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勿忘草⑤

現状打破を見出そうとして見始めた本。

そこに書いてあったのは、天才少女の輝かしい栄光の歴史ではなく、弟思いの姉の慟哭だった。

文字列にされていいものでもなく、第三者に晒されていいような情報でもない。

ましてや、昨日今日出会ったばかりの何処の馬の骨とも知らないやつに知られていいわけがない。

「………………」

かける言葉が見つからないとはこの事だろう。

もし、僕が偽善者を気取り、彼女に同情するような言葉を吐けば、生涯僕の言葉は羽毛のような軽さになるだろう。

くだらない。実に。

だが、そんなことを考えていないと、目の前に描かれている事実を受け止めようもない。

それ程、彼女の人生は察するに余りがありすぎる。

「………うぅ」

僕は、彼女の人生を踏み台にして、サークルに加入することを選んだ。

過去は消せない以上、どれだけ取り繕ってもそれは変わらない。

そして、そのせいで大学は危機に瀕している。

僕の軽率で、軽薄な選択のせいで。

「……………僕は」

その場でうずくまることしかできない。

本になった彼女を元に戻す算段すら思いつかない。

「クソッ!」

自分の情けなさに涙をこぼしながら、本に思いっきり拳を叩きつける。

《痛ッ!》

「え?」

視界の端で、空白だったページにそう書いてあるように見えた。

疑惑のまま、試しに指をデコピンに構え、本にゆっくりと近づける。

《君、今試そうとしているだろ》

「……ッ!?」

驚愕のあまりその場から飛び上がり、持っていた本は廊下に叩きつけられる。すると、《痛いって!》と文字が変化した。

「し、紫苑なのか」

《あぁ、そうだよ。目は見えないけど、なぜか声は聞こえてるよ。ったく、怪異ってのは相変わらず不思議なもんだね》

そんなぶっきらぼうな言葉遣いは、紛れもなく黛紫苑だった。それは、昨日今日知り合った僕でも理解できる。

《碌でもなかっただろう。私の過去は。欲張って弟に、過去に縛られ続けようとした結果だ》

「それは、それはーーーー」

仕方なかった。

僕はそう言いかけて、辞めた。

《心遣いどうも。けど、いいんだよ。私はもう、人として死ぬ権利すら無くしたんだ。どれだけ感傷を抱こうとも、文字の羅列による一文で済ませられるほかない。悪魔に願った愚者のように、私はそれに相応しい末路を辿ったのさ》

淡々と綴られる文字列。

諦めしか含んでいない言葉。

それを見て、僕は思わず口にする。

「違う」

《え?》

「違う違う!お前の言っていることに何一つとして、お前の思っていることの一切に、僕は納得しない!」

《な、何を》

「天才様なら理論を並べて、隙間なく論理武装をして、言い負かすぐらいやってみせろよ!お前がやっているのは、凡人がするような、状況判断による感情論じゃねぇか!」

《し、仕方ないじゃないか!》

「チッ、お前が言うのかよ。なら、僕も言うけどな」

本を真っ直ぐに見据えながら、指を指す。

「姉が弟の心配をして何が悪い!」

《…………》

「過去に縛られた?結構じゃねぇか、お前は弟が大事なだけなんだろ?ただのブラコンなだけじゃないか。それに言うに事欠いて、怪異に寄生されたからって、それが"間違いでした"なんて思うのか?」

《…………そんなつもりじゃ》

「紫苑、お前の人生は確かに怪異に歪められたかもしれないし、それが罪になっているかもしれない。だけど、それは後でどうにかなる。と言うか、僕がそうする!だから、目の前の凄惨さに目を向けようともせずに、逸らすために死のうとしてるんじゃねぇよ」

《………なんで、なんで君はそこまで私の事を》

「友達だろ。僕らは友達じゃないか」

《とも………だち…………》

「僕が手を差し伸べてやる。だから、お前を不幸にするような怪物の手なんか、いつまでも握ってんじゃねぇよ」

《…………ウフフ、アハハハハ》

声はなく、ただ、羅列されていく文字。

それでも、彼女が笑ってくるていることがわかった。

《ここまで言うのなら、策はあるのよね?》

「ない」

《んなっ!》

「だから、考えてくれ」

残念ながら、鼓舞することはできても、具体的な案の持ち合わせがない。なぜなら、過去を見てもそれらしい弱点を見つけられなかったからだ。

《安全に倒せる方法あるけど》

「…………それは馬鹿な僕でも思いつく。却下だ」

文字はイラストとなり、火のマークになる。

そう、図書館を怪異ごと焼く。

怪異は倒せるが、紫苑は死ぬ。

これじゃあ、バッドエンドだ。

《なら、賭けになるけど、一つだけ》

「それは、紫苑も無事になるんだな?」

《…………賭けになるけど》

「よし、ならそれで行こう」

僕は紫苑を掴み取り、再び図書館へと走る。

《ちょ、話を聞きなさいよ》

「いいんだよ、天才様の策だ。馬鹿な僕が事前に知ったところで、いちゃもんつけるだけだからな」

そう言いながら、図書館のドアを開け放つ。

目の前には図書館の原型などなく、鬱蒼とした植物が今か今かと外へ這い出ようとしていた。

その奥、森の上に立つのは、勿忘草。

「アハハ、ハハハハハッ!懲りもせず帰ってきたのね!馬鹿な男!」

高笑いする怪異に向けて、僕はニヤリと笑いながら言い放つ。

「忘れなくさせてやるよ。これから辿るお前の末路をな」

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