幼稚な閃き、叩きつける挑戦状
無闇矢鱈に探したところで、時間を無駄にするのが関の山だろう。故に、唯一わかっているであろう依頼の請負にアプローチをかける。
僕がそんなわかりきった活動方針を出すのに、一日分の時間を要したことは言わずともわかるだろう。
そんな馬鹿な僕がアプローチするために必死で考えた質問がこれだ。
「ミステリーサークルの依頼人を知りませんか?」
これである。
馬鹿丸出しである。
馬鹿そのものである。
依頼を請け負うことしか明かされていないと言うのに、依頼人がいるとするのならばそれ以上のことがわかっているはずだ。
勿論、それで得られる解答は、
「知りません」だ。
「はぁ、だよなぁ」
一日中駆けずり回ったが、導き出した回答は探す時の前提条件といったところか。
つまり、何もわかってない。
0だと思っていたところが、マイナスだったことがわかって、それが今日やっと0に近しい状態となった。
この有様では、大学卒業までに特定できるかわからないし、そもそも自分一人だけで解けるようなものではないだろう。
流石、ミステリーサークルだ。
名前に恥じないどころか、相応しいと言える。
「うーーーーーーん」
唸りながら、僕は考える。
先ほど0だと言っていたが、そこは0.8ほどぐらいに訂正してもいいかもしれない。
それはなぜかと言うと、依頼を請け負うにあたって、その方法が明示されていないと分かったからだ。
だけど、依頼を請け負うと言う情報が垂れ流しになっている。
いや、されている。
しかも、公然と。
つまり、これもミステリーサークルからの挑戦状なのだ。
特定するのにも、接触するのにも、何はともあれまずは依頼を出さないことには何もない。
だけど、依頼の出し方も探せ。
それすらできないのならば話にならない。
そう言っているのだ。
傲岸不遜というか、なんとも失礼な都市伝説だ。
「こんな亀みたいなスピードでしか無理なのか」
若干手詰まり気味だが、にじりよりはしている。だが、こんなことではいつ終わるかわからない。
「あ、居た。君だよね」
「え?」
視線を地面から上に上げると、そこには僕の目の前で話していた噂好きの女子大生の姿があった。
「あ、同じクラーーーー」
「君だよね、今年のミステリーサークル探求者!」
「……………」
同級生のその発言に、僕は思わず顔を顰めた。
ミステリーサークル探求者というのは、心海大学においての称号だ。
その年にミステリーサークルを最も探している人物として、大学の中央掲示板に顔写真付きで張り紙をされている。
いわば、大学においての時の人のような立ち位置であり、この人物を見かけたら必ず協力するようにと、大学の首席から命令されているほどだ。
「って、よく見れば授業の時にいきなり立ち上がった人だ!それ以降全く見てないけど、授業に出てるの?」
「出てないよ。というよりも、あんたの名前はなんだよ。そっちだけ僕のことを知っているのは、フェアじゃないと思うんだけど」
「あ、そうだね。それは確かに私も同意する所。したらば、自己紹介を」
彼女はくるりと一回転しながら、なぜか決めポーズを取る。
「私の名前は月見里九十九。つーちゃんって呼んでもいいよ」
「………………」
そんな気軽に名乗られても反応に困るが、この場合はニックネームで呼んだほうがいいのだろうか。
「つ、つーちゃーーー」
「いきなりあだ名!?見かけによらず馴れ馴れしいんだね」
「はぁ、いや九十九さん」
「さん付けはいらないから、九十九でいいよ」
「じゃあ九十九、僕に何の用だよ」
「一人称の割に言葉遣いが荒い……。いやさ、有名人ってやつがどんな生き物かを知ろうとしたのと、あとはミステリーサークルにどこまで迫っているか、敵情視察をしようかと」
「つまり?」
「好奇心っ!」
舌を出しながら照れる九十九を見たところで、僕が可愛いと思うことはなかったが、それとは別に頭に浮かんだことはある。
まさかと思うが、この大学はこんな奴らばかりじゃないだろうな。
「て言うか、敵情視察ってどう言う意味だ」
「そのまんまの意味だよ。私も同じ都市伝説を追っているからね、どちらが先に解明するか勝負してるんだよ」
「………あのー、勝負を仕掛けられた覚えないんだが」
「そりゃそうさ、私が勝手に挑んでるだけだからね」
ほれみろ、ここにいるぞ、変人が。
