紫苑 ③
「すまない、用事が長引きそうでね。今度、また誘って欲しい」
そう言って、春夏秋冬先輩は少し困惑した表情を浮かべながらも電話を切った。
「すみません」
「いやいや、君が謝ることじゃ無いさ」
僕は今、春夏秋冬先輩の隣を歩いている。
通り過ぎる大学生はその光景に対して驚くばかりか、スマホで激写してくる人物までいる。先輩は慣れているのか、カメラに対して手を振り、こちらを見る多くの大学生にウインクをする、
「人気者ですね」
「八方美人なだけさ」
「それだけが理由じゃ無いですよね」
「それだけが理由だよ」
春夏秋冬先輩はひとしきり周囲の大学生に手を振った後、僕の手を握って近くの部屋へと引っ張る。キャーと悲鳴のような声が聞こえた気がするが、それはさておき。
その部屋は自習室であり、大学の廊下に大量に設置されているものだ。そこには椅子と机と教材であろう本がずらりと並んでいる。
僕は春夏秋冬先輩に促されるまま椅子に座り、先輩は本棚の上へと腰を落ち着ける。
「さてと、じゃあ何から話そうかな」
「何を話すんですか?」
「私らのサークルの話だよ」
春夏秋冬先輩は四つのサークルに所属しているため、私らのサークルと言われるとどのサークルのことを言っているかわからない。
それは、部屋の外で聞き耳を立てているかもしれない野次馬に向けてだろうが、僕にはその意味が無論わかる。
「なんですが、先輩がいることをですか?そんなの、誰でも知っていることじゃ無いですか」
僕が察したことをわかったのか、春夏秋冬先輩はニヤリと笑う。
「一年生は知らないだろ?私も積極的に目立ちたいわけじゃ無いからさ、君が公言するのをやめて欲しいんだよ」
口止めか。
いや、わかっていたことだが。
というか、そもそも公言する気なんてない。
「それだけならーーー」
「いや、それだけだなんて、つまらないことは言わないさ」
「え?」
それって、まさか。
「私らのサークルに入らないかい?」
それは青天の霹靂だった。
いや、そうできればいいなと思っていたが、こうも事がよく働くとは。
「ふふふ、驚いてくれているね。いやいや、嬉しい限りだよ」
「いやいや、先輩に直接誘われるなんて、誰でも嬉しいに決まっているじゃないですか」
思わぬ言葉にニヤついている僕に対して、春夏秋冬先輩は人差し指を立てて見せる。
「でも、君は私達の要求した条件をクリアしていない」
あぁ、さっきの暗号文を解くってやつか。
「だから、一つだけ条件を提示しよう」
ごくりと生唾を飲み込みながら、春夏秋冬先輩の言葉を待つ。すると、先輩はポッケから1枚のカードを取り出す。
「なんですか、これ」
チェック柄の青いカード。
斬新とは言えない、普通のデザインのカード。
悪く言えば、ありきたりだ。
頭の中で検索をかけてみたが、どれも的外れな気がするため、発言が憚られる。
「大学の図書館の会員カードだよ」
「会員カード……、ですか」
なんのために。
そんな言葉が頭をよぎるが、その解答はすぐさま得られた。
「大学の最近の有名人はわかるかな?」
「最近の有名人……ですか」
ミステリーサークル探しに奔走していたため、他に見向きもしてなかったな。
「ヒント、これ」
春夏秋冬先輩が指差すのは会員カード。
つまり、ヒントはすでに提示されている。
要するに、図書館というわけか。
図書館、有名人。
ダメだ、検索にヒットしな………いや、待てよ。
そう言えば、植物に侵食された人がいたような。
「思い当たる節があったようだね。おそらく、その人で間違いないよ」
「………思考を読めるんすか」
「それぐらいできないと、この大学で主席なんて張れないよ」
この大学は特殊能力者を生み出す訓練校だったのか。
「冗談はさておき、その人物の悩みごとの解決をしてもらおうじゃないか」
「悩みごと………ですか。って、なんで悩んでいるってわかるんですか」
「だって、依頼があったんだよ」
依頼があった。
依頼があった!?
ミステリーサークルに依頼を出せたって事か!?
