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人間未満、あるいは未完成  作者: レム睡眠
3章 御厨久遠編
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証拠は出揃い、照明は当てられる

「…………ここまでが、こーちゃんが中学生までの話です」


「へー、そう聞くと後輩くんは落ち着いたんだね」


今では僕と言っているのに、俺だと名乗っていたとは。特段珍しいものではないが、成長するにあたって謙虚になっていったんだろう。


「白ちゃんは大学生になってからどう?」


「うーんそうですね、実感がないってところでしょうか。一人で暮らしているのは新鮮ですけど、それ以

外は今までと何も変わりませんよ」


「へー、一人暮らしなんだ。実家はどこなの?あいや言いづらかったらいいんだけどさ」


「千葉県ですよ。もちろんこーちゃんも」


紬ちゃんは福岡県だし、旭くんは私と同じ新潟県だ。春夏秋冬先輩は島根県って言ってたし、たしか久遠ちゃんは三重県か。なんとまぁバラエティ豊かだこと。


「ちなみに単純な疑問なんですけど、先輩方はどこでこーちゃんと知り合ったんですか?」


その質問は当然だ。そして、その回答は用意してある。


「最後の探求者だったからだよ」


私はにこやかにそう言うと、納得したように白ちゃんは頷く。


「あ、成程」


忘れがちだけど、『探求者』の称号は大学においてアイドル並みの名声を得る。端的に言えば有名になる。春夏秋冬先輩が始めた制度の為、卒業と共にその文化は薄れてしまったが、後輩くんは最後ということでその影響力は少なからず残っている。

なぜなら、彼がミステリーサークルを見つけたのではないかと噂されているからだ。

結局それは的を射ているわけだ。

春夏秋冬先輩を創設者と見抜くのは当時の影響力を見ればなかなかの肝の座り具合だが、それぐらいでなければできなかったのだろう。見つけるべくして見つかったというわけだ。


「先輩も私もミーハーだったというわけだよ。モデルで有名人な私だけど、大学内とは言え私と匹敵するとまで言われてたからね」


「成程、こーちゃんも罪な男ですね」


ピピピッ。

姦しく話していると、スマホからタイマーの音が鳴り響いた。


「30分経過したようだね。紫苑ちゃんとの約束もあるし、そろそろ行こうか」


「そうですね。じゃあ、また今度ね」


「はい、また話しかけてください」


白ちゃんを背に、私らは再び図書館へと戻る。すると、椅子の上で足を組んで静かに読書をするしーちゃんがいた。横のテーブルには本の小山が出来上がっており、それは仕事を完遂したが故の余裕だと分かった。だが、なぜか読書する彼女の顔は厳しい。


「しーちゃん」


図書館であるため、そのルールに則して大声を張り上げず、届いたかどうかわからないほどの曖昧な声量で声をかける。


「あ、先輩」


私たちが近づくと本を閉じて、その場ですくりと立ち上がる。


「結構余裕があったみたいだね」

「本を探すだけでしたので。まぁ捜索にかなり時間がかかると思ったんですけど、それすらも覚えていたので10分ぐらいで終わりました」


さらりと言っているけど、かなりとんでもないな。


「それで律儀に待ってくれてたわけだ」


「探しにいったんですけど、仲良く談笑されてたのでやめました」


「そっか、ありがとう。それで隣にある本がそうかな」


「そうです。少し思い出すために読んだのですが…………、いや実際に読んだほうがわかると思います」


なんだ、随分と含みがある言い方だ。


「燕先輩、読みましょう。時間稼ぎと言っても、いつまでも我らが後輩を危険に晒しておけないですよ」

彼ならなんやかんや無事な気もするけど、早く解決するには越したことはないだろう。


「じゃあ、手分けをしよう」


「いや、ちょっと待ってください」


そう言ってしーちゃんは本の山から一冊の本を取り出し、迷うこともなくペラペラとめくる。


「145ページ……、145ページ….、あっここだ」


親指で開いたページを固定し、そのまま二人へと紫苑は手渡す。


「これを見ろってことかい?」


「それは言わずもがな、ってやつですよ」


その本はこの大学で珍しく置いてある自著本の一冊であり、その著者は民俗学や伝承学に深く精通している。そんな人間の知見と経験の髄が込められたのがこの本というわけで、怪異の代表例のようなドッペルゲンガーの記載はもちろんある。


