因習に、歴史あり
親子らしくない挨拶を交わした後、僕らはそのまま屋敷の中へと案内されることとなった。
菖蒲さん、僕、万歳さん、ドッペルゲンガーとよくわからない並び順になったが、話し相手を失った僕は……。
「……………」
黙した。いや、黙するだろ。
あんな厳かな雰囲気を纏っていたのに、そんな人から馬鹿娘なんて言葉が飛び出て、何を考えてるかわからんがドッペルゲンガーは中指を立てるし。特殊な状況に放り込まれてんのに、容赦なく進むから、そりゃ脳内ツッコミも捗るだろうさ。
「「「………………」」」
僕以外も喋らないし。
気になることはそれだけじゃない。
ミシ。ギシ。
古屋であるから僕の足元から音が鳴るのは理解できる。が、それ以外から足音がしない。
そういう特殊な歩法でもあるんだろうか。
僕が脳内でワイワイガヤガヤしていると、菖蒲さんは唐突に座り込み、両手で横にある襖をゆっくりと開ける。そして、部屋の奥にいるだろう人物に深々と礼をする。
その光景に僕が呆けていると、万歳さんから背中を指でせっつかれたため、そのまま客間の中へと足を運ぶ。
すると、その中は伽藍堂だった。
というよりも、ひどく奥行があり、部屋が10個ほど連なっているんだろうか、分割しているはずの襖は全て開け放たれており、その奥には高そうな紫色の座布団で正座をしている人物がいた。
「頭首が奥でお待ちです。どうぞ、ゆっくりと歩いてください。そして………」
菖蒲さんは下げていた頭をあげ、僕の方を見ることなく、ただ正面だけを見据えて言う。
「失礼することはないと思いますが、礼節を欠かないようにお願い致します」
菖蒲さんが言い終わると、再び万歳さんが指でつつく。まるで、応えることなく、黙って先に行けと言わんばかりに。
「……………」
言いたいことはいくらでもあるが、取り留めのないものだったため、それら全てを奥に引っ込めて、提示されたやることを実行する。
歩く。歩く。歩く歩く歩く。
歩くたびに、部屋を跨ぐたびに、四方で正座している人々がこちらをじっとりと見ている。その後ろにある襖の隙間、そこからは大量の視線を感じることができ、目に見えている人数を間に受けてはならないことがわかる。
………成程、そう言う場所か。
入ってから圧倒されていたが、ここまでくれば一周回って呆れる。
開始5分、互いに自己紹介も済んでないと言うのに、家出する理由がよくわかってしまった。
そんな批判をしている最中でも足は動いており、気づけば目の前には頭首であろう人物がいた。簾に全身が覆われており、背後にある光でシルエットだけをこちらに写す。
まるで、時代劇のお殿様のような感じだ。
幕末ならばいざ知らず、400年も経過した平和な現代だというのに、顔も見せないというのは如何なものだろうか。はぁ、やはりこういうのは肌に合わないな。
ため息交じりで歩いていると、足元には座布団が転がりこんでおり、つま先が触れようとする直前だった。
「ッ!」
この場で勢いそのまま蹴ってしまう、なんてことはできないため、僕は全身の筋肉を震わせ、発生させた運動エネルギーを最小限の動きだけで消費し、手前で止まることに何とか成功する。
僕がそんな労をしているころ、横にある座布団にドッペルゲンガーはすでに座っていた。
縛りまみれのこの家ぐらいでは淑女然とすると思い込んでいたが、どうやらそれは幻想らしい。
こいつ、胡坐をかいてやがる。
「どうぞ、お客人も座り給え」
頭首が静かにそう言う。僕に向かって言われているのは明らかなため、
「失礼します」
と一言断りを入れてから、姿勢正しく正座をした。
「では、少し落ち着いたところで挨拶を」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
その言葉の後、誰も言葉を発しなかった。
え?これはどういう状況だ。
「挨拶を」
挨拶をって、頭首様が言われてますけど。
こういうのは四方八方を囲んでいる家臣のだれかが紹介するんだろ。
順番ぐらい決めてといてくれよ。
「・・・・・・・成程」
頭首はわずかな嘆息を含みながらそういうと、再び口を開く。
「挨拶を、お客人」
おっけい、嫌いだわ。