「名前は紫苑さん、だ。依頼内容は私たちにも明かしてくれなかったんだ」
「明かさなかったって、なんでですか」
「文章だと小論文みたいに長々と書く羽目になるから、直接話して欲しいんだって」
「………成程」
悩みごとの解消。
つまり、依頼の解決。
これが、サークルへの入会条件か。
「わかりました、やりますよ」
「うん、そう言うと思ったよ」
春夏秋冬は本棚から立ち上がり、そのままドアノブへの手をかける。
「そのカードは君に預けよう。どうせ、会員カード作ってないだろうからね。じゃあ、あとは全部任せたよ」
ドアを開いたかと思ったら、「あそうそう」と言いながら再びドアを閉める。
「私らの仲間になるんだ。解決できなかったなんて恥を晒さないでよ」
プレッシャーだけをかけていって、薄ら笑いと共にドアの向こうへと消えていった。
「マジか」
一人取り残され、僕は手をじっと見つめる。
その手は震えていた。
「マジか!マジかマジかマジか!」
サークルの創設者と接触したばかりか、入会する事もほぼ許してもらえたようなものだ。
「ははは、楽しくなりそうだ!」
僕は急いで自習室の扉を開け放つ。
その時に、何人かの人間が扉に顔をぶつけていた気がするが、それを気にも止めずに図書館へと早歩きをする。
「やることは決まってる。なら、早晩解決するべきだ」
そうして、僕は図書館へと辿り着く。
その図書館の光景を見て、先ほどの高揚感はすぐさまなくなり、やがて血の気が引いていくのを感じた。
図書館の中央にはあり得ないほどの本が山積みとなっており、その山の上で植物女が静かに本を読んでいる。女の下から根が生えており、本の山だけでなく、図書館全体へと行き渡っていた。
「なんだ、これ」
驚くべき光景であるのに、図書館の人々は何食わぬ顔でその山を避けながら、近くにある机に腰を落ち着け、本を読み耽る。
はっきり言って、異常である。
「ははは」
僕はわずかな苦笑いと共に、勇気を振り絞って図書館へと歩みを進める。
サクリ。
まるで森のような感触を足で覚えながらも、下を見る事もなく本の階段を静かに登る。
一見乱雑に積まれているようにも見えるが、それはしっかりと誰でも登れるような親切設計の階段だった。
余計なことを考えながらも、僕は頂点の僅か二つ前の場所で足を止める。
そして、本を読む植物の怪物に話しかける。
「紫苑さん………だったよな」
名前が呼びかけられた事を確認すると、怪物は追っていた字に対して区切りをつけ、本を静かに閉じる。
森そのものである彼女はゆっくりと体の向きを変えて、倦怠感を丸出しにしながら言葉を紡ぐ。
「いきなり下の名前で呼ぶなんて、随分と気安いことするね」
「え?」
「まぁ都市伝説の中身だと加味すれば、社会的におかしな人間しかいないのか」
あなたも十分おかしな人間だろうが。
いや、そもそも人間であるか怪しいだろうが。
僕はその二つを言いかけたが、喉の奥に閉まっておくことにした。
「いや、あの、すまない。僕は記憶力が悪くてね、名前を全て覚えきれてないんだよ」
「………成程。いや、わかった。ならば、自己紹介からするとしよう」
そう言いながら、彼女は植物に覆われた腕を僕に向かって差し出す。
それを拒否するわけにもいかず、僕は恐る恐るその手を握る。
「私の名前は黛紫苑だ」
「黛さんね。よろしく」
「あぁ、よろしく。それと」
図書室全体に広がっていた根が音もなく離れ、蛇が巣穴に戻るように、無数の根が黛の中へと格納される。
それが終わったと思ったら、今度は握られている手に小さな根が張られる。
「いいね、実に都合がいい。君、見えているでしょ」
「……ッ!?」
「ご存知、これは怪異だ。そして、私に寄生している」
黛は植物に覆われた目を鈍く光らせながら、言葉を続ける。
「この怪異は勿忘草。解決を頼むよ」
僕はこの光景を忘れないだろう。
というか、トラウマになるだろう。
こんな懇願されるように向けられる怪物の笑みなんて。




