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紫苑 ②

それから、どれだけの日数が経ったのだろうか。

大学の都市伝説から、ミステリーサークルにまつわるものだけをピックアップして、大学のあちこちを走り回り、噂話の情報源である大学生にはしつこく聞き回った。


そんなこんなで上級生にも顔が割れるようになり、今年のミステリーサークル探索者と言う文言で、僕の顔写真が大学の中央掲示板にデカデカと貼られるようになった。

掲示板のせいで協力的に話を聞いてくれる上級生や、噂好きの同級生などが僕に話しかけるようになり、気づけば大学において時の人みたいな感じになっていた。


目立つことは半ば信条に反するが、好奇心が煽られてしまった以上しょうがない。

そんなことを考えながらも、僕は今日、ある上級生へと話しかけるために、大学の廊下を早歩きする。

ミステリーサークルの追求を始めてから、この1ヶ月で話していない上級生は一部を除いていなくなったため、その一部に対してアプローチをかけようとしたのだ。


今日話しかけようと思ったのは、この大学においての超有名人である。

教授を唸らせるほどの頭脳を持ち、学校主催の体育祭ではありとあらゆる競技で極めて目立っていたらしい人。


文武両道、オールマイティを地でいく、この学校においての才女。

それが、春夏秋冬栗花落(ひととせつゆり)先輩だ。


リンゴーン。

最終授業が終わったベルが鳴り、僕は急いで授業をしているであろう研究室へと急ぐ。

扉が開くと、大学生が溢れるように出てくる。


僕は春夏秋冬先輩の容姿を知らなかったが、その流れの中で一発でわかった。

美人、美女。

そう形容されるような二つの言語に加えて、圧倒的なオーラ。

自然体であろうその姿から、一般人ではないと白状している強力無比なもの。

友人と話している所であったが、ふと僕と先輩はパチリと目があった。


「………ごめん、どうやら用事ができたみたい。みんな、先に帰って」


春夏秋冬先輩が友人にそう言うと、友人たちは無言で頷いて、そそくさとその場を後にした。

夕方、研究室前。

僕は図らず、春夏秋冬先輩と二人きりになった。


「君は確か、今年のミステリーサークル探索者だったね。そんな有名人が、私に何か要かな?」

「有名人って言うなら先輩も同類でしょ?いや、嫌味を言いに来たわけじゃないんだ。同類同士、仲良くできないかと言いに来たんですよ」

「仲良く、か。うん、別にいいよ」

「え?」

「友達になって欲しいってことだよね?私は断る理由ないし、別にいいよ。なんなら、電話番号の交換でもする?」

「え、ええ」


噂通りの人だ。

断る理由がないから友人になるなんて。

知らない人間であれば、普通は警戒するのが当たり前だろうに。


「うん、登録はできた。さて、話は全部かな?この後友人達とスイーツバイキングに行かないかと誘われていてね。友人の誘いは久しぶりでね、できればあまり無碍にはしたくはないんだ」


春夏秋冬先輩の困惑した表情を前に、僕は数秒間だけ目を閉じる。

頭の中で今までの情報を総括して、昨日のうちにまとめた事実に対して創造を入れる。


空想であり、夢想でもある。

かなり大幅な飛躍になるが、それでも試さない手はない。


「先輩、たった一つだけ。一つだけ、聞きたい事があるんですが、いいですか?」

そう思いながらも、僕は確信を持った面持ちで口を開く。

「先輩、ミステリーサークル会員ですか?」

「どうだろうね」


僕が口にした衝撃の事実に対して、春夏秋冬先輩は顔色一つ変えず、微笑んだままそう言う。


「ミステリーサークル。大学では財宝のように語られていますが、僕はそうじゃないと思いましたよ」

「その心は?」

「とびっきりの厄ネタだ」


僕はこの1ヶ月間を思い出しながら、次々と口を開く。


「ミステリーサークルに公式サイトがあるんですよ。近道をしようとして、あそこの問い合わせフォームから依頼をかけてみましたよ。そしたら、難解な暗号みたいなものがメールボックスに入っていてましてね。いやはや、馬鹿な僕には解く事ができませんでしたよ」


