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人間未満、あるいは未完成  作者: レム睡眠
3章 御厨久遠編
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38/39

自由は終わり、残るは因習

「ハァハァ………」

僕は今、庭を駆け回っている。

まるで雪に興奮する犬のように。

体力はそこそこ残っているが、朝食を食べた直後ということもあり、すでに吐き気が襲ってきている。

そして、そんな僕のコンディションなどフル無視し、全力で追いかけ回しているのは、無論双子である。


「待て待て!」「逃げるな怪人!」


そう、朝のプリキュアごっこをしようということになったのだ。ちびっこと戯れることなど容易いと思っていたが、どうやらそれは当てが外れたようだ。暴れることに余念がなく、力の限りに拳を体へと押し付けてくる。必殺技とは名ばかりの殴打をすでに五発ほどもらっており、内二発で打ち身ができた。


「ハァハァ、子育てってむずいんだな。てか、体力ありすぎだろ」


走り始めて10分。僕は全力ではないが、双子は必死に追いかけている。それでも、息が上がっている様子がない。


「遊びに飢え過ぎだろ!軽くフィジカルモンスターになりかけてんじゃねぇか!」


「逃げるな卑怯者!」「お前はここで殺されるんだ!」


表現が物騒だな。

まぁいい、どうせ殴られるだけで済むなら止まるか。


「逃げるのやめたよ」「じゃあれだ」

「「必殺技だ」」


双子は勢いよく飛び上がる。子供とは言えない滑らかな体勢移動を披露し、僕に向かって両足を突き出す。

そう、ドロップキックだ。


「あ、死ぬかも」


わずかな死の匂いに怯えていた所、一人の影が僕の目の前に姿を現す。


「やりすぎじゃな」


そう言って、双子の足を掴み取り、ぶらりとぶら下げる。


「天ちゃん」「天ちゃんだー」


そこにいたのは橙色の髪をしたーー。


「何回も説明せんで良い。殴ったんじゃから、見覚えあるじゃろうが」


神であろうその女は、以前纏っていた雰囲気が無くなっており、普通に見れば完全に近所のお姉ちゃんだ。


「お主も物好きよな。ここに居座るなんて」


双子をゆっくりと下ろし、神は僕に向き直る。


「ふーん、こんな奴があの弟の姉のね。どうにも腑に落ちんが、変な奴には変わりはないわけだ」


「あんたほど変な存在もないだろうにな」


「あんた、なんて二人称なんて呼ぶんじゃない。儂には名前があるんでな、そっちで呼んでもらおう。じゃないと」


神が私情で拳を構えるのは如何なものか。


「いや、あんたの名前知らんし」


「ならば教えてやろう。儂の名前は天縁(あまより)。正式名称はもっと長いが、まぁこれで良い」


よくわからない自己紹介だ。

というか、テキトーだ。


「天縁様って呼んだほうがいいのか?」


「敬称はつけるのに、敬語は使わないのか。変な奴だな」


「初対面で拳を打ち込む奴は敬意を表するに値しない」


「それはお前に常識がないからじゃ」


「失礼な奴だな」


「お主もな」


警戒し続けるのも疲れた。

もういい、殺されたときはその時に考えよう。

僕がそんな無駄な思考を費やしていた時、双子は僕らの会話に飽き、二人揃って家の方向へと走っていった。つまり、神と二人きり。

早速殺されるチャンスが訪れた。


「それで、僕に何か用がおありで?」


「あぁ、神楽にも言われたんだがな、儂はどうにも世界を知らなさすぎると言われたんだ」


「神だけに、神社(はこ)入り娘というわけか」


「誰が引きこもりじゃ。儂は最近生まれたばかりなんじゃ」


「へー、神が生まれることなんてあるのか」


「日本は八百万いると言われてるんじゃぞ?どれだけの生き死にがあると思うんじゃ」


神ってずっと生きてるもんじゃないのか?

