異界神域、二界混じりて魔境とならん
執事……だ。
このご時世に燕尾服を拝めるとは思いもしなかったが、それがまさか古民家の前へとは。旧家なんて言うからいろんなもので雁字搦めなんだろうと偏見丸出しであったが、和洋折衷するほどの自由度があろうとは。いやはや恐れ入る。
そして、気になる所はそこだけではなく、目の前の用人の年齢である。筆頭ではないのか老齢ではなく、30代ほどの男性だ。
「どうしました?ジロジロと私のことを見て」
「い、いや、珍しい服装をしているなと思いまして」
「ありがとうございます。ですが、私の姿など外国であれば珍しくありませんよ」
ここ日本なんですけど。と、突っ込んだほうがいいのだろうか。だが、そんなふざけた様子もないように見える。
「ここは突っ込むところですよ」
「そうですか」
あ、苦手かもしらん。この人。
「それはともかく、お客人と言われたわけですが、招待状なんてものはないですよ。さらに言えば、歓待される覚えもないです。なんだったら、私有地に勝手に入ったと訴訟されてもおかしくないと思いますが」
僕の物言いに対して、執事は微笑みからなんら顔色を変えることなく言う。
「招待されてますよ。少なからず、あなたは神に会われている。それだけで私達は歓待する理由になり得ます」
神に会われている。ね。
「なんでそんな事がわかったんですか」
「お腹、見せてもらってもよろしいでしょうか」
「はい」
僕はなんの抵抗もなく服を捲ると、お腹にはっきりと拳型の痣が出来ていた。その痣は紫色に染まっており、未だ鈍痛が全身に広がる。
「神の跡。所謂神跡があなたに刻まれました。これは、神の存在証明でもあり、神に行き合った証拠でもあります」
神の跡というか、暴力の跡というか。
確かに理不尽性から神であろうと頭ではある程度納得はいくが、感情面から言えば、縄張りに侵入されたというよくわからない言いががりで暴力を振るってきた女だ。
神というか、ヤクザの類だな、あれ。
「まぁいいです。歓待してくれるってんだったら、治療を受けたいのですが。割と致命傷寄りなので」
「その割には元気そうですね」
「まぁ、致命傷1割軽傷9割ぐらいですから」
「それは軽傷ではないでしょうか」
「あぁ、突っ込んでくれるんですね」
僕と万歳さんがくだらない会話をしている間、ずっと気になっていたが、横でプルプルと震える人間がいた。
「私!御厨久遠!万歳!私が帰ってきたんだよ!少しぐらい驚いてよ!」
ドッペルゲンガーが地団駄を踏みながら言う。
「・・・・・・・」
すると、その発言で万歳さんが固まった。
「失礼しました。あまりにもキャラ違いで」
「キャラ違い?」
「いや、こんなにも我儘というか、自由に発言なされる方だったとは」
……成程。
縛りで雁字搦めというのは偏見じゃなさそうだ。
「それはそうと、治療ですよね。見た所内臓を少し痛めているようなので、ベッドで横になるのが一番、って所ですかね」
「医者だったんですか?」
「いや、似たような目にあっただけですよ。さて、ここでベラベラと話してもしょうがないので、そろそろ中に入りましょうか」
万歳さんは扉の方に背を向け、お辞儀をしながらどうぞと言わんばかりに手を振り上げ、門の中へと誘う。
僕とドッペルゲンガーは顔を見合わせ、そこで反する意思も湧くこともなく、中へと一歩を踏み込む。足先が門の中へと入った時、僕は気づいた。
魔境だ。と。
僕は最初から思っていたが、この門は現実と異界を割くように立っているものだと。異界というのは説明しなくてもいいと思うが、その異界の最中に神域が混じってやがる。
二界入りまじる混沌な世界をなんというか。
先述の通り魔境だ。
ドッペルゲンガーはどう思うかはよくわからんが、僕は全身から寒気が止まらない。
だが、そんな心理状況でも足は止まらない。
未詳の怪物に吸い込まれていくように、神に強制されていくように、僕の全身はすんなりと門の内側へと収まった。
そして、気づけば、
後ろの門は閉まっていた。
「さて、行きましょう。玄関はこっちです」
