探求者、それは祝福
翌日。
「であるからして〜」
僕は授業を受けていた。
正確には受けさせられていた。
「うんうん、教授の授業はわかりやすいなぁ」
横にいる九十九によって。
春夏秋冬先輩の邂逅の後、「今日は遅いから帰るといい」と、なぜか外の窓を眺めながら言われた。僕としては色々言いたいことがあったが、必要以上に使われた脳が悲鳴を上げていたこともあり、大人しく帰ることにした。
そして、朝だ。
ピーンポーン。ピーンピーンポーン。
ピピピピーンポーン、ピピピピピーーーー。
朝起きたら、玄関の方から途切れることもなくチャイムが鳴り続け、そんな音を立てるものだから、僕は恐怖と混乱半ばで扉を開けた。
「やっ!いい朝だね」
九十九がいたというわけだ。
ホラー映画よりも突拍子が無さすぎる。
「……………わからん」
教授が唱え続けているお経もそうだが、九十九が僕の家を知っていることだ。
昨日の会話をどれだけさらっても、家の住所を教えた所などないはずなのに。
「君の疑問を解消するのはとても簡単だよ」
「………っ!?」
なんでわかーーー。
「なんでわかったんだ?って顔してるよ。君、そんなつもりはないだろうけど、結構考えていることが顔に出てるよ」
九十九は僕の方を視界の端に収めながら、教授の方へと視線を向ける。
「ちなみに、答えは探求者だからだよ」
「え?ちょっと待て、それがなぜ結びつくんだよ」
「簡単だよ。探求者ってのは言わずとも、人気者だってわかるよね?」
人気者というか、吊し上げっていうか。
「そう、人気者なんだよ。大学の全員から"注目の的"になるからね、公私混同なんて朝飯前だと思ったほうがいいんじゃないかな」
「おい、それってまさか」
「うん、個人情報の保護なんてないよ」
春夏秋冬先輩、あんた超厄介なものに認定してくれたな。
「いや、ちょっと待てよ」
それが本当なら昨日春夏秋冬先輩が創設者だとバレたんじゃ。
「まぁでも、君も例年通りにミステリーサークルに辿り着けてるわけじゃあなそうだけどね」
「………まぁ、そうだな」
どういうことだ?
九十九の言ってることが本当なら、昨日の会話は誰かしらに聞かれていてもおかしくはない。
リンゴーン、リーンゴーン。
そんな僕の疑問を掻き消すように、鐘の音が授業の終了を知らせる。
「選択授業、次の一限後にあるんだよね?」
「あ、あぁ」
サラッとスケジュールが把握されている。
もう驚きはしないが、僕の情報をどこまで共有してるんだ。
というか、スケジュールなんか共有してどうするんだよ。
「じゃあ、私は次の授業があるから」
「あ、あぁ」
そう言って教室を出ていく九十九の背中を、呆然と眺めることしかできなかった。
色んな意味で嵐のようだ。
発生するイベントが枚挙にいとまがないため、退屈している暇がない。
朝っぱらから明かされ続ける事実に対して、僕の脳が完全に受け入れるためには、角砂糖を一杯に入れたミルクでも飲まないと不可能だろう。
だが、今それらはないため、まだ起き上がってすらない脳をフル回転させる必要がある。
「はぁ、とりあえず顔でも洗いにいくか」
そう言いながら、誰もいなくなった教室を出ようと扉を開ける。その時だった。
「「「「「キャーーーー!」」」」」
女子の黄色い声援が遠くで聞こえる。
甲高い絶叫はとてもじゃないが聞くに耐えないため、僕はそっと耳を抑える。
だが、聞こえる音量は下がるどころか上がっている。
正確に言えば、音源がこちらに近づいており、それはやがて廊下の奥から姿を現す。
予想通りというか、案の定というか、一人の特定人物の周囲を大量の女子が四方八方を埋めるように囲い込んでいる。
側から見れば一人の生物が蠢いているようにも見え、僕はそれらを見た瞬間、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるしかなかった。
