入学式、そして探求へ
人間とは未知である。
異論は求めない。
思い出話から始めるとしよう。
大学一年生、春。
百花斉放、千紫万紅、万花繚乱。
華が咲き乱れ、花びらが舞い散る季節。
そんな時期に、僕はこの大学に入学を果たした。
といっても、補欠合格でだ。
難関でもあり人気でもあるこの大学でなぜそのような例外が発生したかというと、去年の暮れに起きた大事件が原因だろう。
それ以外の原因で、定員割れに近いような倍率になりようもない。
まぁ、そのおかげで僕は入学したのだが。
もちろん、入学式は問題なく執り行われたのだが、その際の記憶は馬鹿だと形容される僕の頭には記録されていない。
覚えていることは、式の後に教務課へと呼び出され、そこの無愛想なお姉さんに言われた言葉ぐらいなものだ。
『この大学において、補欠合格者は貴方だけです。きっと、貴方は大学のレベルについていけないでしょう。故に、授業の全てに出席をした上で、その後の時間を全て勉強に当てなさい。中退と言う間抜けをこの大学から出させないようにね』
怖いお姉さんであったが、その言葉は紛れもない真実だろう。
偏差値60を優に超えるのが最低ラインだと言うのに、僕はそれを優に下回っているのだから。
「であるからして〜」
そんなこんなで、僕は今授業に出席している。
そして、すでにつまづいている。
先ほどから教授の放つ言葉一つ一つが、自分の理解の遥か先に進んでいるため、お経を唱えているようにしか聞こえない。
だが、周囲の生徒はうんうんと頷きながらノートを書いているため、授業を理解しているんだろう。
こうやって、頭の良さの乖離を感じ続けながら、4年間を過ごすんだろう。
「はぁ、諦めて退学届だすか?」
ため息をつきながら、天井を仰ぎ見る。
そこには、煌々とこちらを照らす照明が眺めてくるだけで、それ以上何もない。
一抹の絶望を抱えつつ、十数秒照明と睨めっこをやっていると、ヒソヒソと声を顰めながら前の席の女子大生が話していた。
後ろで天井を睨め付けている変人がいると揶揄していると思いきや、聞こえてくる話はそうでもなかった。
「ねぇ、知ってる?」
興味深い話は、豆知識を披露するような、そんな導入から始まる。
「何を?」
「この大学、都市伝説があるらしいよ」
「都市伝説?」
都市伝説?
その女子大生と同じような反応を僕もしてしまった。
いやはや不思議なものだ。
理系と文系のあらゆる研究がされているこの大学において、そんな不確定要素の塊でしかない単語が出てくるなんて。
「小学生じゃないんだから、そんな話するなんて恥ずかしいよ」
「恥ずかしくないよ!小学生が話しているような可愛いもんじゃないんだから」
女子大生は大袈裟にそう言う。
「じゃあ聞かせてよ、大学生レベルの都市伝説ってやつをさ」
その質問に対して、僕も待ってましたと思いながら耳を傾ける。
「わかった、驚かないでよ?」
そういって、その子はニヤリと笑いながらカバンを漁り、手に取ったそれを机の上へと出す。
「……………?」
僕は頭を少し捻った。
なぜなら、そこにあったのは大学のパンフレットだからだ。
「これが一体どうしたの?」
「いいから、ここからが本番なの」
そうして、パンフレットをペラペラとめくり、サークル紹介のページを開く。
「これだよ、これ」
その紹介ページのサークルの大多数には、そのメンバーの楽しそうな光景や笑顔を浮かべる集合写真が貼り付けられており、新入生を誘うような文言も添えられていたが、その子が指していたのはその中で異彩を放っていたものだった。その名を。
「ミステリーサークル、だよ」
そのサークルは名前だけ載っており、本来画像が貼り付けられている場所にはクエスチョンマークがプリントされている。そして、本来一言添えられる紹介文にはこのような文言が書かれてあった。
『依頼、お待ちしております』
「………………何これ」
意気揚々と語る噂好きの子に対して、相手の子は絞り出すように驚きを口にする。
「これ、どういうサークルなの?」
相手の子は思いついた疑問符を解消するように質問を投げかけると、噂好きの子は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑う。
「それがね、一部以外わからないの。活動内容と所属メンバーが一切明かされてないから、そもそもこのサークルがまだあるかもわからない。でも、毎年必ずパンフレットに掲載されているから、代替わりがちゃんとされているみたいだよ」
活動内容も所属メンバーも不明。
だが、パンフレットには載る。
秘密組織としては公然とし過ぎているくせに、それを隠し続けられているわけか。
そして、大学もそれを認知しているはずなのに、情報の一切が流布されてない。
成程、都市伝説にもなるわけだ。
「一部ってことは、何かわかっているの?」
「うん、これのことだよ」
彼女が指を指したのは、紹介文の中にあった、依頼という文言だった。
「依頼を請け負う。これだけはわかってるって」
「……………それだけ?」
「うん、これだけ」
それだけ!?
軽く明かされた情報だったが、本当にその気軽さしかないようなものだ。
探偵なのか、殺し屋なのか、便利屋なのか、修理屋なのか、何も全くわからない。
全く、わからない。
だから、だからなのか。
だから、"ミステリー"サークルなのか。
「ねぇ、私達でこのサークル探さない?」
「……嫌だよ、そんなわけわかんないこと。私はそんなことよりも、研究者になるんだから」
勉強に悩まされる凡庸な大学生活を送るか、それとも割り切って退学するか。そんな選択肢ぐらいしか思い当たらなかった僕だが、どうやらこの大学に入った意義を見つけてしまったらしい。
「探すか」
善は急げともいうし、思い立ったら吉日とも言う。ならば、逸る気持ちを急かすように行動に移さねば。
ガタン!
高揚のままに勢いよく立ち上がってしまったため、静かな教室にそんな音が鳴り響く。
「ど、どうしたのかね。急に大きな音を立てて」
「すみません教授。僕、お腹痛いので帰ります」
飄々と嘘をつきながらすぐさまリュックを背負い、足早に出口へと向かい、ゆっくりと教室の扉を開く。
コツコツ。
廊下には、僕が早歩きする音だけが響いていた。だが、やがて。
タッタッタッ。
かつてない気分の高まりを感じながら、気づけば廊下を爆走していた。道の先にいた大学生は、迷惑そうな視線やら驚きを示す視線を向けていたが、そんなことはどうでもいい。
「はははは………、はぁ?」
奇異的な目で見られていたのは爆走していることもそうだが、僕が笑い声を上げていたことにも起因はするだろう。
でも、過去の僕が何をやっていたかなんて至極どうでもいい。何より問題なのは、今なのだ。
笑い声を上げていることにも気がつかないほど無我夢中で爆走していたのに、目の前の光景が異様過ぎて足を止めてしまったのだ。
いや、異形すぎてと言うのが正しいのだろうか。
その視線の先には、女の子がいた。
華奢な体つきを覆い隠すようにオーバーサイズの白衣を羽織っており、その胸ポケットには紫色の花が差してあった。
それだけであれば変な格好をしているだけだが、問題はそこじゃない。
彼女の半身は植物に覆われており、頭には角が生えるように木の幹が隆起しており、腕には葉脈のようなものが刻まれている。握りしめている本には指先から生える根が絡まっており、どう考えても人間の姿と思えないものだった。
「……………そう言う場所か」
彼女の異形の姿を見て、テンションがわずかばかり下がることを感じながら、僕はそんなことを呟く。
だが、あんなものよりも僕にはやるべきことがある。
彼女が図書館に入っていくのを尻目に、僕はそのまま大学の外へと走っていった。