数式パズルに、横には言葉遊びが過ぎる文章。

文系理系に精通していなければわからない超がつくほどの難解な暗号であり、文系である僕には解く事を諦める十分な理由だ。


「だけど、この事実から逆算はできる」


つまり、文系も理系も極めた人物だ。


「だから私だと?いやいや、この大学を舐めたらダメよ。その程度の人物であれば、この大学では秀才の枠組みにすら入れないよ」


そう、そんな人物はこの大学でいくらでもいる。


「結論を出すのは尚早ですね。学校の才女らしくない。ミステリーだったら証拠を出せって言っているようなもんですよ」

「煽る……か。いいね、探偵役らしくなったわけだ」


ここからは思考の飛躍。

証拠も裏付けも存在しない。

つまり、否定されれば終わり。

だが、やるしかない。


「ミステリーサークルの探求の最中、協力してくれる上級生が何人かいましたよ。それこそ、あなたが言う秀才の枠組みの人間に」

「結果はどうだった?」

「お察しの通り、無駄でしたよ。協力してくれた人がたまたま協力的な秀才でしたが、もとよりこの学校の秀才は変人が多い。天才であればもっとだ。つまり、それ以上の頭の人間に協力してもらうのは不可能だし、トップである春夏秋冬先輩の頭の良さを考えれば、それこそ青天井になる」


春夏秋冬先輩は腕を組みながら、壁に寄りかかり、こちらにニヤリと笑いかける。


「だけど、一つの確かな事実が存在する。それは、秀才でもこの問題が解けないと言う事だ。だから」


カバンの中から1枚の紙を取り出す。

そこには、ミステリーサークルが提示してきた暗号文。


「解いてくださいよ、先輩」


春夏秋冬は紙を受け取って、それに対してチラリと目を通す。


「うん、間違いなくミステリーサークルの暗号文だね。解答が欲しいのかな?」

「いや、それで十分ですよ」


一瞬で解くか、凄まじいな。


「先輩、ミステリーサークルってその実態を誰も知らないらしいんですよ」

「そうだね、だから都市伝説なんだよね」

「でも、あなたが知らないってことはないんじゃないんですか?」


確信めいたその言葉に対して、春夏秋冬は思わず口端を歪ませる。


「その暗号を一瞬で解けるってことは、あなたが追求側にまわれば、都市伝説なんてものは最初から発生しないはずだ」


そうして、一つの結論を出す。


「天才が解けない問題を解けるのはさらなる天才だけだ。そして、天才のみが解ける問題文を作れるのは、天上の才女にしかできないはずだ」


そして、僕は春夏秋冬先輩に指を指す。


「改めて、先輩、ミステリーサークル会員ですよね」


数秒の沈黙。そして。


「ふふふ、あははは、あはははは」


春夏秋冬は静かに笑う。

肩を振るわせながら。


「論理の飛躍、証拠不十分。何より暗号を解くという最低条件を踏んでいない。探偵役としては不十分としか言えない。だがしかし、例外とはいつだって、いつの時代でも生まれるものだね」


廊下の天井を仰ぎ見た後、春夏秋冬先輩は僕をまっすぐ見据える。


「正解だよ。間違いなく、私はミステリーサークル会員だ」


パチパチと拍手をする春夏秋冬先輩を前にして、僕は片膝をその場でつく。


「はぁー、やった。できた」


高揚、達成感。

この1ヶ月の努力が報われた瞬間。

だが、それを無視するように春夏秋冬が肩に手をポンと置く。


「でも、会員というのは少し違うけどね」

「え?」


顔を上げると共に、春夏秋冬は自分に対して指を指す。


「創設者だよ、私」


あまりの衝撃の事実に頭がうまく処理ができず、僕は数秒の沈黙を要した。

やっと、処理が上手くいく頃には、驚愕しているというのを隠そうともせずに、顔全体に貼り付ける。


「えぇーーーーー!?」


僕の叫び声は、夕方の廊下に反響した。


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