紫苑 ①
思い出話から始めるとしよう。
大学一年生、春。
百花斉放、千紫万紅、万花繚乱。
華が咲き乱れ、花びらが舞い散る季節。
そんな時期に、ここ、心海大学へと入学を果たした。
ぼーっとしている間に入学式が終わり、それから数日が経った現在、授業を肩肘つきながら聞いている。
「であるからしてー」
頭がいい大学には、そのレベルに合わせた教授が授業をする。補欠合格をした僕ではそのレベルにはついていけず、先ほどから放たれる教授の言語はお経にしか聞こえない。
そのお経を右から左へと聞き流している時、近くの女子大生がヒソヒソと声を顰めながらある噂に対して話していた。
「ねぇねぇ、この大学都市伝説があるってサークルの先輩に聞いたんだけど、知ってる?」
「えー、知らない。でも、都市伝説なんて小学生みたいだね」
噂好きの女子大生ってやつか。
そういうのは、どこの大学であろうとも存在するんだな。
「それが、小学生みたいな冗談で済んでないんだって!」
「えー、じゃあどんなものか言ってみてよ」
「わかった、驚くなよ?」
噂好きの女子大生はニヤリと笑いながら、カバンから大学のパンフレットを取り出す。パラパラとめくった後、大学のサークル紹介のページを開き、写真が載っていない場所に指を指す。
「これだよ、これ」
他のサークルには所属メンバーが満面の笑みを浮かべる写真が載っていたが、そのサークルには《?》の画像が貼り付けられている。
一際異彩を放っているそのサークル名は。
「ミステリーサークル、だよ!」
「あ、知ってる。私も聞いた事がある」
「だよね、この大学で結構有名なやつらしいよ」
有名なやつ。有名な都市伝説というわけか。
「そうそう、名前は知られているのに、所属メンバーや何してるか誰も知らないらしいよ!」
「何それ、大学のパンフレットに載ってるのに!?」
「だからなんだよ!だから、1番の都市伝説なんだよ!」
名前はわかっているのに、実態は謎に包まれている。大学のパンフレットに載るほど公然としているくせに、不透明さを帯びている。
成程、都市伝説になり得るほどの条件は揃っているわけだ。
「ねぇねぇ、このサークルを私達で探してみない?」
「いいね、ちょっと面白そう」
その話も聞いて、僕もちょうど思った事がある。
「………探すか」
怠惰で無為な暮らしをしようとしていた大学生活。それが一般的だと思っていたが、どうやら少し毛色が違うものになりそうだ。
思い立ったら吉日と言うため、僕はその場で勢いよく立ちあがる。
「どうしたんだ、まだ授業中だぞ」
驚いた教授はメガネを直しながらそう言う。
「すみません、体調が悪いので帰ります」
僕は堂々と嘘をつきながら、すぐさま鞄を背負ってその場を後にする。
高揚するままに廊下を歩き始め、それはだんだんと早歩きとなっていき、加速していく足はやがて走り始める。
後ろに流れ去っていく景色を背にしていると、ふとある人物が目に入る。
その人物は本を片手に、大学の図書館へと歩いていく所だった。
並の大学生であれば、爆走している僕に対して驚いているだけだったが、彼女はそれに目もくれずただ図書館へと目を向けていた。
それだけなのであれば、わざわざ足を止めてまで見たりしない。故に、彼女の様相は異常。
いや、異形だった。
右半身が植物に覆われていたのだ。
腕には花が咲き乱れ、頭から枝が鬼のツノのように隆起しており、顔には葉脈のような紋様が刻まれていた。
指先からは根が生えており、握りしめている本に絡みついている。
「…………そう言う場所か」
僕は彼女に対して背を向けて、そのまま大学の出入り口を駆け抜けた。