「失礼しました。僕は横にいる・・・・久遠さんの後輩で、趣味特技ともに人間観察です。僕自身まったくもってこの家に用件などはありませんが、先輩が実家に十戒を置き忘れたとやらで無理やり連れてきたんですよ。これは誘拐事件であり、訴訟ものですよ」
嫌味、そして後ろにいる万歳さんが喜ぶようにユーモラスを含めてやった。
「左様ですか。どうやら娘が失礼したようで」
皮肉は通じず、苛立ちもなく、無関心って感じか。
「して、何円欲しいんですか」
そして、冗談も通じないか。
重症だな、これは。
「父上、これは与太話ですよ」
痺れを切らしたのか、ドッペルゲンガーは強引に割って入る。
「相変わらず頭が硬い。そんなだからわからないんでしょうね」
すると、簾の横にいた人間がすくりと立ち上がり、早歩きでこちらへと近づき。
そしてーーーー。
「不敬也」
無表情に、ドッペルゲンガーの顔面を蹴り上げた。
「ッ!」
ドッペルゲンガーは声を出すことなく、その場で仰向けに倒れる。
「姉上。貴方がどれほど外界でお遊びになられたかは知りませんが、酷い育ち方をしたようですね」
ドッペルゲンガーは見上げ、その青年は見下す。まるで汚物でも見るかのように。
「神子、控えなさい」
「なりませんよ、父上。私達は400年以上連綿と続く
御厨家。こんな姉でも家系図に名を連ねているんですから、躾はしないといけませんよ」
そう言ってドッペルゲンガーを再び見下ろし、青年は拳を振りかぶる。腹部目掛けて勢いよく拳は突き出されるが、それは命中することはなかった。
「っ痛ぇ!」
なぜなら、僕が止めたから。
「鍛えているってのは嘘じゃないみたいだな。受け止めるつもりだったのに、掌で邪魔するのが精一杯だった」
手は真っ赤に染まっており、先ほどまでの威力を物語る。
「客人、これは身内の問題です。邪魔しないでいただきたい」
「邪魔しますとも。僕はこの人の後輩ですからね」
「何ですかそれ、議論しているつもりですか」
「していますとも。人を助けることに理由なんていら
ないのに、後輩であることを理由づけしてるんだから、十二分なぐらいだ」
飄々と僕は言う。
厳密には嘘である。が、それは今問題じゃない。
「ならば、警告しましょう。その女を、姉を躾ける上で邪魔しようと言うのなら、貴方から排除しますよ」
拳を握りながら平然と言いやがる。
警告するだけまだマシってことか?
チッ、僕もこの家に慣れつつあるな。
倫理観のハードルをつい下げてしまった。
「上等。殴るなら僕から殴るといい。人が暴力を振るわれている様なんて見てらんないんでね」
「そうですか」
すると、体の向きを瞬時に僕の方向へと変え、男は拳を力の限り引き寄せ、鳩尾目掛けて強く捩じ込む。
「ガハッ」
見切るつもりはなかったが、全くもって見えなかった。
「…………な、お、おま」
拳の重さはさっきの比にならず、前の痛みもあってか意識が薄れゆく。
「まさか………」
言葉を紡ごうにも、口はそれ以上動くとなく、体は言うことを効かずぐらりと倒れゆく。
そんな中、殴られた瞬間の言葉を反芻していた。
「だから………」
わずかに残った視界の中で、申し訳なさを滲ませながら彼は僕を見届ける。
「だから、警告したのに」
⬛︎
目を、覚ます。
開かれた視界には、無論知らない天井。
酒飲みであれば知らないうちに帰宅なんて芸当ができたが、僕の年齢ではちと足りない。
心情的には帰宅して欲しかったが、願いなどは現場に居合わせる前に神に言っておくべきだ。故に、それは叶わない。
まぁそれはそうとして、それはいいとして。
「あ、起きた」「起きたー」
元気な声が二つ聞こえる。
確認するために起き上がると、こちらを覗き込む座敷童。いや、少女がいた。
暫く目を見合わせた後、「「わー」」と言いながら僕の目の前に二人並んで立つ。
「起きた」「起きたね」
「どうする」「どうしようか」
「倒す?」「倒しちゃう?」
「悪人かな」「悪い人かな」
「どうかな」「どうだろう」
小学生だろうか。予測するなら7歳。
和服を当然のように着込み、黒髪おかっぱの双子。それが顔を見合わせながらボソボソと何か言っている。
突っ込んで良いかな、そろそろ突っ込んで良いよな。
日本昔話じゃねぇんだぞッッッ!
