邂逅、植物の天才少女
記憶は知の集積。
人格は選択の歴史。
伝言。
先輩がその言葉を言った瞬間、纏う雰囲気が一瞬で変わった。先ほどまで厄介な先輩としか感じなかったが、まさしく体現者の迫力が出始めた。
目には視線を逃さないようなスター性が備わり、全身からは春夏秋冬先輩のようなオーラが加わった。
「……憑依型か」
目の前の人間をテンプレートに当てはめるのは失礼極まることだが、近しい言葉が口をついてしまった。
それは兎も角、御厨先輩は後輩ではなく、探求者と言った。
つまり、二人称が変わった。
それの意味するところは僕にはわからないが、さっきみたいな軽快な会話を楽しめるような状況ではないということだろう。
要するに、ここからが本番だというわけだ。
「合格、ではなかったんですね」
「本来はあれで合格でいいんだよ。本来はね」
口調が違う。
「だけど私はこうも言ったはずさ。最低限の条件をクリアしてないってね。だから、これは本来課されるはずのテスト、つまりは補修というわけだね」
「補修……ですか。てことは、不足しているものがあると」
「あぁ、不足も不足さ。君は針の穴を通すような例外的な方法で合格を掴み取ったわけだが、それは私の独断と偏見によるサービスみたいなものだからね」
「あんたが認めてるならそれでいいじゃないか」
「残念だけど、それは私個人の話であればいいんだ。でも、私はサークルの創設者として、一組織の長として、耐久テストを君にせねばならないんだよ」
すごいな、一体どれだけ春夏秋冬先輩の人格をシミュレートすれば、口調と態度だけで本物と錯覚させられるのだろうか。
僕には図りかねるが、数万、数十万とやってきたのだろう。そんな苦行に近い狂行の背景を考えると、表現という言葉で片はつかないのだろう。
僕に関わる人間は特殊すぎるのかもしれないが、軒並み世の平均値を軽々と超えていく。
「耐久テストって、何するんですか。工業製品の部品みたいに圧力かけたりするんなら、一瞬で死ぬ自信がありますけど」
「そんなわけないだろう。全く、君は素直で困るよ、字面で言葉を受け取ってしまうんだから」
御厨先輩は呆れた表情を浮かべつつ、何やらバックをゴソゴソと漁り、携帯を取り出す。
「後輩君、連絡先を教えてくれ」
「あ、はい」
スイッチのタイミング意味不明だな、この人。
「そいで、僕は何すりゃいいんですか」
「今送るから、ちょっと待ってね」
ピロリン。携帯からメール受信の音が鳴ったため、急いでメールボックスを確認する。
それは間違いなく御厨先輩から送られてきたものだが、どうやら文章をコピペしてそのまま送ってきたようだ。
『拝啓、ミステリーサークル御中。
麗らかな春の陽気と共に、気持ちの良い季節となりました。
謎めくミステリーサークルの皆様は、過ごしやすい季節であることも手伝い、ますますご壮健であることと存じます。
さて、本題なのですが、
私、黛紫苑を助けて欲しいのです。
詳細を話したいのは山々ですが、このようにメッセージを打ち込み続けるとなると、論文を完成させるような文章量となるでしょう。
故に、直接お話をできればと思います。
私は毎日図書館で本を読み耽っている故、この依頼に目を通された後、お話ができればと思います。
さて、内容を欠片もお伝えしないような無粋な私でありますが、どうか皆様が依頼を受けてくださりますよう、切に願っております。
敬具
黛紫苑より』
僕がこのメールを見た第一印象は、とても丁寧、だった。
小学生並みの感想であるが、まぁそこはどうでもいい。
それよりも気になるのは、
「依頼………ですか」
依頼を出せるという事は、暗号を解いたというわけだ。
暗号を解いたという事は、九十九より頭がいいというわけだ。
さらに、依頼人の名前にひどく聞き覚えがある。九十九の言っていた、学年首席だ。
ここまでお膳立てされれば、僕だってわかる。
首席の困りごとを、補欠合格者が解決しろと、そう言っているのだ。
「頭おかしいんじゃねぇのか」
結論に至った僕は、敬語すら投げ出してそう言い放った。
「どうしたんだ、いきなり褒めて。うーん……、何も持ってないからな、ハグでもする?」
「いや、侮辱ですよ」
「またまた、そんな照れ隠しはいらないよ」
へ、変人だ。
いや、奇人か?どっちだ。
どっちにしろ、思考回路が違いすぎる。
「そんなびっくり人間見たような目で見ないでくれよ、嬉しくなるじゃないか」
「いやいや、その反応おかしいでしょ」
「おかしくないよ。この大学で"変わってる"なんて表現されるってことは、"極まっている"って事だからね」
変態性が極まっている事は認めるーーーって、寄り道はもういいんだよ!