人間じゃあるまいし、死なんて概念なんてそれこそ縁遠いだろ。いや、神殺しの神器なんてものがあるのを考えると、殺人ならぬ殺神が起きてもおかしくないのか。


「流石に人間のサイクルよりはいくらか緩慢じゃがな」


「とってつけたように語尾入れてんじゃねぇよ。所々違和感感じんだよ」


「五月蝿い、神キャラといえば語尾はのじゃキャラだと相場が決まっておろうが」


「お前、さてはアニメとかラノベとかどっかで見やがったな」


こんな馬鹿な奴が神だなんて、残りの799万そこいらの神様ががっかりしそうなものだ。いや、教育体制がまともに整ってないところを考えると、人間同様に興味がないとも言えるのか。


「それで、世界の何を知りたいんだよ。僕は森羅万象を知ってるわけじゃないから、そこまで教えてやれることはないぞ」


「いや、私が知らんことはお前は知ってるよ」


天縁は僕を見つめながら静かに口を開く。


「怪異、そう呼ばれる存在はどう言ったものだ?」


確信めいた口調で。怪異という現象を。


「お前は怪異に造詣が深い。なぜそう思ったかなんていいたけだが、儂が怪異と口にした瞬間の表情とか色々要因はあるが、神楽の姉……御厨久遠を名乗る怪異を連れ込んでいる時点で、語るに値しないとも言える」


どうやら認識を改めなければならない。

赤ん坊であろうとも、神であることに変わりはないと。


「専門家のように扱ってくれて大変ありがたい所だけど、僕はさして怪異に詳しいわけじゃない」


「その心は?」


「僕はあくまでも人の相談に乗っただけ。その向こうに怪異がいただけ。その人の問題解決が、図らずも怪異事件の解答につながっていただけだから」


さらに、図書館で読んだ本の知識を記憶の底から引き摺り出す。


「それに怪異は自然発生するものだ。生きているだけで人に害意を為す………、というのはいささか言い過ぎだけれど、それでも神と同様に理不尽な存在ではある」


少し自論が混ざってしまったが、馬鹿な神様に正確な知識を与える必要もあるまい。


「理不尽………ね。それを解決できる人間こそが、"専門家"とは言わないのかね」


現代日本では怪異自体に首を突っ込む人間が希少存在であって、それに倣って怪異も非常に少ない。それを十数回解決しただけで専門家とは名乗れないだろう。


「違うね。名乗るのであればそれについてちゃんと研究して、世に伝え広げる人間をそう言う。僕はそんなことしないし、世に伝えるなんて大義名分はどことも知れない他人に譲るよ」


僕はそう言いながら、足の疲労を取るために、丁寧に整理された芝生の上に腰を下ろす。


「どうした、いきなり座り込んで」


「疲れたんだよ。僕をどう思ってるか知らないが、お前らみたいにフィジカル強くないんだよ」


「お前が弱いんじゃないのか?あの双子はどう考えても年若いくせに、体力はお前以上にあるじゃろ?」


取ってつけたように語尾つけたな。


「だから、あの二人がおかしいんだって。学校に行って身体測定でもしてみろ。同級生は仰天のあまりひっくり返ることこの上ないぞ」


大の字になりながら、投げやり気味に抗議する。そんな僕の様子を気に求めず、顔を覗き込みながら天縁は言う。


「学校………、学校か。聞いたことあるぞ、6〜22歳の子供がでかい建物の中で、指導という無個性を助長するような強烈な統制システムが教師共の手によって行われる場所じゃな?」


「言い方に悪意しか混じってないが、本質的な話をするなら合ってるな」


僕は暢気にそう言うが、それを見た天縁は家の方向を指差しながら言う。


「あの子達、そんな場所に通ってないぞ」


「は?」


「だから、あの双子は学校行ってないって」


驚きのあまり間抜けな返事をしてしまったが……………。


「ぎ、義務教育!そういうのは義務教育で決まってるだろ!戸籍やらなんかを市やら区やらが管理して、年齢に不相応なことやってたら児相かなんかが飛んでくるはずだろうが!通わないなんてそんなこ……………」


