味わえ、頂天を
時刻にして、午後18時。
本来伽藍堂となるはずの校舎に、傾いていく夕日が二人の影を引き伸ばしていく。
反響していく鋭い指摘に対して、輪郭を淡く歪めながら、春夏秋冬は顔色一つ変えずに言う。
「今年の探求者も、とても面白い人物のようだね」
そう言って、春夏秋冬は口端を上げる。
「いや、そういう人間を私自身が選んでいるんだから、面白いと思うのは当たり前かな」
ひらめきに過ぎないとは言え、この人にとっては決定的な事実だと思った。
なのに、
声音の揺らぎ、表情の変化、それら図星を突かれたはずの人間の反応がない。
「………………間違いか?」
いや、揺るぎのない事実がある以上、推論を述べる意義はあるはずだ。
それに、真偽を判断するのは僕の役割じゃない。
「いいね、実にいい。補欠合格というだけで、頭が悪そうだなんて思っているつもりはなかったけど、私も所詮は人間だね。私を観察する君を見て、意外だと思ってしまった」
その言い回しは、能力を上方修正をしたわけではなく、評価を意外性で訂正しただけだ。
要するに、
「馬鹿にされた………か」
そして、目の前にいる超人は馬鹿にしているという実感すらないんだろう。神が人を見るように、人が虫を見るように、虫が微生物を見るように、"視座の高さ"が違う。
「えっと、なんだっけ。あぁそうだ、質問の答えを出さないとね」
思わず、息を呑む。
その解答次第で、僕のこれからの生き方は変えられてしまうだろう。だからこそ、一言一句に期待を寄せずにはいられない。
好転しろと、神に願わずにはいられない。
そんな僕とは裏腹に、春夏秋冬先輩は天井に向かって手のひらを見せながら、先ほどから浮かべている微笑みそのまま、言葉を吐く。
「残念だけど、君の質問には応えられない。私はそれに対して、模範解答を持っていないからね」
「模範……、解答?」
「そうだ。物事は往々にしてそうではないけれど、君が求めているのはYES or NOという実にシンプルな解答だ。だけど、その質問はそれだけで済ませられるようなものじゃないからね。だから、私は答えられない」
はぐらかされているのか?
いや、だったら質問そのものの話題を避けるはずだ。
そして、模範解答。
これは一体どういう意味だ?
ちっ、これだから天才は困る。
結果だけを提示されても、辿ったはずの過程を見せてもらわない限り、納得できるわけがない。
「………なら、これを解いてくださいよ」
僕はポケットに捩じ込んだプリントを取り出す。
それは、先ほど九十九からもらったミステリーサークルの暗号。
「僕もわからなかったんですが、先輩なら解けるんじゃないんですかね?」
「拝見しよう」
春夏秋冬先輩は僕から迷わずプリントを受け取り、ざっと上から下へと目を通す。
「うん、解けた」
「………マジか」
一瞬だった。正確には1秒以上経ってはいるだろうが、そう形容してもいい時間で解いた。
はったりだという疑念が頭に浮かんだが、先ほどからの態度を見れば、そんな無意味なことをやるような人じゃない。
「ふっ、こんな感想を抱く僕も、この人に絆されているわけか」
予測不可能な存在で、規格外。
これほど、噂通りの人間もいない。
「これは、ミステリーサークルで出されている問題だね。ここまで頭のねじくれた問題を作るのは、ここの教授達じゃできないだろうしね。あの人たちは頭はいいけど、総じてそのジャンルにだけ突出しているから、こんな問題を用意しようと考えつきもしないだろうからね」
天と地ほどに能力格差が生まれていると、存在単位で圧倒される。こうなれば、神だと誤認していてもおかしくはない。
だが、今は祈りを捧げる時間じゃない。
「先輩、質問を変えましょう」
「うん、いいよ。何を聞きたいんだい」
「先輩、ミステリーサークルを解明しないのはなんでですか。それほど頭がいいあなたであれば、ミステリーサークルの解明なんぞ、朝飯前どころか寝ながらできるだろう。なのに、それをしないせいで、ミステリーサークルは"誰もわからない"なんて言われてるんですよ。天才にとって、"頭が悪い"なんて言われるのは憤慨ものじゃないんですか?」
嫉妬が混じったいやらしい質問だ。
こんな侮辱に等しい質問、誰だって答える気は失せるだろう。
「そうだね、意味がないからかな」
「……え?」
解答は即座に返り、さらに意外性を含んでいた。
「君は、天才という生物を勘違いしているようだね。君の質問はとても乱暴だよ。例にするとすれば、大食漢なんだから、嫌いな物でも大量に食べられるんだよね?と言ってるようなものさ」
「そ、そうでしょ。食うのが大好きなんだから、嫌いなものでもある程度多くは食えるはずでしょ?」
「それは極限状態の話だよ。というか、言いたいことはそんな揚げ足をとった結論じゃなくて、選り好みする権利があるってことだよ」
「選り好み?」
「解く問題を選ぶってことさ。天才だから、頭がいいから、なんでも問題を解くなんてことはしない。君がミステリーサークルを追うように、私たちも興味を持つものだけに、頭脳を発揮しているというわけだね。つまり、さっきの解答に付け加えると、興味のないものをわざわざ解く意味がないって所だね」
キッパリとした否定だ。
僕が論理を挟み込む余地はない。
だが、追うべき事実はある。
「………先輩、最後の質問していいですか?」
「もちろん」
「僕の最初の質問に対して、模範解答を持っていない言ってましたが、あれはどういう意味ですか?」
僕の質問に対して、春夏秋冬先輩は無言のまま、顎に指をくっつけて考え込む。
「解答権の放棄、というよりも疑問点の解消かな。全ては私に委ねられる………か」
「………?」
ぶつぶつと先輩は何かを呟いているが、僕には全く聞こえない。
数秒、先輩はトントンと自分の顎を指の腹で叩いた後、僕をまっすぐに見据える。
「質問が正しくない。解答方式で言うのならば、NOであると言わなきゃいけない。でも、それは違う。色んな意味でね」
不思議な言い回しだ。
つまり、 NOでありながらYESでもある。
どういう意味だ?
「ふふふ」
僕がうんうんと悩んでいると、春夏秋冬先輩は静かに肩を震わせる。
「分水嶺、だよ。君は今そこに立っている」
分水嶺。
分かれ目ってことか。
はぁ?分かれ目!?
「君は模範解答を追い求めた。私はそれに対して、"最大級のヒント"を混ぜた。最低限の条件をクリアしてないからね、君は探偵役にはとてもじゃないが向いてないよ」
先輩は笑いながら言葉を紡ぐ。
その目には、何やら不思議な光を宿しながら。
試されている。
そして、先輩は自ら僕にミステリーサークルの関係者であると、今の会話で丁寧なヒントを出した。
だが、先輩が求めているのは、ミステリーサークルのどの立ち位置にいるのかを当てろと言いたいんだ。
NOでありながらYES。
会員でありながら、会員ではない。
「………………」
数秒、僕は追ってきた情報の全てを脳処理にかける。
「先輩、ミステリーサークルって、代替わりをしたことはありますか」
放った質問に対して、春夏秋冬先輩は口角を上げて静かに応える。
「いいや、そんなものはしていない。なぜなら、私が一年生の時にできたものだからね」
そういうことか。
恨むぞ、九十九。
代替わりなんてしてねぇじゃねぇか。
「創設者ってわけですか」
「合格だよ、探求者君」
そこで初めて、先輩はニヤリと笑った気がした。