「それで、本題は!本題はなんですか!」
「えー、もっと世間話しようよ。先輩は、後輩と仲良くしたいもんなんだぜ」
「それは人によるでしょ」
「僕はそう!」
「もういいから!」
はっ、思わずタメ口になってしまった。
「まぁ、冗談はここまでにしようか。そうだ、その依頼こそ、探求者君が解決すべき案件で、補修の課題だよ」
課題なんて簡単に言ってくれる。
だが、この人たちからすれば、"学年首席の悩み如き"なんだろう。
変人大学の謎組織の奇人集団で、その誰もが極限者か。
「やらない理由を見つける方が難しいな」
そんな気持ちで、そんな高揚感を持ってしまうという事は、僕もまだ未完成なのだろう。
いや、生物は未完成である方がちょうどいいかもしれない。
「やりますよ、やればいいんでしょ」
「よーがす、そうこなくっちゃね♪」
そう言いながら御厨先輩はポケットの中を漁り、「いくよー」と間抜けな声を出しながら、その中身を放り投げる。
それは勢いよく空中で変形し、中身を廊下に晒す。鋭く引き出された中身は日光で鈍く光り、投げられた先端が鋭くなった事で空気抵抗が少なくなり、勢いそのまま僕の頬を掠めて壁へと突き刺さる。
そう、それは、ナイフだ。
「ナイフ!ナイフですよ!刃物ですよ!危ねぇじゃねぇですか!」
「あはは、後輩君はリアクションが大きくて面白いね」
しかも、ヘレナイフと来たか。
支給品というには、あまりにも持ち合わせた品感が過ぎると思うが。
「うん、じゃあ私の今日の役割は終わりだ。女の子達と一緒に、カラオケと洒落込もうかな」
カラオケは洒落てないだろ。
心の中でそう突っ込んだが、口に出す事はしなかったため、そのまま御厨先輩が女の子と一つの生物となって廊下の奥へと消えていくのを、僕はただその場で見ることしかできなかった。
先ほどまで襲いかかるように浴びた情報量で僕の頭の回路はショート寸前だったが、なんとかナイフだけはカバンの中にしまう事ができた。
「ふぅ、危うく犯罪者になるとこだった」
刃渡15センチ以上が銃刀法違反に該当するのだが、このナイフは目測でそれに到達するかしないかってところだろう。
疑わしきは罰せよ。
そんな言葉があるぐらいだ。曖昧な基準で中途半端な事になるぐらいなら、極端な判断に振り切った方が、人間は楽ってわけだ。
つまり、この行為は正解だ。
「さてと、じゃあ図書館に向かうか」
リュックサックを背負い、廊下を静かに歩く。
トン、トン、トン。
御厨先輩に圧倒れている最中、大学では2限が始まっており、静寂を揺らがせるように、僕の足音だけが響く。
前回とは違い、奇異的な目で見られることなく、誰ともすれ違うことなく、目的地へと到達する。
大学の別棟に図書館はあり、関東であれば公的なものも含めて、最大規模のものである。故に、大学関係者以外の人間も足を運ぶ事が多いため、大人気である事が伺える。
そんな我らが図書館の重々しい扉を開き、その中へと侵入を試みる。
だが、それはすぐに阻まれる。
「……………」
絶句。あまりの光景に、僕は思わず黙した。
初めて図書館に訪れるため、そう言う場所だと言われてしまうと弱ってしまうが、そうではないと断ずる事ができる。
その光景の異様さに色々言いたい事はあるが、中でも目を引くのは、中央を牛耳っている大量の本の山。
その頂点に座る、植物女。
彼女の下から無数の植物の蔦が伸びており、本の山にはもちろん絡みついており、さらには図書館中の本棚に網目状に無駄なく広がっている。
「…………怪異か」
あの時目撃したやつこそ、まさしく今回の依頼人だったわけだ。
母数はあまりにも少ないが、ミステリーサークルは怪異の依頼を請け負うのが仕事ってわけか。厄介事を自ら引き受ける精神性は全くもって理解はし難いが、今はっきりしている事はある。
この怪異は、一筋縄ではいかない事だ。
そんなこんなで、僕は一歩図書館へと踏み出す。
サクリ。
気づかなかったが、どうやら図書館の床面に芝のようなものが生えているようだ。そうすると、もうここは図書館ではなく、図書館の名前を冠した森といったところだ。
紙も草もあるため、着火なんてすれば景気良く燃えそうなものだが、そんなことは妄想の中でいい。実際にやって仕舞えば、大学の売りを一つ焼き払うことになるため、笑い話にもならない。
そんなどうでもいいことを考えながら、遂に本の山へと足をかける。
一見乱雑に積まれているようにも見えるが、それはしっかりと誰でも登れるような親切設計の階段だった。
そこまでは、特筆した能力が要求されない。
だから、ここまでは誰でも辿り着ける。
そんな余計なことを考えながら用意された踊り場なような場所で足を止めて、下から頂点を睨め付けて、突き上げるように声を吐く。
「黛…、紫苑さんか」
図書館の最低条件の沈黙を軽々に破り、大声は容易く反響する。
すると、植物女は読んでいた本を閉じ、蔦に煩わせられながらも、ゆっくりと立ち上がる。
「いきなり名前を呼ぶなんて、随分と躾がなってないんだね」
彼女に呼応しているのか、周囲の蔦に花が咲き始める。まるで大量の人が僕を観察でもしているかのように、花が周囲の四方八方を囲む。
春夏秋冬先輩とはまた別物の、御厨先輩とは種類の違う、押し付けられるような威圧感。
呼吸をすることも、息を呑むことすらも許されない。
「あんた、依頼人だろ?名前を呼ぶことすら許されないのかよ」
「………そう、あなたはミステリーサークルの人か」
彼女がそう呟くと、先ほどまでの圧迫感は無くなった。それどころか、周囲に張り巡らされた蔦が蛇のように彼女の中へと収まっていく。
タン、タン、タン。
頂点に居座っていたのに、彼女はその座から簡単に下り、踊り場で足を止め、僕と同じ高さに目線を合わせる。
そして、彼女は自分の右手を差し出す。
今度はそれに対して戸惑うこともなく、僕はその手を掴む。
すると、彼女の手から僕の手へと蔦が絡みつく。
僕はこの光景を忘れないだろう。
というか、トラウマになるだろう。
精一杯取り繕われた笑みが、まるで食材を前に涎を垂らした狼のようだった。
「ご存知だろうが、私の名前は黛紫苑。よろしく頼むよ、探求者君」
知られている。
だろうけれども。
「あぁ、頼むよ」
斯して、驚くべき初邂逅は幕を閉じた。