「ありがとう」


しーちゃんから本を受け取り、本の内容を右から左へと目で追う。いつもの天体観測のように、微光星すら逃さぬ眼光で、記載内容を脳内に焼き付ける。

そしてーーーー。


「はぁ?」


本を読んでから十数秒。

私はなんとも間抜けな声を上げた。


「え、燕先輩どうしたんですか」


後ろから久遠ちゃんの声が聞こえ、私の意識は動揺から回復する。


「い、いやなんでもない。久遠ちゃんもこれを読んで。私はしーちゃんと話す」


しーちゃんは真実ににじりよった私に対して、少しだけ険しい顔を浮かべる。


「しーちゃん、あの本に書いてあることが本当なのかい…………」


あくまでも冷静に。

私は落ち着き払った先輩として後輩達にあるべき姿を見せてきたはずだ。怒鳴るなんてそれに対極に位置しているし、図書館はそもそも大声を出していい場所ではない。


「本当かと言われると、私自身が検証したことがないのでわからないとしか言えません。ですが、人生全てを検証するなんてことができるわけがないので、そういう時は専門家の言うことを信じるほうが簡単ですよ」


「随分と回りくどい言い方をするね。つまり、何が言いたいんだい」


「私は本当だと思う、ってことですよ」


本当だと思う。

本当だと思うだって?

あれが、あんなものが。


「ドッペルゲンガーは怪異として凄まじく優秀だと書いていたよ………。それは客観的に見れば本物に近く、偽物であることを看破することはほぼ不可能。つまり、偽物の完成形だと」


「………そうですね。狐や狸は人を真似るとは言いますが、ドッペルゲンガーの場合は人を着ると言うのが正しいんでしょうね」


人を着るか。

正鵠を射るような発言だ。

まるでモデルである久遠ちゃんを皮肉ったような。


「そして、こうも書いてあったよね。偽物と本物の判別方法は、現時点で見つかってないと」

「そうですね、だからこう書いてあった」



「「偽物だと思う方を殺すしかないと」」



かなり乱暴な理論だ。

だがこの場合は簡単だ。

ドッペルゲンガーがどっちかはっきりしているから、後輩くんに目の前の久遠ちゃんを殺せと言うだけだ。


「でも、そんなこと言えるわけない」


言ってることは人殺しだ。

いや、厳密には怪異殺しだ。

それでも人の形をしている以上、人でないと割り切れるのかと言う話だ。

そんなこと、私にはできない。


「…………くっそ」


ここまできて行き詰まりだ。

どこかに打開策でも埋まってないのか。

こんな時、こーくんならどう動く。


「………殺すしかない、か。随分と乱暴な理論ですね」


私が俯いていると、遅まきに読み終わった久遠ちゃんが呟く。



「しーちゃん、どうしたらいいと思う」


私は思わず、目の前の少女へと助力を求める。


「わかりません。分かりませんけど、ここで議論するより、現場に行ったほうがマシだと思いますよ。死にはしなくても、無傷じゃいられないはずですから」


しーちゃんは左手を指差しながら冷たく言う。


「うぐ……、たしかにそうだね。久遠ちゃん、後輩くんの居場所ってわかるかな」

「えぇ、ちょっかいかけるために発信機つけてますからね」


おい、それは犯ざ………。


「ううん、気にするのは後。とりあえず、後輩くんのところに行こうか」

「分かりました。誰かにバイクを借りて正面口に持ってきますから、先に行ってますね」


そう言って早歩きで廊下へと出ると、そのまま走って消えていった。


「歩いたらちょうどいいぐらいかな。じゃあ、私も行くよ」


しーちゃんを背に、そのまま入り口へと歩き始める。数歩歩いた後、服の方からわずかに抵抗力を感じ、後ろを振り返るとしーちゃんが引きずられていた。


「せ、先輩」


「あれ、しーちゃんどうしたの」


腕を掴み勢いよく持ち上げ、その場ですぐさま立ち上がらせる。思わぬことが起きたせいなのか、しーちゃんは目を白黒としていた。


「先輩、力強すぎじゃありません?」


「突然変異なんて言われてるからね」


「金メダル目指せるんじゃないですか?」


「興味ないよ。今は研究が楽しいし、普通のゲームにチートが紛れるのはしらけるでしょ」


旭くんも同じ事を言ってたけど、打ったり蹴ったりするボールを一撃で爆散させる人間と戦いたくはないだろう。つまり、ゲームにならない。これは決してバカにしているわけではなく、私自身が普通と乖離している証明なのだ。


「先輩、伝言です」


しーちゃんはそう言って一つの紙片を前に突き出す。


「ヒントはここにあるそうです」


回りくどいヒントの出し方。

それに直接的ではなく、間接的にやる……か。

このヒントの出し方はすごく覚えがある。こう言うところがミステリーサークル内でも評価が高い理由なのだろう。先輩に聞いたら、『不要だと思うけれど、一応用意した』なんて言いそうだ。

先輩自身がいつもそっけない態度をしているつもりだけど、こうやってヒントを出しまくっている時点で、気にかけてくれていることがわかる。


「そうか、ありがとう」


私はその紙片を受け取り。


「でも、いらないんだ」


ビリィ。

燕はその場で破く。

もちろん、中身が読めないようにバラバラに。


「春夏秋冬先輩にはよろしく伝えといて。じゃあ、行ってくるね」


そのままスタスタと振り返ることなく歩き、燕は図書館を後にした。

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