「あー、そのー」
かける言葉が見つからず、組み立てる言葉などもなく、テキトーに話し始めたところ。
「「喋ったぁぁぁぁぁぁ!」」
「喋るわぁぁぁぁぁぁぁ!」
あ、やべ。
勢いで突っ込んじまった。
「「・・・・・・・・・」」
僕の大声はあちこちに反響していき、そのせいか双子は黙ってしまった。
「えーっと、ごめん……なさい?」
謝る場面がよくわからず、疑問形になってしまった。
「何で謝った?」「謝った?」
「悪い人じゃない?」「悪い人じゃなさそう?」
「「それじゃあ良い人」」
結論雑やな。
まぁ、そこはスルーだな。
「私は御厨朔耶」「私は御厨盈月」
二人とも名乗り、どこから取り出したわからない女児向け玩具を振り回しながらポーズを決める。
「「ふたりはプリキュア!!!!」」
そして背後で爆発が起きて、二人の存在感を強調する。
…………そうだったら、何と楽しい世界だろうか。
「あー、えー、プリキュアさん達よ。ここがどこか教えて欲しいな」
「教えて欲しいんだって」「だってね」
「わからないのかな」「じょーしきがないのかな」
「馬鹿ってやつじゃない?」
「そうだね」「そうかも」
「おにーさんはバカーーー」
「じゃねぇよ!」
はぁ、この双子はつくづく突っ込ませたいらしい。勘弁してくれよ。
「僕はここに来たの初めてなんだよ。教えてくれると助かるんだけど」
「初めて?」「初めてって」
「「お客さん??」」
「まぁ、おそらく」
殴られたし、殴られたけど。
客人って言われてたし、そうだと思う。
「あ、万歳が言ってた不思議な人ってやつだ」
「あ、階段でフラフラしてた人だって言ってた」
あの道、監視カメラあったのかよ。
「それで、此処はどこなんだよ」
「此処?ここはハズレって奴だよ」
「外れ」
「ハズレだよ。私達みたい人が、こうやって遊んでも良い場所なんだよ」
なんだ、ニュアンスが違う気がする。
「私達みたいなって、どう言う意味だよ」
「そのまんまの意味だよ。みんながいる大っきい家から離れていて、お手伝いさんが何人かいるだけ。あとは誰も来ない」
答えにはなってない。
でも、言っている意味は理解できる。
だが、理解したくはない。
「大丈夫、なのか」
僕は絞り出すように呟く。
だが、帰ってくる言葉は無情を極めていた。
「何を言っているの」
「「じょーしきじゃん、そんなの」」
……………そうか。
「そうだな、僕が馬鹿だった。悪かった」
「やっぱり馬鹿なんじゃん」
決めた。
頭首の目の前まで行って、簾越しに拳を捩じ込んでやる。
「しかし、やることないな」
周囲を見渡しても、四方八方襖で囲まれている。親類
の家、ないしは友達の家であれば探索を試みるが、先輩の実家(因習家)だ。デスゲームの如く、選択肢の一つでもミスったら即死させられかねないため、下手に動けない。
いや、動かないのも一つの選択か。
「と言うわけで、プリキュアさん達、怪人には困ってないかね?」
「「遊んでくれるの?」」
双子は目を輝かせながら僕に迫る。
これだけで、胸が詰まりそうになる。
知らない人間にそう言わしめるほど遊び相手がいない。散々味わってきたが、この事実が一番心に来る。
「気絶させられたのにすぐに遊ぼうとするとは。全く、逸材にも程がありますよ」