万歳さんは微笑みながら、案内するために僕らの間を通り、その先を歩いていく。
振り返って即座に門をぶち破る。なんてことは今の僕らはできるはずもなく、その背に向かって歩き始める。
二人揃って歩き始めたわけだが、横にいたドッペルゲンガーは涼しげな顔をしている。
「吃驚している。いや、恐怖しているというのが正しいのかな。奇妙奇天烈なことには、大量の怪異事件で経験値を稼いだ訳だけど、その耐性をぶち抜くほどだったようだね」
先ほどとは打って変わって、いつも通りの雰囲気を纏っている。
「・・・・・・・・」
文句の一つを述べたい所だが、そんな余裕はない。なぜなら、ドッペルゲンガーの後ろ、鬱蒼と生えている木々の枝の上で、神が煙管を吹かせているからだ。
殴られると思わず腹筋に力を入れてしまったが、
「うっ………」
走る鈍痛には敵わず、即座に緩める。
しかし、いつまで経っても殴られることはなく、ただぼうっとこちらを眺めるだけ。
……チャラというのは嘘じゃなかったのか。
ドッペルゲンガーが言っていた通り、生息しているというのはあながち間違いじゃないな。平然のようにあそこにいる時点で、あれは日常風景なんだろう。
「………勘弁してくれよ」
結局文句を言って、大人しく歩くことにした。
ニヤつく顔を視界の端に捉えながら歩き続けていると、やがて巨大な母屋が姿を現す。
その手前で参道は十字路となっており、矢印板には四方向それぞれの行き先が書かれている。それによれば、母屋を横切って真っ直ぐ行けば神社がある。左右両方とも森へと入っていく道であるが、山道から参道は途切れているため、神社ではない何かがあるんだろう。おそらくご丁寧に書いてあるんだろうが、歩きながら確認する事はできなかった。
「観察、考察、思案。どれだけ視線を移し、どれほど思考を巡らせているか。先行く私にはわかりませんが、どうやらお嬢様はとんでもない逸材を手に入れたのですね」
「お嬢様って、そんなので呼ばれた覚えはないけれど、逸材であるのは否定しないよ」
褒められることを素直に受け止める。字面通りに言葉を受け取る僕にもそれだけはできない。褒められるには自尊心が足りない、というわけだ。
「逸材っていうのは、春夏秋冬先輩みたいな事を言うんですよ」
「君、褒められる時だけ即座に反応するよね。学内神話を築くような、所謂神に匹敵する人物と自分を比べてどうするのさ。キリストは死から復活したって言うけれど、軒並みの人間に復活機能が搭載されていると思ってるのかい?はっ、噴飯物の発言だね」
さらに口を尖らせながら、ドッペルゲンガーは続ける。
「1位未満は優れてない。君の発言は世の天才を侮辱していると自覚した方がいい」
「なんだよ、僕が天才だとでも言いたいのかよ」
「"天才"だよ」
真面目な顔で、ドッペルゲンガーはさらりと言う。
「それも突出型の天才だね」
「それはなんだよ」
「………環境適応能力、かな。君は相当に自己評価低いけど、心海大学に入るべくして入ったんだよ」
「どういうーーーー」
「御歓談中申し訳ないですが、玄関に着きましたよ」
万歳さんの静かな声に思わず顔を動かす。横から前へ視線を移動させると、巨大な格子戸の前に壮年の女性がいた。
僕らがその人の存在を確認すると、その女性は額が膝につくほど深々とお辞儀をする。
10秒程頭を下げた後、女性は真顔で告げる。
「ようこそお越しくださいました。お客様」
旧家の婦人ともなれば、自然と身につくのか。その女性には迫力というか、形容し難い凄みを感じた。
「御厨家頭首の正室、御厨菖蒲と申します。どうぞ、娘共々よろしくお願い致します」
そして、先ほどまでの真顔から瞬間的に微笑みへ変わったが、横に視線を移すと真顔どころか一層顔は厳しくなる。
「お帰り、馬鹿娘」
その発言は絶対零度の如く、身が凍るようなものだった。
「ただいま、ヒステリックババア」
ドッペルゲンガーはそれに中指を立てて応じる。
そうして、感動すべき親子?の邂逅、それは想像の最
低を下回る、最悪なものだった。