大学に出現していた植物女を奇人と評するのならば、前評判通りってわけだ。
「残念ながら、お察しの通りだよ」
「辿り着いたのか!」
「違うわ!なんもわかんなかったんだよ」
「そうか、探求者の称号を与えられているから、暗号の答えぐらいはわかっていると思ったんだけどな」
肩を落とす九十九。
だが、僕はそんなことは気に留めなかった。
「は?今なんつった」
「暗号の答えだよ。ほら、依頼を出すと向こうから暗号が送られてくるじゃん」
「お前、依頼の出し方がわかったのか!?」
「え?そこにすら辿り着いてなかったの?」
そうだ。さっきまでの変な言動で忘れていたが、こいつはこの大学に一般合格した人間だ。
こんな人間でも僕より頭がいいんだと思うと、少し複雑な気持ちになるな。
「これだったら、私が探求者でいいと思うんだけどね、なんで君が認定されたのか」
「さぁな、お歴々の考えることはわかんねぇよ。わかりたくもないけどな」
僕は一つため息を吐く。
今からやることはいつもの事。
僕のような凡夫はこうするしかない。
「九十九、依頼の出し方を教えてくれ。この通ーーー」
「いいよ。頭なんか下げなくても、教えてあげるよ」
「ほんとか!」
「うん、いいよ。どうせなら、ついでに連絡先も交換しよう!」
そうして、僕の携帯のさもしい連絡帳の中に、新しい電話番号が追加された。
ピロリン。
電話番号を追加するとともに、九十九からウェブのリンクが送られてくる。
「このWebサイトが依頼を送れる場所だよ。感謝してよね」
「あぁ、ありがとう」
僕は携帯をポッケとにしまって顔を上げると、すぐさま疑問を投げかける。
「しかし、随分と気前がいいな。敵に塩を送ってるが、そんな事をしていいのかよ」
そんな僕の疑問に対して、九十九が先ほどから浮かべていた微笑みを消して、真顔となる。
「だって、その情報はスタートラインに立つための情報であって、リードしているわけでも優位に立っているわけでもないからね」
「すまない、馬鹿な僕にもわかるようにーー」
「依頼を出す方法を調べることなんて、向こうからすれば些事も当然のことで、本質はその先にあったと言うわけなんだよ」
些事も当然か。
つまり、僕はマイナスだったわけか。
「さっき言ってたな、暗号が届くって。それが本番ってわけだ」
「そ、君にも見せてあげるよ。プリントしてきたからさ、はいどうぞ」
「あ、ありがとう」
僕は貰ったプリントを手元に引き寄せ、瞬時に目を通す。
「なんだよ、これ」
難解な数学パズルに、横には言葉遊びが過ぎる文章。その道の学問を極めていることを前提に、なぞなぞや趣味に振り切った嫌らしい問題にも精通してなければ解けることはないだろう。
僕にもそれがわかるほど、この問題の難易度は常軌を逸している。
解かせる気がないと言っているようなものだ。
「どう?わかりそう?」
「無理だ。こんなのわかるわけない」
「だよね。はぁ、これでも頭の良さには自信があったんだけどな、解く方法すら浮かばないとなると自信を無くしちゃうなぁ」
「へー、それはどれだけなんだよ」
「うーん、君も知っている通り、一年生は200人いるんだけどさ」
「それは知らんけど」
「その中の20番目に入ります!」
腰に手を当てながらえっへんと胸を張り、自慢げに九十九は言う。
「下からか」
「上だよ!なんで頭が悪いこと自慢しなきゃなんだよ!」
「僕は自慢できる頭の悪さだぞ」
「へーどれだけなの」
「201位」
「え!この大学入れないじゃん!」
「そう、僕は補欠合格なんだよ」
「補欠合格!縁がない言葉だ!」
「うるせぇ!」
そんな掛け合いをあと数度した後、九十九は顎に肘をつきながらため息をつく。
「はぁ、黛さん……はこの手の話題に興味なさそうだしなぁ」
「黛さんって誰だよ」
「君、あんまり人に興味ないでしょ。大学の首席である春夏秋冬先輩の後を引き継ぐに値すると言われてる超天才の女の子で、私たちの学年首席だよ」
「ふーん、そんなバケモンいるんだな」
「でも、その子はいっつも図書館で読書してるって噂だしな。ここは春夏秋冬先輩にプリント見せて、解いてもらうってのが無難かなぁ」
「金とか払えばいいのかね」
「は!?」
僕のその発言に対して、九十九は驚嘆の声を上げた後、頭を抱え始める。
「君は人に興味がないんじゃなくて、社会に隔離されてるのかな。いや、いっそのこと時代錯誤しているとでも言うんかな。原始人なのかな?いや、原始人なんだよ」