思い浮かんだ事実がそのまま脳裏に浮かぶ。

そして、それがとても残酷であることを。


「嘘だろ………、そこまで、そんなにも終わってんのかよ」


「なんじゃ、どうしたんじゃ急に」


「天縁、学校に行かないってのは、現代の日本においてあり得ないことなんだよ。義務教育ってのがあってな、それが憲法違反なんだよ」


「なんじゃ急に、つらつら色々言いおって。何もわからない。めちゃくちゃに、それこそ七花八裂じゃ」


間違って欲しい。

そんな願いとは裏腹に、否定材料が集まってないこの状況下で、それを納得させるだけの肯定材料がある。あってしまう。

だから、僕はそれを口に出すしかない。

確かな否定を得るために。


「戸籍が………、生まれたという事実が、あの双子にはないんだよ」


「………戸籍?そんなものは生まれた瞬間に発行されるべきものじゃろ?ないだなんてそんなことあり得るわけが…………」


「あり得るだろ。あり得ているんだよ。そりゃ病院とかで出産しているなら、なんらかの記録に残るだろうから、隠し通すなんて真似は決してできない」


できないことではない。そしてあり得ないことではない。自宅で変調して産んでしまったとか事例はあるだろうし、駅のトイレで産んで放置したとかの事件も報道されるぐらいだ。


「身内だけであの双子を産むことができたんだ。それも家でな」


「おいおい、いくらなんでも」


「否定したい気持ちはわかる。存分にな。でも、僕にはわかる。外の世界を知らないから、この家の異常性をそのまま受け入れている」


見落としていた事象と推測可能な真実が結びつく。僕は思わず眉間に皺を寄せたが、それでも少しだけ先輩である僕が教えなければならない。


「人とは等しく醜い生き物だ。他者と比較し優越感を煽り劣等感を抱かせる。大抵は争わないと生きていけないし、大多数は多少なりとも薄汚れている。清廉潔白な人間なんて、一握りのごくわずかな人間だ」


そして、膝を抱える。


「あの双子は純粋すぎる。無垢すぎる。外の世界を知らないから、ここが異常だと知らない。わからない。比較対象がなければ、善し悪しを推し量ることができないからだ」


暴いた事実は実にひどく目も当てられようもない。双子を社会的に排除したばかりか、家庭という狭い環境ですら弾き出している。

こんなことが許されていいのか。


「行かなきゃ」


ふらりと立ち上がって、近くの茂みの方へと踏み出そうとする。が、それは後ろから袖を掴まれ阻まれる。


「待て。そんな怖い顔でどこに行く気なんじゃ」


「離せよ似非神様。僕はあのクソ頭首をぶん殴ってやらんと気がすまないんだよ」


「やめとけ、お主一人じゃ死ぬのがオチじゃ」


「うるせぇ!人も救わねぇような神(おまえ)に、僕の行動を止められる権利はない」


僕が放った怒号に対して、天縁は襟から手を離す。再び歩みを進めようとすると、胸ぐらに手を滑り込まれ、そのままぶらりと持ち上げられる。


「人も救えんとはよう言うた。生まれてからこの半年、解決策も見出せんこの儂に対して、そこまでの無様を口に出してくれたな」


「それはテメェが…………」


喧嘩腰に反論しようと言葉を探したが、それは天縁から流れる一筋の涙によって中断された。


「この家がおかしいのはわかっている。だが、儂は中途半端じゃ。魑魅魍魎を払う法術はあるし、空間ごと削り取るような念動も持ち合わせておる。だが、儂はこの状況を打破するアイデアが思いつかん。何をしたって、どうしたって、こんな馬鹿な行為でも人の営み。儂の暴力だけで片がつくほど甘くない」


生まれたばかりとはいえ、仮にも一端の神が僕の苦言で怒るとは。だが、怒れるってことはそれだけに本気ってわけか。


「それで、お前が無能だからって僕が止まる理由にならないんだけど?」


「"今はやめろ"。"手ならある"。それが解決になりうるかもしれん。だが、時期じゃない。お前はまだここにきたばかりだが、きっとイレギュラーは起きる。というか、今も起きている。だから、神(わたし)の前でわざわざ死ぬような真似はやめろ。それこそ、私が救えない証明になる」


天縁の表情を見て、すぐさま怒気が失せた。僕は客観的に人に優しいと思われているようだが、漸くそれも自覚ができそうだ。先ほどまで激情に駆られていたのに、今は泣き顔を晒されただけでひどく冷静になっている。

そして、繰り出された発言が間違いとは思えない。感情が突き動かされたのかどうか分かりかねるが、これは優しいのではなく甘いではなかろうか。


「わかった。僕も他人を困らせる趣味はない。今は拳を収めるよ」


拳をポケットの中に突っ込み、飲み込んだ怒気を消化させる。


「お客人、少し宜しいですか?」

「………っ!?」


背後からの声に振り返ると万歳さんがいた。


「万歳さんっ!?」


神出鬼没ってか。なんでもありだなこの家。


「あれ、誰かとお話ししてませんでしたか?」

「え?」


視界を戻すと、そこには誰もおらず、広がる芝生が風に揺らめくだけ。

万歳さんが苦手なのか?


