかんねぇよ。1日かけたのに、あれだけ読み漁ったのに、何一つわからないなんて全く僕はしょうがない生き物だよ」
「ふーん」
彼女は短くそう言いながら、並んでいる本の題名を目で読み終えた後、僕の方をチラリと見る。
「よくそれで、その程度の観察眼で、ミステリーサークルに辿り着いたわね」
彼女はそう冷たく言う。
「何が言いたいんだよ」
「わかったこと、理解した事があるじゃない」
「わかった事?そんなものないさ、何も得られなかったんだから」
「馬鹿だね。得ているんだよ、君は」
そうして、彼女は今日読み進めた本を次々と指でなぞり、やがて僕の顔に指を指す。
「わからない事が、わかったじゃない」
彼女が告げたのは、分かりきった事実で、驚愕すべきことでもない。
「何を、言ってるんだよ。わからない事がわかったって、それは無駄骨だった証明でしかないだろ」
「何を言ってるのよ。わからないって事は、意味不明の理解不能というわけじゃない証明でもあり、今回であれば」
彼女は近くにあった本を開いて、一つの熟語に指を指す。
そこには、
「『前例』がない。それが、"わかった"、って事じゃない」
「なっ…………」
僕はそう言われた時、完敗だと思った。
いや、もとより勝負なんて彼女に仕掛けてはないのだが、自然とそう思った。
物事の捉え方、というよりも視点が足りなかったというのが正確だろうか。
ここまで叩きのめされてしまうと、思わず反射的に自己批判をしたくなる。
それは昔から使い古しているものだけれど、こういった状況には非常に適切だろう。
やはり、僕は馬鹿だ。
「自己完結しないでもらえるかな、話はまだ終わってないんだから」
「え?」
「終わらないでしょ、前例がない事がわかったけどそれと同時に、対処法がわからなくなったんだから」
「あ………」
そうだ、それを今日探しにきたんだった。
「て事は、結局暗中模索ってわけか」
「暗中模索、ね」
さてどうしたもんか。
得るものはあったが、わからなかったこともまた事実で、意味がないと捉えしまうのは、凡人である僕にはしょうがないことだと思う。
そんな先ほどの討論を、それこそ無に帰すような乱暴な結論を導いていた時、天井から何かが落ちてくる。
数秒間、何もないはずの天井から落ちてくるという異常に思わず固まっていたが、それは事実とともに落ちてきた。
「本……だ」
「本、ね」
改めて天井に目を向けても、蔦が何本が伸びているだけで、それ以外のことはない。
無論、蔦に人が絡め取られていることも。
天井の無事を確認したあと、僕は落ちてきた本に手を伸ばして、衝撃で開かれたページを見る。そこにはその一文に注目するように、なぜかマーカーが引かれていた。
『人は名を知る人物に名乗りをあげない。厳密には、おかしなことではないが、不自然極まることだ。人はその不快感を無視できないため、そんな事をしないのだ』
決めつけのような文だ。
しかし、何か思いつきそうな事がありそう。
「何が、書いてあったの?」
紫苑がこちらに疑問を投げかけている。
だが、どうしてかわからないが、なんとなくだが、このページを、この一文を、見せてはならないと思う。
「その前に、聞きたい事があるんだが、いいか?」
「いいけど、何がわかったんだい」
あり得ない事が、頭の中で組み上がる。
実に凡人らしい。
それらしいヒントを与えられると、すぐそれを元にした結論を出してしまうのだから。
「怪異に、勿忘草に、寄生されてるって言ってたよな?」
ドドドドッ。
心臓が滝のように連続して拍動する。
「えぇ、そう言ったわね」
後のことなんか知るもんか。
そんなものは、未来の僕に負債として貸し付けてやる。
「今、どれぐらい寄生されているんだ?」
その質問は決定的だった。
そして、間違いでもある。
目の前の彼女が、黛紫苑が、その質問をされるとともに、歪な笑顔を浮かべていたんだから。
「やっぱり、お前は勿忘草か」
「正解だよ、花丸をあげる」