「勝手に自己完結してんじゃねぇよ」
「だって、この大学に入って春夏秋冬先輩のこと知らんとか、頭おかしいんじゃないの」
おい、こいつどんどん遠慮がなくなっていってるぞ。悪口がエスカレートしていきやがる。
「その春夏秋冬先輩はどんな人なんだよ」
そう質問すると、九十九は呆れつつも説明してくれた。
眉目秀麗、頭脳明晰。
その容姿はさながら女神のようであると評されるほとで、その神々しさから博物館に彫像が飾られているほどらしい。
また、頭の良さもずば抜けており、ノーベル賞には後2、3歩程で到達しうるほど。
さらに言えば、人間性も凄まじく、容姿と同じく女神のように慈悲深い懐を持ち、どんな人も数分話すだけで彼女の虜となるらしい。
「という噂が流れてるけど、この前見た時はある程度人だったから、半分は誇張なんだと思うよ」
半分は本当かよ。
学内伝説というよりも、学内神話というところか。ファンクラブというよりも、新たな新興宗教が生まれてもおかしくないな。
そのレベルまで行くと。
「もう、怪異だな」
「え?なんか言った?」
「なんでもねぇよ」
九十九は秀才、黛さんとやらは超天才、ならば春夏秋冬先輩は神才ってわけか。
「・・・・・・・・」
数秒、考えに耽る。
「九十九、ミステリーサークルは"誰も知らない”、これは間違いじゃないんだろうな」
「散々そう言ってるじゃん」
「本当なんだな?」
「な、なんだよ」
事の真偽を確かめるためか、全身に力が入る。
「そうだよ!誰も知らないんだって!」
ヤケクソ気味に答える九十九を見て、僕は力を抜く。
「そうか、安心したよ」
早速思いついたことを試すために、即座に立ち上がって、研究室が乱立する棟へと歩みを進める。
「ちょっと、どこに行くのさ」
「僕は下民なんでね、神の御尊顔を拝して、崇め奉らないと」
「まさか、今から春夏秋冬先輩に会いに行く気なの!?」
「そのまさかさ。神とまで噂の立つ御仁ならば会いに行かないと」
「もう夕方よ!そんな時間に会いに行くなんて迷惑よ」
時刻にして18時に差し掛かる頃合い。
最後の授業のベルがもうじき鳴る時間。
僕も阿呆ではないため、この時間にアポなしの突撃は非常識であると理解はしている。
だが、時として常識よりも優先度が高くなるものがある。
それが、"興味”だ。
「神の如き懐の深さを持つ人なんだろ?だったら、許してくれるさ」
「・・・・・・っ!」
九十九が背後で何やら叫んでいるが、僕には聞こえることはなかった。
なぜなら、僕はその場から駆け出していたのだ。
「ハッ、ハッ、ハッ」
確かめたい。
たった一言で崩れうる理論とも言えない幼稚な発想であるが、それでもこのひらめきを、心の内に秘めておくなど不可能だ。
ガンッ!
乱暴に外と研究棟を仕切る扉を閉じて、僕は静かに、されど早歩きで、何かに導かれるように向かう。
リンゴーン、リーンゴーン。
授業の終わりを知らせる鐘の音が、学校中に重く強く鳴り響く。
それとともに学生は教室から廊下へと、雪崩を起こすように次々とその場を後にしていく。
雑談交じりで先輩諸兄の方々が目もくれず横を通り過ぎていく最中、僕はたった一人の人間を視界に収め続けていた。
その人は周囲の人間とは一線を画した雰囲気を纏っていたため、自身がただものではないことを白状していた。
あまりにも凝視し続けたせいなのか、その人物と視線が合い、用があることを察したのか、周囲の取り巻きにここを立ち去るように指示を飛ばし、その人たちの背を見送った後、改めて僕に向き直った。
「私に用かな、探求者君」
その声は透き通るようなものだったが、それには確かな圧力が混じる。
まるで、蛇ににらまれた蛙だ。
「あなたですよね、春夏秋冬先輩ってのは」
僕は気圧されないように、負けじと質問を投げかける。
「うん、そうだよ。ご存じ、私は春夏秋冬栗花落だよ」
やっぱり。
そんな言葉を紡ぐ必要すらない。
「先輩。失礼ですが、一言だけ質問させてもらってもいいでしょうか」
「いいよ、なんでも聞いてよ」
僕は人差し指を立てて、息を吸いながらゆっくりと持ち上げる。
まるで探偵のように腕を体の前に突き出し、春夏秋冬先輩へと指を指す。
「ミステリーサークル会員ですよね」
どこか確信めいたその言葉は、夕焼けに照らされる校舎へと静かに反響した