「ッ!?」
後ろから声がしてすぐさま振り返ると。
「「万歳ッ!!!!」」
万歳さんがいた。
「おはようございます。朔耶様、盈月様」
「朔は朔なの!」
「盈は盈なの!」
「そうでしたね。朔様、盈様」
甘えている。
まぁ双子が気を許せるほどの相手ってわけだ。悪い人ではないけどこの家の人間だ。それだけの理由で警戒レベルを軽々に下げられないな。
「お早うございます、お客人」
「おはようございます。おはようございます?」
「あぁ、今は7時ですよ」
えーっと、記憶が確かなら気絶したのが昼ぐらいだったはず。
「僕、一日寝通してました?」
「1日どころか、3日ぐらいは寝てましたよ」
めっちゃ寝てるな。
良いパンチもらったからな。
うっ、思い出すだけで腹が痛くなる。
「それでドッペ……、先輩は無事ですか」
うーん、表現間違えた。
「そうですね、今頃は本家で朝食を取ってますよ」
「本家……ね」
思考放棄する。朝から疲れた。
「それで、何しに来たんですか」
「えぇ、皆さん朝食の準備ができましたので、居間に
移動してください」
朝食……、朝食……か。
毒が含まれているなんてことないんだろうけれど、食うのに少し勇気が入りそうだな。
「行くよ」「行かないの?」
いつの間に移動したのか、双子が僕の両手を握る。
「はぁ、行くよ。行きますよ」
ベッドから足をスライドさせて床につけ、ゆっくりと立ち上がる。改めて自分の体を見ると、来ていた時の服ではなく、和風の寝巻きに着替えさせられていた。
「服は乾かしておりますので、着たい時にお渡ししますよ」
懸念事項に先回りされた。
これが執事か。
「ごはーん」「朝ごはーん」
元気な双子の背中を見ながら縁側へと出る。
そこには広大な庭があり、空には入道雲が浮かんでいる。飾られている風鈴がわずかな風でチリンと鳴り、風流と涼しさを感じさせる。
まさしく夏という感じだ。
世界はこんなにも平和だというのに、この家は僕に取っては平和とは程遠いように感じる。
まぁ、いろんな目にあっているのに、こんなことを考えてる僕の頭が一番平和かもしれんが。
そんな呑気さと足音を全開にしながら歩いていると、3人が近くの部屋へと入っていく。
着いたのか。
僕はそう思い、その中へと入る。
其処には大きな部屋の中に、ポツンと小さな机がある。周囲は本当にそれ以外がなく、まるでミニマリストの部屋のようだ。お金持ちの割には空間の無駄遣いである。どれぐらい無駄にしているかというと、フィクションであれば長机を何個も連結させ、大家族がずらりと肩を並べてご飯を食べる描写ができるぐらいだ。
何が言いたいかというと、数少ないお手伝いさん達も一緒に食える空間というわけだ。
「早くー」「食べようよ」
いつの間にやら双子は机の前で正座していた。足音がしないというのは厄介だ。
「あー、はいはい」
僕はゆっくりと机の前まで歩き、用意された座布団の上で正座をする。
改めて机を見ると、そこには無論朝食がある。
ご飯、味噌汁、沢庵、卵焼き、海苔、鮭の塩焼き。
ザ・和食だ。これ以上なく。
教科書に載っている『日本の朝食』をそのまま転写したような。
「手を合わせて」「せーの」
「「「いただきます」」」