「うげぇ」
触らぬ神に祟りなし。
撤退の判断は速く、僕は後ずさる足をそのまま放り出して、廊下を走るために方向転換を図る。
だが、いつの間にか回り込んだのか、目の前には女子が取り囲んでいた人物がいた。
「やぁ、後輩」
そこにいたのは、イケメン。いや、イケメンと見紛うほどの、整った顔立ちをした女性だった。
髪の色を青色に染め、ライダースーツで身を包んでおり、まさしく自分がバイク乗りであると全身で主張している。
「あっす」
あくまでも自分の後ろに人がいて、その人に話しかけており、なんの関係もない人ですよという体で、美女の脇を潜り抜けようとする。
「待ちなよ、後輩君」
ポケットに突っ込んでいた手首を掴まれた上に、呼びかけられてしまった。こうなれば、知らないふりをするほうが失礼になってしまうだろう。
「なんですか、先輩」
「先輩………か、苦節一年、私もこの大学でそう呼ばれるようになったんだね」
てことは、大学2年生か。
「あのう、感慨に耽っていること申し訳ないですけど、帰っていいでしょうか、先輩」
「え?ダメに決まってるじゃないか」
「理由を聞いても?」
「後輩だからに決まってるじゃないか」
その理由だと、一年生は全員この人の周りで滞留しなきゃならないんじゃ。
はっ、まさか遠巻きに見ているあの女子たち、全員一年生じゃねぇだろうな。
「後輩じゃないか。サークルの」
「サークル?僕はなんのサークルにも所属してませんよ」
「え?」
僕の発言に驚いたのか、その美女は素早く瞬きを繰り返す。
「あれ?昨日先輩と話してたじゃん。私見てたよ、窓の外から」
「窓の外から?」
「うん、私が手を振ってるとさ、先輩はどんだけ離れても、視界に収まるなら見てくれるんだよ」
成程、昨日急に窓の外を見ていたのはそのせいか。
「…………そういうことか」
「お、察しがいいね。さすが、先輩が太鼓判を押すのもうなづけるよ」
この人こそ、ミステリーサークルの会員か。
「先輩、名前教えてくださいよ。これから長い付き合いになりそうですからね、それぐらいは知っておかないと」
「いいね、その姿勢。私はそういうの好きだから、特別に名乗ってあげよう」
美女は僕に手を差し出してくる。
「……?」と疑問符を浮かべながら頭を傾げていると、無理やり右手を掴み取り、握手を強制させる。
「私の名前は、御厨久遠だよ」
「御厨久遠さん………ですか」
「そうだよ、御厨久遠先輩だよ」
聞いたことがありそう。
自慢ではないが、僕が人の名前を聞いて何かを思い浮かべそうになるなど、早々ないことだ。
自分の世界に引き篭もることが多いことが起因するが、それは兎も角どうでもいい。
問題はそれが一体なんだったかだ。
「御厨………、御厨…………?」
「どうしたんだ、ずっと私の名前を連呼して。一目惚れでもしたのかい?」
喉元に魚の小骨が引っかかるような感覚だ。
あと少し、あと少しで思いつきそうな物なんだがな。
「まぁモデルをやるーーーー」
「あぁ!思い出した!」
この人、心海大学の公式サイトやパンフレットに載ってる。確か、ミス心海大学に選ばれて、雑誌の表紙とかを飾り始めた、超がつくほどの売れっ子のモデル。
「神の次はスーパーモデルか。勘弁してくれよ」
キャラが濃ゆい。たった二人だけだというのに、豚骨ラーメン並の濃さだ。
何人属しているか知らないが、一人増えるだけで、もう胃もたれを起こしそうだぞ。
「さて、挨拶を終えたところで、先輩からの伝言を伝えよう」
握手をしていた手は、その言葉とともに力がわずかに込められたが、僕はそれよりも、見つめられる久遠先輩の目に吸い込まれそうだった。
「第二次試験だよ、探求者君」