「お客人、少しついてきてくれませんか」


「どこにですか」


「そこはあれですよ。ついてからの楽しみってやつですよ」


警戒のあまり疑問を口にしたが、どうやら正解のようだ。実は地下に牢屋があって、実はそこで残虐非道な拷問があって、実は実は奴隷という昔ながらの概念があるとかか。


「菖蒲様が久遠様のお話をしたいとのことで、お呼び出しがかかっているんですよ」


菖蒲様?あぁ、先輩の母親か。


「わかりましたけど、どこにいくんですか?」


「勿論、本家ですよ」


本家ね。気に食わないな。


「いいですよ。その代わりーーー」


離れの家を指差し、縁側で楽しそうに遊ぶ双子に照準を合わせる。


「あの双子も連れて行かせてください」

そう言うと、万歳さんの顔色が少し変わった気がする。


「どうして………ですか」


「僕はこの家の人間じゃない。だから、ここのルールに則らない。あの双子を本家に連れて行って、せめてここ以外を知らせる。なんだったら外出までさせる。そんなことでここがあの双子の縁を切るんであれば、行政の力を借りればいいですから」


ここでこんなことを言うのは間違いだとは思う。しかし、見て見ぬ振りをして黙っていられるほど、観客に徹せられない。どっちつかずになるぐらいだったら、一瞬に命をかけて死ぬほうがマシだ。


「当てはあるんですか」


「まぁありますよ。いや面倒見る甲斐性は僕にはないですけど、それでも手を伸ばすために知恵を出す人たちを知っている」


確信を持てる。まぁ何度か土下座をする羽目になるかもだけど、こんなとこに居させられるよりマシだから。だから。


「あの双子を連れて行かせてください」

他人任せが根底にあるなど、意見にしてはだいぶ軽さがあるが、それでも下手に格好つけるよりマシだ。


「そうですか。お嬢様はいい友人を持たれたのですね」


万歳さんは少し笑い、そして続ける。


「あの日、見逃したのは正解でした」


見逃した……か。

そうか、先輩はここで育ち切ったわけじゃないのか。だから今は自由なのか。


「わかりました。朔様と盈様のことは後で合流させます。とりあえず、菖蒲様とお話を優先してください。何、私だけだったら一人が限界でしたが、三人いれば二人ぐらいは逃がせますよ」


三人で本家に乗り込んでも、僕はともかく双子は連れ戻されるだけか。疑いは晴れてはないけれど、この人を信じるしかないな。


「わかりました。信じます。して、その本家とやらにはどうやっていくんですか?」


そういうと、万歳さんは僕の横を指差した。

ここの離れはそもそもぐるりと林に囲まれている。僕をそもそも誰がどうやって運び込んだのか疑問であったが、林の外から来たことは間違いない。故に、林の方向を指されるのは必然だったわけだ。


「ここを10分ほど進むことになります」


「10分。思いの外大したことないですね」


「適切な方向に適切な角度で進まないといけないので、道を知ってないと迷いますよ」


「天然迷路ってことですか」


「いや、人工迷路ですよ。全て御厨家が植林しましたから」


400年という年月は伊達じゃないってわけか。


「それでは行きましょうか」


万歳さんはキビキビと体を動かし、林の方へと向かっていく。


「……………」


ついていこうと踏み出そうとしたが、僕は思わず振り返る。縁側で疲れ果てた双子がすやすやと寝ている。あどけなさしかないその表情を撫で回してやりたいとこだが、今はそれはできない。


「必ず、絶対に、助けるからな」


その場に決意を言い残し、僕は林の中へと入って行った。

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